解雇規制の緩和より労働契約の多様化を

hamachan先生が紹介されていたこともあり、出張した際に新幹線の社内販売で「WEDGE」を購入してみました。呼び物は特集「正社員の既得権にメスを入れよ」、とりわけ大竹文雄先生の論文「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」です。
一昨日ご紹介した樋口美雄先生の「経済教室」と同様、前半部では現状認識とそれをもたらした理由について述べられています。最初の小見出しが「非正規への規制強化は問題を解決しない」となっていて、一昨日のエントリの樋口先生、昨日のエントリの川口先生と同様、昨今取り沙汰されている規制強化には効果がないという見解を示しています。これはどうやら、一般的な労働経済学者の中ではコンセンサスになっているようです。
続く「解雇規制強化の皮肉な結果」という項では、正社員の解雇規制が強いために雇用の調整弁として非正規雇用が必要とされること、それが雇用の二極化の原因となっていること、とりわけ就職氷河期に卒業した世代に非正規雇用が多く、彼ら・彼女らが不況の都度雇用調整の対象となることで、その子ども世代にも影響して世代間の不公平が固定化されるという問題があることが指摘されています。興味深いのは、80年代までは一定の物価上昇があったため、賃金上昇をそれ以下に抑えることで実質賃金を下げる調整ができたのに対し、90年代以降のデフレ下ではそれが難しくなったことが、非正規の一層の増加を招いたという指摘がなされているところです。実際には80年代までに日本全体で実質賃金が下がったのは例のオイルショック時の「管理春闘」が行われた1年だけなのですが、かつてに較べてデフレ下ではこうした調整の余地が限定されたことは間違いないでしょう。なお、この項の最後に「少数の正社員の過重労働と、多数の非正規社員の不安定化という二極化が起きたのは当然の帰結である」という記述がありますが、現実には増えたとはいえ非正規社員は全体の3分の1程度で、正社員がまだ3分の2を占める多数派なのですから、事態は「少数の正社員」「多数の非正規社員」に「二極化が起きた」というところまで進んではいないでしょう。議論の本筋にはあまり関係はないのですが…。
次の項「正社員が非正規を考慮する仕組み」以降の後半部分が政策提言です。

労働市場の二極化に歯止めをかけるためには、非正規社員と正社員の雇用保障の差を小さくする必要がある。しかし、景気変動がある以上、全員の雇用保障を強化することは日本の経済力にマイナスである。…
 例えば、「正社員の労務費削減を非正規社員削減の必要条件とする」あるいは「非正規社員を削減するのであれば、正社員も一定程度削減しなければならない」というルールを、立法措置によって導入することは直接的な手法となる。
大竹文雄(2009)「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」「WEDGE」238号から、以下同じ。なお本エントリでの引用は省略が多く文意を正確に伝えていない可能性がありますので、ぜひとも全文におあたりください)

「正社員の労務費削減を非正規社員削減の必要条件とする」というのはすでに事実上行われているといっていいでしょう。非正規社員が削減される場合の多く(たぶんほとんど)においては、並行して正社員の残業が減少しているでしょうし、賞与もおそらく減額されていて、「正社員の労務費削減」が行われています(時間単価でみても、残業減は割増賃金分、賞与は減額分のすべてが時間単価を引き下げます)。いっぽう、「非正規社員を削減するのであれば、正社員も一定程度削減しなければならない」というのは、比率をどう定めるかによって影響が異なってきます。同率で削減しなければならない、ということになると、非正規社員を雇用する最大の理由であるフレキシビリティがなくなることになります。これは雇用調整の速度を大きく落とし、企業業績の低下を通じて正社員・非正規社員の双方の賃金低下をもたらすでしょう。「非正規社員の雇い止め10人毎に正社員1人の解雇を行う」と比率に差をつけて規制した場合は、今度は「さらに雇い止めを行うためには正社員の解雇が必要だから」という理由での解雇が行われることになるでしょうが、まあ、それはそれでかまわないということなのか…。いずれにしてもこれらは次に引用するように実現可能性が高くないという前提で書かれているようですので、続く話の「マクラ」ということかもしれません。

 新たなルールに基づく労使の自助努力を促す手法が難しいのであれば、政府が税金と社会保障による再分配をうまく使うことで、正規・非正規一体となったワークシェアリングと同じ効果をもたらすという手法もある。
…例えば、失業率(特に若年失業率としてもいい)が上がれば所得税率が上がるといった、戻し税と逆の仕組みを導入すればよい。
 その税金を使って、非正規労働者に対するセーフティーネットを強化していく。雇用自体を作り出してもよいし、所得を再分配してもよい。

