雇用戦略対話の各種目標

先週からの続きで、「雇用戦略対話」で設定されたほかの目標についても簡単にコメントしておきたいと思います。もともとこの目標は昨年末の「新成長戦略」の「雇用・人材戦略」で、『若者フリーター約半減』『ニート減少』『女性M字カーブ解消』『高齢者就労促進』『障がい者就労促進』『ジョブ・カード取得者300万人』『有給休暇取得促進』『最低賃金引上げ』『労働時間短縮』の各項目について「雇用戦略対話等を踏まえ2020年までの具体的目標を定める」とされていたのを受けて定められたものなので、そこで【主な施策】としてあげられていた「若者・女性・高齢者・障がい者の就業率向上」「「トランポリン型社会」の構築」「ジョブ・カード制度の「日本版NVQ(職業能力評価制度)」への発展」「地域雇用創造と「ディーセント・ワーク」の実現」に沿った設定になっています。
さて、まず最初のカテゴリは「国民参加と「新しい公共」の支援」となっていて、ここに「若者・女性・高齢者・障がい者の就業率向上」が含まれています。具体的にはこうです。現状の数字は時点にばらつきがありますのでご注意ください。

  1. 全体の就業率:20〜64歳の就業率74.6→80%、15歳以上の就業率56.9→57%
  2. 若者の就労促進:20歳〜34歳の就業率73.6→77%、フリーター数をピーク時(217万人)比約半減(178→124万人)、サポステによるニートの就職等進路決定者数10万人
  3. 女性M字カーブ解消:25歳〜44歳までの女性就業率66→73%、第1子出産前後の女性の継続就業率38→55%、男性の育児休業取得率1.23→13%
  4. 高齢者就労促進:60歳〜64歳の就業率57→63%
  5. 障がい者就労促進:障がい者実雇用率1.63→1.8%、国における障がい者就労施設等への発注を8億円に拡大

これを見る上で非常に重要なのは、記事にもあるように、この目標が「2020年度までの平均で、名目3%、実質2%を上回る成長、2020年度における我が国の経済規模(名目GDP)650兆円程度…等としていることを踏まえたもの」だということです。目標を達成することで経済成長を実現するのか、前提となる成長が実現した場合の目標がこれなのかは必ずしも判然とはしないのですが、最低賃金を引き上げることで経済成長を実現するというのは常識的には考えにくい(非常識な人もいますが)ので、やはりこれはこの経済成長を前提にこの目標を達成しようというものと解するべきでしょう。
そこで、2009年から2020年まで毎年名目3%、実質2%の経済成長となると、累積では名目約34%、実質約24%成長するということになります。いっぽうで生産年齢人口はこの間も減少するわけですから、よほどの生産性向上や労働時間の増加がない限り、就業率は相当程度上昇するだろうことは容易に想像できます。となると、これらの目標の大半は達成されるでしょう。つまり、まずは行政も企業も経済成長を実現するためにしっかりがんばろうという話になりそうです。
個別にいくつか見てみますと、まず「15歳以上の就業率56.9→57%」というのがあります。これは要するに現状維持ということでしょうが、わざわざこれを掲げたのは「20-64歳、20-34歳の就業率は向上させるが、15-19歳と65歳以上の就業率はむしろ低下させる」ということを言いたいのでしょう。おもな意図は進学率をさらに上げる、つまり進学を断念する人を減らすということだと思われます。もし、これが年金制度をしっかりさせて、65歳以上での引退の可能性も高めようということであれば、これはすばらしい志だと思いますが…。
20-34歳の就業率の目標も77%と、20-64歳の80%より低く設定されていますが、これも同様に進学や職業訓練、あるいは若年時の適職探しのための転職なども考慮に入れているのでしょうか。現状が73.6%なので、おそらく若年失業率は半減くらいになりそうですが…。
「男性の育児休業取得率1.23→13%」は数字だけみると1.3%の間違いじゃないの(これはさすがに志が低すぎるか(笑))と言いたくなりますが(ならないか)、すでにワークライフバランス憲章のほうで2017年に10%というのを掲げているので、そこからさらにリニアに増やすということなのでしょう。まあ、これについては現状の1.23%はいかにも低いですが、しかし数年前はほとんどゼロだったのが数年でここまできたわけで、伸び率はかなりのものと言えるかもしれません。これから育休適齢期に入る世代は中高年世代のようにアタマが古くも固くもないでしょうから、世の中の雰囲気ひとつで急速に広がる可能性はありそうです。まずはとにかく1か月でも1週間でも休めば育休だ、という発想を広めていくことが必要になりそうです。
意外に難しいのが障害者雇用で、法定雇用率の算出には失業者が考慮されているのですが、実雇用率はそうではないため、就業率が上昇すると分母も上昇し、目標達成には現状で達成する以上に障害者雇用を増やさなければならないからです。まあ、これはそもそも社会連帯の理念のもとに企業に努力が要請されているわけですから、各企業がしっかり努力すべきものでしょう。
次のカテゴリは「成長力を支える「トランポリン型社会」の構築」となっていて、具体的な目標はこうなっています。

