新しい腰掛け

きのうのエントリを書いていて拾ったネタです。「AERA」6月22日号から、「新しい腰掛け?育休KY社員」という辛辣な標題がついていて、小林明子の署名があります。

 まだ陽も高い午後3時半。3人のママ社員たちが3分差で姿を消していく。
 大手メーカーに勤めるミカさん(39)が3年前に配属された部署は、育児休業明け社員の受け入れ先。半年間で次々と3人が復職し、独身はミカさんだけ。短時間勤務のママたちがやり残した仕事が降りかかってくる。
 コピー、お茶汲み、会議室の予約、回覧板のチェック……。たいした仕事ではないのが余計に気に障る。3人でこの程度の仕事? ユルい、ユルすぎる。
 ママたちは責任ある仕事を任されそうになると、
「みなさんに迷惑をかけるだけですから」
 と、きっぱり辞退するのだ。

 ミカさんは40歳を前に婚活中。ずっと仕事優先で総合職に転換までしたのに、今の仕事といえばママたちの尻拭い。会社にとっては「何でも屋」の女性総合職がひとりいれば、育休社員の代替要員を雇わずに済んで好都合なのだろう。そのための配置転換だったのか……。
 そんな待遇にも甘んじているのは、いずれは自分も出産して制度を使いたいからこそ。ママ集団を敵に回すのはご法度だ。でも、やっぱり思ってしまう。
 制度をフル活用して腰掛けしてない?

これは「ママたち」の問題というよりは会社の人事管理の問題でしょう。
この会社は総合職と一般職のコース別人事制度を採用しているようですが、仕事がキツかろうがユルかろうが、賃金がそれに見合っていれば不満も出ないわけで、総合職と一般職の賃金に仕事の違いに見合った格差があるのであれば、総合職の側もそれほど文句は言えないはずです。極端な話これが正社員の「ママたち」ではなく、時給900円のパートタイマーなら「ミカさん」だって文句はないでしょう。
逆にいえば、一般職でも仕事内容に関係なく年功的に賃金が上がる制度になっているとしたら、それは総合職の側から不満が出て当たり前です。多くの企業では、一般職の勤続が延びる傾向に対応して、すでにかなり以前に総合職に職変したり仕事がアドバンスしない限り賃金が頭打ちになるような賃金制度に改定しているでしょう。それを実施しないままに、育児休業取得が増えればさらに勤続は延びるわけで、これは賃金の公平感という面だけでなく、人件費管理という側面でも問題があると申せましょう。
そのうえ、「育児休業明け社員の受け入れ先」を作ってしまったというのもお粗末です。周囲が全員フルタイムで残業をしている人も多い、という職場であれば、軽易な仕事だけで短時間就労していればよい、というわけにはなかなかいかず、「それなりに賃金に応じた仕事をしなければ」という自覚を促すでしょう(逆にいうと、それが「育児時間制度が使いにくい雰囲気」につながってしまう危険性もあるので注意が必要ですが)。育児休業明け社員向け職場を作ってしまうと、みんなそうなんだからこれでいいんだ、と何らの問題意識も持てないばかりか、むしろ会社として「それでいい」というメッセージを発しているようなものです。これから育休明け社員がどんどん増加してきたらどうやって対応するつもりなのでしょうか。

 研究者のチハルさん(36)も…泣かされた。同僚は1年間の育休が明ける1週間前に、
「思ったより子育てが大変で」
 と電話1本で退職したのだ。
 彼女はチハルさんより上のポジションでヘッドハンティングされてきた。切迫流産だったらしく妊娠が発覚した直後から休職。好待遇の専門職のため人員は補充されず、同僚たちが必死にフォローしてきた。
「ポストが確保されていることを知りながら復帰直前に退職するなんて、あまりにもKY。もともと戻るつもりがなかったと思われても仕方ないでしょう」
 チハルさんが毒づくには訳がある。昨年結婚し、彼女が復職したら次は自分の番だとひそかに計画していたのだ。育休でキャリアが止まる前にポジションを上げておこうと準備も進めていた。それなのに男性上司は、
「子どもが1歳だと大変だよね」
 と彼女に同情する始末。違う!と叫び出したい気分だ。
「私まで同じ意識だと思われたらとんだ迷惑。最悪の前例を作られましたよ」

まあ、妊娠も切迫流産も「思ったより子育てが大変で」も事前に予測できないといえばできないわけで、退職した本人にしてもせっかくの好ポストを手放すことは痛手かもしれません。たしかに職場もいい迷惑でしょうが、今後はこうしたことは想定しうる状況と考えなければならないのでしょう。
もちろん、上司が同情する一方で「チハルさんもきっとそのうち妊娠して、育休を取ったら復職せずに退職してしまうかもしれないな。だったら、彼女をポジションアップさせるのは見送っておこうか」などと考えてしまったら、これはたしかにチハルさんにとっては大迷惑でしょう。ただ、これも退職した人が悪いというよりは、この上司のこうした考え方に問題があるわけで、同情するのはご自由としても、こうした一例を一般化してチハルさんにまで当てはめることがないように意識をきちんと持つ必要があるでしょう。
それはそれとして、育児休業制度は育児と仕事の両立を支援するためのもので、当然ながら休業後は復職することが前提となるわけですが、実際には休業が終了するとそのまま退職する人も少なくなく、復帰率は80%台にとどまるのが現実です。そのため、育児休業中は雇用保険から賃金の4割相当の育児休業給付が給付されますが、これについてはうち3割相当を育児休業期間中に支給される「育児休業基本給付金」とし、1割相当を育児休業が終了して6か月経過した時点で支給される「育児休業者職場復帰給付金」とに分けることで、復職を促す制度になっていました(暫定措置として、当分の間は職場復帰給付金を2割相当、総額を5割相当とする増額が行われています)。
ところが、先般の雇用保険法の改正でこれを一本化し、暫定5割相当の給付を全額育児休業中に給付することとされました。育児休業期間の収入確保を優先するとの判断でしょうが、これによって記事にあるような事例は増加することが容易に推測されます。致し方のない事情がある場合も多いのでしょうが、安易に「もらえるものはもらってからやめた方が得」といった考え方で休業後退職するのは、職場だけでなく後進の女性たちにも迷惑がかかるのだということは認識していただく必要があるでしょう。

