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財務相が「平日にデートができる勤務体系」を標榜して検討を求めていた財務省改革のプロジェクトチームが、報告書を取りまとめて発表したそうです。
http://www.mof.go.jp/singikai/mofpt/mofpt.htm
驚くほど目新しい内容が含まれているというわけではないのですが、それなりに力のこもった大作ではあり、面白い記述もいくつかあります。つまみ食い的に感想を書きたいと思います。
まず、「官」と「民」の双方向の交流活性化についてです。

 本来、民間の労働市場における流動性が十分に高ければ、官民の間でも質量ともに十分な相互交流が自ずから生じようが、一般に指摘されているように、現下の日本市場は流動性が未だ十分でない。このため、まずは高い専門性かつ即戦力が求められるポストについて、公募等により外部人材の登用を強化するのに併せて、企画立案セクションも含めた幅広い分野で、官民人事交流法に基づく官民交流等を双方向で抜本的に拡大する。今後、民間労働市場の流動化の進展を見極めつつ、国家公務員試験制度における中途採用試験の導入を契機として、中途採用を推進し、その評価に応じ、幹部登用への途を開くべきである。(p.8)

民間の労働市場とわざわざお断りを入れておられて、それでは公的セクターの労働市場はどうなんだよと言いたくなるところではありますが、財務官僚からしてみれば「民間だっておいしいポストは内輪で固めてるじゃないかよ」というところなのでしょうか。逆からみれば、官僚出身者を民間が採用しようとするときには「やはり、それなりのポストでないと」というのが障壁になっているということもあるのかもしれません。
それはそれとして、「まずは高い専門性かつ即戦力が求められるポストについて、公募等により外部人材の登用を強化する」とするいっぽうで「企画立案セクションも含めた幅広い分野」」については「官民人事交流法に基づ」いてやる、という使い分けになっているのは、財務官僚の「専門性では負けない」という自信のあらわれと同時に「現在、国債市場・外国為替市場といった分野で登用中」(p.8)という実態をふまえて、特定分野では(他の分野の業務や人事に影響がない限りにおいて)省内育成より即戦力の民間人を引き抜いたほうが効率的、という判断もあるのでしょう。
次に、男性の育児休業に関する記述が目をひきました。

 育児休業を始めとした子育てに関する制度の大半は、既に制度上は、男性も利用可能である。しかしながら、財務省において、実際に男性がこうした制度を利用した例は数少ない。男性による制度利用をキャリアの中断とみなす風土からくる心理的抵抗は大きく、利用に踏み切れないといった声も聞かれる。
具体的には、組織的なサポート体制を整備し、男性による育児休業の取得を特別視しない組織文化を根付かせる中、短時間取得も含めた男性による育児休業の取得を実現・増加させる。(pp.11-12)

このプロジェクトチームは若手中心の編成だったとのことですので、育児休業「適齢期」の人たちによる検討でもあったことになります。ここできわめて率直に「男性による制度利用をキャリアの中断とみなす風土からくる心理的抵抗」と認めているのは二重の意味で非常に興味深いものがあります。第一には年次管理の徹底された中央官庁において「育児休業を取ると同期から遅れるのではないか、それはイヤだ」という本音が吐露されていること、第二には「男性による制度利用をキャリアの中断とみなす」という表現から、女性による制度利用はキャリアの中断とはみなされないという組織実態がたくまずして伺われることです。実際、これに続けて女性の採用、活用、登用についての記述が延々と続いており、これはプロジェクトチーム加わった女性が影響力を発揮したものと想像されますが、いっぽうで財務省内でジェンダー意識が根強いという印象も受けます。
「ジェネラリストとスペシャリスト」という項目では、これらを二分法で語るのではなく、その両面において優れた人材であることを目指すという高い理想と志が語られています。Off-JTにもさらに積極的に取り組む姿勢を示した上で、キャリア形成に関してはこう述べています。

