ぱっと見なにかわからないかな(笑)。佐藤博樹先生が中心になって進められている中央大学大学院戦略経営研究科ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトが先日公表した「ダイバーシティ経営推進のために求められる転勤政策の検討の方向性に関する提言」について若干の感想を書きます。提言はこちらですhttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/Survey_summary_tenkin2016.pdf。調査結果はこちらhttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/Survey_report_tenkin2016.pdf。一般読者のみなさまの便宜のためには要約とかしたほうがいいのですが年末進行で押しているので省略でご容赦ください。
さて提言の第一は「人材育成策としての転勤の効果についての再検討を」ということで、まあ「再検討」ということならそうだなと思うわけですが、提言は人材育成策としての転勤に対してかなり懐疑的なようです。もちろん転勤も多様であってアフリカで新規拠点を立ち上げるために駐在するとかいうのは普通に考えてかなり人材育成効果があるでしょうし、広島支店の業務課長が仙台支店の業務課長に転勤するというのはまああまり人材育成効果はありそうにないというのも納得できるところです。
ただまあ私などは同じ調査結果をみて割と効果あるジャンと思うわけで、つまりここにはかなりあからさまな本音と建前の使い分けがあるのではないか。転勤に限らず人事異動全般がそうですが、現実には(言葉は悪いのですがご容赦)ビジネス事情優先で場当たり的に行われることもけっこうあるわけです(まあそれが日本の無限定正社員というものだ)。でまあその時に企業側は「人材育成のためでもある」と言い、言われた側は「そうは言うけど会社の都合だろ」と思っているわけですね。
ということで、この手の調査への企業の回答は相当に建前である可能性があってまともに真に受けるのはヤバい感じはあり、数字に出るほどには人材育成効果を重視・期待しているわけでもないのではないかというのが一面。その裏返しで、転勤する人のほうも、(とりわけ行きたくない転勤の場合は)転勤時あるいは転勤終了時に昇格するとかいうことがないと「人材育成のため」に納得できない(いやこれは言い過ぎかな、でも少なくとも昇格があれば納得するだろうとは言えると思う)から人材育成効果を低く見積もるのではないかというのがもう一面です。
もちろん「再評価」そのものは人材育成策のPDCAサイクルを回す中で常に行われる必要があるでしょうが、しかし大半の企業が現状を変更するつもりがないと回答しているというのもまあそうだろうなと思った。
提言の第二は「転勤対象者の範囲の検討と転勤の有無による雇用区分間の処遇格差に合理性を」というのは実は私もかなり同感する部分があるのですがなかなか難しい問題です。
「転勤対象者の範囲の検討」については、勤務地無限定にもかかわらず実際には転勤していない人というのがかなりいるという話で、だったら無限定の人はもっと少なくてもいいのではないかということでしょう。これは要するに勤務地もふくめ様々な無限定性が総合職正社員の定義になっていることが多いからで、それを徹底するために相変わらず一般職から総合職へ職変する際に必ず転勤させるという企業もまだあるらしくそれはたしかに無駄だろうと思います。そこまでいかなくても、人事管理の実情からみて総合職が多すぎるのではないかという問題意識があるのであれば、スローキャリアで勤務地限定のコースを設けるなり、すでにコースがあればそちらを増やすなりすればいいというのは私も同感するところです。ただし企業調査によれば企業の大半は転勤ありのコースは現状維持ないし拡大の方向らしく、まあビジネスの広域展開を進める中では、同じスローキャリアの限定正社員を導入するにしても転勤の可能性は確保しつつ職種限定とか定時・短時間勤務とかいう方向なのかもしれません。あるいは限定正社員を導入することにともなう人事管理の煩雑化に較べれば現状の問題点のほうが小さいという判断かもしれず、やはり正社員の多様化というのもなかなか難しいのだなあとあらためて弱気になる私。
