長谷川主査提出資料がダメな件(2)解雇規制の話など

引っ張りすぎの声が聞こえてきそうですがもう一回だけ(笑)
「残業代ゼロ」で話題を集めた産業競争力会議(と経済財政諮問会議の合同会合)の長谷川主査ペーパー(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf)ですが、ほかの部分もざっと見てみますと、続けて既存制度、フレックスタイム制とテレワークの見直しの話がくるのですが、そこにこんな記述があって、何度読んでもわかりません。

…深夜・割増賃金規制を、例えば、本人都合で在宅勤務を希望する場合に限り、所定労働時間内という制限の下で緩和していくべきである。これらは、育児中の時間制約によるハンディキャップを小さくすることにより、女性の活躍推進にも資するものである。

在宅勤務の話だと思いますが、フレックスタイム制の話の続きで出てくるのであるいはフレックスタイム制の話なのかもしれません。それにしても意味不明です。
そもそも「深夜・割増賃金規制」というのは「深夜業の割増賃金」のことなのか、深夜業の割増賃金と時間外の割増賃金なのかがわかりません。まあ、後段に「所定労働時間内という制限の下で」と出てきますので時間外の問題は発生しないということだとすれば、在宅勤務の場合は所定労働時間内であれば深夜割増は払わなくてもいいようにしてね、ということでしょうか。まあ深夜業だったのかそうでなかったのか、自己申告以外には確認しようがないのでそのほうが簡便でいいという考え方もあるかなあとは思いますが、しかしそれで「育児中の時間制約によるハンディキャップを小さくすること」ができる、というのがまた意味不明です。別に割増賃金があろうがなかろうが深夜に在宅勤務することは可能であり、まあ企業の管理上割増賃金の予算が決まっているとかいう事情があれば多少は深夜業のやりにくさが減るかもしれませんが、しかしこうも力んでいうほどのこととも思えません。この部分はどうもお手上げです。
いずれにしてもフレックスタイム制や在宅勤務・テレワークをもっと使いやすくして拡大しようとの趣旨には賛成ですし、とりわけ在宅勤務については自宅で就労しているわけなのでその分は保護に欠けるおそれも小さいと思われますので、一段の拡大に向けた取り組みが求められると思います。で、新しい労働時間制度を導入すれば、その適用対象者には在宅勤務等が大幅に拡大可能であろうということは「残業代ゼロ」の(2)で書きました。
その次に「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」ということで、一応一般論の体裁にはなっていますが言いたいことはもっぱら解雇の話、特に金銭解決の話のようです。
ここはまあ非常にわかりにくいというか、もっと言いたいことをストレートに言えばいいのにねという感じの文章でそれはそれで問題だと思いますが、まあごく大雑把に整理するとこんなことのようです。

  • わが国の解雇法制、特に「どのような解雇が有効であり、どのような解雇が無効か」ということが不透明である。
  • 解雇無効判決時の金銭救済判決の制度を整備することで、透明性を高めることができる。
  • そのために、現行の労働審判や労委・労働局のあっせん、訴訟の和解などにおける「被雇用者の雇用上の地位、勤続年数、賃金水準、企業水準・規模等の各要素と救済金額との関係」から「客観的かつ分かり易い」相場を明らかとし、解雇無効時には裁判所がその相場にしたがった金額での金銭救済を命じることを制度化すべきである。

