今年も政労使会議

やるやるという話でしたがこの間開かれておりました。日経新聞のウェブサイトから。

 政府、企業、労働組合の代表が参加する「経済の好循環実現に向けた政労使会議」が29日、再開した。安倍晋三首相は「生産性向上や収益拡大を賃金上昇や雇用拡大につなげていくことが重要だ」と語り、2年連続の賃上げを要請した。賃上げは脱デフレの鍵を握るものの、足元の景気はもたつく。収益低下に直面する企業も少なくない。政労使は脱デフレが重要との認識では一致するが、賃上げ継続を巡る思惑はズレが目立つ。
…労使交渉で決めるべき賃金に政府が異例の介入を継続するのは、賃金の伸びが物価上昇に追いついていない現状がある。8月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.1%上昇した。消費増税の影響を除いても1.1%上がっている。
 一方、所定内賃金の伸びは7月時点で0.3%上昇にとどまる。ボーナスを含む総額でも2.4%上昇だ。物価の影響を除いた実質賃金が下がっている働き手は多い。来秋の消費再増税をにらむ安倍政権にとって、賃上げ継続は景気下支えに不可欠だ。
…安倍政権は来年度からの法人実効税率引き下げを視野に入れる。2%下げれば企業の負担は1兆円減る計算で、政府首脳は「賃上げの原資に回してほしい」とする。だが、政策減税の打ち切りや外形標準課税の拡大に伴う企業の負担増もある。榊原定征経団連会長は「賃金をあげられるような環境づくりをしてほしい」とクギを刺した。
 昨年の政労使会議では、経営側に賃上げを求める政府に労組が同調。政労が連携する異例の展開となった。だが、今年は政労の思惑もずれが広がっている。
 安倍首相は「子育て世代の処遇を改善するためにも、年功序列の賃金体系を見直すのが大切だ」と述べ、成果を重視した賃金体系への移行が重要と語った。しかし自動車総連の相原康伸会長は「賃金構造、賃金カーブは労使で作り込んできたものだ」と反論した。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS29H19_Z20C14A9EE8000/
(有料だったらごめんなさい←以下同じ)

昨年同様社会主義国かしらという感想は禁じ得ないのではありますが、デフレ脱却のために賃金の上昇が要請されるというのはそのとおりであり、石油危機当時にインフレを収めるために賃上げを抑制したように所得政策の必要な局面だということなのでしょう。
さて論点はいくつかありますがまず「実質賃金が下がっている」という話には少し注意を払う必要がありそうで、実際こんな報道もあるわけですが、

 厚生労働省が30日発表した8月の毎月勤労統計調査(速報)によると、労働者が受け取ったすべての給与の平均額を示す「現金給与総額」は、前年同月比1・4%増の27万4744円となり、6か月連続で増加した。
 春闘でのベースアップに加え、夏のボーナスの支給額も前年を上回ったことが底上げにつながった。
 基本給などの「所定内給与」は同0・6%増の24万1875円、残業代などの「所定外給与」は同1・8%増の1万9113円、一時金やボーナスを示す「特別給与」も同14・4%増の1万3756円だった。
 一方、物価上昇分を加味した実質賃金指数は同2・6%減で、消費増税による物価上昇に賃金上昇が追いついていない状況だ。
YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20140930-OYT1T50087.html