政府が失業者や相対的に所得の少ない非正規社員に再分配を行うべきだという意見には私もまったく同感です。そして現実には、ここで取り上げられているようなことは、すでに雇用保険で行われているともいえます。失業率が上がり、雇用保険の財政が逼迫すれば雇用保険料率が上がるというしくみは弾力条項という形でビルトインされており、賃金×料率で課される雇用保険料が企業と被雇用者に対する所得税と同じようなものだということを考えれば、すでに「失業率が上がれば所得税率が上がる」というのに近いしくみになっていると申せましょう。雇用保険の被保険者や支給の要件を緩和して非正規雇用へのカバレッジを上げていこうというのは今まさに行われている議論です。
もちろん、それでは現行制度や現在検討されている見直しで十分かといえば、おそらくそうはいえないでしょう。財源についても、非正規労働者への再分配強化が企業労使だけでなく社会全体にメリットをもたらすならば(私はもたらすと思いますが)、より課税ベースの広い一般財源を用いることも十分考慮すべきでしょう。
もっとも、失業率が上昇している時期というのは基本的に不況期ですから、そこで増税を行うことは経済政策としてはあまり好ましくないかもしれません。そういう意味では、雇用保険制度が積立金を活用して財政の安定化をはかり、料率の変動(弾力条項)を例外的なものとしているのは妥当といえるのでしょう。再分配を強化するだけなら、雇用保険制度の中で非正規労働に対する給付や政策的支出を増やせばいいわけですが(必要であれば料率を上げて)、それでは「正社員が非正規を考慮する仕組み」としては弱いのがツラいところです。
さて、これに続く、この指摘にはまことに重要な意味が含まれています。

借地借家法で借家人ばかりが保護された結果、借家が減少したため、借家人の権利を弱めた定期借家権が導入された。これにならい、現状の正社員と非正規雇用の中間的雇用形態を作るのだ。10年程度の任期付き雇用制度を導入すれば、正社員の既得権にプレッシャーを与えることができる。

「正社員の解雇規制緩和論」の多くに対してどうしても違和感を禁じえないのは、往々にしてそれが「雇用保護の強い現行の正社員雇用の禁止」という議論に陥りがちなことです。これはおそらく、正社員雇用について「期間の定めのない雇用」という法律上の概念を念頭において議論されるからではないかと思います。
しかし、実務の現実においては、正社員雇用は決して「期間の定めのない雇用」ではなく、「定年までの有期雇用」です。「企業はよほどのことがないかぎりは何らかの形で定年までの雇用をコミットするから、その間の賃金はだいたいこれこれで福利厚生はこんな感じですから、その見返りとして紙切れ一枚で海外駐在にも子会社出向にも応じてください、後進の育成や生産性向上にも取り組んでください、職種転換もお願いします」ということで、要するに「定年までの有期雇用」は労働条件の一部にしかすぎないわけです*1
それでは、企業として労働者にオファーする労働条件のバリエーションとして、現行のように雇用期間について「定年まで」と「原則3年・例外5年以下の任意の期間」だけでいいのか、といえば、必ずしもそうではないかもしれません。大竹先生のいわれるような「10年程度の任期」というバリエーションも、許されれば有効な活用が可能かもしれません*2。さらに現実的な活用が期待できそうなバリエーションとして、「この営業所で商売をしている間」とか、「この製品を生産している間」、あるいは「旋盤加工の仕事があるかぎりは」といったものも考えられます。もちろん、これに定年を組み合わせることも考えられるでしょう。勤務地や職種を限定した労働契約は、企業のみならず、労働者にもニーズとメリットがありそうです。
しかし、こうした雇用期間をオファーすることは、現在では許されていません。これだけ大きく中抜けしていれば、二極化するのは当然です。その結果、現在では「定年まで」の正社員が約3分の2、「原則3年〜」の非正規社員が約3分の1になっています*3。大竹先生の論でいえば、この正社員の「3分の2」というのは高すぎるのではないか、その一部は現在許されていないバリエーションでもいいのではないか*4、ということになるでしょう。
そう考えれば、なにも現在の「定年まで」というバリエーションを禁止する必要はないでしょう。解雇規制の緩和ではなく、多様な雇用形態の解禁、雇用期間・労働契約の多様化を通じて二極化を解決していくことができるはずです。実務家にしてみれば、「定年まで」という雇用形態には効率的な人材育成や技能形成、弾力的な稼働対応や配置転換などの面でメリットが非常に多く、これを禁止されるのはかなりつらいものがあります。いっぽうで、多様な雇用形態が可能になれば、「定年まで」が現行の3分の2から5分の3なり2分の1なりに減少していく可能性はあります。大竹先生が「正社員の既得権にプレッシャーを与える」と述べられているのは実は私には意味がよくわからないのですが、あるいはこういうことでしょうか。
これ以降は、現在の不況という負のショックを非正規社員が集中的に負担しており、この負担割合の是正が必要だという議論になります。

