“中流危機”を越えて第2回(1)

 第1回が思いのほか(失礼)面白かったので第2回も視聴してみました。今回は「賃金アップの処方せん」とのことで(https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2022092525671)、いわく「賃金アップに繋がる成長産業を生むため、社員の学び直し“リスキリング”に挑む日本企業や、パートタイマーの管理職登用など正社員と非正規雇用の格差縮小に努める小売業大手の最新の動き。ドイツは国を挙げた取り組みで、自動車工場を解雇された労働者がIT企業に転職し、新たな収入を確保。オランダは労働者の半数近くいるパートタイムが、正社員と同等の時間給や手当を手にし、女性の社会進出も進む。賃金アップのカギは⁉」とのことで、「賃金アップの処方箋」として「リスキリング」と「非正規雇用の待遇UP」をあげ、ドイツとオランダの例を紹介していました。ご出演は諸富徹先生(まあドイツなのでわかる人選)、ダイヤ精機社長の諏訪貴子氏、連合会長代行の松浦昭彦氏という公労使三者構成です。なお今回はJILPTとの共同調査結果の紹介はありませんでした。残念(?)
 さてまずリスキリングについては日立製作所さんの事例で、従業員に収益率の高い新規分野で必要なスキルの研修を実施しているという話なのですが、まあ何度も書いていますがこれ自体は日本の多くの大企業で古くから取り組まれてきたことなのでそれほど目新しい感じもしません。自己啓発支援でウェブでさまざまなeラーニングが受講できるというのも、こちらは90年代後半の米国でさかんになって、10年くらい前になりますが日本アイ・ビー・エムのヒヤリングに行った際に日本版を見せてもらったことがあります。日立の話に戻りますと番組では労担の執行役員さんが出てきてそういう収益率の高い新規分野のポストに就く人は賃金も高くなるかもしれないと言っておられましたがすでにいるならそういう言い方にはならないだろうなあとは思いました。というか、そもそも日立さんって「ジョブ型」をスローガンに中高年の賃金を抑え込みにかかっていたのでは…?
 ドイツの事例は国家戦略として政労使あげて産業高度化とリスキリングに取り組んでいるというもので、こちらは実際にリスキリングで賃金が上がったという事例も紹介されていました。この言葉は使われませんでしたが要するにIndustrie4.0の話ですね。国策としてITスキルなどの学び直しを支援する、失業中も手厚い福祉的給付があって安心してリスキリングに取り組めるというのは、たしかに参考になるかもしれません。ただまあこれはそれ以前にも積極的労働市場政策とかトランポリン型福祉とか言われて北欧諸国がベンチマークされたことがありましたがあれって今どうなったのかしら。不況期にはなかなかうまくいかないということもわかってきてあまり話題に上らなくなったというのが私の理解なのですが違うのかな。もっともそれとたぶん異なる点だと思うのですがドイツでは企業内でリスキリングを実施したという事例も紹介されていて、日本と同様に労使の努力で取り組むケースもあるようです。ここで大事なのは時間がかかる・かけるべきという話であり、実際メルケルがIndustrie4.0を打ち出したのは2016年であり、また番組中でも企業内リスキリングに「2年かかった」という話も紹介されています。今朝の日経新聞でも三菱地所が全社員にデータ分析教育を実施するという記事(三菱地所、全社員にデータ分析教育 役員含め1万人対象: 日本経済新聞)がありましたし、日本企業もぬかりなく取り組むものと思います。
 ということで新しいスキルを持つ人が増えればそういう人が成長分野に移動して成長産業ができるだろうという前提で番組は進み、もちろん私もそのようにうまくいってくれればいいと思うわけですが、しかし誰か約束できるかというとそういうものでもないでしょう。成長分野の開拓や成長産業の育成そのものにも政策的な支援が重要であろうと思います(まあそれは当然やるということかもしれませんし実際政府の成長戦略にも織り込まれているわけですが)。
 さてもう一つの話題は「非正規雇用の待遇UP」で、こちらの事例はイトーヨーカドーさんになります。流通大手はパートタイマーが現場の基幹戦力になっていることから非正規の活用にはどこも積極的で、正規雇用と一体化した先進的な人事制度・人事管理が導入されていてこれもその一例です。具体的にはパートタイマーがパートタイマーのままに現場管理職(まあ監督職)になれるというもので、番組内での紹介はありませんでしたがイトーヨーカドーさんでは「リーダーパートナー」と呼んでおられるようです。リーダーパートナーになると時給が上がるだけでなく正社員と同額の役職手当がつくのでこれはたしかに賃金アップ、待遇UPです。それにより従業員の意欲や士気が高まり生産性向上につながっているということでまことに好事例と申せましょう。なおイトーヨーカドーさんがリーダーパートナー制度を含む新人事制度を導入されたのは2007年なので、これもやはり時間がかかる、かけるべきということが重要なのだろうと思います。当然ながら制度を作ればそのとおりの組織ができるかというとそんなわけはなく、イトーヨーカドーさんの現在も15年間にわたる努力の成果なのだということですね。
 そういう意味ではもっともっと時間をかけているのがオランダの事例で、オランダの労働時間差別禁止法の制定が当時の当事者の証言とともに紹介されるのですが、番組中にもありますがあれは1994年のものであり、2002年にわが国でも雇用失業情勢の深刻化を受けてオランダに範をとって労働時間短縮によるワークシェアリングで雇用を守ろうという趣旨の「ワークシェアリングに関する政労使合意」が政府と(当時の)日経連、連合の三者で成立しましたが、その際にもまだオランダの働き方、生活は変わりつつあるという評価だったと思います。番組では警察官のシングルマザーとIT企業およびそこに勤務する夫と教員の妻の家庭の事例が紹介されていましたが、あれが広く普及しているのだとすれば、それは2002年から20年をかけて拡大、定着してきたのでしょう。まあ人間の暮らしはそうそう急に変えられるものではないので、それなりに時間がかかると考えなければならないのだと思います。
 さてもう少し書きたいこともあるのですが長くなってきましたので今日はここまでとして、あと1回だけ続きます。