  1. 「セーフティ・ネットワーク」の実現:求職者支援制度の創設、雇用保険の機能強化と国庫負担割合の原則復帰、雇用保険の適用範囲の拡大
  2. 非正規労働者を含めた、社会全体に通ずる職業能力・評価制度の構築:職業分野ごとに求められる能力等に対応した教育システム(学習しやすい教育プログラム、質の保証)の構築
  3. ジョブ・カード取得者:22.4万人→300万人
  4. 公共職業訓練受講者の就職率:施設内訓練73.7→80%、委託訓練63.2→65%
  5. 自己啓発を行っている労働者の割合:正社員42.1%→70%、非正社員20.0%→50%
  6. 専修学校における社会人の受入れ総数:5.1万人→15万人
  7. 大学への社会人入学者数:4.5→9.0万人
  8. インターンシップ等を実施している大学の率:67.7→100%

「求職者支援制度の創設」というのは第2セーフティネットのことなのでしょうか?そのあとに「雇用保険の機能強化」とくると、いかにも「第2セーフティネットはこれまでの一般会計ではなく雇用保険のカネで制度化するぞ」と言わんばかりに見えるのですが、勘繰りすぎでしょうか?すでに雇用保険部会で議論が進んでいて既定路線化してはいますが、しかし一般会計でやるのが筋のように思いますが…。
非正規労働者を含めた、社会全体に通ずる職業能力・評価制度の構築」「職業分野ごとに求められる能力等に対応した教育システム(学習しやすい教育プログラム、質の保証)の構築」というのは6月4日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100604)で取り上げたものですが、それに続けてジョブ・カード取得者の大幅増が掲げられています。これはストックの数字なので、11年間で280万人、毎年27万人くらいずつ増やそうという目標になります。2008年度から2009年度の2年間で22.4万人ということですから、倍増くらいのペースになります。まあ、具体策としてはまず「公共職業訓練受講者、一般求職者、学生等へのジョブ・カード取得の勧奨」ということなので、新規ジョブ・カード取得者には記念品贈呈とかやれば案外楽勝で達成するかもしれません。まあ、事業仕分けへの道になってしまうかもしれませんが(笑)。いっぽうで「職業能力評価基準の策定・活用の推進」というのはほどほどに、戦略分野に限って行ってほしいものです。
それ以降の目標についてはまあ行政ががんばってよねとしかいいようがありません。もちろん、デュアルシステムやインターンシップ受け入れなどは職業訓練面でもマッチングの改善という面でも一定の効果は期待できますし、自己啓発などが行いやすい環境作りなども含めて、企業としてもそれなりの協力はしなければならないでしょう。それ以外の具体的施策は基本的に行政ががんばるということのようなので、まあそれなら…という感じです。たぶん、行政の本音としてはサーティフィケート・ホルダーを企業が優先的に採用してほしいとか、専修学校に行ったら賃金が上がるようにしてほしいとかいったところなのでしょうが、それは無理筋というもので、間違ってもこの教育プログラムを修了すればきっと良好な就職ができますよみたいな幻想を振りまかないでほしいものです*1法科大学院で懲りていると思いますけどね。もちろん、それなりに確率が上がるのでなければやる意味がありませんし目標も達成できないでしょうが、あくまで「現実はなかなか甘くはないけれど、それなりに確率が上がりますよ」という言い方にしておかないと、受講した人が気の毒なことになります。
次のカテゴリは「地域雇用創造と「ディーセント・ワーク」の実現」となっていて、まず【「地域雇用創造」の推進】がきます。中身は昨年末の経済対策に織り込まれた地域社会雇用創造事業と重点分野雇用創造事業ということなので、まだ始まったばかりでやってみなければわからないところは大きいですが、しかし人数的にどこまで期待をかけられるかといえばそれほどでもなさそうです。まあ、うまく波及・拡大するように官民で知恵を出してほしいものです。