…両立支援の制度が整うほど、制度を使える人と使えない人の間に格差が生まれ、不満がくすぶる。
 法政大学の武石恵美子教授(女性労働論)はこう話す。
「育休を取る人が少ないうちは個別対応で済んだが、これだけ増えると、休業中や復帰後の評価体系を制度化することも必要になる。今後は介護で休む管理職も増えるのでなおさらです」
 昇進が遅れないよう育休中の評価を下げない企業もあるが、休んだ人より働いた人のほうが評価が低くなれば、不満も出てくるだろう。
「休んだ人を特別に優遇する必要はないですが、育休中や時間短縮分は無報酬だと知らない同僚も多い。浮いた人件費をフォローした同僚に還元するなどの配慮をすることで、軋轢は避けられるのではないでしょうか」(武石さん)

「休んだ人を特別に優遇」して「昇進が遅れないよう育休中の評価を下げない」のでは不満が出て当然でしょう。能力、職務、貢献度、評価の尺度はいろいろでしょうが、やはり休んだことでこれらに影響が出たのであれば、それはそれに応じた評価をしなければ、周囲の納得は得られないと思われます。
「育休中や時間短縮分は無報酬だと知らない同僚も多い」というのはにわかには信じられないのですが、それがそのとおりとして(そのとおりでなくても関係ないのですが)「浮いた人件費をフォローした同僚に還元する」というのは、少なくともダイレクトに行うことは実務的には困難です。現実には、「浮いた人件費」は育休などをカバーする同僚の残業が増える分の残業代になったり、あるいは穴埋めのために雇用したパートタイマーの人件費になったりします(そういう意味では「浮いた」わけでもないわけです)。まあ、仮に「浮いた」人件費がカバーした同僚に残業代として「還元」されたとしても、同僚がそれだけで納得するかというとそうとも思えません。工数相当の人件費に加えて、評価の面でも休業などの結果を反映した(休業そのものを反映するのではありません。為念)ものにしていかなければ、職場の理解も納得も得られないでしょう。

 マユミさん(32)は4年前、出産退職が当たり前だった会社で、初めて育休を取った。
「誰かが前例を作らなければ変わらないから、AKY(あえて空気を読まない)戦略。やれるだけやるつもりでした」
 復職後、夜の接待は同僚に代わってもらい、取引先には時間厳守を頼んだ。昨年、2人目の妊娠を男性上司に報告すると、冷ややかに言い放たれた。
「それでもまだ働きたいんだ。すごいね」
 2人目の育休明けの直前、会社からメールで復職を延ばすよう宣告された。「育休切り」だった。子育ても仕事もしたいというのは、KYなのか──。

話もここまでくると、職場の人間関係や感情論に入ってきますので、なかなか難しい問題になってきます。
もちろん「出産退職が当たり前」や「育休切り」は論外ですし、子育ても仕事もしたいというのも決してKYではないでしょうが、AKYがKYなのは定義上明白でしょう。「誰かが前例を作らなければ変わらない」というのはそのとおりとしても、それこそ悪しき前例を作ってしまうと悪いほうに変わってしまいます。マユミさんは残念ながら、「誰かが前例を作らなければ」とリキむあまり、悪しき前例になってしまい、「育休切り」という悪い方向に変えてしまったという結果に終わってしまったのでしょう。
まだしも育休自体は法的に認められた権利ですから当然のこととして堂々と取るのもいいかもしれませんが、「夜の接待は同僚に代わってもらい」「取引先には時間厳守を頼んだ」というのを「やれるだけ」やれば、周囲が冷淡になるのは当然のことでしょう。「私は育児をしているのですから、私のためにあなたが私に代わって夜の接待に行くのは当然です」とか、「私は育児をしているのですから、私のためにあなたが時間厳守するのは当然です」とかいうのは、それはひとつの理想ではあるのかもしれませんが、しかし一足飛びにそれをやろうとするのも現実的ではありません。たまには夫に協力してもらって夜の接待も対応するとか、取引先が遅れたときには「申し訳ありませんがどうしても都合で帰らなければならないので、代わりに○○さんに対応してもらうよう頼んでおきますので…」とか、自分自身も努力している姿を見せながら、それこそ「同情」を集めつつ漸進的に進めていくのが賢明な方法なのではないでしょうか。「マユミさん、あれだけ頑張ってるんだから、2人めも応援してあげようか…」と職場で思ってもらえれば大成功。もっとも、そんないい職場、話のわかる上司ばかりだったら苦労はしない、というのもあるかもしれませんが…。