NHKスペシャル“中流危機”を越えて第1回

 ということで見逃し配信を視聴しましたよ。9月18日に放送された表題の番組です。まずもって申し上げますと想像以上にいい内容の番組で、時間の無駄になりそうだとか書いてNHKに謝らないといかん。まことに申し訳ございませんでした(←見てないと思うけど)。JILPTとの共同調査も随所で効果的に使用されており、きちんとした研究機関・研究者と組んで調査するという姿勢も立派なものと思います(番組中では駒村康平先生が解説を務めておられます)。明日(9/25)第2回があるらしいのでそれを見てからとも思ったのですが放送時には視聴できそうもなく録画視聴になりそうなので現時点での感想を書いておきます。
 特にいいと思った点を先に書いておきたいと思いますが、私が先日「「この25年で約130万円減少」ってかなりの部分は高齢化と世帯人員の減少で説明できるんじゃねえかとか思う」と書いた点については、ちゃんと「単身世帯、高齢世帯、非正規雇用の増加の影響がある」とエクスキューズされておりました。もちろんその影響を除いてどうなのか、が知りたいところではあるのですが、これはJILPTが追加的に検証されることを期待したいと思います(というか、たぶんすでに誰かが調べているだろうと思うので探してみよう)。
 若年層で投資への関心が高まっていることを紹介しているのも非常にいいなと思ったところで、まあ別にセミナーに行くまでもなくGPIFが買っているような堅めのETFとかをドルコスト平均法で買い増していくくらいのシンプルなオペレーションでもけっこうな利回りは得られるでしょう。それで将来に対する不安が軽減されるのであればマクロ経済にも有益なはずです。行政もNISAとかidecoとかやってるわけですよ。
 そしてもっとも感心したのは、政労使のさまざまな取り組みは1990年代後半に始まっていたということを、「政労使」「1990年代」の2点でしっかり押さえていたところです。この時期に労使がみずから「賃金より雇用」を選択したわけで、雇用を守るためであれば賃金の抑制はやむなしとしたわけです。番組では具体的には紹介されませんでしたが賞与の減少(ここにかなりの弾力性がある)と中高年の賃金抑制(いわゆる「成果主義」など)、団塊世代の定年(再雇用時に大幅な賃金減)でコストダウンをはかりつつ、非正規雇用比率を上げ、しかし正社員の基本的な生計費である月例賃金については維持してきた(ベアゼロでも定昇は実施してきたので個人レベルでは昇給は続いた)わけですね。そういう意味では、もう一つ非常に感心したのは「ジョブ型」というバズワードが使われていないところで、まあこれは駒村康平先生やJILPT(濱口所長)が監修しているので当然かもしらん。
 ただまあそれが「その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった」という話になるのかというとやや疑問の点もあるわけで、まあこうした雇用と月例賃金を守る労使関係を“企業依存システム”と呼びたいのであればそれはご自由ですが、それを放棄して解雇やら賃下げやらをジャンジャンやれは世帯所得の中間値が505万円を維持できたのかというとそうも思えないわけです。いやもちろん「技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる」ということで、“企業依存システム”をやめれば労働移動が起きて技術革新が進んで企業は増益所得も増加という話なのかもしれませんし、実際番組の最後はそんな話になってはいます。
 とはいえ紹介されている企業事例をみると、一つは銅線を使ったガス溶接の高度技能に強みのある部品メーカーさんなのですが、結局なにがネックかというと価格競争なのですね。番組中でも、価格競争を起点に企業減益、人への投資減、イノベーション起こらず賃金上がらずというパスが紹介されていて、やはり価格競争をなんとかしないとどうにもならない部分が大きいのではないでしょうか(このあたり第2回で踏み込んでくれるとうれしい)。番組中でもこの会社の社長さんが「かつては10万円以上したエアコンが今は3万円」とかいう話をしているわけで、いや10万円以上のエアコンが3万円になるってこれをイノベーションと言わずして何というのかと思うわけですよ。