ここで下がった下がったと書かれている実質賃金指数は所定内給与なので、これが低下するのには比較的所定内給与が低い非正規雇用の比率が高まることによる効果もあるわけです。人手不足になればまずは非正規雇用の採用を増やそうとし、充足できなければ時給を上げ、それでも充足できないとなると正規雇用を増やすというのが一般的な企業の対応で、さらにそれでも不足感があれば離職防止などの観点から非正規から正規への登用や正規の賃上げを行うというのが通常の順番でしょう(もちろんそれぞれ相当程度重なり合って進むのでしょうが)。そう考えると、もちろんベアも大切ですし望ましいでしょうがやや飛びつき過ぎという感はなきにしもあらずです。まあ消費増税も控えているしそんな悠長なことは言っていられないから政労使会議をやってるんだということでしょうが、しかし経団連会長が要請したとおり「賃金をあげられるような環境づくり」のほうがより重要だと思います。
ということなので、次なる論点としては法人実効税率の引き下げは「賃金をあげられるような環境づくり」として有意義なのですが、それをいきなり「賃上げの原資に」というのも理屈としては飛躍しているという話になります。法人税率が下がった分はまずは企業の成長に向けた投資にあてられ、その結果として雇用も増えれば賃金も上がり、企業の利益も増えてさらに再投資される…というのが望ましい循環で、単純に減税分をベア(一応恒久減税が期待できるのでしょうからベアの財源には適しています)で配ってしまったら、毎年減税するわけにはいかない以上は一回限りで終わってしまうことになります。もちろん賃上げで消費が増えて…という理屈は別途ありますしそれはそれでそれなりの効果もあるだろうとは思いますが。
したがってもっと投資したいけどこれ以上投資するには人手が足りないのでという状態になれば賃金が上がるわけで、やはり「賃金をあげられるような環境づくり」が重要だという話の繰り返しになるわけですが、いっぽうで減税してもらったけど有望な投資先が見当たりませんという情けない状況であるとすれば、手元資金を過剰に抱えるよりは配当なり賞与なりで配ってしまったほうがいい(というか、そうすべきな)わけで、だったら外国人株主も多数いることを考えると従業員に配ったほうがほとんどが国内にとどまるし先の消費が増えてという話になる可能性もあるのでいいかなあという話も過去何回か書いたと思います。
そこで続く論点として「賃金をあげられるような環境づくり」ですが、記事を読むと法人税減税をしても「政策減税の打ち切りや外形標準課税の拡大」で税負担が実質的に減らないのであれば賃上げができない、と言っている印象を受けますが、実際のところはこういう話のようです。これも日経のサイトから。

 経団連榊原定征会長は29日夕の記者会見で、同氏がこの日出席した政労使会議で、政府に対し「賃金上昇ができるような環境づくりをしてほしい」と要望したことを明らかにした。企業活動を活性化するような仕組みとして「規制緩和や税制対応を含めた検討」を求めたという。安倍晋三首相が会議で年功序列の賃金体系見直しなどに言及した点には「大企業も中小(企業)も含め、そういう方向を志向していかねばならない」と述べ、榊原氏も同調する考えを示した。
 足元の日本経済の課題として「労働者不足が顕在化しつつあり、経済の好循環の阻害要因になりつつある」と指摘し、人手不足の問題に懸念を示した。日本経済の現状については、デフレ脱却の実現や持続的な成長軌道に乗せるための「正念場」と位置づけ、「政府と一体となって取り組みをしっかり進めてまいりたい」と強調した。〔日経QUICKニュース(NQN)〕
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL29H8N_Z20C14A9000000/

