年金機構の不人気ぶり

週末の日経新聞から。

 年金記録問題などの不祥事を受け今年末に解体される社会保険庁が、後継組織への採用募集を二月に締め切ったところ、約七百人しかない厚生労働省への残留枠に職員一万人近くが殺到したことがわかった。社保庁の職員は全部で約一万三千人。年金業務の後継組織として二〇一〇年一月に発足する日本年金機構は第二志望とする人が多かった。
 日本年金機構設立委員会(委員長・奥田碩トヨタ自動車取締役相談役)が職員採用の準備を始めた。社保庁で働く職員には大きく二つの道が用意されている。ひとつが年金機構で、採用枠は九千八百八十人。身分は公務員をはずれて民間となる。もうひとつが厚労省で、地方厚生局などへの配置転換を伴う。厚労省に残れば身分は公務員のままだ。
 二月十六日に締め切った採用募集では、厚労省を第一志望とする応募が殺到。社保庁職員の間に身分や賃金の安定した公務員志向が根強いことに加え、雇用情勢が厳しいことが背景にありそうだ。
 厚労省枠に入れなかった人の多くは年金機構に回る見通しだが、埋まらなければ一千人ある民間人採用を増やすことになる。希望者が少ないままなら、年金機構の士気に影響する可能性がある。
(平成21年3月1日付日本経済新聞朝刊から)

日本年金機構の職員については、当面必要な人員を正規職員と有期雇用職員で充当し、今後の効率化による人員削減はもっぱら有期雇用の縮小で実施していくという計画になっているようです。正規職員の人員は当面10,880人で、うち1,000人は外部採用とされていて、したがって記事にあるように採用枠は9,880人になります。これに対して、今回の対象となる社保庁の常勤職員は記事によれば約13,000人ということなので、単純計算では3,000人以上を厚労省に残留させざるを得ない計算になります。それが約700人にとどめられているのは、懲戒や矯正などの処分を受けている人が約3,500人、病気等で長期に欠勤している人が600人など、採用されない可能性がある人がいることが、おそらくは考慮に入れられているのでしょう(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1222-8a.pdf。この資料によると、対象者は13,657人となっています)。ちなみに採用基準には「これまで改革に後ろ向きな言動のあった者及び改革意欲の乏しかった者については、改革意欲の有無や勤務実績・能力を厳正に審査し、採用の可否を慎重に判断する」といった項目も含まれています。
そこで、常識的に考えればこうしたケースでは多くの人が現在と同じ仕事、職場にとどまりたいと考えるのが普通でしょう。古い話ですが国鉄民営化の時にも、最後まで訴訟などで争ったのは現勤務地にこだわって広域配転を拒んだ人たちだったわけですし(もちろん、それ以外に様々な深い事情があったわけではありますが)。そう考えると、配置転換を希望する人が4分の3にものぼるというのはかなり異例の事態といえそうです。
これは結局、記事にもあるように「身分や賃金の安定した公務員志向が根強い」ため、仕事や職場が変わることのマイナスよりも「身分は公務員のまま」のプラスが上回ると考える人が圧倒的に多かった、ということなのでしょう。とはいえ、社保庁の職員は正規職員として採用されることとなっており、しかも前述のように基本的に人減らしの対象とはならないとされています。いかに「身分は民間」とはいっても機構がつぶれることは考えにくく、賃金についても団体交渉で上げていける可能性もあるわけですから、冷静に考えれば「身分は公務員のまま」の優位性はそれほど大きなものとも思えません。にもかかわらず、大半の人が年金のプロとしての誇りより「身分は公務員のまま」を選んだというのは、いささか情けない感は禁じ得ません。
とはいえ、まったくの想像ではありますが、むしろこれは「身分は公務員」以上に、年金機構の組織、仕事に対する魅力の乏しさの反映なのかもしれません。普通に考えて、あれだけ世間から叩かれまくれば、仕事や職場に誇りが持てなくなってもおかしくありません。仕事自体もこれまでと同じかといえば、これまでは保険料徴収などのつらい業務を様々なごまかしで逃げてきた実態が少なくとも一部にあったわけですが、これからはそうそう逃げられなくなるかもしれません。社保庁のそうした実態が職員の怠慢だけではなく、そもそもの要員不足による部分もあるとすればなおさらでしょう。もちろん「人減らしの対象にはしない」に対する不信感もりそうです。社保庁国税庁との統合というアイデアはかなり古くからあり、これを本気でやろうという豪腕の政治家が現れれば、下手をすると年金機構の(一部の)仕事だけ国税庁に統合されて職員はお払い箱、という危険性だってないとはいえません。万一失業したときのことを考えると、社保庁職員というキャリアがポジティブに評価される確率はあまり高くは見積もれないでしょう。なるほどこれでは機構に移りたいという職員が少ないのもむべなるかなです。
現実には、厚労省としてもそうそう多くの社保庁職員を抱えるわけにもいかないでしょうし、それでは機構に移らず転職を試みてもこのご時世ではなかなか成功しそうもないわけで、結局は大半の職員はそのまま機構に移ることにならざるを得ないでしょう。記事にもあるように、これはたしかに機構の士気にも影響しそうです。
いっぽう、外部採用枠の1,000人が埋まるかどうかというのも興味深いところではありますが、雇用失業情勢の厳しい折から、失業者や非正規労働者からみれば機構の正規職員はきわめて魅力的な職に写るかもしれません。となると、新たに発足する機構は、士気の高い外部採用が1,000人、あまり士気の高くない機構第一志望者が一定規模、そして士気の低下した機構第二志望者が大半という奇妙な組織になりそうです。その舵取りにあたるトップ、管理職はなかなかの多難が予想されます。かなりの割合で「天下り」も含まれることになるのでしょうが、国家国民のために健闘を願いたいものです。