日経提言と有識者提言

土曜日の日経新聞朝刊の1面トップに「崖っぷちは好機」という見出しがどーんと踊っていてどこの松岡修造ですか。なにやら「働き方改革はブーム」なので「日本経済新聞社は経営者やエコノミストの手を借り、改革の理想像を提言にまとめた」ということで、「我々がとりわけ語りかけたいのは就職前の10代だ」そうです。まあ労働市場のルール変更をしたいのなら遡及適用せずに新規参加者から経過措置をおいて、というのはもっともだな。
そこでその提言ですが、

 一人ひとりの働き手が密度濃く、元気に働ける環境を整える(日経提言)

 大卒で就職後、3人に1人が3年以内に辞める日本。過労自殺パワハラは後を絶たない。「働くってつらそうだ」。10代の若者がそう考えれば、いずれ日本は立ち行かなくなる。国と企業の成長の条件は、予備軍ともいえる若者たちの力を引き出せるかだ。

 組織に寄りかからない一人のプロとして腕を磨く(日経提言)

 鹿島の1年目、箆津(のつ)杏奈(25)は現場監督としての経験を積む。工事は想定通り進まないこともあるが、「崖っぷちはチャンス。乗り越えたらプロとして成長できたということ」。
 箆津は2011年夏、豪雨被害を受けた奈良県十津川村で山肌が崩れ落ちた「深層崩壊」の現場を目の当たりにした。「自然災害から命を守る土木の仕事を窮める」と決めた。成長が社会貢献につながる今、「学生時代より楽しい」と話す。

 不安を感じずに職場を変わり、次の仕事に前向きに取り組めるようにする(日経提言)

 初田真也(32)は昨年、J2などでの9年間のプロサッカー生活に終止符を打った。半年の就職活動を経て選んだのは、サッカー関連でなく、星野リゾート。ホテルのサービスを担当する。引退後、初めて違う仕事に挑み、自分の幅を広げた。選手時代にファンサービスで磨いた「おもてなし」のスキルも役立つ。夢のJ1からホテルへとステージを変え人を笑顔にする。

 成長分野へ資源を集中し、人材も大胆に移す(日経提言)

 成長企業を貪欲に渡り歩く人がいる。動画配信のC Channel(東京・渋谷)社長の森川亮(50)。大学卒業後に日本テレビに入り、ソニーを経てLINE社長に転じた。今は4社目。
 壁にぶち当たるたびに考えたのは、自分が夢中になる仕事に就きたいという思い。「人生と仕事はイコール。好きな仕事で社会に貢献し、国を元気にしてほしい」。森川は若い人に語りかける。

 「嫌いな仕事も続けるのが大人」。長い社会人生活。あきらめにも似た思いで働き続ければ、気持ちも体ももたない。自分本位で働き、成果を生む。その好循環が日本に必要だ。

(平成29年2月25日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

いやお題目はまあごもっともですなという話であり、例によってなんとなくカッコよさそうな人の例を挙げて読者を騙そう説得してしまおうという論調で相変わらずの社会面ぶりですねえという感じですが、まあ「就職前の10代」に対するお説教としてはいいのかもしれないな。
でまあなにをどうすればこういう提言が出てくるのかと思ったところ、関連記事にいわく

 日本経済新聞社は2016年秋、働き方改革に関する情報発信を強化するため、社内に「日経働き方改革賢人会議」を設けた。
 武田薬品工業の長谷川閑史会長、産業革新機構志賀俊之会長、ポピンズの中村紀子最高経営責任者(CEO)、ワークスアプリケーションズの牧野正幸CEO、経済産業研究所の中島厚志理事長、日本総合研究所の山田久調査部長の6人に参加してもらった。
 政府の働き方改革実現会議の議論や大手広告代理店での新入社員の過労自殺春季労使交渉など、雇用問題で幅広く助言を求めた。議論の一部は連載「働く力再興」などに取り込んだ。経済産業省とも意見交換した。

この顔ぶれで議論してあの内容なの?と最初は正直驚いたわけで、実際このメンバーのインタビュー記事を読むとまずまず納得のいく意見が多いのでどうしてこうなるのかと思ったところ、どうやら「賢人会議」の提言としては「有識者提言」というのが別途あり、1面の「日経提言」というのは正味の「日経の提言」ということでなるほど。まあ有識者提言のほうもどうかと思う部分はあるのですが。
ということでまずはこの6人の賢人の意見を見てみましょう。