ということで私には要するに所定の手切れ金で解雇できるようにしろというご提案に見えるわけですが、もちろんいつもながら私の勝手かつ大雑把なまとめですので、関係者の方々は「いやいやそんな趣旨ではない」と文句をつけていただければと思います(が、それほど大きく外れてもいないのではないかと思っています)。というかメディアの諸君はよかったのかねこれ。「残業代ゼロ」に血道をあげてこちらはスルーというのもなんだかなあ。
でまあこうやって「解決基準が定まれば」「雇用ルールの透明化」が実現し、「新たな雇用創出や対内直接投資の障害」と「雇用終了において諸外国では考えられないほどの格差社会を生じさせる原因」が解消され、「不公正な解雇の横行の歯止めともなりうる」といいことづくめだというわけですがさてどんなもんなんでしょう。
私はこの件(解雇の金銭解決)については、裁判所で解雇無効となった場合その解決は基本的に復職+バックペイ+慰謝料しかなく、しかし実務上は多くの場合は復職は困難であり、したがってさらに追加的な金員の支払いにより退職しているという実情を考えると、それを制度化することは実務上の強い要請だと思っていますし、実際問題それによって手切れ金すらない、または涙金程度で解雇されているといった実態が改善される効果もあろうかと思っています。
また、現在ではバックペイについては民法の危険負担に従って使用者が全額を支払うわけですが、バックペイも損害補償のようなものと考えて、労働者にも非がある場合にはそれに応じて過失相殺的に減額することも可能としたほうがいいのではないかと思っています。労働者にまったく非がない、復職による解決も十分可能な事件については裁判所が事実上利用不可能な懲罰的な金額を示せばいいわけですし、明らかに労働者に非があるものの手続き上の瑕疵などで解雇無効という場合には、バックペイも相応に減額して、比較的高額でない金額を示せばいいのではないかと思うわけです。ということで水準次第というところは大きく、また個別事件によって事情が様々かつ考慮すべき事項も多いので、なかなか「客観的で分かり易い」相場をつくるというのも簡単ではなかろうとも思っています。基本的には裁判所の総合的判断によるしかなく、時間をかけて解決例が積みあがってくればそれなりの相場のようなものが見えてくるかもしれない、というものではないかと。
ということで、結局のところは「諸外国の制度・運用状況についての検討を踏まえて、日本の実情に応じた金銭救済システムを創設」となっているわけですが、とりあえず日本の実情に応じたということになると、なかなかカネを払ってあとくされなく簡単に…という制度にはなりにくかろうとは思うわけです。
そこでまあ続けて「多様な正社員の普及・拡大」というのが来るわけで、新たな労働時間制度のところでジョブ・ディスクリプションとか叫び続けていたのも、どうやらここに結び付いてくるみたいです。「職務・能力を明確にし、キャリアを大切にするシステムへの変革」というとなかなか立派な感じがするわけですが、「最も重要なことは、職務・能力等の明確化であり、それに基づく処遇や雇用管理のあり方などを明示する」ことであり、それによって「「ジョブ型」の普及・拡大」のみならず「「メンバーシップ型」であっても可能な限り職務・能力の明確化を図」り、「最終的には、労使双方が互いの権利義務関係を明確にする契約社会に相応しい行動様式を確立させる」ことが「多様な正社員の導入の拡大」ということなのだそうで、これまたヒネた私には要するにどうなればあとくされなく解雇できるかはっきりさせたいと言っているように読めてしまうのですがどんなもんなんでしょう。そんなことないかなあ。

  • いやもちろん多様な正社員とか限定正社員とかの議論はそもそも現行のメンバーシップ型正社員と比較して企業による拘束度が弱い一方で雇用保障やキャリアも限定的という働き方を普及させようというものであることは間違いないわけでそれはそれで大切な議論だと思うのですが、メンバーシップ型まであとくされなく切れるようにしたいというのは強欲というか悪乗りだろうと思うわけで。

もちろん、わが国のいわゆるメンバーシップ型正社員においては担当業務が融通無碍なうえに処遇のしくみが曖昧である傾向は確かにあり、それはもちろん相当のメリットがあるからそうなっているわけですが弊害もなくはないことも否定できず、そうではない、典型的にはジョブ型正社員のような働き方も増やしましょうという話はよくわかりますし基本的には私も賛成するところですが、労使ともに現行メンバーシップ型でけっこうですと言っているところに政策的に手を入れたいと言われるとなにか魂胆があるかなあという気がしてしまうわけで。まあ「職務・能力の明確化」みたいなことが好きな人が、世の中全体そうなればいいのになあという願望を書いたのだと思っておけばいいのでしょうか。
あと、この「多様な正社員の普及・拡大」の項の最初に「中小企業を含めた企業に広く普及させるためには、明確なモデルを確立する必要がある」という記述があるのですが、経営トップが従業員一人ひとりを十分に把握できる規模の中小企業であればあなたはメンバーシップ型であなたはジョブ型といったような人事制度を作る必要もないでしょうし、実態としても相当割合はジョブ型に近い働き方になっているのではないかと思います。従業員50人の中小企業としてみれば「処遇の決め方、転換制度の設計方法等」を「的確に整理」されてもねえという感じでしょう。ただまあ中小企業(に限らないかもしれないが)では往々にして労使双方が労働契約の内容を実はよく知らないとか(従業員が就業規則の内容を詳しくは知らない、なんてのはけっこうな規模の企業でもありそうですし)、ともすれば労使がともに労働契約が契約であることを都合よく忘れたりしたりすることもあるわけで、そのあたりをしっかり周知していくことには意味があると思いますが。
ということで、産業競争力会議の雇用制度改革のペーパーの不出来さについては一年前にも4回シリーズでこのブログで取り上げましたが(「雇用制度改革なるもの」、http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130320#p1以降)まあ相変わらずという感じで、内閣府か同友会か武田薬品か知りませんが事務局はもっと頑張ってほしいなあと希望して終わります。