恒例の(笑)春闘社説読み較べ その1

本年の春季労使交渉も各産業・企業で概ね円満な解決がはかられているようでまことにご同慶ですが、マスコミ各社の評価はどうでしょうか。ということで、少し遅くなりましたが毎年恒例の社説読み較べです。
まずは日経から。

 春の賃金交渉は17日、自動車、電機など大手製造業の主要労働組合に経営側から一斉に回答があった。毎年賃金が上がる定期昇給(定昇)は大半の企業で維持されることになり、実質的な賃金カットである定昇の凍結や減額にはならなかった。
 一方で定昇制度そのものについての議論は素通りになった。企業の労使は今後、定昇のように長く勤めるほど収入が増える年功型制度の是非について議論を始めるべきだ。賃金制度改革につなげてほしい。
 今年の交渉で労働組合側は雇用の確保を最優先にし、一部の組合を除き、賃金水準を底上げする「ベースアップ」などの賃上げを断念。定昇を守ることを第一に掲げた。
 経営側は投資資金の確保など将来に備えるため、定昇の凍結も必要との考えを示し、労組が防戦を強いられる形になった。
 電機大手では経営側から、どんな経済情勢でも毎年昇給する制度は企業の競争力をそぐ、との問題提起があった。だが人件費抑制が前面に出ては、労組と議論を深められない。
 年功型の賃金制度は時代に合わなくなっている。中途入社者が不利になり、労働力不足になる将来、外国人や高齢者を活用するときに企業自身が困ることになる。
 年功型の制度は、社員をひとつの企業に囲い込む仕組みともなり、医療、環境関連など成長分野へ人材を移していく際に障害になる。職種や役割などに応じて賃金を決める制度が望ましい。日本経済の活力を高めるためにも、労使は賃金制度改革の議論を尽くしてほしい。
 連合が春季交渉で初めて掲げたパートなど非正規社員の処遇改善も、成果はあまりみえない。
 自動車産業の労組が集まる自動車総連は要求に、非正規社員の賃上げを盛り込まなかった。労組の組合員でない非正規社員の処遇を春季交渉で話し合うことには限界がある。
 非正規社員の労働条件を改善するには、組合員である正社員の賃金を抑えるなど、人事制度全体の改革も迫られる。非正規社員を工場などの繁閑に合わせて活用してきた経営側も、新たな対応を求められる。労使は非正規社員の処遇向上にも正面から取り組んでもらいたい。
(平成22年3月18日付日本経済新聞「社説」)

だいたい、マスコミはなぜか春闘になると労組の味方になる傾向が見られるのですが、去年はけっこう労組に辛い論調もありました。今年はというと、日経は定昇の凍結や減額にならなかったのがご不満なようです。
とりわけ日経は「定昇のように長く勤めるほど収入が増える年功型制度」がお嫌いなようですが、賃金制度を議論する際には「上がり方(決まり方)」と「決め方」とを分けて考えなければならないというのは、人事管理論の基本です。合理的な「決め方」の結果として「年功的」な「上がり方(決まり方)」になる、というのは多くの企業で一般的にみられる現象です。内実をみれば現実には同じ年齢・勤続でも格差がつき、しかも年長ほど格差が拡大してそれなりに合理的な賃金決定になっていることが多いわけですが、日経新聞はこうしたことを理解したうえで議論しているのかどうか甚だ疑問です。
「中途入社者が不利になり、労働力不足になる将来、外国人や高齢者を活用するときに企業自身が困ることになる」というのも妙な話で、そもそも企業特殊的熟練を持たない中途入社者がある程度「不利になる」のは致し方のないところです。それでもその人が必要なら個別に好条件を提示すればすむ話で、それができないほど賃金制度が硬直的な企業は少ないでしょう。外国人や高齢者も同じこと、必要であればそれぞれに適した賃金制度や人事管理を並行して整備すれば対応できる話です。
「年功型の制度は、社員をひとつの企業に囲い込む仕組みともなり、医療、環境関連など成長分野へ人材を移していく際に障害になる。」というのは、たしかに日本企業の賃金制度が定着促進的になっている傾向があることは事実だろうと思いますが、それは優れた人材や教育訓練投資を投下した人材の離転職を防ぐためのしくみであって、その限りにおいては合理的なものです。「成長分野へ人材を移していく際に障害になる」というのは個別企業にとっては少なくとも余計なお世話であり、また、成長分野で低賃金労働が必要だから他の分野でも低賃金にしろというのであればずいぶん乱暴な話です。「職種や役割などに応じて賃金を決める制度が望ましい」というのも、個別労使が協議して決定していく以上は企業間の違いは当然残るわけで、それで低賃金の「成長分野」への移動が起こるということはありません。ここでも「決め方」と「上がり方」を区別した議論が必要です。
後半の非正規社員の話は意味がよくわからないのですが、「非正規社員を工場などの繁閑に合わせて活用してきた経営側も、新たな対応を求められる」ということは、稼働変動に対して非正規雇用で調整するのはやめろ、ということなのでしょうか。ということは、解雇規制を撤廃して米国型の労働市場をめざすのか。しかし、日経は「人件費抑制が前面に出ては、労組と議論を深められない。」と書いていますが、「解雇」が前面に出てはなおさら議論は深まらないでしょう。だとすると、あるいは全員正社員の労働市場をめざすということなのか、まさかそんなことはないでしょうが…。いずれにしても個別企業労使の協議のレベルを大きく超えているように思います。
次は朝日です。なぜか朝日だけは1日遅れの19日に掲載されました。

