「労働者であると同時に生活者として」by山田久先生

 連合総研ブックレット16号が送られてまいりました。今号は「連合総研「日本の未来塾」講演記録集I」ということで、第1回から第3回までの記録が収載されています。「日本の未来塾」は「今後の労働運動を担うことが期待される中堅の人材と、分野を超えた若手研究者・学識者との議論を通じて、人的ネットワークを形成し、互いの知識・感性を高めあい、…日本の今後の立ち位置の検討する場」とのことです。
 今号で登場されたのは菅野和夫先生、日本総研の山田久先生、元外務省の田中均氏のお三方で、あまり若手という感じはしない(失礼)のですが、おそらく若手との交流の場は別途設けられているのでしょう。
 本日ご紹介したいのはその中の山田久先生のご発言です。ご講演は昨年8月で、演題は「パンデミックインパクトと雇用再生への課題」というもの。内容も演題のとおり講演時点での経済・雇用情勢と先行き見通しと、それを踏まえた政策課題となっています。雇用を維持したまま一時的に他の場所で働く「ワークシェアリング型一時就労」を提案した上で、ご持論である「賃上げを梃とした内需成長の道」を語っておられます。
(下記でお読みになれます)
https://www.rengo-soken.or.jp/info/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E4%B9%85%E5%89%AF%E7%90%86%E4%BA%8B%E9%95%B7%E8%AC%9B%E6%BC%94%E9%8C%B2.pdf
 その後聴講者との議論、質疑応答になるわけですが、その最後のやりとりがきわめて興味深いものになっています。まず聴講者から次のような質問というか確認というか意見表明があり、

…付加価値生産性の底上げ的向上というところの理解です。昨日か今日の新聞だったと思いますが、新幹線ののぞみが1時間で14本のダイヤになり、清掃も10分間に短縮したと。そこに携わっている人たちがまさに、清掃の時間を短くしたということに対して、先生の講義では品質力、まさにその10分で清掃を終わらせたことによって付加価値生産性を上げたということで、労働組合としてはその付加価値部分についてしっかりと賃上げを求めていくという、こういう理解も必要か、という点が、一つ理解したところです。
それともう一つ、…今60歳定年で、いったんそれまでの賃金がある程度に下がったうえで、65歳までの雇用を確保するというようなあり方に対して、どうしたらよいのか。会社側は、株主等に約束している利益率・営業利益があるから、人件費をそれだけ上げられないことから、総額人件費を一定にして、雇用を確保するために60歳以下の給与を下げざるを得ないという主張です。ここに対して、…例えばEGS投資で、いわゆる労働者配分を増やした企業にはより投資をしていくという、そういうような潮流を大きな運動としてできたら、もっともっと変わっていくのではないかと思います。

 これに対して、山田先生の回答はこういうものでした。

 90年代に入ってから、多くの経営の発想は、人件費を増やせない、ということになりました。これは90年代は分からんでもないんですね。私も当時はそう思ってましたし、それには正当性があった。例えば国際水準から見てもかなり高かったように聞いていましたし、人件費の水準も高かった。ですから、経営として新しいものに投資していくには、ある程度、人件費を抑えないと駄目ということになった。ところが、今や労働分配率はかなり低い。しかも絶対水準として国際比較しても、かなり低い。結局それは人件費を抑えてしまうと、付加価値を上げなくても経営できる状態をつくってしまっている。中国も韓国も力をつけている中、コスト競争をやってもどんどん負けるわけですよ。付加価値競争しないと駄目で、それは売り上げをどう伸ばすかとか、もっと言うと単価をどう上げるかなんですよ。そういう発想に変わっていかないと、経営が付加価値のほうに持っていかないとそれはジリ貧です。

 品質を上げて、いいサービスを提供しているのであれば、正当な価格で買いましょう。価格も上がるから、付加価値も上がる。だから労働組合としては労働者であると同時に生活者として、その裏側にある労働者にもしっかり対価を払っていく。そういう消費者運動労働組合運動の中でやっていくことも大事ではないかと思います。

 本ブログでも繰り返し類似のことを書いてきましたので、山田先生のごのご指摘はまことに心強いかぎりです。もちろん山田先生ご指摘のとおり経営にも問題はあろうかと思います。しかし、品質やサービスの水準を上げても価格を上げるととたんに売れなくなるという状況では、経営として単価を上げることはたやすくないでしょう。消費者運動も長年にわたって「値上げ反対」を主張してきた経緯があるので価格上昇容認には抵抗があるかもしれません。あまり好ましくない一種の均衡に陥っているような状況と思われ、どこから踏み出していくのかは難しいところだろうと思われますが、労働組合として「正当な価格で買いましょう」という運動に取り組むことは大きなメッセージになるのではないかと思います。やや語弊はありますが労組も当事者であって、ESG投資とか他人(しかも資本家)を頼ってるんじゃないよということを、活動家に向かって明言されたことの意義は大きいように思いました。