次が【同一価値労働同一賃金に向けた均等・均衡待遇の推進等】となっていて、要するにパート、有期、派遣の賃金を上げたい、パートと有期は正社員にもしたい、ということのようです。具体的施策のところには「パートタイム労働法に基づく」とあり、実際パートだけは「均等・均衡待遇の確保」と「均等」が含まれているところをみると、基本的にはパート法で想定されている均等・均衡の概念に変わりはなさそうなので、実務的な問題点はそれほどなさそうです。まあ、11年間で年平均名目3%・実質2%の経済成長が達成できれば、労働需給が逼迫して、その影響を受けやすいパート・有期・派遣の賃金は正社員以上に上昇するでしょう。
その次が最低賃金になっていて、まあこれは5月31日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100531#p2)で書いたとおりなんですが、面白いのは別建て資料の最後に「中小企業に対する支援等」として「官公庁の公契約においても、最低賃金の引上げを考慮し、民間に発注がなされるべきである」となっているところで、とりあえず政府だけでも最賃引き上げによる負担増を受け入れます*2ということですね。しかし一般の消費者は最賃引き上げで国産品の価格が上昇してもそれを受け入れてくれるのでしょうか?まあ、マクドナルドのハンバーガーが10円値上がりしても大丈夫かな?消費者はシビアですけどね…。
もうひとつ不審なのが最低賃金引き上げが【同一価値労働同一賃金に向けた均等・均衡待遇の推進等】の一項目に位置付けられているところで、まあ「等」なんだからいいじゃないかということなのかもしれません。それにしても最低賃金というのは供給過剰で賃金が下がりすぎるのを防ぐ一方で、同一価値労働同一賃金とか均等待遇とかにすると賃金が低きに失してしまうことを防ぐという意味もあるのではないかと思うわけで、だとすると同一価値労働同一賃金に向けて最低賃金を引き上げるというのも妙な理屈ではないかと思うのですが…。
続いて【労働時間短縮の促進】ですが、ここに5月26日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100526#p1)で取り上げた年次有給休暇の取得率がきます。もうひとつの目標として「週労働時間60時間以上の雇用者の割合」があり、これを2008年の10%から半減するとなっています。これについては具体的施策で「ワーク・ライフ・バランス」を連発していますが、望ましいワーク・ライフ・バランスは人によって異なるでしょうから、週60時間以上働くのはまかりならぬといわれれば余計なお世話だという労働者もいるはずですが、まあ「半減」だからいいだろうというところでしょうか。ただ、いつも書いていることですが、「ワーク・ライフ・バランス」というなら通勤時間を考慮に入れなければ意味がないわけで、労働時間だけを目標にするのはどんなもんなのかという感はあります。まあ、意図するところは、本当に名目3%・実質2%の成長が達成できれば常識的に考えて残業は増えるわけで、そこを残業増ではなく雇用増で対応してほしい…というところでしょうか。
最後は【職場における安全衛生対策等の推進】で、具体的には「労働災害発生件数3割減」「メンタルヘルスに関する措置を受けられる職場の割合100%」「受動喫煙のない職場の実現」があげられています。労災発生件数は2008年で119,291件となっていて、これは休業4日以上の労使の件数ですね。これに対して2020年に3割減ということですが、過去の実績をみても12年間で3割弱は減少していますので、そのトレンドを維持したいということでしょうか。ここ5年くらいは横ばいになっていますので、それほど容易な目標でもなさそうですが…。メンタルヘルスについては、「メンタルヘルスに関する措置を受けられる職場の割合100%」という目標になっていますが、企業規模などによってできることも限られてくることも当然で、小規模・零細事業者については「まあ労働者から相談があったら近隣の病院なり相談窓口を紹介できるようにするくらいのことはしなさいよ」ということでしょうか。
受動喫煙のない職場の実現」は愛煙家にはつらい話かもしれませんが、これに関してはこの5月26日に厚生労働省の研究会が報告書を出していますので、エントリを別に建ててご紹介したいと思います。

*1:もちろん、職種・業種によっては大いに有利になる資格もありますので、それはそれで現実のとおりに宣伝すればいいわけで。

*2:「負担を受け入れる」と言っても税金なんですから国民負担になるわけですが。