…いまの労働法制、雇用制度のもとでは、非正規労働者が、労働者への配分が減ったものの多くを負担している。このことは…正社員と企業経営者にとって短期的には合理的である。
 しかし、長期的な企業経営という観点からみると特定の年齢層の人材が枯渇するという問題点をもたらす。それに、世代によって不合理な格差を発生させることになる。90年代の不況を就職氷河期の若者にシワ寄せし、今回の不況で彼らにトドメを刺すのが、日本の不況対策だとすれば、あまりに情けないことである。

なるほど、大竹先生はこうした就職氷河期世代の非正規労働者の救済を念頭において正社員の解雇規制緩和を主張しておられるのかもしれません(違うかもしれません。誤解でしたらご容赦ください)。解雇規制を緩和すれば、企業は高コストな中高年を先に解雇して、若年非正規社員の雇用を維持するのではないか…ということでしょうか。
しかし、おそらくそれほどの効果はないのではないかと思います。もちろん、周囲の誰もが「あの人はしかたないよね」と納得するような人は解雇されるでしょうが、普通の正社員については、企業はそれなりの期間と費用をかけて人材育成し、実際に技能も蓄積されているわけですから、それを単に賃金だけみれば高いからといった理由でどんどん流出させるとは思えません。また、いくら政府が「約束破りをしてもいいよ」と言ってくれたとしても、やはり約束を破ることには企業としては抵抗を覚えざるを得ないでしょう。そう考えると、正社員を解雇するかたわら非正規社員の雇用が守られる、ということが大きな規模で起こるとはあまり思えません。
こうした状況を改善していくには、中期的にキャリア形成を通じた取り組みを進めていくことが重要ではないでしょうか。仕事のない時期には教育訓練を行い、仕事が増えてきたときにはなるべく好条件で就職できるようにする。あるいは、非正規社員であっても、職場を変わるとき(に限ることもないのですが)には少しずつでもステップアップした仕事につくことができ、結果として技能が伸びるようなしくみを作っていく。こうした取り組みが重要と思います。後者については具体的なアイデアはありませんが、さきほど書いた雇用形態の多様化はそのための重要な環境整備になると思います。現状ですと、非正規社員と正社員の間の差が大きいですから、たしかにそこを越えることは難しい。しかし、雇用形態が多様化すると、その間に橋渡しというか、飛び石ができます。今は1年契約のパートタイムだけれど、次はフルタイムに、次は5年契約になり、徐々に「この仕事があるうちは働きつづけてほしい」「この工場がある限りは働きつづけて、監督者、管理職をめざしてください」とステップアップしていくことも可能になるでしょう。30年、40年の職業生活、それなりの数のステップは踏めるのではないでしょうか。多様化とキャリアデザイン、これがキーワードではないかと私は思います。

*1:そして、企業が定年までの雇用を約束して労働者からいろいろな貢献を引き出したあげく、定年前に解雇する、というのは明らかに約束違反ですから、これが法律で規制されることは当然です。

*2:この労働条件は、10年程度の存続が見込まれる事業・事業所での求人に効果があるほか、たとえばこれは55歳の人や20歳の人には魅力的であるいっぽう、40歳の人にはあまり魅力的ではないということで、年齢に限らず、求める人材の属性に応じて雇用期間を設定するといった活用も考えられます。これは一歩間違えば若年定年制の復活になりかねないという批判はありうるでしょうが。

*3:現実には非正規社員には「定年まで」のパートタイマーや派遣社員(常用型派遣)などが含まれていますので厳密には違うかもしれませんが、大きくは違わないでしょう。

*4:あるいは逆に、非正規社員の「3分の1」も高すぎて、その一部はやはり可能であれば異なるバリエーションに移れるのではないか、ということにもなります。