優秀な人に高い賃金を 武田薬品工業会長 長谷川閑史氏

 労働時間の規制に加えて、労働市場流動性を高める政策を進めなければ働き方改革は完結しない。人が転職をしたいと思ったときに政府が再教育・再訓練で徹底的に面倒を見る体制を整えるべきだ。
 人工知能(AI)が進歩すれば、今の仕事の多くは置き換えられる。成長分野に人材を円滑に移動してもらったり、人々が生きがいを持って働いてもらったりするには職業訓練を充実させるしかない。国民負担が大きい北欧型が一つのモデルになる。
 新卒一括採用もそろそろ見直しが必要だ。入社5年目ぐらいまで賃金が同じというのは不合理だ。能力や成果が急速に伸びる人もいれば遅咲きの人もいる。優秀な人に報いる制度にしないと優秀な人が集まらない時代はすぐに来る。
 インターンシップ(就業体験)をもっと実施して学生の実績をしっかり評価する。インターンを通じた採用をもっと増やすべきだ。
 企業は雇用ではなく仕事をオファーする方式に変わる必要がある。あらゆる仕事に精通するのではなく、プロフェッショナルを育成する方向にかじを切る。
 プロフェッショナルをつくるには大学教育も合わせて自然と変革が迫られる。企業がジョブオファー型に変われば、学生ももう少し志望する企業のターゲットを絞って準備するようになるのではないか。

「優秀な人に高い賃金を」というのはまことに納得のいくご意見ですが、すでにやっている話ではないかなあ。武田薬品さんはやっておられないのかしら。
自動化や技能の陳腐化に対応すべく職業訓練が重要だというのもまことに同感です。政府の役割をより拡大すべきだというのもそのとおりでしょう(北欧型がいいとは思いませんが)。いっぽうでOJTにも優れた面が多々あるのであり、企業みずからの取り組みも重要だろうとは思います。政府が訓練してくれた人だけで勝ち抜いていけるような容易な競争ではないでしょう。
プロフェッショナルとかジョブオファーとかいうのはどことなく聞こえはいいですが、要するにジョブ型でそこそこスローキャリアの雇用を増やしましょうという話であり、まあ企業経営者が大威張りで言う話かとは思いますが、しかし今後の方向性としてはそのとおりだろうと思います。
でまあ私が最も同感するのは入社5年目ぐらいまで賃金が同じというのは不合理だというご意見であり、まあ長谷川氏の言われる意味とは少々違うかもしれませんが文理格差問題です。以前も少し書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141010#p1)、投下した資本の違いなどを考えれば法学部経済学部卒と理学部工学部卒の初任給が同じでいいかというのはかなり疑問であって。新卒一括採用については、まあ武田薬品さんがおやりになればいいのではないでしょうかねえ。現状に一種の囚人のジレンマ的な状況を想定されているのかもしれませんが、強引に新卒一括採用を禁止したとしても(方法論はさておき)、結局はそのうち各社てんでにまた新卒採用の競争をはじめるんじゃないかなあ。

「就職がゴール」変えよ 産業革新機構会長 志賀俊之

 長時間労働から脱するために、まず働いた時間と報酬をひも付ける因習から脱しなければならない。プロフェッショナルとは本来、成果のみで評価されるべきものだ。
 もう一つの問題は、就職の入り口の高さだ。大企業への就職をゴールととらえてしまいがち。さらにいったん就職して早期に辞めてしまうと、次の就職が難しくなる。最初に入った会社にしがみつくので無理な長時間労働にも耐える悲劇が生まれてしまう。
 インターンで会社の空気を味わい、いつの間にか非正規から正規の雇用で働くようになったとか、転職するとか、出入りの自由が大事。企業と学生の垣根を下げてあげれば、会社に若い人を縛るようなことがなくなっていく。企業はつなぎ留めるために働き続ける満足度を高める努力をする。
 教育システムも見直しが必要だろう。プロフェッショナルを育てなければならない。
 例えばプロサッカー選手の本田圭佑氏は子供の頃から、イタリアでのプレーを目標に努力した。何のために学び進学するのか、考えさせる教育に変わらなければならない。
 IT(情報技術)の進展でゲームチェンジが起き、世界的な企業の競争は創造性や柔軟性の勝負になってきた。高度成長を支えた長時間労働では勝てない。

