ホワイトカラー・エグゼンプションとは何なのか

ホワイトカラー・エグゼンプションがこれほどのホット・イシューになるとは少々意外でした。まあ、ホット・イシューになること自体は悪いことではないのですが、正確な理解を欠いたままにホット・イシューになってしまったため、議論が混乱して世論が誤った方向に向かっているのは困ったものです。
実際、現状の今回のWEをめぐる議論は、労働条件分科会報告、労働政策審議会建議で提示されている新制度についての理解を大幅に欠いていることは否定できません。議論に参加する人の多くは(意図してか意図せずにかは別として)自分で「こうだ」と「思い込んだ」WEを前提に発言していました(その代表例が朝日新聞の「残業代ゼロ」です)。それが混乱の最大の原因で、その責任の多くはマスコミにあります。
そこで、あらためて今回提示されたWEがどのようなものなのかを確認してみたいと思います。まずは分科会報告を引用します。

5  自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設
 一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとすること。

[1]  制度の要件

(1)  対象労働者の要件として、次のいずれにも該当する者であることとすること。
i  労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること
ii  業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること
iii  業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること
iv  年収が相当程度高い者であること
 なお、対象労働者としては管理監督者の一歩手前に位置する者が想定されることから、年収要件もそれにふさわしいものとすることとし、管理監督者一般の平均的な年収水準を勘案しつつ、かつ、社会的に見て当該労働者の保護に欠けるものとならないよう、適切な水準を当分科会で審議した上で命令で定めることとすること。
 本項目については、使用者代表委員から、年収要件を定めるに当たっては、自由度の高い働き方にふさわしい制度を導入することのできる企業ができるだけ広くなるよう配慮すべきとの意見があった。

[2]  制度の導入に際しての要件として、労使委員会を設置し、下記(2)に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとすること。

(2)  労使委員会の決議事項

I 労使委員会は、次の事項について決議しなければならないこととすること。

i 対象労働者の範囲
ii  賃金の決定、計算及び支払方法
iii  週休2日相当以上の休日の確保及びあらかじめ休日を特定すること
iv  労働時間の状況の把握及びそれに応じた健康・福祉確保措置の実施
v  苦情処理措置の実施
vi  対象労働者の同意を得ること及び不同意に対する不利益取扱いをしないこと
vii  その他(決議の有効期間、記録の保存等)

II 健康・福祉確保措置として、「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することとすること。

III 制度の履行確保

(1)  対象労働者に対して、4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数(104日)以上の休日を確実に確保しなければならないこととし、確保しなかった場合には罰則を付すこととすること。
(2)  対象労働者の適正な労働条件の確保を図るため、厚生労働大臣が指針を定めることとすること。
(3)  (2)の指針において、使用者は対象労働者と業務内容や業務の進め方等について話し合うこととすること。
(4)  行政官庁は、制度の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、使用者に対して改善命令を出すことができることとし、改善命令に従わなかった場合には罰則を付すこととすること。

[4]  その他
 対象労働者には、年次有給休暇に関する規定(労働基準法第39条)は適用することとすること。

 なお、自由度の高い働き方にふさわしい制度については、労働者代表委員から、既に柔軟な働き方を可能とする他の制度が存在すること、長時間労働となるおそれがあること等から、新たな制度の導入は認められないとの意見があった。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/s1227-15a.html。なお、項目番号については括弧付き数字が頻用されていてまぎらわしいので一部変更しました)

なお、文中にある年収要件については、分科会で審議して決定となっていますが、その後厚生労働省が「900万円」という数字を示しました。
なかなかわかりにくい文章で、それも理解が進まない一因でしょうが、ここで示されているWEとはどんなものなのでしょうか?
労働基準法では、労働者保護のために労働時間の上限を定めています。

  • 以下の説明は簡略化しており、厳密に正確ではありませんのでご注意願います。

具体的には、1日8時間、1週40時間です。また、1週1日の休日を設けなければなりません。これらの上限を超えて、あるいは休日に労働させるためには、過半数労組や過半数代表者と、超えることができる理由や、超える時間の上限を定めた協定(いわゆる36協定)の締結が必要となります。そして、時間外労働、休日労働をさせた場合は、割増賃金を支払わなければなりません。管理監督者やみなし労働時間制(裁量労働制もこれに含まれる)、変形労働時間制などいくつかの例外はありますが、基本はかなりシンプルな規制です。
なお、労働時間については、労働安全衛生法にも規制があり、週40時間を超える労働が1月当たり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて、医師による面接指導を行わなければならない、とされています。
そこで報告をみると、今回のWEは、一定のホワイトカラーについて、1日8時間、1週40時間の上限と、割増賃金の適用は除外されることになります。ただし、もう少し詳しくみると、1日8時間と1週40時間の規制については、もともと労使協定で適用除外できるところ、WEには労使委員会の決議が必要となり、集団的手続による適用除外という点では実は変わりありません(むしろ、手続だけみると労使委員会の方が強い規制でしょう)。したがって、WEで規制緩和になるのは、36協定で定める上限時間がなくなることと、割増賃金の支払がなくなることです。
ただし、労働安全衛生法で定めている「100時間で医師の面接指導」については、WEでは『健康・福祉確保措置として、「週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施する』となっており、規制強化されています。
また、休日については1週1日の規制がWEでは4週4日かつ年間104日となり、これもむしろ規制強化と考えていいでしょう。
すなわち、WEとは、つきつめれば「賃金を時間割で計算しなくてもよい」という規制緩和であり、労働時間そのものについては事実上ほぼ規制緩和ではないのです。
ですから、これがワーク・ライフ・バランスにつながるとか、少子化対策となるとか、あるいは生産性が高まるとか創造性が発揮されるとかイノベーションにつながるとかいうのは、たしかにそうなる人もいるかもしれませんが、必ずそうなるというわけではまったくありません。このあたりは、政府や、経団連などの推進論者の議論もややミスリーディングになっています。