 引き続き、将来に向けて幹部候補を育成していくためには、特定の分野に限らない多様な経験を積ませる人事をOJTの一環として行う一方、高度な専門性の育成といった観点から、個々の職務の性格と本人の自主性に留意しつつ、必要に応じ、同一分野での在職期間を現行(1〜2年程度)から長期化を図る。(p.14)

要するに従来どおりということでしょうが、「個々の職務の性格と本人の自主性に留意しつつ」在職期間の長期化をはかるというのは、この仕事をやり抜きたい、と思ったら責任をもってやり抜けるようにしよう、ということでしょうか。これについては担当者が短期で異動することが行政における連続性を損ねたり責任の所在を不明確にしたりするとの批判があることからも望ましい方向性かもしれません。まあ、この書き方だと本人が望まない場合は従来どおり逃げ出すことができるようですが。
さて「縦割り(組織・意識)」という項目もあり、どうやら報告書が内外における財務省・官僚組織に対する批判や論点を網羅的に取り上げようという意図もあるようです。ここでは縦割りの弊害は世間で言われるほどではないにしても存在すると認めた上で、こう書いています。

 業務に忙殺される大組織に無意識に生ずる連携や調整の不足が、政策の質の向上の妨げとなることには警戒すべきである。(p.17)

ここでは端的に「縦割りの弊害が生まれるのは忙しすぎるからだ」と言い切っているわけで、これは「行政改革」「ムダづかい撲滅」を唱導する向きからは顰蹙を買うかもしれません。しかし、霞ヶ関の就労実態を若干なりとも承知している私としては、現実にはこれこそがまさに真実と申し上げるべきではないかとも思えるわけです。もっとも、さすがに対策として「人員の増強」を持ち出せるシチュエーションでは当然ないわけで、トップダウンボトムアップでの横断的組織の活用を提言しています。
「中央と地方(本省庁と地方部局)」というのも難しい問題のようで、II種・III種職員にとって中央勤務は「抜擢」であると同時に「本省庁で数年勤務した後に現場に戻った際、本省庁での勤務経験が必ずしも活かされていないのではないか、本省庁における勤務により蓄積された制度全般にわたる知見や経験が正当に評価されていないのではないか」(pp.20)という懸念もあるようです。ということで、

財務省が多角的かつ専門的な検討に裏打ちされた質の良い政策を提言していくには、地方部局採用者のうち意欲と能力のある者が本省庁に登用され、政策の企画立案業務に貢献することが引き続き不可欠である。このため、次世代を担う若手職員が安心して本省庁に勤務した後地元に戻ることができる環境を整備し、こうしたキャリアパスを予め地方部局職員に見えるようにする必要がある。
 具体的には、地方部局での採用段階から、原則として本省庁勤務経験が幹部登用の条件であるとの方針を明らかにする。そして、採用後は、状況に応じ本省庁勤務が複数回あり得ることを事前に説明し、本省庁への出向の際にも、改めて職員本人に出向の意義を十分に説明する。また、本省庁から採用部局に戻ることが想定される場合には、状況に応じ、一旦は採用部局と関連した本省庁部局を経験したり、再び本省庁に戻る可能性を用意するなど多様なキャリアパスを工夫する。このように、本省庁勤務経験を正当に評価するとともに、その経験を採用部局に戻った際に活かせるよう配慮していくことも一案である。他方、本省庁出向後長期に亘り本省庁に在籍し、企画立案等制度全般に亘る知見や経験を得た優れた職員については、これらを執行部門に活かす観点から、正当に評価し、採用部局に戻る際に抜擢人事を行う。(pp.20-21)

