最近の日経から(2)

 昨日の続きで最近の日経新聞から。一昨日(2月18日)の朝刊に掲載されている「真相深層」という解説記事で、お題は「職務・時間・場所 長期雇用、消える3つの「無限定」保障と引き換え リモート拡大で風穴」、編集委員水野裕司の署名が…あれ?肩書は違うけど昨日取り上げた記事と同じ方かしら。以下見ていきましょう。

 長期の雇用保障と引き換えに、転勤命令に従い長時間の残業も受け入れる。そうした日本の正社員の雇用慣行に、新型コロナウイルス禍で広がるリモートワークが風穴を開け始めた。例えば遠く離れた地域の仕事もネットを介してこなせば転勤は不要になる。気になるのは会社命令に従う代わりに正社員が享受してきた雇用保障の行方だ。
 日本の雇用システムは職務を定めない雇用契約が土台にある。雇用契約は会社という組織の一員になる資格を得る意味があり、そのため日本型雇用はメンバーシップ(資格)型と呼ばれる。

 リモートワークで急速に崩れるとみられるのがまず、勤務地が会社都合で決まる慣行だ。…転勤を巡っては東亜ペイント(現トウペ)訴訟で1986年に最高裁が出した判決が知られる。転勤を拒否して解雇された元社員がその無効と損害賠償を求めた。単身赴任を強いられるこのケースで最高裁は、家庭生活への影響は「通常甘受すべき程度のもの」とみなし、転勤命令は会社の権利乱用ではないとした。
 雇用保障があるのだから単身赴任は我慢すべきだという考え方だ。だが転勤自体が不要になれば、判決の意味は薄れる。
(令和3年2月18日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 権利乱用は普通権利濫用だろうと思うのですがこれは日経新聞さんの方針でこの字を用いることにしているらしく、また東亜ペイント事件最高裁判決には「雇用保障があるのだから単身赴任は我慢すべき」なんて書いてないよねえとも思いますがまあそれに近い理解はあるので細かい話です。問題は「転勤自体が不要になれば」ってのはいつの話なのさという点であり、記事では省略部分で富士通さんの例などをひいてあたかも近い将来に転勤はすべてなくなるかのような書きぶりなのですがそんなわけないだろう。現実にはリモートワークとは関係なく転勤不要で雇用保障の手薄な労働者というのは増えているわけであり(言うまでもなく非正規雇用)、この人たちはこのあと出てくるジョブ型に近い働き方をしているわけですね。一方で例えば新しい海外拠点で技術指導とかいう仕事はこれからますます増えてくるわけで、一部はリモートで対応可能(たぶん私が考えているより多くが可能)でしょうが、やはり転勤がなくなるとは思えない。毎度の話ですが転勤が必要な人がどの程度いるのかという量的な問題であって、メンバーシップ型がどうこうという質的な問題ではないわけです。

「職務が無限定」の慣行もリモートワークが見直しを迫る。離れた場所で働く社員を的確に評価するには仕事内容の明確化が第一歩だからだ。
 経団連が会員企業に実施した調査では、テレワークの広がりに伴い職務の明確化が求められるとする回答が目立った。従業員の職務の明確化を実施済み、実施予定の企業は合わせて30.3%。検討中も33.6%あった。
 ポジションごとに仕事内容をはっきりさせる「ジョブ型」人事制度も広がり始めている。テレワークとの親和性が高いとする経営者は多い。