 「不気味なほど静かだ」との声が経営側から漏れていた今年の春闘。賃金交渉は前半の山場を迎えたが、雇用格差の是正という新たな課題にはなお、回答が出ていない。
 自動車や電機、鉄鋼など製造業の大手で、経営側が一斉に回答した。デフレ不況のもとで、組合側は月々の賃金は「定期昇給の維持」という手堅い要求に抑制。企業の業績が輸出関連の大企業を中心に回復しつつある流れを受け、多くの大手で賃金は「満額回答」となった。
 ただし、賞与・一時金での攻防は激しく、要求割れも目立つ。
 私鉄など内需関連のサービス産業の回答はこれから。ベースアップを要求しているところもある。払える企業はできるだけ払う形で前向きに決着させてほしい。
 中小企業の賃金交渉もしだいに本格化してくる。定昇の仕組みがない企業が多いが、ここでも力のある企業は働く人々に報いて欲しい。連合には、妥結状況に関する情報発信で一層の工夫を望みたい。
 連合が「すべての労働者のため」とうたった今年の春闘は、雇用のあり方を問い直している。正社員と非正社員の二重構造をどう克服するか。多くの企業で職場の実態把握が始まった段階というが、新たな日本的雇用システムを築く動きにつなげたい。
 正社員の「終身雇用と年功序列」に象徴されたかつての日本的雇用システムは、ブルーカラーもホワイトカラーもあまねく能力を発揮、向上させるうえでよく機能した。広く普及したのもそのためだった。
 それがバブル崩壊後は、一部の働き手を人材としてよりも、単なる「労働力」「コスト」とみなす傾向が強まり、非正規の雇用が増大した。
 このままではいけない。時代の転換点にあって、多くの企業の労使がそう思い始めているのではないだろうか。雇用流動化の時代に適合した形で、もういちど、働く場のすべての人々の能力が十分に発揮できる新しい雇用システムを組み立てることができないものだろうか。
 正社員と非正社員格差是正に挑む企業はまだ少ない。だが、そうした企業の経営者は「働く人すべての能力を生かしたい」と強く考えている。そして、社内一丸のエネルギーをテコに企業をもう一段上のレベルに脱皮させようとするビジョンを持っている。
 動きが鈍い企業は、この不況下での経営難に追われ、そういうビジョンを描く余裕がないのかも知れない。しかし、雇用の格差是正への取り組みが、企業全体の競争力を高めるカギになる可能性はある。
 税制をはじめ政策面でも、ぜひ応援すべきだろう。
(平成22年3月19日付朝日新聞「社説」)

「不気味なほど静かだ」との声が洩れていたとは知りませんでした。まあ、経営側の誰か一人がそう言いさえすれば事実ではあるわけなので、たぶん誰かが言ったのでしょう。まあ、いずれにしても「払える企業はできるだけ払う形で前向きに」というのは一つの考え方ではあるでしょう。私鉄のような自然独占的な企業が安易に賃上げして価格転嫁し、利用者に負担をしわよせすることを是とするのであれば、払える企業もあるでしょう。
後半は具体論が乏しいのでなんともいえないのですが、格差云々は別としても、労働生産性を向上させることで企業の競争力と労働者の処遇をともに高めていくという方向性はきわめて適切なものだといえましょう。それで非正社員の生産性の向上が相対的に大きければ格差が縮小するのは見やすい理屈です。大切なのはそのためにどうするか、ということです。人材はつねに労働力であると同時にコストでもあるわけで、経営状況に応じた雇用量や総額人件費の適切な調整は必要不可欠です。朝日社説のようなセンチメンタリズムだけではなかなか現実的な解決は得られないでしょう。
今日はもうひとつ、毎日を取り上げたいと思います。

