労働条件分科会の報告書案

信州で山籠もりをしておりました。さてこの間16日には労働条件分科会が開催されて「今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)」が資料として提示されたようです(これからも労使での議論があるでしょうからこのとおりまとまるかどうかはわかりませんが)。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000071224.pdf
まずは注目を集めた「新しい労働時間制度」について見ていきたいと思いますが、資料ではこれに「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)」という名称が付せられました。
内容的にはおおむねすでに先行して報じられているとおり(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150113#p1)で、以下の2つの観点からはきわめて物足りないものにとどまっています。

  1. 仕事を通じて・仕事を利用してキャリアや能力を向上させようと考える意識の高い労働者が健康を害しない範囲で時間を気にせず働けるようになる(具体例としてはhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140602#p1で書いているような人。なおこれなら企画業務型裁量労働制を適用できる可能性はありますが、みなし労働時間じゃないだろうという話ですので為念)
  2. 現在すでに多数存在する、人事管理上は労基法上の管理監督者扱いになっているもののその適合性には疑問のある労働者について、より保護に欠けない制度を適用できるようにする

年収要件の1,075万円というのはまあ最初はそんなもんかと思わなくもないのですが(かなり安全サイドだなとは思いますが)、対象業務を限定しようとしているのが非常に残念です。もちろん一定の限定は必要ですが、高めの年収要件をおいていることでもあり、事実上幹部候補生のホワイトカラーなら対象とできるくらいの緩やかなものにして、あとは労使委員会に委ねれば十分というか、適用業務をずらずらと列挙するのに較べてもよほど各労使の実態に即した適切な運用ができるのではないかと思います。
ここは法案成立後にあらためて審議会で議論して省令で定めるということですので、ぜひ労使でしっかり議論してなるべく多数の上記1.2.のような労働者が新制度を利用できるようにしてもらいたいと思います。
ただまあ正直金融商品の開発とか金融商品のディーリング業務とかアナリストとか列挙されているのを見ると何をそんなに震え上がっているのかという感はあり、当面は使い物にならない制度になるでしょう。まあ日本再興戦略に書かれてしまったので一通りそんな感じの体裁を整えましたということかもしれませんが、しかしこれでは毎年「あの使い物にならない制度をなんとかしろ」と成長戦略に書かれ続けるでしょうね。まあそうやって時間をかけて、徐々に世の中の理解を求め安心を得ながら拡大していくことになるのでしょう。

  • なお短時間で成果を上げて生産性がヘチマとかいう話では成長戦略にならないんじゃないかと言っている人がいるようですがそれはそのとおり(だいたい)。一方で能力向上を通じて中長期には明らかに成長戦略になりうるわけでそこが重要なんですが、結局(短期的に)生産性云々という残業代ドロボー対策的な発想が捨てられないからダメなんですよねえ労使とも。

さてダメはダメとして注目すべき内容もあり、「新しい労働時間制度」の関係で最も注目すべきなのは「健康管理時間」という概念が導入されたことです。なにかというと、賃金支払のための労働時間とは別に、健康管理のための労働時間を考えましょうということで、前回のホワイトカラー・エグゼンプションの議論の当時からそうした意見はありました(私もhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060630で書いています。このへんhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101022#p1もご参照ください)。賃金支払のための労働時間は厳密に確定される必要があるが、賃金が時間割計算されない労働者の範囲を広げるにあたっては、まったく無管理ではさすがに保護に欠けるので、たとえば在場時間などを大雑把に把握してそれで健康管理すればいいのでは、という話です。
ちなみに、今回はこれについては「「事業場内に所在していた時間」と「事業場外で業務に従事した場合における労働時間」との合計」として、「客観的な方法(タイムカードやパソコンの起動時間等)によることを原則とし、事業場外で労働する場合に限って自己申告を認める」ということだそうで、休憩時間とかどうなるのかという感はありますがまあそこは大雑把なものでかまわないと思います。タイムカードやパソコンの起動時間等とか事業場外に限り自己申告可とかいうのもそれで賃金の時間割計算をするわけではないので楽でいいという話であってなにをわざわざ力んでいるのかなあ。いや別にいいんですが。
なお、この資料の最初のほうに働き過ぎ防止対策の話があり、その中で「労働時間の客観的な把握」として、安衛法の医師による面接指導制度に関して「管理監督者を含む、すべての労働者を対象として、労働時間の把握について、客観的な方法その他適切な方法によらなければならない旨を省令に規定」となっているのですが、これは管理監督者については労働時間ではなく健康管理時間であるべきだろうと思います。
その上で、「長時間労働防止措置(選択的措置)」についてはこうなっています。