 まあこのあたり「ジョブ型」とカギ括弧に入れられているのでジョブ型とは別物なのだよということかもしれませんが、とりあえず「職務の明確化」や「ポジションごとに仕事内容をはっきりさせる」のがジョブ型という理解はかなりピンぼけと言わざるを得ないでしょう。欧米のジョブ型を見ると「職務の明確化」は日本企業の業務分担表や標準作業書とさほど変わらない緩やかなものになっていて、なにが違うかというと欧米のジョブ型ではその変更には労使の合意が必要なのに対し、日本では企業が一方的に変更しうるという点なのですね。
 それはそれとして「テレワークとの親和性が高い」というのは以前から言われていたことでありそのとおりなのでしょうが、いま明らかになりつつあるのは(1回めの)緊急事態宣言で特段の準備もなくテレワークに突入した結果実は従来程度の職務の明確化レベルでもzoomやらslackやらを使えばなんとかリモートワークできるということではないかと思います。したがって「離れた場所で働く社員を的確に評価するには」という話になるわけで、これはこれからの話なのでしょう。そろそろ定期昇給に向けた人事考課の時期であり、そこでテレワークが多かった人とそうでなかった人でなんらかの違いが出てくるのかどうか。テレワークした人が高く評価されればテレワークは促進されるでしょうし、そうでなければテレワークは縮小するでしょう。どんな結果が出るのか注目したいところですが、まあ私のヤマ勘ではテレワークは(仕事内容ではなく)出来高が明確な人(たぶん評価は高くなる)と、そもそも評価にコストをかける必要性の低い低スキルな業務に従事する人(たぶん評価は低くなる。なおこうした人たちのスキルそのものは必ずしも低くないことには留意が必要)に分かれてくるのではないかなあ。繰り返しになりますが適切な評価に必要なのは職務の明確化より出来高の明確化ではないかと思います。

 「職務が無限定」の見直しが進めば長時間労働も是正に向かう。職務が不明確という長時間労働の根っこの原因が除かれる効果は大きい。
 「無限定」な働き方が見直されれば、見返りに正社員が得てきた長期的な雇用保障は緩み始めておかしくない。様々な変化が想定されている。

 「様々な変化が想定」で片付けられてしまっていて拍子抜けなのですがここが重要なところで、限定された範囲では雇用保障が緩み始めておかしくないという話です。職務限定であれば、その職務がなくなったり縮小したときの雇用保障は無限定の人より弱くなるのは自然な考え方だと思います。勤務地限定についても同様、その拠点がなくなれば無限定の人と較べて退職もやむなしとなる可能性が高いくなるのも致し方ないのではないでしょうか。当然ながら無限定な働き方がなくなるとは思えず、どの程度がそうなるかという量的な問題であることは言うまでもありません。

 「正社員の業務の可視化が進めば、外部委託で足りる仕事があることも見えてくる。正社員の削減のきっかけになる」。経済学者の間にはそんな見方がある。
 経団連はジョブ型雇用が広がれば、プロジェクトごとに人材を期限付きで雇うなど、雇用の流動化が進むとみる。
 労働組合の中央組織の連合はジョブ型雇用について、「人材育成を誰が担うかなど課題の深掘りが必要」と警戒する。長期雇用への逆風を感じ取っているからだろう。

 「経済学者の間にはそんな見方がある」ということは誰か具体的な個人がこう言ったというわけではなさそうだな。まず「外部委託で足りる仕事がある」としても、その仕事をやっているのは委託先の正社員という可能性もありますね(クラウドソーシングで働くフリーランスということも多いでしょうが)。また、個別の産業・企業を見れば正社員の業務の一部を非正規雇用に移行している例は多々ありますから、いまさら「きっかけになる」と言われてもなあという感もあります。まあこれはあれだな経済学者と経済学者の間にいる素人さんにそんな見方があるのかな(笑)。
 「経団連はジョブ型雇用が広がれば、プロジェクトごとに人材を期限付きで雇うなど、雇用の流動化が進むとみる」というのも、ええっと経団連がそんなことを言っている文書とかあったかしらと首をひねることしきり。いかにも言いそうなことに見えるわけですが、しかし経労委報告とか労務系の提言とかでそう書いてあるのはちょっと記憶にありません。まあ私も全部読んでいるわけではないと思うのでここにあるぞと見せられれば恐れ入る準備はありますが。なお連合については例年の「経労委報告に対する連合見解」の本年度版でそれに近いことを書いています(これについてはまた後日書きたい)。
 ということで、まあ全体的には「雇用保障が弱まればいいのに」という願望をもとに理路もなくあれこれ書いている記事という感じで、これが「真相深層」だと称するのはいい度胸だなと感心して終わります。