余計なお世話

本日の日経新聞は、社説で「同一労働同一賃金推進法」をとりあげております。

 仕事が同じなら、正社員か非正規社員かにかかわらず賃金を同じにする。そうした「同一労働、同一賃金」の実現に向けた法案を、自民、公明、維新の3党は今国会で成立させる考えだ。
 職務に応じて待遇を決めるという考え方はもっともだ。ただし、それには日本企業が、曖昧な面のある正社員の仕事の範囲を明確にすることが前提になる。法案は国が正社員と非正規社員の処遇制度の共通化を促すとしているが、政府の介入は混乱を招く。処遇改革はあくまで企業自身の役割だ。
…法案は、雇用形態による賃金の違いの実態を国が調査し、非正規社員が職務に応じて処遇されるよう施策を講じる、としている。
 「同一労働、同一賃金」は欧米で浸透している。日本でも、非正規社員の処遇改善につながる仕組みになるのは確かだろう。ただ、欧米の企業では仕事内容で賃金を決める職務給が確立している。
 対して日本の企業では一般に、正社員は雇用保障がある代わり職務範囲が一定せず、指示された仕事に柔軟に対応しなくてはならない。まずは企業による正社員の働き方の見直しが必要だ。問われるのは企業自身の実行力だ。
 維新、民主などの提出法案は派遣社員について、仕事が派遣先の正社員と同じなら待遇も均等にするとの規制を設けるとしていた。この点は与党と維新が修正し、責任の違いなどを考慮した「均衡」処遇も認めることにした。日本企業の実情に多少は配慮したわけだが、問題はなお大きい。
 正社員の職務の見直しが進まないまま規制を設ければ企業活動に支障が出かねない。先走った「同一労働、同一賃金」の制度化は害がある。法案は見直すべきだ。
平成27年6月19日付日本経済新聞「社説」から)

タイトルが「「同一賃金」は企業自身の手で」となっていて、言わんとしていることははじめの方にある「政府の介入は混乱を招く」ということなのでしょう。それはそのとおりと思います。
ただ、これは法案自体がそうなので多分に致し方ないのですが、例によって「雇用保障がある代わり職務範囲が一定せず、指示された仕事に柔軟に対応しなくてはならない」とのみ述べていてキャリアの観点がないのは残念と申し上げざるを得ません。つまり「職務範囲が一定せず、指示された仕事に柔軟に対応しなくてはならない」のみであればそれは決して職務給と矛盾するものではなく、仕事別の職務給にして正社員であれ非正規であれ「指示された仕事」に対する職務給を受ければいいという話です。もちろんこれは極論であって、現実には業務変更の柔軟性にも価値が認められていると思いますが、より重視されているのは将来的に能力が高まってより価値の高い仕事で企業業績に貢献することに対する期待でしょう。
いやいやだから「正社員の職務の見直しが進まないまま規制を設ければ企業活動に支障が出かねない」「まずは企業による正社員の働き方の見直しが必要だ」ということなのだ、ということかもしれませんが、しかし正社員の職務の見直しなんて望んでいないのが労使の大勢だということを考えると「問われるのは企業自身の実行力だ」というのは余計なお世話という感は禁じえません(その余計なお世話をするための法案だということかもしれませんが)。いやそうすれば企業はもっと利益を得られるのにさぼっているのだとしたらそう言われても仕方ないでしょうが、たぶん現実はそうではないですよねえ。労働サイドも、本音ベースではおそらく正社員の多くは(それを変えて雇用保障が損なわれるくらいなら)現状の正社員の働き方のほうがいいと思っているのではないかと思いますし、正社員になりたいいわゆる不本意非正規社員についても、正社員になれるなら働き方なんか見直さなくてもいい、という人が多いのではないかと思います(印象論なのでそうではないという動かぬ証拠を見せられれば撤回します)。そういう一種の妙な均衡に落ち着いてしまっていて、正社員を希望しない非正規の賃金が上がりにくくなっているというのが実情ではないかと思いますし、「同一労働同一賃金法」のねらいも、今のままの正社員でいいから正社員になりたい人がなれるようにすることと、非正規でいいという人の賃金を上げることの2点であるように見えるということは先日も書いたとおりです。
ということでここでも一つの有力な解決策は限定正社員であるわけで、従来型の正社員は残しつつ、それとはキャリア面で大きく異なる、ジョブ型で期間の定めのない、しかし雇用保障は従来型正社員に較べれば緩やかな雇用を増やしていくことが考えられるでしょう。基本的に職務給なので、非正規雇用との均等もそこで考えていけばよく、習熟すれば職務等級のようなものに従って昇給させることとして、非正規についても同一の等級制度を適用するようにすれば法案のいうところの「待遇に係る制度の共通化」が実現することとなりましょう。限定正社員の労働時間の柔軟性などに対して処遇したいのであれば、別途手当を支給してもいいでしょうし、等級適用のほうに織り込んでもいい(というか割増賃金が払われるのだからそれで足りるという考え方もありそうです)。案外そういう「企業自身の実行力」(というか労使の実行力のように思いますが)を求める法案なのかもしれません。
なお派遣については難しかろうなあということも先日のエントリで書きましたが、社説によればそこは結局「「均衡」処遇も認めることにした」のだそうですが維新は本当にそれでいいのか(民主のことはもう知らん)。つまり均衡処遇についてはすでに派遣法上求められていることであり、現実的にそれがせいぜいではないかとも思うわけですが、しかしそうなると現状から進展はないということであり、維新としては派遣法審議には協力するが派遣の処遇改善も呑ませましたという説明が成り立たなくなってしまうのではないかと思うわけで。まあ政治的な駆け引きの部分の話なので私が心配するような話でもなく、これまた余計なお世話かとは思いますが、それにしてもどうなのか。いや実務的にはそれでいいんですけどね。