新卒一括採用のどこが効率的なのか

都心で外回りすると就活生のみなさんの姿が目立つ時期ということもあってか、本日の日経新聞の社説は新卒一括採用を取り上げていたので読んでみたのですが、ちょっと議論が混乱しているような…。

 大学生の就職活動がたけなわだ。採用活動を経団連の自主ルールにのっとって進める大手企業は4月から一斉に、4年生になった学生に筆記試験や面接を始めた。
 こうした特定の時期に集中して学生を選考し、内定を出す新卒一括採用方式は、企業が採用コストを抑えられる効率的なやり方として定着してきた。
 だが、この方式は、本当に効率的といえるのだろうか。ある時期に企業がこぞって選考活動をする結果、学生の取り合いは激しくなる。人材サービス大手、リクルートキャリアの調査によれば、実際の採用数が計画した人数に満たなかった企業は毎年4割近い。
 一括採用方式では、学生はいったん選考に漏れると就職の機会が狭まってしまう。同時に企業もこの方式にとらわれ過ぎると、人材を十分に確保できない恐れがある。既卒者採用にも力を入れるなど、企業は採用活動を柔軟に変えていくべきだ。

 グローバル競争の激化で、企業の採用は学生の質を重視する傾向が強まっている。経済が右肩上がりで伸び、毎年、大量採用していた時期は一括採用方式が効率的だったが、「厳選採用」時代の今はその利点が薄れているといえる。企業は戦力になる人材を見極めて採る力を一段と問われている。
 卒業論文、卒業研究で忙しく就職活動を始めるのが遅れた学生や、卒業後に留学した人を対象にした採用にも積極的に取り組むべきだ。人事部任せでなく、事業部門が直接、開発やマーケティングなどに携わる人材を採る方法もある。どんな人材が必要かは事業部門が一番わかっているからだ。…
平成26年4月7日付日本経済新聞社説から)
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20140407&ng=DGKDZO69491390X00C14A4PE8000

まずそもそも社説がいうほどに企業の就職が新卒に偏っているのかという問題はあり、現実には「採用活動を経団連の自主ルールにのっとって進める大手企業」でもすでに新規採用の相当割合は中途採用になっているのではないかと思うのですが、それはそれとして。
社説は「特定の時期に集中して学生を選考し、内定を出す新卒一括採用方式は、企業が採用コストを抑えられる効率的なやり方として定着してきた」と書いていますが、新卒一括採用が効率的なのは特定の時期に集中して選考するからというのはかなり表面的というか、浅い理解と申し上げざるを得ません。
長期雇用・内部育成・内部昇進という日本型の人事管理においては、採用時に特別のスキルを求められることは少なく、むしろ内部育成による成長力が求められることが多いように思われます。そうした中で新卒一括採用が最も効率的なのはおそらくは高卒*1現業職の採用で、そこでは企業が(職安経由で)高校に求人を出し、高校が学生を推薦し、合格したら必ず入社するという一人一社制が永らく行われてきました。この分野は企業内の人材育成システムが確立されており、それなりの人材であればそれに乗って成長していけるため、企業としても言葉は悪いですが「これくらいの人をこれだけ」という感じで、一人ひとり精緻に人物を確認するまでの必要性はないことから、高校におおざっぱに質保障してもらうことで大幅に効率を上げていたわけです(ちなみにこれはいわゆる「実績関係」で中長期的に安定的に人材を供給してくれるという点でも効率的でした)。
類似の採用は大卒のエンジニアでも行われていて、理系学部では教授が決めた先に就職するのがふつうだったのはそれほど以前の話ではなく、現状でも有力大学では理系の就職の相当割合は指導教員の推薦をともなっているのではないでしょうか。これはどちらかというと大卒のエンジニアが稀少な資源だった時代の慣行で、したがって現状でも稀少性を主張できる大学・研究室・学生においてはこれが行われているということでしょう。これも相当に企業の採用効率を高めていたものと思われます。
ということで、新卒一括採用の大半においては、その効率性は「特定の時期に集中して学生を選考」とは無縁であったことがおわかりいただけるものと思います。それでは上記以外の、具体的には大卒文系の採用はどうなのか、という話になります。
結論からいえば、やはり新卒一括採用は相当に効率的であり、だからこそ企業はこの方法を続けているのだ、ということになるだろうと思います。これは、なぜ「特定の時期に集中」するのかを考えれば見当のつく話で、社説にも「採用活動を経団連の自主ルールにのっとって進める大手企業」とあるように、開始時期を決めてヨーイドンで短期決戦するからそうなるわけです。で、なぜ開始時期を自主的に申し合わせるかというと、他社を出し抜いていわゆる青田買いをする*2企業が出てきて、採用・就職活動がどんどん早期化し、結果としてもっぱら大学さんにご迷惑をおかけするから、ということになりましょう。
つまり、新卒採用の母体になる卒業予定者のマスは、それほど規模は大きくない、かつ基本的に誰もまだ手を付けていないまっさらなマーケットであり、成り行きに任せても優れた人材から・良好な就職先からマッチングが決まっていくわけで、出遅れれば出遅れるほどにマーケットが劣化し、優れた人材の確保が困難になっていきます。したがって、各社ともに他社に遅れをとらないよう、ヨーイドンで一気呵成に決着をつけにいくのが合理的*3になるわけです。