長時間労働防止措置について、具体的には、制度の導入に際しての要件として、例えば以下のような措置を労使委員会における5分の4以上の多数の決議で定めるところにより講じることとすることが適当。
(1)労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとすること。なお、この「一定の時間」については、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定することが適当。
(2)健康管理時間が1か月について一定の時間を超えないこととすること。なお、この「一定の時間」については、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定することが適当。
(3)4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとすること。

「例えば以下のような措置」なので必ずしもこれらのいずれかでなければならない、というわけではないのでしょうか。ここ結構重要なような気がしますがこの資料だけでははっきりしません。さすがに分科会では確認が入っていると思うのですが…。
言うまでもなく(1)は勤務間インターバル規制、(2)はおおむね総労働時間の上限規制であって、労働サイドとしては「新しい労働時間制度」導入を容認するのと引き換えにこの2つを曲がりなりにも法律に書かせた、というディールになっているのかもしれません。これが使われるかどうかはもちろん「一定の時間」次第になるわけですが、そもそもこの制度のほとんどの適用者にとっては(とりわけ上記のようにきわめて限られた範囲の場合は)そんな規制余計なお世話だということでしょうから、まあよほど緩やかな規制にしなければこれまた使い物にならない制度になるでしょう。もちろんその場合は年間104日の最低休日規制に服することになるわけでありそれで問題があるというわけではありませんが、104日も多すぎるという対象者も多そうですが…。
ということで「新しい労働時間制度」に関してはまあ骨抜きという結論でよさそうなのですが、この資料にはそれ以上にもっと注目すべき論点がいくつかありますので、順次書いていきたいと思います。
まず注目されるのが年次有給休暇の一部について使用者による時季指定を義務付けるというものです。

年次有給休暇の取得率が低迷している実態を踏まえ、年次有給休暇の取得が確実に進むよう、年●日間の年次有給休暇の時季指定を使用者に義務付けることが適当。
・ 具体的には、労働基準法において、計画的付与の規定とは別に、有給休暇の日数のうち年●日については、使用者が時季指定しなければならないことを規定することが適当。

・ なお、使用者は上記の時季指定を行うに当たっては、(1)年休権を有する労働者に対して時季に関する意見を速やかに聴くよう努めなければならないこと、(2)時季に関する労働者の意思を尊重するよう努めなければならないことを省令に規定することが適当。

これ自体は私も過去繰り返し提案してきたことであり(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20071024http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090423http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091019など)、取得促進のためには避けて通れない施策だと思います。ただ、時季について事前に希望を聴取するのはいいと思いますが、尊重まで努力義務にするのはやや踏み込み過ぎの感はあります。また、日数については●日となっていて具体的な記載はありませんが、将来的には相当日数にしていくとしても、時間をかけて漸進的・段階的に進める必要があるように思います。
次に注目したいのが、「労使の自主的取組の促進」として、労働時間等設定改善企業委員会の機能強化が打ち出されていることです。

…具体的には、労働時間等設定改善法に、企業単位で設置される労働時間等設定改善企業委員会を明確に位置づけ、同委員会における決議に法律上の特例を設けるとともに、同法に基づく労働時間等設定改善指針においても、働き方・休み方の見直しに向けた企業単位での労使の話合いや取組の促進を新たな柱として位置づけることが適当。

残念ながら現段階では「決議に関する特例は、労働基準法第37条第3項(代替休暇)、第39条第4項(時間単位年休)及び第6項(計画的付与)について設けることが適当」ということで、労使協定の代替の範囲を出ない(まあそれが特例ということなのですが)ものにとどまっていますが、せっかく「労使の自主的取組の促進」ということで同委員会を法的に「明確に位置づけ」るのであれば、現行法制における労使協定の代替にとどまらず、さらなる特例の拡大について大いに踏み込んで考えてほしいと思います。ところで年次有給休暇の計画的付与ってすでに特例になっていると思うのですが私の勘違い?
続いてフレックスタイム制ですが、清算期間の延長もさることながら、実務的に大いに歓迎したいのは次の点です。