やはり地方の人材は戦力として必要なので引き続き活用することが前提で、地方にはその経歴を「正当に」、すなわち「高く」評価せよ、特に中央に長くいた人については「抜擢」することが「正当に評価」することだ、と言っているわけです。
これは財務省や官庁に限った話ではなく、民間企業も含めた一般論として人事管理の難問のひとつです。
民間でも、地方支店で採用された人が本店に異動したり、子会社で採用された人が親会社に出向するといったことは普通に行われています。もちろん、これが実際に「抜擢」、つまり「出世コース」であることも多いわけで、こうした場合には「親会社に出す以上はそれなりの人材、エース級の人でないと」という意識で優秀な人材を出し、戻ってきたときにも「親会社への手前からもそれなりの処遇をしなければ」という意識が働くでしょう。
一方で、本社・親会社で人手が足りないから支社・子会社に人を出してくれ、という感じで恒常的に行われている交流人事もあるわけで、こうした場合には「出したら実務に差し障るような人は出せない」という意識が働くことも自然でしょう。となると、現実に異動・出向する人としてみれば「割りを食うのではないか」と心配するのもまた当然なことです。これに対して本社・親会社が「割りを食わせるな」というのももっともではありますが、しかしそれが「抜擢」でなければならない、ということになると、今度は支社・子会社の側で「出せなかった優秀者より出せた人のほうを高く処遇しなければならない」という矛盾が生まれます。
ということで、財務省の報告書は中央勤務は「幹部登用の条件」、つまり「出世コース」であると明確化せよ、すなわち出すにあたってはエース級を出せと求め、戻った後は「その経験を…活かせるよう配慮」し「抜擢人事を行う」ことを求めているわけです。これに対して、受ける側でなにをするかというと「状況に応じ、一旦は採用部局と関連した本省庁部局を経験したり、再び本省庁に戻る可能性を用意するなど多様なキャリアパスを工夫する」というのですが、これはいかにも受け手の方に好都合な言い分のように思われます。まあ、財務省組織力学として、地方と中央の力関係がそうなっているということなのでしょう。もちろん、これまた財務省や官庁に限った話ではないわけですが…。
「国民と財務省」という項では、「業務の繁忙もあって、職員が内向きになる余り、霞ヶ関を超え、「納税者」としての国民の視点を持って現場に行くことを怠った」「国民生活に直結する施策を担当し、納税者から最も近いはずの財務省が、いつのまにか国民から遠い存在となっていた」(以上p.22)という厳しい自己批判が並んでいます。そして、

 国民がより多面的に財務省を理解し、真に建設的な批判や提言を頂くためには、国民にとって、マス・メディアが財務省を知る殆ど唯一のチャンネルであるという現状を変えていく必要があるのではないか。

 財務省職員が、必要に応じ政務三役とも連携しつつ、国民の要請等に応じ、財務省の抱える政策課題について、定期的に国民に説明し対話(コミュニケーション)を行う機会として、「MOF政策アウトリーチ(仮称)」を実施する。
また、大学、大学院等の要請に応じ、財務省職員を担当分野の非常勤講師やゲストスピーカーとして派遣する取組みも併せて推進する。
さらに、ホームページや財務省広報誌「ファイナンス」、メールマガジン等を通じて、財務省の各部局の抱える政策課題やそれに取り組む職員の「横顔」、諸外国における取組み、新規施策のPRといったコンテンツを積極的に発信していく。(pp.22-23)

これは本当につらいところだろうと同情を禁じ得ません。実際、たしかに官庁の側にも問題はあったものの、マスメディアによる行き過ぎた官庁・官僚バッシングと、それに悪乗りするかのような政党・政治家による政局絡みの官庁・官僚批判が、官庁・官僚に対する誤った認識を国民に植え付けてしまったことは否定できないように思われます(もちろん正しい指摘もあったわけですが)。
ここで提言されている情報発信施策についても、まったくやられていないかと言えばすでに相当やられています。それでも、やはりマスコミの巨大な力に較べると浸透力がかなり見劣ることはどうしようもないわけで、マスコミにもう少しまともでバランスの取れた姿勢がなければ…という話にならざるを得ないのではなかろうかと思います。加えて、「政治主導」を標榜する現政権の政務三役が、はたして財務省が「定期的に国民に説明し対話」することに「連携」してくれるものかどうか。菅大臣はどうお考えなのでしょうか。
さて、報告書ではより具体的な業務効率化への提言も述べられていますが、その中でもまたワークライフバランスが出てきます。