処遇については、たしかに同じ企業でも職種によって転勤の頻度・可能性は異なり、「転勤はあっても1回」という部門もあれば「海外駐在3回4回なら当たり前のうち」という部門もあるわけです。まあ海外駐在については手当がそれなりについているでしょうし、国内であっても単身赴任であればたいてい手当(まあこれは帰省旅費の実費負担という面もありますが)が出るでしょうし、帯同であっても格安な家賃で社宅を提供する(これがばかにならず、相場が20万円近い物件の家賃が数万円という例も多いらしい)ということもあるわけです。問題の中心はおそらくは昇進昇格であろうと思われ、まあたしかに3回4回当たり前の部門があっても1回の部門の3倍も4倍も恵まれているということはなかろうと思います。ただまあそこに不満があるという企業は全体の21.4%という調査結果になっているわけで、大半の企業はそれなりにうまくやっているということでいいのではないでしょうか。
「転勤の有無による雇用区分間の処遇格差に合理性」というのも悩ましいところで、まあ従業員(特に転勤がない雇用区分の従業員)に不満があるというのはうなずける結果です。この手の話はどこまで行っても不満はあるわけであり、それなりに理由を説明し格差を調整することで大方の(不承不承ながらも)納得が得られるところを探るしかないのでしょう。ただしそれとて決して容易な話ではなく、つまり差がつく理由は転勤の有無だけじゃあないよねえという話です。それこそ能力とか職務とか、勤務地以外の無限定性とかも含めて差がついてくるわけで、それを○○円は能力の違い、○○円は転勤の有無…とかいちいち説明しろというのは、まあなにやらどこぞの出来の悪い同一労働同一賃金論と同じだよねえと思うことしきり。
なお転勤の有無について従業員に不満があるから全員転勤させるようにしているという例も紹介されていますが、これも一概には無駄と言い切れないように思われるところで、まあ俺は転勤したのにあいつは転勤していないのはけしからんからあいつも転勤させろという話であればたしかに無駄だと思いますが、話が逆のケースもあるじゃないかとも思います。つまり、転勤が昇進のキャリアパスになっていたり、人事評価上有利に取り扱われたりしている場合は、「私は転勤していないから昇進できない、私も転勤させてほしい」という話になるのがまあ自然であり、となると全員に転勤させましょうということになりがちだろうと思うわけです。
第三の提言「社員の希望や事情とすり合わせが可能な制度や仕組みで個別対応を」というのも大筋では同感で、実際問題この調査でも(企業・個人とも)大多数で本人事情が考慮されるという結果が出ています。そうはいっても「会社事情を優先」が大半ではないか、と言われるかもしれませんが、これとて「絶対的な拒否権は与えない」くらいの建前で回答している例も多いのではないかと思います。ポイントはやはり転勤しない・できない事情に対する配慮とキャリアとの兼ね合いだろうと思いますが、いずれにしてもこれについては提言も対応を拡大する企業が増加していると評価しており、今後(必要に迫られてという部分も含めて)取り組みが進展するのではないかと思います。
第四の「社員の生活設計見通しが可能な制度対応を」、第五の「運用における社員からみた不透明さの排除を」というのは、要するに従業員の予見可能性を高めるべきだということでしょう。実際には第三の個別配慮で対応する部分も大きいのではないかと思いますが、企業としてもくふうが必要だろうと思います。
ということで、細切れとか書いたわりには長くなりましたが、転勤が本人にも家族(キャリア形成や教育をふくめ)にも大きな負担であり、転勤に応じられない事情のある人が増えており、また企業としても高コストなものであることなどはまあ間違いのないところなので、できるかぎり必要最小限にとどめることが望ましいだろうとは思います。実態として必要性の低い・無駄な転勤もかなり存在するのだろうとも思います。とはいえ提言が想定するほどに多いかというとそうでもないんじゃないか、企業はそれなりに合理的にやってるんじゃないかというのが私の全体的な感想です。