ということで税制対応の前に規制緩和が出てきていますね。具体的になにかまでは書かれていませんが政労使会議ということを考えると労働規制の緩和であろうことは容易に想像できます。まあ実際問題として安倍政権にかわってからも労働規制はもっぱら強化の方向であり(派遣法改正もまだ成立していませんし)、かつ規制のほかにも労働分野では賃上げだけでなく女性活用(それ自体は非常にけっこうなことですが)や採用・就職活動の時期(こちらは微妙)などで注文をつけられるばかりでしたので、経団連会長もややフラストレーションがたまっている可能性はありそうです。
いっぽうで「労働者不足が顕在化しつつあり、経済の好循環の阻害要因になりつつある」というのはまさに「投資したいけど人手が」という話に近いわけですので、引き続き適切な金融・経済政策運営に取り組んでいただければ「賃金をあげられるような環境づくり」が進むということでしょう。
そこで大問題なのが次なる消費増税をどうするかですが、経団連は予定どおりの引き上げを求めています。以前も書きましたが、増税にともなう景気後退よりは、政策の一貫性、予見可能性のほうを経済界は重視しているということではないかと思います。いや産業界にとって前政権の最大の問題点は政策そのもののひどさ以上に「何をやらかすかわからない」「きのうときょうで言ってることが全然違う」という予見可能性の皆無さだったわけで。ベアというのは基本的に企業にとっては永続的な負担増になるわけですから、やはりそれなりにプロビジネスな政策が続く(いや資本主義国家ならふつうの話ではないかと思うのですが、もちろんバランスの問題はありますが…)ということが予見できないとなかなか踏み切りにくくなっているわけです。
さて違う論点として首相の発言にある「子育て世代の処遇を改善するためにも、年功序列の賃金体系を見直すのが大切だ」という話があります。子育て世代への配分を手厚くすべく子育て終了後の世代への配分を抑制してその原資を捻出しようということでしょうか。まあ女性の活躍を進めつつ少子化対策にも取り組まなければならないということでこうした発言になったものでしょう。
ただいかにも筋が悪いなという点が三点ほどあり、ひとつは申し上げるまでもなく配分にまで政府が手をつっこむとなるとさすがに社会主義国家ですよねえという話になります。労働サイドは「「賃金構造、賃金カーブは労使で作り込んできたものだ」と反論」したとのことですが、これも子育て世代への配分を増やす(というか子育て後世代への配分を減らす)ことの是非に加えて政府がそこまで口出しすることへの反発もあるでしょう。
二点めはそもそも子育てというのは相当程度の長期にわたるところ昨今では子育て世代の高齢化が進んでいるという点で、なにかというといちばん下の子が就職したときにはもう定年間近ですという人が増えているだろうということです(統計資料にあたったわけではないので感覚的な話です)。つまり子育て終了後の世代から分捕ろうと思ってもそんなにたくさんいませんよという話で、とりわけ60歳以降は大幅に賃金が減少する企業が大半であることを考えればますますそういうことになりそうです。まあ幼少期の子どもを預ける費用が念頭におかれているのかもしれませんが、仮に小中学生の時期はいいとしてもその後は高等教育になるほどカネがかかるという現実もあるわけで。
三点めはそれに関連しますがなんとか企業負担でやらせたいという「取りやすいところから取る」発想が見え見えなところで、もちろん従業員が育児も含めて安心して働ける労働条件の提供は勤労意欲や生産性の向上の観点からきわめて重要ですし現実にこれまでの企業は従業員の生計に大いに配慮してきたわけですが、しかしできることにも限りがあるわけです。上記のように企業勤めをしている子育て終了後世代から捻出できる原資というのはかなり限られているわけで、ここは企業労使にあれこれ言うよりは政府の出番を増やすことを考えたほうがという気がします。
さいごに年功賃金全体の見直しの話がありますが、これにはこんな続報もありました。これまた日経のサイトからです。いいぞ田中電子版(笑)

 来年の春季労使交渉を巡り、年齢とともに賃金が上がる「年功序列賃金」の見直しが焦点の一つになりそうだ。デフレ脱却に向けて賃上げを重視する安倍晋三政権が、日本型の賃金・労働慣行を見直して若い世代の賃金を手厚くすべきだと問題提起したためだ。ただ年功序列は法律の決まりごとではない。長年の労使協調に風穴を開ける議論は波乱含みだ。
 政労使会議から一夜明けた30日朝。塩崎恭久厚生労働相閣議後の記者会見で「年齢だけでなくいろんなことで賃金が決まるのが望ましい」と述べた。労使が決めるべき賃金に政府が踏み込むのは、1999年以来、15年ぶりの伸び率になった今年の賃上げを続けるには賃金制度の見直しも必要とみるためだ。
 日本企業の賃上げは賃金水準を引き上げる「ベースアップ」と、年齢が上がると賃金も増える「定期昇給」の2つに分けられる。能力重視の給与制度が広がり「ベア」の考え方をなくした企業もあるが、定昇は多くの企業が維持している。年功序列の見直しは定昇の見直しにつながるだけに議論が過熱しやすい。
 経済同友会の長谷川閑史代表幹事は30日の記者会見で「管理職は年功賃金になじまない」と指摘した。日立製作所は本体の国内管理職約1万1千人を対象に、世界共通基準で職務や個人業績の評価を基に報酬を決める賃金体系を10月から導入する。海外に展開する企業は賃金慣行も見直し対象にせざるを得ない。
 ただ労働組合は定昇へのこだわりが強い。2000年代の春季労使交渉で厳しい経営環境に配慮してベアを要求しない代わりに、定昇は維持するように求めたことも多いためだ。長谷川氏も「職種によっては(年功見直しが)なじまないかもしれない」という。
 「賃金カーブは労使で議論した積み重ね」。29日の政労使会議の後、連合の古賀伸明会長はこう語った。政府が持ち出した論点は、来年の春季労使交渉に向けて労使で大きな議論を呼ぶことになりそうだ。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS30H38_Q4A930C1EE8000/