…これからの財務省職員の働き方を考えるに当たっては、「必要とあれば寝食を忘れて職務に専念する」ことと「平日にデートもすれば、家族サービスもする」ことをバランスさせること、すなわち「ワーク・ライフ・バランス」の推進が求められる。
 ここで言うワーク・ライフ・バランスとは、単なる在庁時間の削減ではない。業務の効率性・生産性を向上させ、個々の職員の生活の充実を目指すことである。すなわち、財務省に多様な職員が勤務し、職場以外の人間関係から得られるものを糧としながら、新たな価値としての質の高い政策を創造し国民に還元することにその主眼がある。如何に優秀な職員であっても家に寝に帰るだけの集団では新しいものは生まれない。仕事以外の場でしっかりと活動し、多様な人間関係を築くことは、財務省の政策立案能力にとって有益である。
 具体的には、業務の効率性・生産性を向上させるための生活の充実は、個々の職員の事情によって異なる。「デート」や「家族サービス」の場合もあれば、広く自己研鑽のための読書や外部との勉強会、地域活動への参加等も考えられよう。こうした「ライフ」の充実を通じ、財務省職員がより創造力豊かな存在となり、ひいては「ワーク」における成果の向上が期待される。

私などはこれを深い感銘とともに読んだわけでありまして、これこそがダイバーシティ・マネジメントの真髄にも通じる、あるべきワークライフバランスの理念と申せましょう。日経新聞はこの部分を捉えて「菅氏が「平日にデートができる勤務体系を」と掲げた働き方の効率化については、若手職員らの声を反映し「いざとなれば寝食を忘れて」と逆に熱心な仕事ぶりをアピール。優等生的な提言を受け取った菅氏は「ちょっとよくできすぎているな」と当惑気味だった。(平成22年4月20日日本経済新聞朝刊)」http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E3EBE2E0828DE3EBE2E1E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195166008122009000000と報じていますが、いかにも皮相な報道と申し上げざるを得ません。というか、菅財務相ワークライフバランス観が「平日にデートができる勤務体系」だとすれば、これまたお粗末というしかないわけですが、まさかそんなことはなかろうと思いますが…。
さて、その後はITの活用とか会議の見直しとか資料の削減とかペーパーレスとか、そこらのコンサルに投げたんじゃないだろうか(笑)という内容が続くわけですが、なんといっても切実なのはここでしょう。

 国会答弁に関わる業務については、現状、その準備作業や委員会等への出席などに多大な人的資源を投入している。…職員の作業としても、いわゆる「質問取り」への対応、答弁メモ作成に係る省庁間・部局間の調整、答弁メモ作成作業、審査作業、編綴作業、大臣等の答弁者に対する早朝の内容説明、実際の委員会への陪席など、一連の作業を要するため、政策立案や分析・調査などに割くことができる時間が制約される一方で、事前に膨大な数の通告を受けて準備を行った質問が、結果的に当日の委員会では実際には答弁機会のないまま終わるような場合も少なくない。
 さらに、翌日の委員会等における質問内容が前日の夜まで判明しない場合も多く、その内容も予測困難であるために、多くの職員が待機し、対応を要することとなった場合には深夜や朝方まで準備作業に追われることも珍しくない。
…行政府のみでは対応できない事柄ではあるが、例えば、答弁者の柔軟化(大臣以外の政務3役による答弁の拡大)や、審議時間に応じた質問項目数の上限設定、あるいは現在与党内でも議論されている、質問通告の厳格化(通告期限の徹底、通告の書面化等)を同時並行で立法府に進めていただければ、行政府として政策立案等へ一層の資源を割くことができるものと考えられる。(p.36)

