同一労働同一賃金ガイドライン案・フォロー

書く書くと言ってまた書いてない(笑)。ということで22日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161222#p3)の続きです。前回はガイドライン案本文を見てみましたが、それではこれを今後どのように展開し活用していくのかについては、実現会議のウェブサイトに掲載された各議員の提出資料をみるかぎりかなりの意見の相違があるように思われます。全員分があるわけではなく、口頭での発言や補足などもあったとは思いますので限界はありますが、公開されている範囲で見ていきたいと思います。
ポイントはいくつかあり、相互に関連していますが、主なものとしては今後の法制化におけるガイドラインの位置づけ、ガイドラインでは示されていない広大なグレーゾーンの扱い、派遣労働に関する考え方といったあたりになるでしょうか。
まず日本総研高橋進先生の資料をみると、

ガイドライン案が取り上げていない処遇(退職金など)についても、労働者が不満を感じれば、裁判所に訴えることができる仕組みとすべき
 ガイドライン案に列挙さえている「問題とならない例」「問題となる例」のみならず、具体例が示されていないケース(グレーゾーン)についても、改正法案では、裁判所に訴えることができる仕組みとすべき
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou4.pdf

となっており、主に裁判を通じてグレーゾーンを埋めることが想定されていて、それを可能とする法改正を念頭におかれているようです。
慶応の樋口美雄先生も同様のご意見のようです。

ガイドラインに照らして問題となる待遇差が生じている場合、訴訟を提起できることが重要であり、例えば、訴訟の提起に必要な情報を労働者が入手できることが必要。
…また、退職金など、考え方が様々で一律のルールが示しにくく、ガイドライン案に明記されていない待遇の項目や、事例として明示されていないグレーゾーンも含め、訴訟の対象となる仕組みが必要。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou6.pdf

その一方で、労使の集団的プロセスを活用するという意見もあります。たとえば東大の岩村正彦先生の資料では、

 ガイドラインの確定のためには、労政審で、労使の意見を十分に聞きつつ議論をすることが肝要
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

 着実に実務に根付いて、待遇格差の不合理性を是正できるガイドラインとするためには、現実に問題に直面している労使からその経験・知見にもとづいた意見を十分に聞いて議論することが適切。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

非正規労働者の処遇の改善を達成するためは、まずは非正規・正規全体を包括した賃金・処遇体系全体を見直す労使の協議・交渉を着実に進めさせ、その結果がしっかりと実効性あるものにするための方策を講じることが肝要
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

ということで労使当事者の協議や参加が繰り返し強調されており、法改正についても、厚生労働省のた「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」の「中間報告」を引用する形で、

…適切にも、 「本検討会では、ガイドライン『案』は、第一義的には、現行法の解釈を明確化するものと位置づけてきた。しかし、現状ではガイドライン『案』の法的位置づけは不明確であることから、ガイドライン『案』は現時点では効力を発生させるものではない旨をきちんと周知すべきである」と指摘しており、これを踏まえる必要がある。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

とのべられ、即座に裁判という法制度ではなく、

…改善計画の作成を企業に義務づける法律を制定し、その計画策定・達成の見通しを踏まえて、改正法施行の時期を設定することが適切。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

といった制度をまず導入し、紛争についてはADRの活用することを提案されています(ちなみにジャーナリストの白河桃子氏もADRの活用を想定されているようです)。

誠実協議義務を尽くさない場合や、協議が整わない場合には、行政機関による調整手続よって解決を図るのが適切。

フューチャー(株)の金丸恭文社長兼会長の資料にも、

 個別企業の人事政策や給与体系は企業の経営戦略そのものである。
 同一労働同一賃金は机上の空論になりがちで、欧州の実情を見ても失業率、格差は日本より大きいことを鑑み、過剰な民間への介入は慎重に対応すべき。
 よって、今回の正規社員と非正規社員の待遇差改善についての政府の役割は、明確で解釈に差が生じない分かり易いガイドラインを示し、民間主導で待遇差改善が推進されるきっかけ作りに徹するべきである。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou10.pdf

