同一労働同一賃金ガイドライン案

海上周也さんから、16日のエントリのコメント欄でご質問をいただきました。

 政府の同一労働同一賃金ガイドラインについてなかなか厳しい見解を示されていらっしゃいますが…。一つひとつの批判のご指摘点は小生も理解できない訳ではありませんが、では(例えば基本給に関して)このタイミングでどのようなものを同ガイドラインに望んでおられますか?それによって日本企業の人事労務あるいは日本人の働き方について何をどのように変えていけるとお考えでしょうか?建設的なご提案を開陳して頂けるとブログ読者皆さんも大変参考になると思われますのでお時間ありますときにご検討頂ければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/comment?date=20161216#c

さて「このタイミングでどのようなものを同ガイドラインに望んでおられますか?」というご質問ですが、私は過去繰り返し書いているように非正規雇用労働者の処遇改善のために同一労働同一賃金という理屈を担ぎ出すのが決定的に筋悪だと考えていますので、ガイドラインになにを望むかと問われても「特に期待することはありません」とのほか申し上げようがないように思います。残念ながら同一労働同一賃金で建設的な提案はできそうにありません。
とはいえガイドライン案の全文(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf)をみてみるとそれなりに考えらえていて悪いばかりでもありませんので、以下そのあたりを見ていきたいと思います。
まず第一感はこれはもはや同一労働同一賃金ではないなというものです。報道では見当たらなかったのですが最初に「前文」があり、その冒頭に「均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定」と書かれていて、本来均等≒同一労働同一賃金と対照的な概念である均衡を取り込んでしまっていますし、続けて「同一労働同一賃金の考え方が広く普及しているといわれる欧州制度の実態も参考としながら検証した結果、それぞれの国の労働市場全体の構造に応じた政策とすることが重要」というのも「日本の労働市場全体の構造では欧州型の同一労働同一賃金は普及しない」というのと同じ意味でしょう。「我が国の場合、基本給をはじめ、賃金制度の決まり方が様々な要素が組み合わされている場合も多い」とはっきり認めているのも目をひきます。安倍首相はガイドライン案が提示された働き方改革実現会議で「正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差を認めないが、我が国の労働慣行には、十分に留意したものといたしました。」と発言したそうですが、まあそうなのかもしれません。ということなので、結局のところは「具体例として整理されていない事例については、各社の労使で個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる」ということにならざるを得ないというのは納得いくところですし、それが結論であるなら私も賛同するところです。
個別の事例については基本的に16日のエントリで書いたとおりですが、退職金については本当に事例がないのね。まあなかなか書きにくかったかなあ。
若干付け加えますと、こんな例もあげられていて、

<問題とならない例?>
・B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。

<問題とならない例?>
・C社においては、同じ職場で同一の業務を担当している有期雇用労働者であるXとYのうち、職業経験・能力が一定の水準を満たしたYを定期的に職務内容や勤務地に変更がある無期雇用フルタイム労働者に登用し、転換後の賃金を職務内容や勤務地に変更があることを理由に、Xに比べ高い賃金水準としている。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

なるほど、このあたりはわが国の労働慣行に十分に留意したものといえそうです。実はガイドラインの最後には「注」としてこんな記述もあるのですが、

 無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の間に基本給や各種手当といった賃金に差がある場合において、その要因として無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の賃金の決定基準・ルールの違いがあるときは、「無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者は将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」という主観的・抽象的説明では足りず、賃金の決定基準・ルールの違いについて、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

というわけで、「役割期待の違い」といった漠然とした理由ではダメで、現実にローテーションや勤務地変更、昇進昇格などについて決まりがあり、それが実現している実態が求められる、ということのようです。まあ言いたいことはわかりますしそれでよろしかろうとも思うのですが、創業まもないベンチャー企業に「具体的な実態」を求められてもなあという感もこれあり、やはり大企業ターゲットのものなのだなあとは思います。まあ大企業であればこのあたりぬかりなくやっているだろうとも思うわけですが。
あとやはり急ごしらえだなあと感じるところもいくつかあって、たとえば慶弔休暇に関するこの事例ですが、

<問題とならない例>
・A社においては、慶弔休暇について、無期雇用フルタイム労働者であるXと同様の出勤日が設定されているパートタイム労働者であるYに対しては、無期雇用フルタイム労働者と同様に付与しているが、週2日の短日勤務のパートタイム労働者であるZに対しては、勤務日の振替での対応を基本としつつ、振替が困難な場合のみ慶弔休暇を付与している。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

