「重厚長大」3社の採用

日経ビジネスオンラインで「就職パニック2010 大学生も企業も大慌て」という連載コラムが掲載されています。こういうご時世なので、こういうネタが受けるというのはよくわかるのですが、「大学生も企業も大慌て」というサブタイトルに示されているように面白おかしく仕立てようという意図がありありで、いささか程度が低いように思われます。
それはそれとして、本日掲載の記事は「重厚長大」3社の人事担当者のインタビューで、これは興味深く読ませていただきました。他社について偉そうなことを言えた義理ではないのですが、失礼を承知でいくつかコメントを。

 日本経済新聞社が毎年3月にまとめる有力企業の新卒採用計画によれば、来年3月卒業者の採用では鉄鋼や造船など重厚長大産業の復権ぶりが際立っている。長年、新卒採用を抑制してきたこともあり、不況に突入しても採用には積極的だ。学生の間では安定企業として人気も高まっている。重厚長大産業の採用担当者に必要とする人材像や採用戦略について聞いた。
 まずは、韓国の大学で新卒採用に動いているIHIの人事部採用グループの水元伸子部長に登場してもらう。IHIは来年3月卒業者の採用者数は300人と、日経新聞の調査でも42位だ。

―― 重厚長大産業の人気が高まっていますね。

水元 少し高まっているというところでしょうか。それは学生が安定志向を強めているからです。しかし、そんな学生ははっきり言えば、欲しくないです。
 機動力があり、変化を求めるような意識の高い学生を採用したいのですが、当然のことながら他社との奪い合いになります。他社の人事担当者と情報交換しますが、求めている人材像は同じですね。
 IHIとしては今、3年生夏のインターンを受ける学生たちをもっと採れるようにしたい。ですから、昨年12月にはクリスマスカードを送ったりしています。大学では国際基督教大学がなかなか採用できない。国際感覚のある学生を狙っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20100409/213923/、以下同じ

私としては韓国云々はどうでもよくて(笑)、話の「マクラ」であるこの部分に突っ込みたいのですが(笑)。いや、「マクラ」だけに編集も気合が入っていないのも当然で、結果として水元氏の発言を適当に端折ってつなげた結果がこの代物なのでしょうから、それに突っ込むのもいかがなものかという感はたしかにあるのですが。
記事によると水元氏は「安定志向を強めている…学生ははっきり言えば、欲しくない」と発言したそうですが、さすがにそんなことはないでしょう。学生が安定志向を強めて大企業を志望するのは、雇用、ひいては生活の安定を志向しているのであって、ビジネスや仕事の安定を志向しているわけではありません。いっぽう、水元氏が「欲しくない」と言っているのは、ビジネスや仕事に対して安定志向で、チャレンジや競争はしたくないというような「安定志向」の学生のことでしょう。実際、雇用を安定させるには企業の存続が大前提であり、それには(国際競争にさらされる重厚長大産業であればなおさら)不断のチャレンジと競争に挑みつづけることが必要だということは、仮に知らなかったとしても入社して半年もすれば骨身にしみ始めるはずですから、「仕事に安定志向、競争はきらい」という学生さんが入社してしまうと本人も企業も不幸になるというのはたしかです。このあたり、水元氏はインタビューではきちんと説明しているはずだと思うのですが、編集の段階でこの二つが「安定志向」という用語が同じだからということで接続されてしまったのでしょう。現実には、ビジネスや仕事では大いにチャレンジしたいという「機動力があり、変化を求めるような意識の高い学生」であればこそ、そのためにも雇用や生活は安定させたいという合理的な発想をするものです。
もちろん、ビジネスや仕事に限らず雇用も生活も含めて不安定なチャレンジをしたいというギャンブリングな学生さんも少数いるでしょうが、そういう学生さんは重厚長大産業ではなく、たとえばリクルートとかに就職するわけです。一般論としてなかなか自社に来ないタイプの人材は妙にいい人材に見えてしまって欲しくなる、という傾向はあるらしく、多様な人材を集めようとすればなおさらそう思えるのでしょう。それはまさにIHIさんのように韓国から採ってくるとか、いろいろ考えればいいわけで、それがダイバーシティ・マネジメントというものでしょう。
それから、繰り返し書いていることですが、「機動力があり、変化を求めるような意識の高い学生を採用したいのですが、当然のことながら他社との奪い合いになります。他社の人事担当者と情報交換しますが、求めている人材像は同じですね。」というのがよくない。まあ、機動力や変化を求める意識というものはビジネスパーソンにとって望ましい徳目のひとつであることは間違いないでしょうが、それでは機動力と変化を求める意識さえあればビジネスシーンで活躍できるかといえばそんな保証はない。100%全員が機動力と変化を求める意識のある人材ばかりという組織も、あまりうまくいきそうな感じはしません。慎重さや不易流行が必要な場面もたくさんあるわけですから、そうした面に優れた人材だって必要でしょう。結局のところ、とりわけ数百人も採用するIHIのような会社であれば、多様な人材を求めているはずなのです。
もちろん、機動力があって変化を求める意識が高く、その他にも優れた資質をいくつか持っているような魅力的な人材であれば、それは当然奪い合いにもなるでしょうし、どこの企業の採用担当者に聞いてもそういう人材は欲しいと言うに決まっている。しかし、それでは採用する人すべてをそういう人にしようと考えているかといえばそんなことはないでしょうし、現実にそうできるわけもない。
ところが、マスコミは現実を安易に単純化して、「企業が求めているのは機動力があって変化を求める意識の高い学生」といった伝え方をしがちで、それが学生さんにも学校にも企業にもたいへん困った影響を与えているのではないかと思うのですが、ホントなんとかならないもんでしょうか。
さて、IHIの次の重厚長大新日鐵なのですが、さすがに新日鐵の人事で「人事担当者として1988年から長くやってきました」という方だけあって、たいへん的確な意見を述べておられます。