との記載があり、やはり裁判での解決には否定的なように思われます。
連合の神津里季生会長は、まずは労使、その後裁判という二段構えです。

…よりわかりやすく、現場の実情を踏まえたものとなるよう、労働政策審議会で議論すべき。…
…処遇差の合理性の立証責任は使用者が負うものとすべき。
…法律で基本的な原則を明らかにするとともに、職場の集団的労使関係の中で、実質的な話し合いを行い、納得性のある処遇にすべき。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou7.pdf

実際には「立証責任」には言及されているものの裁判とか訴訟とか明記はされておらず、念頭には置かれているのでしょうがやや慎重な印象です。そして今回の議論をリードした社研の水町勇一郎先生も

…労使当事者の具体的な協議・調整や個別の事案に応じた裁判所の判断に委ねられるものと理解する…

と、労使の協議・調整と裁判所の判断を並立させておられます。
ということで、そもそもガイドライン案自体にも「具体例として整理されていない事例については、各社の労使で個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる」と明記されているとおり、まずは労使の対話と自主的な取り組みを促すような法改正となることが望ましいと思われます。
というのも、高橋氏や樋口先生がお考えのような裁判所の判断を通じたルールづくりを性急に進めようとすると、かなり大きな影響が出て労働市場や人事管理が大混乱に陥りかねないからです。これは実は前回(第4回)の実現会議で岩村先生が指摘しておられるのですが、

…法令による直接的差別禁止規制と裁判所による是正を、いきなり導入すると、企業の賃金・処遇体系を法令や裁判官が決定するということになって企業の生産性を損ないかねず、またつぎのような弊害を引き起こす恐れがある。

  • 訴訟の頻発による実務の混乱
  • 規制や裁判所の介入を回避するための職務分離
  • 正社員の賃金の引き下げと、正社員間の格差の拡大が起き、ひいては、非正規雇用の賃金水準は上昇しても、多くの正社員の賃金水準は下がり、低位の正社員+非正規雇用と高位の正社員との格差が拡大する
  • 企業の職業訓練提供意欲の低下
  • 新卒一括採用の見直し