景気循環や経済成長につながっていないからイノベーションではないというのかもしれませんが、それはなぜかというと成果が価格競争のために企業の手元に残らず利益も上がっていないからではないかと思うわけで、これって雇用システムでどうこうできる話じゃないよねえと。やれるとしたら“企業依存システム”をいじるのではなく賃金引き上げを通じて、という可能性はありそうなので、まあ第2回は「賃金アップの処方箋」らしいので期待して待ちますか。番組中でも内部留保がどうこうという話が出てきて、もちろん内部留保が全部企業の金庫や銀行口座にキャッシュであるわけではありませんが、しかし投資先のない資金は従業員に配分すればいいのではないかとは私も思う(これも過去さんざん書いた)。
 ちなみに“企業依存システム”に関してはもう1社紹介されていて、不採算分野から撤退した電機メーカーの事例なのですが、かつての主力事業をたたんで700人くらい人員整理をする一方で、新規事業分野に意欲的に進出して事業構造転換をはかっているという話です。ただまあ新規事業分野では総合商社からの転職者など3割が中途入社ということなのですが、それってそんなに珍しいことなのかしら。入社20年のエンジニアが職種転換して新規分野の開発に従事しているという事例も紹介されていましたが、これも日本企業が古くから営々と取り組んできたことだよねえとも思う。まあそれでうまくいくなら大いにけっこうなことかと思いますが。
 ということで第1回の結論についてなのですが、ここはちょっと絵がないと書きにくいので権利関係などなにかと問題があるとは思うもののツイッターに上げさせていただきました。不都合あればご連絡いただければ削除します。


 まあありがちな図で、雇用を流動化させて成長産業に人材を移せという話です。ここでも繰り返し書いているように、私は「成長産業に魅力的な雇用機会がたくさんあるなら言われなくても労働者は移動するよねえ」と思っているわけですが、“企業依存システム”が魅力的すぎるせいで動かないのだという考え方もあるのでしょう。まあ成長産業に移ればこの先賃金も生活水準も上がるというのであればこういう「成長企業への移動が階段を上る」絵を描いてもいいとは思う。
 ただもちろん、すべての場合でそうなるという保証もないわけで、移動したはいいけれど思いのほかでやはり元の企業にいたほうがよかったという人も一定数出てくることは避けられません。それについてはこの絵では階段から落ちる人で表現されており、転職先の成長企業を退職して失業者になるようなケースが想定されているわけですね。でまあ駒村先生ですから「そういう人が路頭に迷うことがあってはならないからセーフティネットを準備すべき、これは政府の役割」とおっしゃるわけです。もちろん有力なご意見と思います。
 たたここで考えないといけないなと思うのが、セーフティネットが(移動前の)企業よりかなり下に描かれている点で、まあ現実問題としてはそうならざるを得ないでしょうが、「中流」相当のセーフティネットを準備することはかなり難しいだろうということでしょう。番組中で「子ども3人にそれぞれ個室のある一戸建て」が「中流」だ、というような紹介もあったわけですが、その水準のセーフティネットは不可能と言わざるを得ないと思うわけです。なお脱線しますが番組では「生活水準が親世代を上回れない」ことを重視しているわけですが、たしかに親世代は子どもの数だけ個室のある持ち家に住んでいたかもしれませんが(特に東京以外では)、しかしスマートフォンもインターネットもなく、小画面のブラウン管テレビに高いおカネを支払っていたわけで、失われた部分だけを見て「中流」ではなくなったという評価をすることはもう少し慎重であってもいいように思った。すみません脱線しました。
 ということで、理想的に言えばセーフティネット上にいる人もすぐに階段上に復帰できるようにキャリア自律と政策支援をはかるべきだという話になるのでしょうが、やはり重要なのは経済成長でしょう。なんかこの手の議論をする人は成長産業に人材が移動しさえすれば経済成長するのだという前提で話をされることが多いように思いますが(私もそうあってほしいとは思いますが)それほど簡単な話とも思えず、こちらの支援がより重要なのではないかと思いました。何度も書きますが、成長企業が本当に成長企業で魅力的な職場であれば、人材は自発的に移動するだろうと思うからです。