 定期昇給(定昇)は何とか維持されたものの、賃上げは一部を除き2年連続ゼロ回答、ボーナスも満額に届かない企業が相次いだ。業績が回復しつつある中で行われた春闘としては低調な印象をぬぐえない。
 定昇凍結、ボーナス大幅減額の昨年のショックから、労働側は当初からベースアップ(ベア)の統一要求を見送り、定昇確保という守りの春闘を強いられたことが大きい。定昇は賃金表に基づき年齢や勤続年数に応じて自動的に基本給が上がる仕組みで、凍結されれば実質的な賃下げになる。経営側は当初、企業によっては凍結もあり得るという厳しい態度を見せていたが、自動車、電機などの主要企業が軒並み定昇確保の回答を出したことで、労働側としては最低限の線を守った形になった。
 ただ、終身雇用制が崩れていることを理由に定昇という賃金体系のあり方が論議されることに労働側は危機感を強めている。近年は企業の業績が良くなっても退職金や企業年金の増加につながるベアではなく、ボーナスの増額で対応する傾向が強まっている。業績次第で大幅な減額があるボーナスを住宅ローンに組み込んでいる人々も多く、定昇まで論議が及ぶことで国民の生活不安はさらに高まっているのではないか。
 一方、初めて非正規社員の待遇改善についても労働側として取り組んだのが今春闘だった。派遣労働に対する規制強化を盛り込んだ法改正が進められ、非正規雇用の採用を抑える動きが広がる中で、今ひとつ盛り上がりに欠けたとも指摘される。そもそも非組合員の待遇について労使交渉のテーブルに載せることができるのかという声も根強い。
 しかし、非正規社員の処遇改善に影響する産業別最低賃金について、電機連合は現行水準から1000円引き上げることを統一要求し、大手電機各社は500円の引き上げを回答した。「非正規の処遇改善に何らかの取り組みをしている組合は現時点で昨年より3割強も増えている」と古賀伸明連合会長は強調する。今後、企業内最低賃金の制度がない企業にもこうした動きが広がっていくことを期待したい。
 高齢化に伴う社会保障費の膨張は、現役世代の保険料へと跳ね返り、消費税の議論も始まるなど、負担増の厚い雲が垂れこめている。成長分野へ労働力を流動化させるためにはそれにふさわしい賃金体系が必要だという意見はあるが、格差や貧困から脱し、生活の安定を求める国民の声が昨年の政権交代の背景にあったことも忘れてはならない。春闘はこれから中小企業へと舞台を移す。安定した雇用と賃金を守るために労使は力を尽くしてほしい。
(平成22年3月18日付毎日新聞「社説」)

昨年の社説(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090323)を思うとずいぶん抑制された論調になっています。
ちょっと不審なのは「終身雇用制が崩れていることを理由に定昇という賃金体系のあり方が論議され」ているのだろうか?ということで、とりあえず今年はデフレの中では定昇だけでも実質賃上げになる、名目で売上が減少しているときに定昇を確保しなければならないのだろうか…といった観点が中心だったのではないかと思うのですが。
「業績次第で大幅な減額があるボーナスを住宅ローンに組み込んでいる人々も多く」というのはそのとおりでしょうし、それ以前に残業代の減少で月々のローンの支払いも苦しくなっている人もいるでしょう。理屈を言えば残業代も賞与も本来変動するものなのだから、住宅ローンのような固定的なものに過度に多くを組み込むことはそもそも避けるべきだということになるのですが、現実にはそうとばかりも言ってはいられません。ただ、だから賃上げすべきだとか定昇は堅持すべきだという議論ではなく、むしろそうした人たちの一時的苦境の助けとなるような緊急融資のようなものを労使で議論すべきでしょう。
「成長分野へ労働力を流動化させるためにはそれにふさわしい賃金体系が必要だという意見はあるが、格差や貧困から脱し、生活の安定を求める国民の声が昨年の政権交代の背景にあったことも忘れてはならない。」というのは、日経の定昇廃止論と真っ向から対立するもので、立場の違いはなかなか興味深いものがあります。まあ、賃金のすべてが職務や役割で決められなければならないわけではなく、いっぽうですべてが生計費や安定で決められなければならないというものでもないわけで、大切なのはその間のバランスだろうと思います。それこそが各企業労使で議論されるべきものでしょう。
長くなってきましたので、残りの各紙は明日ということで(笑)。