 質問主意書については、答弁作成作業を行った上で、法制局審査や部内決裁を経た上で閣議決定を行うというプロセスを要しているため、多くの人的資源を投入している。また、原則として7日以内に答弁を行う必要がある(国会法第75条)ことから、その前の閣議日に間に合うよう、集中的に作業を行うため、他の業務が停滞する場合もある。
質問主意書への回答には閣議決定が必要とされている現行法の下においても、決裁手続きを簡素化する等、行政府としての業務効率化策を検討する必要があるのではないか。
さらに、国会法の改正を必要とする事柄ではあるが、答弁期限の緩和や、担当省庁(複数の省庁にまたがる場合にはそれぞれの省庁)の責任において回答し、閣議に対しては事後報告を行うこととするなど、国会において、事前の閣議決定及びそれに至る多段階かつ集中的なプロセスを要する現在の運用を改めることを検討していただきたい。(p.37)

 国会議員や各政党から行政府に対して行われる資料の要求や、会議における説明要求等については、現在、特段の共通したルールが存在しない。一方、求められる内容は、行政府において既に保有している情報等の場合もあれば、新たな調査・分析や資料作成等を要する場合もある。また、その期限についても明確なルールは存在しないが、短期間で設定されることも多いため、要求される内容及び期限によっては、担当部署において、長時間の超過勤務を余儀なくされることはもとより、通常の政策関係業務が滞る要因となることも珍しくない。
 政党や国会議員に対する説明責任を果たす観点から、今後とも、資料要求や説明要求等に応える必要があることは当然であるが、一方で、要求内容や期限等について何らルールが存在していない現状を踏まえれば、行政府内、あるいは行政府と立法府が一定の共通したルール等を設定することを検討していただきたい。
 その際、既にインターネット等において容易に入手でき即座に対応できるものと、ゼロからの作成を要し相当の時間を要するものなど、その内容に応じて柔軟な対応を行っていただきたい。(pp.37-38)

前日深更の質問通告は野党時代の民主党の常套手段(と思うのですが)でしたし、菅大臣が質問主意書を愛用されていたことも周知(と思うのですが)です。
いずれもきわめてまっとうな議論に思えますが、こうしてあらためて突きつけられてみて、はたして菅大臣はいかがされるおつもりでしょうか。ぜひとも指導力を発揮していただきたい局面ではないかと思うのですが。
提言の最後は公務員制度改革関連のものです。「天下り根絶」によって従来の退職管理が成り立たなくなるにもかかわらず、それに代わるしくみは今後の課題として先送りされている現状から、「職員の間に将来不安が広がっている」「学生にも近年の「公務員バッシング」の風潮と相まって公務員志望を敬遠する傾向が見られる」「現在すでに専門性を公務に還元しないまま若くして去る者もおり」などといった切実な現状が訴えられています。さらには、「このままでは現職中に公務に優先して求職活動を行う者が現れ、公務の継続性や中立性が阻害されるばかりか、本来国民へ提供すべきサービスの質の低下すら招きかねない」と警告しています(pp.39-40)。
行政改革」「ムダづかいの排除」などを唱道する向きからすれば、こうした主張は「身勝手」にみえるかもしれません。しかし、実際に霞ヶ関で働く官僚のみなさん、特にキャリア官僚の仕事ぶりを見るにつけ、こうした声には真摯に耳を傾ける必要があると私は思います。報告書は「無論、我々は「天下り」による退職後の高額な報酬を期待して入省したわけではない」と述べています。たしかに、最初からキャリアを外れて傍流を歩もうと考える人はいないでしょうから、入省の志は間違いなくそうだろうと思います。しかしその一方で、キャリア官僚の現実の処遇、とりわけ課長クラスより前のそれをみると、その能力や努力、働きぶりや同等程度の民間企業人と比較して、かなり低いというのが実態であり、「退職後の高額な報酬」はその「穴埋め」として、職業生活全体を通してのバランスが図られているという側面もあるのではないでしょうか。次官や局長になれなくても「退職後の生活に対して大きな不安を抱かずに済むことが、公務の中立性・公正性を確保しつつ職務に専念できる環境を構成してきたこともまた事実である」ことは、なるほど事実として認めた上で議論する必要があるでしょう。
もちろん、現状のままでいいというわけではなく、報告書はいくつかの提言をしています。