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai4/siryou9.pdf

まずもって金丸氏も指摘するとおり「個別企業の人事政策や給与体系は企業の経営戦略そのもの」であって個別労使が決定するものであり、法や裁判所がそれに「基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに」しなさいなどど介入するのは全くもって余計なお世話でしょう。
岩村先生の言われる「弊害」については、個別にみれば必ずしも弊害ではないという考え方も可能なので上では「影響」と書いたのですが、少なくとも訴訟の頻発と職務分離は弊害と申し上げていいと思います。高橋氏が主張するように「不満を感じれば、裁判所に訴えることができる仕組み」を導入し、さらに神津会長が主張するように「立証責任は使用者」という制度にしたらどうなるか。現実をみれば自らの処遇に一切の不満がない人などめったにお目にかかれないわけで、そういう人の数%でも「不満を感じるので訴えます」ということにでもなったら、まあ判事さんたちには想像したくない地獄絵図でしょう。自分たちには手にあまるからといって当事者である労使による検討をスキップして裁判所の権威に丸投げするというのはおよそ責任ある態度とは申せません。
そして、現実に2年後なり3年後なりに「グレーゾーンも含め、訴訟の対象となる仕組み」が導入されるとなると、その間に労使が取り得る手段は限られたものにならざるを得ず、「規制や裁判所の介入を回避するための職務分離」が広汎に行われるでしょう。これは非正規社員の能力向上やキャリア形成、それらを通じた雇用の安定と処遇の改善を大きく妨げるでしょうから、弊害があると申し上げざるを得ません。これら2点の弊害を考えただけでも、短期的に裁判所に判断してもらう仕組みを入れることは無理だろうと思います。
いっぽうで「正社員の賃金の引き下げと、正社員間の格差の拡大が起き、ひいては、非正規雇用の賃金水準は上昇しても、多くの正社員の賃金水準は下がり、低位の正社員+非正規雇用と高位の正社員との格差が拡大する」というのは、現に欧州などではむしろ一般的にみられる状態であり、ひるがえってわが国の現行の無限定正社員を中心とした人事管理や労働市場サステナブルでないとすれば(私は思うわけだが)、いずれはそれに近づいていく将来像であろうとも思います(それがこれまでと較べて明るいものなのかと問われると自信はないわけだが)。たしかに、これを短期的にやろうとすれば(まあ不可能でしょうが)、たとえば正社員を総合職と一般職に分けて厳格に職域分離し、一般職のキャリアの天井を明確に定めたうえで、非正規社員は一部は一般職とも厳格に職域分離、一部は一般職をベンチマークして均衡処遇という形を強引につくることになり、これは多く人が激痛を被りかねず大変な弊害でしょう。いっぽうで、欧州の例なども参考としつつ、よりましなあり方を考えて、長期をかけて漸進的に変えていくというのは、これはむしろ真剣に考えるべきことではないかと思いますし、過去このブログでもご紹介した鶴光太郎先生のご提案や海老原嗣生氏のご提案などは、まさにそれにあたるのではないかと思います。
ということで、私としてはなにより拙速を避け、岩村先生が主張されるような企業の行動計画を求める制度でもいいと思いますが、まずは労使の対話・自主的な取り組みを促すような法改正を行い、個別労使がミクロの正規・非正規の処遇だけではなく、長期的に見て現行のしくみが維持可能なのか、可能でないとしたらどのようなしくみにどうやって変えていくのか、ということをしっかり議論し合意する必要があると思います。もちろん、ナショナルセンターレベルでも、個別労使の検討状況をふまえてガイドラインの内容を充実しつつ、将来像についても政労使で同様の議論を行い、認識をすりあわせて、想定される将来像とそれに至る工程表について合意をする。これだけでもまあ3年くらいは要するのではないでしょうか。政府はその間、たとえば非正規への賞与支給を後押しする政策(まあ助成金とか表彰とか政府調達での優遇とかアイデアはあるでしょう)を並行して進めればいいのではないでしょうか。
その将来像というのが、まあ少数の無限定正社員・多数のジョブ型正社員・少数の(ジョブ型正社員をベンチマークする)非正規社員というものになるのではないか、というのが鶴先生や海老原氏の見立てであるようであり(hamachan先生とかもおそらくそうではないかと思う)私もそうだろうなと思っているわけで、そこに至るまではまあ10年とかの期間をかけて、激変を避けながら漸進的に取り組んでいくことになるのでしょう。ただまあある程度時間をかけないと「やっぱりこれまでどおりがいい」という合意になってしまう危険性はかなり感じるいっぽう、今後有期5年で無期転換してジョブ型正社員になるという人がまとまったボリュームで出てくれば、自然に進んでいく部分もけっこう出てくる可能性も感じます。したがってこの過程では新卒について「わが社は引き続き全員無限定の幹部候補生で処遇」と言って得をしようとする輩が出てくる可能性があるので政府の指導力が必要になりそうです。
なお派遣労働については、岩村先生は

 派遣労働については、現行の労働者派遣法が定める規制枠組みの基本構造に関わる問題があり、また、前記「中間報告」に添付の中村天江委員および松浦民恵委員の「専門的見地からの意見」が指摘する様々な検討問題が存在する。したがって、派遣労働については時間をかけて検討することが適切。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

としておられますし、水町先生も

 派遣労働者と派遣先の労働者との均等・均衡待遇を実現するための法制度については、派遣元事業者と派遣先事業者の連携・協力のあり方、派遣労働者のキャリア形成など労働者派遣に固有の検討事項もあり、欧州諸国における法制度のあり方も参考にしつつ、具体的な検討を進めるべきである。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou5.pdf

と、慎重な意向を示しておられます。これについて資料上でコメントしているのは労働法学者のお二人だけで、やはり派遣については無理が大きいのではないかと思います。まあ推進法でも派遣についても何かやると言っているわけですし、政治的に派遣だけは別というわけにはいかないという事情もあるかもしれませんが…。
ということで今後の展開次第ではありますが、振り上げてしまったこぶしではあるものの、なんとかうまく下ろせそうな感じもしてきたように思います。短期的な成果を求めるのもいいですがあまり欲張らず、労使の地道で現実的な取り組みを進めてほしいと思います。