…今後も積極採用に動く同社の佐藤博恒・人事労政部長に聞いた。

 ―― 新日鉄は今年春入社も850人、来年も高水準の採用が続きます。

佐藤 …最近は経営トップを含めて、もう業績によって新卒採用を大きく減らすようなことはやめようという感じになっています。
 一度採用を絞ると、そこで人事の断層ができてしまい、取り戻せなくなる。ですから、今後も採用は攻めというより、継続的に、必要な採用数を維持していきます。

 ―― 新日鉄の採用戦略を見直しているのでしょうか。

 この5〜6年で大きく変わりました。…裾野を広げるというか、100ぐらいの大学から採用しようとしている。全国各地の大学に出て行って、説明会にも参加しています。
 重要なのは同じような大学からばかり採用していると、採用する若手社員が均一になってしまうということでしょう。各地の大学に出て行って、様々な学生と接触する。それで、うちの企業説明会にも来てもらいます。

 ―― 面接などの選考活動で、他社と違うところはあるのでしょうか。

 企業セミナーに参加してくれた学生一人ひとりとしっかり話をするようにしています。今年は2000人ぐらいでしょう。書類選考をやらないで、できるだけたくさんの学生と長く話をするのが基本です。
 学生によっては1時間ぐらい使って、新日鉄の社員たちに自らの経験談をしっかり話してもらう。だから、こういう採用で学生が心を決めれば、他社に行ったりはしません。

バブル崩壊後の急激な採用抑制に対する反省、多様性の重視、納得して入社してもらうためのコミュニケーションの強化と、重要なポイントがいくつも指摘されていて「さすが」という感じです。
重厚長大の最後は三菱重工業です。技術者の話はスキップして、技能工の採用について興味深い発言があります。

…人事担当の安田勝彦常務に聞いた。


 ―― 三菱重工では高校卒の技能工の採用がかなり多いですよね。今年春は700人近くが入社し、来年も450人ぐらいを採用します。

 今後も各事業所の技能工社員は年1000人ぐらいのペースで定年退職を迎えます。雇用延長もありますが、高水準の採用を続けて行かなければ、現場のモノづくり力を維持することはできません。
 ただ、たくさん採用しても、若手を育てる仕組みをきちんと作っておく必要があります。そこが課題でしょう。採用と育成は両輪のようなものですから。

 ―― 確かに三菱重工はこの4年で、6000人を超える新卒を採用しています。現場が育てられるのでしょうか。

 私は長く、人事部門で社員教育も担当しました。昔と違うのは課長が忙しいことでしょう。本当は部下の教育が大切な仕事なのに、プレイングマネージャーのように仕事を抱え込んでいる。ですから、業務をいかに効率化し、教育に割ける時間を確保していくのか。育成ツールをしっかり整えていくことを考えています。

「長期的な人材育成」という思想が堅持されています。実際、1,000人が60歳に到達するからといって、18歳の新入社員を1,000人採れば間に合うという話では一切ないわけです。60歳の人が現在の技能水準に達するには(現実には必ずしも全員が定年まで毎年技能が向上するというものでもないかもしれませんが)約40年を要しているわけで、その時点で同様に50歳の人は約30年分、40歳の人は約20年分…と技能が蓄積し向上していなければ、組織として持続的ではないわけです。その中では、採用や頭数は単なる前提条件に過ぎません。安田氏も指摘するように、本質は日々年々、たゆまず継続されている人材育成であり、それが長期雇用を必要とすることも見やすい理屈でしょう。
「現場が育てられるのでしょうか」との質問に対しても確固たる自信が感じられ、まことに頼もしく感じます。