「労政時報」3791号(2月11日号)に「労使、学識者451人に聞く2011年賃上げの見通し」という調査結果が掲載されています。労使は東証1部・2部上場企業の労組執行委員長等と労担部長等、各2,000人程度、学識者は主要報道機関の論説委員・解説委員、大学教授、労働関係専門家など800人程度が対象で、3,000人弱に配布して回収が451人というのはまあそんなものでしょう。ちなみに内訳は労201、使143、学識107ということなのでそれほど大きくバランスが崩れているわけでもありません。
さて結果をみますと賃上げ額・率の見通しは平均5,316円、1.72%となっています。ということは単純計算でベース賃金は約309,000円ということで、まあ東証1部・2部上場企業だとそんなものでしょうか。少々高いような気もしますが(なお設問は独立なので必ずしも関連性はないという注記があります)。
労使がどうみているかというと、平均では労が5,316円・1.73%、使が5,345円・1.73%と見事に一致していて、まあでもこれは例年こんなもののようで、たしかに現実的に考えればそうは差は出ないのがむしろ当然かもしれません。ちなみにばらつきは労の法が大きく、使はほとんどが5,000円台近辺に集中しているのに対して労は3,000円台から8,000円台にばらついています。8,000円台というのは願望としてはわかりますが(もっとも望ましい賃上げについての設問は別途あるのですが)本気かと思ういっぽう、3,000円台というのはいかにも弱気だなあと思わなくもありません。まあこれは世間相場ではなく自社の見通しを書いてしまったのかもしれませんが。金融とかならベース賃金が50万円近いというのもありそうな気がしますし。ちなみに学識の見通しは5,215円、1.69%と労使より低くなっています。
自由記入で訊ねたその根拠も予想されるとおり三者ともに「定昇維持」「ベアゼロ」ということのようで、こうも労使の認識が一致しているならさぞかし団交が盛り上がらなかろうと思うわけですが、まあ定昇維持・ベアゼロならそれはそれで、なぜベアゼロなのか、定昇維持のための労使の課題はなにかといったことを協議するプロセスに意味があるのでしょう。経団連がかねてから主張しているように、団交でベアや賞与だけでなく多様な案件について協議するという傾向は拡大しているようですし、この時期に企業収益や労働条件について国をあげて一斉に議論することの意義はあるのだろうと思います。
もっとも、過去の経緯をみると、2001年から2008年は予想額と主要企業の実績(調査対象が違うので単純比較はできませんが)とがかなりよく一致しているのに対し、2009年、2010年の実績をみると、この調査の見通しが1.60%、1.64%なのに対して主要企業の実績が1.83%、1.82%とけっこうな乖離がありますので、ここ2年は交渉を通じて賃上げ額が上昇する効果があったのかもしれません。
「望ましい賃上げ」についてはさすがに労使の見解に差があり、労が6,589円・2.13%なのに対して使は5,893円、1.91%となっています。なお学識は6,561円、2.12%と労とほぼ同じです。労が見通しを上回るのは当然でしょうが、実は使も「望ましい」が見通しを537円上回っています。ちなみに使の回答で「望ましい」が見通しを上回るようになったのは2007年以降5年連続とのことで、記事ではこれを「経営側がある程度の賃上げを”望ましい”としながらも、現実には競争力維持や雇用確保、先行き不透明な経済情勢等さまざまだ観点から、賃金を抑制せざるを得ないと考える傾向が続いていることを表している」と分析しています。これは労担の部長さんたちがこの調査に回答したということを考えれば順当な分析でしょう。経営トップや財務担当役員が回答すれば違う結果になるのかもしれません。まあ、経営トップはできることなら自社の賃金水準を上げたいと思っていると信じたいところではありますが…。
面白いのは回答のばらつきで、使はやはり5,000円台、6,000円台に集中しているのに対し、労は9,000円台や10,000円台にも拡がっています。それでも金額が上がるほど回答数・率も低下していて、一見まあ順当な分布かなと思えます。
これに対して学識は、平均では労とほぼ同じなのですが、分布はかなり異なっていて、ピークは6,000円台にあるのですが、9,000-10,000円にもやや低いピークがあり、さらに0円(定昇凍結=ベースダウン)にも小さなピークがあるという3極の分布になっています。これは「労働者への分配を大きく増やして個人消費を回復させ、景気を好転させる」という考え方をとる学識が一定数いるいっぽうで、「経済情勢や企業の競争環境を考えれば個人レベルで賃金が減らない程度の賃下げが必要」と考える学識も少数ながらいるということの反映と思われ、なかなか興味深いものがあります。回答者の顔ぶれをみてみたいところです。
ちなみに、労務行政研究所のマクロモデルによる予測は5,494円、1.82%で、2010年比マイナス0.04パーセントポイントの微減となったそうです。今年もまた労使・学識の見通しを上回る賃上げが実現するのか、いずれにしても各労使で円満かつ誤りのない決着がはかられることを期待したいところです。