  • (当然ながら、企業によって「優れた人材」は異なりますし、就活生にとっても「良好な就職先」の考え方はさまざまでしょうから、言葉は悪いですが「残り物に福」、つまり「他社が見落としている優れた人材」や「他社ではともかく、わが社ならば大きく成長できそうな人材」をいかに発見するかはある意味採用業務の醍醐味であるわけですが、それについては後述します。

ということなので、社説がいう「実際の採用数が計画した人数に満たなかった企業は毎年4割近い。一括採用方式…にとらわれ過ぎると、人材を十分に確保できない恐れがある」という主張は端的に検討はずれと申し上げられましょう。新卒一括採用であってもなくても、人材の質にこだわらなければ採用計画を満たすまで採用することは可能であり、そうしないのは結局は社説もいうように「企業の採用は学生の質を重視する傾向が強まっている」「「厳選採用」*4」だからでしょう。大量採用だろうが厳選採用だろうが出遅れれば出遅れるほどに優秀な人材の確保が難しくなることに変わりはなく、こと大卒文系に関しては新卒一括採用は大量採用では合理的でも厳選採用ではそうではないという社説の主張は当たっていないと申し上げざるを得ません。

  • なおかつてあった高卒現業部門の大量採用においてはたしかに合理的でしたが、それは新卒一括採用というよりは一人一社制が効率的だったというのは前述のとおりです。

さて「一括採用方式では、学生はいったん選考に漏れると就職の機会が狭まってしまう」とか「既卒者採用にも力を入れるなど、企業は採用活動を柔軟に変えていくべきだ」というのはそのとおりですが、とりあえず「採用活動を経団連の自主ルールにのっとって進める大手企業」のほどんどはすでに3年過年度までは新卒採用プロセスに乗れるようにしてるんじゃないかなあ(いまウラ取りしたわけではないので自信なし)。もちろん過年度はすでにひととおり刈り取られ済のマーケットではあるわけですが、それこそ前述のようにそこから他社が見落とした優れた人材、わが社ならではの人材を探し出すのが採用担当者の腕の見せどころというところでもあります。とりわけ、新卒就職情勢が厳しかった年については、優れた人材が残っている可能性も高いでしょう。「卒業論文、卒業研究で忙しく就職活動を始めるのが遅れた学生や、卒業後に留学した人を対象にした採用にも積極的に取り組むべきだ」というのも、少なくとも「実際の採用数が計画した人数に満たなかった企業」などはやっているんじゃないかと思います。法曹や公務員就職を目指したものの不調で民間就職に切り替えた人の採用も多くの企業が取り組んでいると思います。
「人事部任せでなく、事業部門が直接、開発やマーケティングなどに携わる人材を採る方法もある。どんな人材が必要かは事業部門が一番わかっているからだ」というのも、これも、やっている企業は多いのではないかと思います。特に、少なくとも当面は特定職種・特定業務を意識して採用する中途採用においては、人事部門が採用するにしても、事業部門の幹部が面接に加わるといったことは一般的ではないかと思います。
ただ社説の主たる関心事と目される大卒文系新卒採用はもっともそれと遠いことも事実で、仮に学生がそれなりにある事業部のスキルを持っていたとしても中途採用のようなレベルにあることは期待しにくく、結局内部育成するのであれば人事部門が多様な人材を採用してその中から適性を見ていけばいいわけです。
ということで、まあ私の見方が企業に甘い部分はあろうかとは思いますが、それにしてもあまりよくわかってない人がなんとなく書いた社説だというまとめでよさそうに思います。はあ。

*1:社説は最初に「大学生の就職活動がたけなわだ」と書いていますので、あるいは大学生に限定して論じているのかもしれませんが。

*2:極端な例としては大学1年生でも内定を出してしまうファーストリテイリングがあげられると思います。

*3:実際問題、このヨーイドン方式は解禁後の比較的短期間に大きな負荷がかかりますので、各社とも採用担当者だけではなく、人事部門の他の人や人事部門出身者などを面接員などに駆り出す必要があり(私も十年くらい前までは人事出身者ということで応援に召集されていました)、その面ではおよそ効率的といえるものではありません。

*4:したがって学校まかせではなく企業自ら試験をするということにもなるいわけです。