これには最初のパラグラフから頭をかかえました。「働いた時間と報酬をひも付ける因習から脱しなければならない」のは「長時間労働から脱するため」ではない、というのはこのブログでも過去さんざん書きましたので繰り返しませんが、「プロフェッショナルとは本来、成果のみで評価されるべきもの」というのも本当にいいんですか。世に「プロフェッショナル」と呼ばれる人の中にも時間割で報酬を支払われることが適切な人はいて、たとえばフリーランスの稀少言語通訳というのはかなり高度なプロフェッショナルでしょうが、しかし時間当たりいくらで報酬を受け取るのが普通かつ適切だろうと思います。あるいは、これも繰り返し書いていますが、企業で先端技術の開発に従事する研究職といった人たちを「出入りの自由が大事」という中で「成果のみで評価」したらどうなるか、たぶん確実に成功する研究ばかりやる人が残って、リスクは高いがインパクトの強い研究をする人たちは「成果だけでは評価しない」他社に移ってしまうのではないかなあ。ハイリスク・ハイリターンな仕事には職能給とプロセス評価が適していることには実証研究の裏付けもあるということは以前もご紹介しました(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160620#p1)。
「就職の入り口の高さだ。大企業への就職をゴールととらえてしまいがち」というのは、特に難関の一流大企業についてはそのとおりだろうと思います。もちろんそれも理由があって、そうした企業の多くは人材育成・キャリア形成のしくみが出来上がっているので、まあ入社は一つのゴールではあったのでしょう。しかし今後はキャリアをめぐる競争もより激しくなるし、社外転身なども考慮した「キャリア自律」が大切になるだろう、というのはそのとおりかもしれません。逆に中小企業では1度や2度は転職するのが現状でも実態ではないかと思います。
インターンで会社の空気を味わい、いつの間にか非正規から正規の雇用で働くようになったとか、転職するとか、出入りの自由が大事」というのも、もっともな意見とは思う一方かなりの程度すでに実態ではないかとも思います。インターン先アルバイト先にそのまま新卒就職しましたというのはやはり中小企業では当たり前にある話でしょうし、大企業でも製造や販売などの現場を中心に非正規から正社員登用されるというのは普通だろうと思います。いっぽうであまりに後払い色の強い賃金制度で足止めをはかるのはたしかに好ましくないとも思います。これまた先般の成果主義騒ぎで一定の対策は行われたようにも思いますが、まだやる余地はあるかもしれません。
プロフェッショナルについては、本田△を持ち出すから「そんなの関係ねえ」(古)という話になるのであって、なにもそこまで美化したり威張ったりする必要もないでしょう。こういうプロプロ詐欺はそろそろ終わりにして、控え目に、ジョブ型でスローキャリアな中度専門職をめざした職業的レリバンス教育という現実的な話をしたほうがいいのではないでしょうか。

働ける人は働く社会に ポピンズCEO 中村紀子氏

 働き方改革は働かなくていいということではない。働くことに甘えが出てはいけない。自分の能力を生かし、自己責任で自己実現を図るのが本筋。仕事を選んだら最大限の努力をして専門性を高め、成果を出してほしい。働ける人は働いて税金を納める。限界が見えている社会保障を支える側に回らないといけない。
 働き手が自分本位で働けるようにするには、企業も対応が必要。「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)を導入し、社員に1年間の職務内容や数値目標を示す。社員は会社からどんな働きを求められているかわかり、成果を出せば評価されると納得できる。そのうえで働く時間、場所を自分で決めればよい。
 国の企業支援策は重厚長大型の製造業に偏りがちだ。成長余地のある産業にまで支援の裾野を広げてほしい。サービス業は人材が成長のカギ。メーカーの研究開発費は、サービス業の教育研修費だ。政府の支援はないものの、人材育成の面でも日本を支えている点を重くみるべきだ。
 教育も大切。保育と教育を同時に進める「エデュケア」でチームワークや創造力、忍耐力といった言葉で表しにくい能力を早期に鍛えればいい人材に育つ。就職前に幅広い社会経験を積む「ギャップイヤー」の法制化も一案。何のために働くのか。若い人が地に足を付けて考える機会となる。