気持ちはよくわかるような気はするのですが、「週2日の短日勤務のパートタイム」勤務で「振替が困難な場合」という事態が想定できなくて困りました。まあ、無理に考えれば月給制になっていて賃金締切日に弔事が発生したので振替先がありませんとかいうケースは考えられなくもありませんが…。もちろんこの事例自体は「振替対応で可」ということを明確にしていて有意義なものですが。
あるいは

<問題となる例>
・基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているE社において、無期雇用フルタイム労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの職業経験を有することを理由として、Xに対して、Yよりも多額の支給をしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これについても「現在の業務に関連性を持たない」「これまでの職業経験」というのが想定できなくて弱りました。もちろん程度問題で、製造業で金属加工をやっていた人がコールセンターに転職しましたとかいうケースを考えているのかもしれませんが、それでもたとえば「業務の標準化スキル」みたいなものは関連性を持ってくるのではないかと思いますが…。いやもちろん、なくはないにしても程度問題だ、というならわかるのですが、それはまさに均衡の話であって同一労働同一賃金じゃないだろと(ry
さらに、

<問題となる例>
・基本給の一部について労働者の業績・成果に応じて支給しているC社において、無期雇用フルタイム労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給を、パートタイム労働者であるXが無期雇用フルタイム労働者の販売目標に届かない場合には行っていない。
(注)基本給とは別に、「手当」として、労働者の業績・成果に応じた支給を行おうとする場合も同様である。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これも販売目標達成のインセンティブを基本給と称して支払っている例というのが思いつかないのですが目標管理制度とかを念頭においているのかなあ。もちろん労働時間が短いパートタイマーとフルタイム正社員の販売目標が同じってのはひどいじゃないかというのはよくわかるのですが。またこの例はやや不明確な感はあり、たとえば歩合制でフルタイム・パートタイム問わず「成約1件につき1万円」というのは同一なんでしょうか。「成約0.5件につき5千円」というのは現実的でないような…。
いやまあ明らかな事例を示すという性質上どうしてもリアリティが低下することは致し方ないとは思うのですが、しかしこうして並べてみるとやっぱり実情をきちんと調べていない机上の空論だよねとも思う。実際、ガイドラインの末尾には「本ガイドライン案の策定に当たっては、欧州での法律の運用実態の把握を行った」と言い訳めかしく書いてあって判例がいくつか並んでおり、机上の空論感をいやがうえにも高めておりますし。
あと気になるのが派遣をどうするかで、

 派遣元事業者は、派遣先の労働者と職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情が同一である派遣労働者に対し、その派遣先の労働者と同一の賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。また、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情に一定の違いがある場合において、その相違に応じた賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これはやはり無理があるのではないかなあ。特に派遣先と同一の福利厚生を派遣元が提供することは端的に不可能ではないかと思います。もちろんものにはよりますが、スケールメリットや長期継続を生かしている団体保険なんかは派遣会社に同じものをと言っても無理というものでしょう。福利厚生というのは大半は技術論なのであって、そのあたりを詰めずに理屈だけ語ってもあまり意味はないとしたものです。派遣会社にできるのは、同じ派遣元・派遣先で同じ仕事をしている労働者については派遣会社として同一の処遇を、というところまでではないでしょうか。
まだ気になるところはあって、

 B社においては、無期雇用フルタイム労働者であるXは、パートタイム労働者であるYと同様の仕事に従事しているが、Xは生産効率や品質の目標値に対する責任を負っており、目標が未達の場合、処遇上のペナルティを課されている。

要するにペナルティの有無で処遇が異なってもよいという事例なのですが、類似の例が販売目標でもあって、働き方改革って従業員にペナルティを与えることを推奨するものなのかねえなどど不審に思うことしきり。
全体的な感想としては、16ページを費やしてもこれだけしか書けないのだなあという印象はかなり持ちました。まあ当たり前で、欧米では産別労組が労働条件について詳細に交渉し、その結果として電話帳みたいな(死語)協約を作っているわけです。どこまで行ってもすべてをガイドラインに疑義なく書ききることなどおよそ不可能ですから、疑義や紛争が発生したときにどうやってうまく解決するかという方法を考えたほうが建設的というものでしょう。それはやはり実情がわかった個別労使による協議ということになるのだと思います。まあそのためのガイドラインだということかもしれませんが。
さて今後の展開がどうなるかというのが次なる問題ですが、働き方改革実現会議にはそれについて各委員が発言したようですので、エントリを改めて提出資料から探ってみたいと思います。