労働政策を考える(12)改正育児・介護休業法

さらに続けて、「賃金事情」2579号(2010年2月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。


 昨年6月に改正育児・介護休業法が成立し、一部を除いて今年6月30日に施行される予定となっています。この法律は、第1条に「子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、もってこれらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に資することを目的とする」とされているように、仕事と子育ての両立を目的としていますが、今回の改正では「少子化対策」の観点が強調されていることが特徴といえるでしょう。
 その中でも最大の改正点は、労働時間短縮の強化です。具体的には1年以上勤続した労働者について、子が3歳に達するまでの短時間勤務制度の義務化と、所定外労働免除の制度化が求められています。
 改正前は、子が3歳に達するまでの間は「勤務時間短縮等の措置」が求められ、短時間勤務や所定外労働免除もその選択肢とされていましたが、これらの制度を導入している企業はそれぞれ2〜3割にとどまっていました。いっぽう、2〜3歳の子を持つ母親からはこれらに対する要望が他の制度より強い(ニッセイ基礎研「今後の仕事と家庭の両立支援に関する調査」2008年)ことから、今回の法制化となったものです。昨年末に発出された通達をみると、短時間勤務については「原則として6時間」とされており、これはあまりに勤務時間が短すぎると賃金の減少やキャリアへの支障といった影響が大きく、本来の趣旨に反するという考え方と思われます。「原則として」というのは、たとえば所定労働時間が7時間45分の場合には5時間45分という制度でも許されるという趣旨とされています。なお、交替制勤務に従事する労働者など短時間勤務が事業運営上困難なケースについては原則として過半数組合または過半数代表者との協定によって適用除外できることとされていますので、こうした勤務形態のある企業では、労使で対応を協議することが必要になりそうです。
 もっとも、短時間勤務や所定外労働免除が求められているのは決して3歳までではありません。同じ調査によれば、この二つを望む労働者は子が3歳まででは47%なのに対して、小学校1年〜3年では81%に達しており、中学校1年〜3年でも56%となっていますので、これをみると3歳までという今回の法改正の効果はある程度限定的とならざるを得ないでしょう。とはいえ、子が2歳から小学校3年までとしてもおよそ8年間、中学校卒業までとなると14年間という長期にわたりますし、子が2人、3人となるとこれがさらに長くなることを考えると、「本来はフルタイム勤務で、育児の期間は例外的に短時間勤務」というしくみでは成り立たないことは明らかで、これに対応するには対象者のための新たな雇用管理区分を設け、業務内容や労働条件、キャリア開発なども他の従業員とは異なるものとしていく以外に現実的な対応はなさそうです。そうなったときに、アンケート調査と同じだけの割合の人が短時間勤務や所定労働時間免除を選択するかは疑わしく、職業人としてのキャリアのために時間外労働も行いたいと考える人もある程度はいるのではないかと思われます。また、大都市圏などで通勤に長時間を要している人にとっては、2時間の勤務時間短縮では不十分なケースも多いことも容易に想像されます。結局のところ、労働時間面の対応だけでは効果には限界があるのであり、託児サービスの大幅な充実など、短時間勤務を選択しなくてもすむような育児インフラの整備を並行して進める必要があるでしょう。
 さて、今回の改正で特徴的なのが、父親の育児休暇取得促進策です。具体的には、父母がともに育児休業を取得する場合は1歳2か月までの間にそれぞれ1年間の育児休業を取得可能とするという「パパ・ママ育休プラス」が導入され、延長された期間についても育児休業給付等を支給するとされています。また、父親が出産後8週間以内に育児休業を取得した場合には、再度の育児休業取得が可能とされました。これは、母体の回復期で父親の休業取得ニーズが高いであろう出産後8週間について、将来の再取得を可能とすることで取得促進をはかりたいとのことで、これを「パパ休暇」として普及させたいという意向のようです。加えて、改正前には配偶者が常態として子を養育することができる場合には労使協定によって育児休業の適用を除外できましたが、これが廃止されました。これまでは、妻が専業主婦だと夫が育児休業を取得できない状況があったわけですが、専業主婦のほうが育児不安が大きいという現状があるため、少子化対策としてこの規定を廃止したということのようです。
 これらの施策については、はじめに紹介した「仕事と子育ての両立」という育児・介護休業法の目的からは逸脱していると言わざるを得ないわけですが、行政として男性の育児休業取得・育児参加を促進したいという強い意志を示したものでしょう。現実にはこれらの施策は男性の育児休業取得に大きなインセンティブを与えるものではなく、取得にあたっての制度的な障害を取り除くといったものなので、どれほどの効果が上がるかは未知数です。とはいえ、事実上男性のみに大きなインセンティブを付与するのも難しいでしょう現実をみると、まだまだ低いとはいえ男性の育児休業取得率は向上しつつあります。あまり急いで結果を求めるのではなく、障害の除去とともに広報・啓発活動による意識の向上をはかるといった地道な活動を続けることが必要なのだろうと思われます。
 その他の改正点として、看護休暇や介護休業の充実、利便性の向上がはかられたほか、企業名公表制度が新設されました。従来は法違反に対する制裁措置がなく、行政指導を中心とした是正が行われてきましたが、今後はこうした是正勧告などに応じない場合、企業名を公表できることとなりました。
 実際、勤務時間短縮等の措置については以前から義務化されているにもかかわらず、なんらかの制度を導入した企業の割合は4割強にとどまっているのが現実です(厚生労働省「女性雇用管理基本調査」2005年)。今回これをさらに強化したわけですから、行政指導だけでは限界があることも事実でしょう。そのいっぽうで、こうした取り組みは労使の自主的な努力を通じて進展することが望ましいことも間違いなく、労働基準法のように刑事罰を設けることも適切とは考えられませんので、企業名公表は制裁のしくみとしては適切だろうと思います。とはいえ、その運用は十分慎重に行われる必要があるでしょう。類似の案件で一方は企業名を公表され他方は公表されないといったことが起きることは好ましいことではありませんし、不必要に多数の企業名が公表されると、かえって「他にも実施していない企業がたくさんある」という意識が生まれて、取り組みが遅れかねないという懸念もあります。助言、指導や勧告などでねばり強く改善を進めていただき、それでも改善の意志がみられないといった悪質なケースに限って企業名公表に踏み切るのが望ましいのではないかと思われます。