なんかいきなりパワハラ的な話が並べられていてうへえという感じなのですがまあ編集した記者の問題でしょうきっと。私は自己責任色が強すぎてあまり好きにはなれないのですがこれ自体はひとつの正論ではあろうしな。
自分本位がヘチマとかジョブ・ディスクリプションが滑った転んだとかいうのが具体的にどういうイメージなのかは判然としませんが二つほど考えられ、一つはジョブ・ディスクリプションがメインのジョブ型雇用の拡大、もう一つは数値目標と成果評価が中心の個人請負の拡大で、まあどちらもそのとおりと思います。全部がそうなるとは思いませんが
「国の企業支援策は重厚長大型の製造業に偏りがち」というのは本当なのかなあ。感覚的には中小企業支援のほうに政策の重点があるような気がしますが…。まああれかな、研究開発税制とかを念頭に置いておられるのかな。エデュケアもそうですが、ずいぶん我が田に水を引いておられるような(笑)。まあ非認知能力の重要性や、非認知能力の発達には就学前教育による介入が必要であることについてはすでに実証的に検証されている(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130908#p1でもご紹介しました)ことでもあり、一定の支援は考えられてもいいかもしれません。ギャップイヤーもやって悪いたあ言いませんが法制化は余計なお世話じゃないかなあ。学校卒業したらすぐに働きたいっていう人、かなりいると思うのですが…。

自由な雇用が創造生む ワークスアプリケーションズCEO 牧野正幸氏

 働き方改革は雇用形態をふたつに分けて考える必要がある。ひとつは定型化した業務中心の労働力としての雇用、もうひとつは創造的な業務中心の成果をあげるための雇用だ。日本の競争力を高めるうえで、今議論すべきは後者。プロフェッショナルな高度人材を育て、成果につなげたい。
 成果重視の雇用は働き方を自由にする。報酬の最低限度は平均より高い水準で設定する。今の若年層は昇格機会が乏しく、賃金も低すぎる。自由な働き方がイノベーションを生む。
 弊社は業務を時間で評価しない。会社に拘束せず、やることをやれば、映画を見ても、休んでも構わない。プロには成果をもとに高い報酬を払う。労働基準法は時間管理を企業に強い、プロの働き方を抑制する。法改正に取り組んでほしい。
 プロなら残業の概念をなくしてもいい。政府は残業時間を短くする方針だが、単に減らすだけだと国内総生産(GDP)が下がる。残業削減で給与水準が下がると不満が生まれるのは、成果に応じた給与体系になっていないからだ。
 企業は生産性向上へ労働者のモチベーションを上げる。国の支援で企業が労働者を教育するのも手。実務に即した教育は有用だろう。重要なのは働いて成果を出すことだ。米シリコンバレーの人たちはハードワーク。のんびりしている人はいない。

働き方改革は雇用形態をふたつに分けて考える必要がある」というのも、結局は少数のエリートと多数のノンエリートに分かれるということでしょう。現状のように大卒ホワイトカラーは全員幹部候補生という人事管理だと「今の若年層は昇格機会が乏しく、賃金も低すぎる」から、少数のエリート(牧野氏のいわゆる「プロ」)には「報酬の最低限度は平均より高い水準で設定」し、さらに上積みで「成果をもとに高い報酬を払う」というわけですね。まあこの会社はそういう会社ですということでしょうし、他の会社もいずれはそうした方向に近づいていくのではないかということであれば、その可能性は高いと思います。最初から平均を上回る最低限度を適用されている少数のエリートについては労働時間規制を緩めてもよいというのもそのとおりでしょう。
いっぽうで、「残業削減で給与水準が下がると不満」になるエリートってのはどのくらいいるのでしょうか。もちろん、給与が下がってまったく不満でない人というのもなかなかいないでしょうが、しかしエリートにとっては足下の残業代より能力向上や将来のキャリアのほうがよほど重要なのではないかと思うのですが…。いやそうでもないかな、ワークスアプリケーションズのような企業のエリート人材であれば内部昇進より転職でのキャリア形成を重視するかもしれず、であれば足下のおカネもしっかりもらいたいと考えるのかな。であれば残業減で賃金が下がるのはよしとしないでしょうし、そういう人材には残業の概念をなくして定額+達成報酬のほうが適しているかもしれません。
それにしても、シリコンバレーにもワークスアプリケーションズにもノンエリートは必要であり存在しているはずですが、そういう人たちの動機づけも大切だと思うんですが、そこはどうなんでしょうか。エリートだけで世の中回るわけもないのであってね…。まあ、ここではそういう人たちは牧野氏の眼中にはないということなのでしょうが…。