・ 完全週休2日制の下では、曜日のめぐり次第で、1日8時間相当の労働でも法定労働時間の総枠を超え得るという課題を解消するため、完全週休2日制の事業場において、労使協定により、所定労働日数に8時間を乗じた時間数を法定労働時間の総枠にできるようにすることが適当。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが過去のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140428#p1、終わりの方の「完全週休2日制の場合における、月の法定労働時間の「枠」の特例」で解説しています)もご参照ください。これはフレックスタイム制導入時から実務的には大問題として指摘されてきたことなのですが、今回ようやく解決に向かいそうです。これが実現すれば労働政策分野では久々のいい話になりそうだ。
「新しい労働時間制度」とも関係する裁量労働制の見直しについては、企画業務型裁量労働制に次の2類型を追加するとしています。

(1)法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る営業の業務…
(2)事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務…

細々した注釈は省略しました。(1)は役所のマニュアルで「個別の営業活動」に×印がつきまくっているわけですが、まあすべて×というわけではないだろうということでしょうか。いろいろ具体的な議論があってこの2つが出てきたということだと思います。こちらの範囲拡大も実態に応じて進めてほしいと思いますが、やはりみなし労働時間というのは理論的に問題含みではないでしょうか。また、「なお」として「企画立案調査分析業務と組み合わせる業務が、個別の製造業務や備品等の物品購入業務、庶務経理業務等である場合は、対象業務とはなり得ない」とされているわけですが、まとまった仕事を完結的に遂行する場合にはこれら業務も一体に実施したほうがいい場合も多いわけで、あまり厳格に解するべきではないでしょう。
最後の方でおまけみたいに(失礼)くっついている「5 その他」と「6 制度改正以外の事項」ですが、これが実は注目すべき内容を含んでいます。たとえば過半数代表者については「「使用者の意向による選出」は手続違反に当たるなど…監督指導等により通達の内容に沿った運用を徹底する…」などと書かれていますし、管理監督者についてもその「範囲について、引き続き既往の通達等の趣旨の徹底を図る…」とされています。管理監督者に関しては過半数代表者とは異なり「監督指導等により徹底」などの文言はありませんが、ここはぜひとも実態をふまえた運用をお願いしたいと思います。ファストフードやファミレスの店長は管理監督者ではないというのは大いに徹底してほしいと思いますが、管理職クラスに昇進して労組も抜け、それで満足度高く就労しているスタッフ管理職まで杓子定規に指導すると労使ともに不幸になりますので。
そして最後の「6 制度改正以外の事項」がこれです。

(1) 労働基準監督機関の体制整備
・ サービス経済化の進展や企業間競争の激化、就業形態の多様化といった経済社会の変化の中で、我が国労働者の最低労働条件の履行確保や労働条件の向上を図るために労働基準監督機関が所期の機能を発揮できるよう、不断の業務の見直しを行うとともに、その体制整備に努めることが適当。
(2) 労働基準関係法令の周知の取組等(略)

体制整備についてはとりわけ質的な面を重点に、それを前提に量的な面でも、ぜひとも進めていただきたいと思いますが、「労働条件の向上を図るため」は悪乗りじゃないでしょうか。労働基準法1条2項は「労働関係の当事者」には労働条件向上の努力義務を課していますが、それを労働基準監督機関の主たる目的かのように書くのはいかがなものかと(お、使ってしまった)。
ということで目玉のはずの「新しい労働時間制度」は骨抜きですが、その他の部分ではいろいろと張り切った報告書案になっていると思います。正直働き過ぎ防止については「新しい労働時間制度」導入の前提のような位置づけで成長戦略に書かれたのをいいことにあれこれ押し込んでいるわけで、まあヒサシを貸して母屋を取ったぞ(あれ何かヘンだな)というところかもしれません。