…従来「天下り」やキャリアシステムに代表される閉鎖的だった公務員制度をオープンなものに改めていく必要がある。その際、官民を通じて有能で多彩な人材が、魅力ある公務の世界に結集し、有為な人材が誇りと安心を持って精励できるよう、採用から退職までの制度全体にわたるトータルな改革を実施していく必要がある。具体的には、官民交流の本格的推進により、産学官の有為な人材が、民間のノウハウ(コスト意識)を各行政分野で活用しつつ、生涯を通じ双方向で交流することができる社会を構築していくことが重要である。(p.41)

うーん、それにしても解決策がこれでは…。オープンなシステムはもちろんいいのですが、結局はキャリアコースから外れた官僚は外郭団体がダメだというのなら民間で面倒をみろということですよねこれは。ということは、若い頃に比較的低賃金でこき使っておいて、その穴埋めは自分でするのではなく民間企業にやらせようということですか。まあ、天下りで税金で穴埋めするよりは民間企業に穴埋めさせたほうがいいじゃないか、と思う人もいるかもしれませんが…。
まあ、多少はそういう面が残るのは致し方がないにしても、やはり現状のあまりにも極端な後払い賃金のままでは、民間への転出もなかなか進まないのではないでしょうか。まずは賃金体系の見直しは必須でしょう。

…再就職のあっせんが禁止されたことを踏まえ、原則定年までの勤務可能とする一方、組織の活力維持の観点から、一定期間勤続した幹部職員等が、処遇は低下するものの定年まで公務で知見を活用するか、自らの専門性を活かして定年前に自力転職するかのいずれかを選択する「民間準拠の複線的な退職管理」への転換を図っていくべきである。こうした観点から、専門スタッフ職の活用、役職定年制の導入(給与体系のあり方の見直し)、民間準拠の早期退職制度の導入等を検討する必要がある。同時に、諸外国や民間の状況も踏まえつつ、雇用と年金の連携を図ることができる仕組みの構築に向けた検討を進めるべきである。(p.41)

これは概ねまっとうな提言といえるのではないでしょうか。上で書いたように、これに加えて若年時からの賃金体系の見直しも必要でしょう。これは若年期の賃金を上げる話になるので、自分から言い出すのはなかなか理解が得られにくいという判断が働いたのかもしれませんが…。
いっぽう「雇用と年金の連携を図ることができる仕組みの構築」というのは、後に出てきますが具体的には「年金と雇用の連携を図るため、定年を年金受給開始年齢まで延長するとしても、当面の間、退職後年金受給開始年齢までの就労を可能とする必要がある」(p.42)ということでしょう。定年後の職場としてのスタッフ職の拡充も訴えられています。「民間の状況も踏まえつつ」などといった文言も見られますが、あまり民間に較べて突出してしまうと理解は得にくいかもしれません。
全体として、世間の風潮として官庁・官僚への理解や共感を欠きがちな中で、あれこれと配慮しながら、幅広く網羅的に議論を展開した報告書という感じで、もっと言いたいことを言えばいいのに、という印象は禁じえません。それが「優等生的」というイメージを与え、しかもマスコミで面白おかしく報じられてしまうというのは、まことに気の毒な感があります。菅大臣はとりあえず提言どおりに事務次官を「最高業務改善責任者(CMO)」に任命したとのことですし、これに携わった各位には逆風にめげずに業務改革と日常の公務に邁進してほしいと思います。