えーと賃金制度に関する記述は例によってグダグダなのですがツッコミはじめるとキリがないのでやめときます(笑)。
さて塩崎大臣は「「年齢だけでなくいろんなことで賃金が決まるのが望ましい」と述べた」とのことで本当かしら思ったのですが、記者会見録をみるときちんとこう回答しておられますな。

(記者)
 昨日の政労使会議において、総理が年功序列賃金の見直しに言及されましたが、これについての大臣のお考えと、具体的にどういうふうに進めていかれるのかということをお願いします。
(大臣)
…昨日は久しぶりに政労使会議が再開されて…そういう中に年功序列の賃金体系の見直しというのが入っていたんですね。いずれにしても、最近の民間の賃金の構造の中で見てみると、年齢とか勤続年数の比重というのが相対的には低下をしてきていますし、役割とか職務とか、中身のウエイトというのが高まっているということは言えると思うんです。これはもう個々の企業が決めることでありますので、それぞれの企業や、労使の間で決めていくものになると思いますけれども、やはり単に年齢だけというよりはいろんな観点で賃金が決まっていくというふうにいくことが望ましいんじゃないかなというふうに私も思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000059819.html

別に塩崎大臣に義理があるわけでもありませんが、記事の書きぶりだと厚生労働大臣が民間企業の人事管理の実態をまったくご存知ないように読めてしまいますので相当に気の毒な書き方になっていると思います。尺の関係があるのはわかりますが…。「それぞれの企業や、労使の間で決めていく」とも言っておられますね。
また、「政府が…賃上げを続けるには賃金制度の見直しも必要とみる」というのも、さらっと読むと塩崎大臣が言ったように読めてしまいますが、しっかり読むとそうは書いてないので巧妙な書きぶりだと思います(←ほめている)。もちろん塩崎大臣はそんなこと言ってませんが。
ここでの「賃上げ」は前後の文脈からしてベア(を含むもの)だと考えられますが、一般的にベアというのは賃金カーブを上方シフトさせることになりますので、広い意味では賃金制度の改定と言えなくもありません(まああまり言わないとは思いますが、賃上げ要求の際に「賃金制度維持分」などと言うのにはそういう含みがあるように思われます)。いっぽう、年功賃金を改めるような「賃金制度の見直し」がベア継続に必要かというと、まあそうも思えません。このまま業績改善と人手不足が続けば(望むべくはさらに適切な物価上昇が実現すればなおさら)、現行の賃金制度(すでに相当程度非年齢にシフトしている)のままでもベアは継続するでしょう。ただまあこの記事はおそらく意図してはいないと思いますが一面の面白い真実を衝いている部分もありますのでそれは別エントリで書きます。
現実には経済同友会代表幹事が「管理職は年功賃金になじまない」と指摘し、日立製作所は本体の国内管理職を対象に新賃金体系を導入するというところで、要するに管理職の話だということです。要するにもう組合員の話ではない。いっぽうで同友会代表幹事は「職種によっては(年功見直しが)なじまないかもしれない」とも言っているわけで、これはおそらくは現業部門などを念頭においているのでしょう。そしてこちらはほとんどが組合員ということになります。そう考えると労組トップが「賃金カーブは労使で議論した積み重ね」と発言しているように実はこのあたりで労使間の相違はあまり大きくないと思われ、したがってベア継続には賃金制度見直しが必要という話にもすぐにはならないのではないかと思います。
ということで今年もまだあと何回かやるのだろうと思いますが、企業内の賃金制度がどうこうといった不毛な議論ではなく、「賃金をあげられるような環境づくり」に向けた建設的な議論が進むことを期待したいと思います。