春季労使交渉回顧(2)

きのうに続いて春季労使交渉回顧ということで、今回は賃上げの配分について振り返ってみたいと思います。昨年は賃上げの原資を特定の年齢・職種などに集中的に配分したり、基本給ではなく家族(育児)手当や教育訓練に振り向ける(従来の常識からするとこれはもはや「賃上げ」と呼べるかどうかも疑問ですが)といった動きが相次ぎ、「一律に昇給するのではないから、これは『ベア』ではなく『賃金改善』だ」といった言われ方もされました(このエントリでは、賃上げ=定昇(相当分)+ベアという一般的な考え方にしたがい、ここでいう『賃金改善』も『ベア』と記載します)。
今年はどうかというと、東京新聞はこう報じています。

 電機大手の賃上げ交渉は、大半が前年と同じ月額千円で決着した。育児手当などを賃上げに含める水増しが目立った前年に比べ、今年は基本給を底上げする“純粋な”賃上げが増えた。とはいえ、経営側は若手社員や熟練技能者などの特定層に重点配分する姿勢を変えておらず、従業員が一律の賃上げの崩壊が一段と進んだともいえそうだ。
 電機メーカー労組でつくる電機連合によると、今春闘では大手十五社のうち、日立製作所富士通、NEC、三菱電機、シャープなど八社が、回答額の千円全額を純粋な賃上げに充てるとした。
 昨年の春闘では、純粋な賃上げのみを回答したのはシャープなど数社。松下電器産業子育て支援手当に充て、富士通が社員研修制度の充実に回すなど、一部の社員しか恩恵を受けない手当の比重が高かった。
(平成20年3月13日付東京新聞朝刊から)

もっとも、記事はこのあとこうも書いています。

 経営側は回答について「厳しい経営環境の中で最大限の決断をした」(日立)と強調する一方で、「若手技術者を中心に配分する」(三洋電機)「熟練技能職の増額に充てる」(東芝)と、特定の社員に手厚く盛る意向を隠さない。
 こうした傾向は電機以外でも強まり、隔年交渉の鉄鋼大手でも特定層への傾斜配分を強化。大手各社の経営側は二十四時間連続操業の製鉄現場の従業員の士気向上のため夜十時から早朝五時までの勤務に対する深夜手当の割増率を現行の30%から33%に引き上げた。
 三菱重工業では、賃上げ原資の全額を従業員の業績評価に応じて配分する方針だ。
(上と同じ)

ということは、特定の従業員に重点的に配分するという点では「賃金改善」の流れに変わりはないということでしょうか。
このうち、鉄鋼大手についてはこうも報じられています。

 隔年で労使交渉している新日鉄やJFEスチールなど鉄鋼大手は、深夜労働の割り増し手当を現行の30%から33%に引き上げると回答。休日出勤分の割増率は現行の35−37・5%から40%にする。二年間分で千五百円程度の賃上げに相当する。
(上と同じ)

ということは、ベアの原資はすべて時間外割増率に振り向けるということで、基本給については「ベアゼロ」ということになります。なかなか、思い切った配分と申せましょう。
ほかに、こんな報道もあります。

 二千円の賃金改善額(二年分)で妥結した三菱重工業は賃上げ原資のすべてを基本給の六割を占める「成績反映部分」に投入することで労使が合意した。働きぶりが評価されれば月額数万円の賃上げが可能になる半面、評価が変わらなければ給与の上昇は定期昇給分だけにとどまるという。
 過去の採用抑制の影響で業務の負担感が強まっている若手や中堅に報いようと労組側が提案、経営側も「画期的な仕組み」と応じた。
 松下電器産業は千円の賃上げ分を家族旅行や結婚記念日の食事などに使える支援金として配分する。「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」の重視で、働く意欲の向上や採用戦略の強化につなげる考え。
 パート社員比率が高い流通業界では多くの労組がパートの時給引き上げで昨年を上回る要求を出す一方、正社員は前年を下回る要求が多い。職場のありようが変化、労組自身も多様な働き手にどう報いるかを考えざるをえなくなっている。
(平成20年3月13日付日本経済新聞朝刊から)

三菱重工がベア原資全てを成績配分するというのはたしかに画期的かもしれません。成績配分自体は珍しくないと思いますが、ほとんどの場合は一部は一律配分しているのではないでしょうか。それを労組が提案したというのも画期的といえば画期的でしょうか。ただ、それが「若手や中堅に報いる」ことになるというのはすこし違和感があります。若手や中堅ほど成績がよいということなのかもしれませんが…。
松下については、家族旅行をしたり結婚記念日に食事をしたりすれば「ワーク・ライフ・バランス重視」なのか、という疑問はなしとはしませんが、ベアを「ライフ」の方に振り向けるという意味ではたしかに「ワーク・ライフ・バランス重視」といえるかもしれません。これまで電機産業が主張してきた「成果主義」(属人的給付はなくす)との整合性はどうなんだ、とツッコミたいところではありますが…。
パートについては連合も重視しているようですし、政治的にも賃上げの要請が強いところですので、こうした動きは必然的に起こってくるでしょう。なんだかんだいってもパートの賃金は外部労働市場の市場価格に連動するところが大きいでしょうから、現在のようにパートが人手不足の状況ではパートもそれなりに賃上げしないともっと時給の高い他社に移ってしまうでしょうから、企業としても上げざるを得ないという面があります。その点、正社員は流動性が低く市場価格との感応性も低いわけですから、今のような状況では記事にあるようなことが起こるのがむしろ自然ともいえましょう。
そもそも、かつてのように物昇が数%あり、ベースアップだけで数千円といった原資があった時代であれば、この原資を使って企業はいろいろなことができました。ベアを青壮年に手厚く配分して賃金プロファイルを寝かせるといったようなことは、おそらくどの企業でも表立っては言わないだけでやっていたのではないかと思います。ところが、デフレで物昇がなく「ベアゼロ」ということだと、賃金政策におけるこのようなフリーハンドがほとんどなくなってしまうわけで、昨年・今年のように1,000円程度のベアでもやれることはかなり限られてしまいます。その限られた原資を使って政策的な対応をしようとすると、どうしてもこういった形になってしまうのでしょう。各労使が話し合い、知恵を出し合って最適の配分を実施しようということであれば、それは好ましいことではなかろうかと思います。