年金や教育も一体改革 経済産業研究所理事長 中島厚志氏

 トランプ米政権の発足や英国の欧州連合(EU)離脱などで世界情勢が読みづらい今、日本は一喜一憂せず自立した経済体質を作ることに専心すべきだ。求められるのは生産性の向上であり、攻めのイノベーションだ。それには多様な人材が力量を発揮することが欠かせない。
 今の世界は企業が好収益を上げながらも、まんべんなく分配されるという状況になく、所得格差が広がる時代となっている。欧州など先進各国が競って働き方改革に取り組んでいるのも、それが働き手個人の生産性と所得を向上させると考えられているからだ。個人の意識の変化が改革の原動力になる。
 終身雇用、年功序列、企業内組合の3つを柱とする戦後の日本型企業経営は硬直化している。無限定な正社員依存は限界だ。偏った人材活用では企業の競争力が劣化し、国の豊かさも失われていく。
 女性や高齢者、外国人が働きやすい雇用慣行とはいえず、ワークライフバランスにもつながらなかった。近年、企業が研修と従業員の海外派遣にかける費用が減ってきているが、企業には個人の能力を上げる投資を求めたい。
 政府には税と社会保障など個人と企業を取り巻く制度を一体的に見直す姿勢を求めたい。雇用や教育、年金など幅広い視野で取り組むべきだ。

たいへん適切なご指摘だろうと思います。たしかに誰もが管理監督職をめざせるという「戦後の日本型企業経営は硬直化」してバランスが悪くなっているのでしょう。「無限定な正社員依存は限界」であり、「女性や高齢者、外国人が働きやす」く「ワークライフバランスにもつなが」るようなジョブ型でスローキャリアの働き方を増やさなければならないということだろうと思います。欧州の働き方改革はおおむね労働時間と労働日の柔軟性を高めるというもので、それが「個人の生産性と所得を向上させる」のは、まあジョブ型のノンエリートの話だろうと思います。
ただ「近年、企業が研修と従業員の海外派遣にかける費用が減ってきている」というのは、もちろんデータとしてはそうなのだろうと思いますが、その理由はどうなのでしょう。巷間よく「企業はそんなことにコストをかける余力を失った」という説明をしたり顔でする人を目にするように思うのですが、私としては研修費用については新卒採用が減少したことで企業のoff-jt費用の相当割合を占める新入社員研修の費用が減っているせいではないかという疑問を持っており、海外派遣費用については先進国や中国への進出が一巡して現地化が進展しているせいではないかという疑問を持っています。であればそれほど問題視する話でもないと思うのですが、どうなのでしょうか。

成長志向の改革必要 日本総合研究所調査部長 山田久氏

 政府は働き方改革のあるべき方向性をもっとはっきり示さなければならない。いま改革を進めるなら、成長志向、適材適所、能力形成の3つを目標とするのがよい。成長志向とは、企業が成長性のある重要分野に労働力と資金を移すことだ。賃金を増やし、もうかる事業を創造すべきだ。
 適材適所とともに能力形成も見直しが必要。若いうちに仕事の技能を身につけ、プロ意識を持つ。40歳以降は別の企業で働くなど選択肢を増やすべきだ。優秀な人が辞めたら、別の優秀な人材をとればいい。国全体で人を生かすため、労使が雇用の流動化が必要との共通認識を持ちたい。
 日本は企業の内部で人を育ててきた。これからは企業のニーズを踏まえ、企業の外部でも教育する仕組みを強化すべきだ。北欧では政労使が密に連携して必要な職業教育の仕組みを作る。プロの働き手を増やすにはどうするか。そこに知恵を絞りたい。
 戦後の急成長を支えた日本の雇用システムに良さはある。正社員を時間や生活に関係なく無限定に働かせる仕組みは変えなければならないが、社内で様々な仕事を経験して能力を磨くのは長所だろう。
 ただ日本の労働力人口団塊ジュニアが引退する2030年代あたりから急減する。このままだと日本の持続はないと心得る必要がある。

まあそのとおりなんでしょうが、すでに行われていることではないかと思います。原子力分野を「成長力のある重要分野」(実際当時はそう考えるのも妥当だったと思う)として「労働力と資金を移」したものの奏功しなかったというのが東芝の現状でしょう。エコノミストは簡単に言うわけですが成長力があってリスクの低い重要分野がそこらへんに転がっていればこんな楽なことはないわけであり、上で出てきた4人の企業経営者にしてもうち3人の経営企業はたしかに医薬品、保育、統合ソフトウェアという成長産業ではありますがもともとのコア事業であり、それとは異なる新たな「成長力のある重要分野」に「労働力と資金を移」しているようには見えません(いや貴様が知らないだけで重要分野はあるし労働力と資金を移してもいるのだというのであれば自らの不明を率直に自己批判しますが)。
「若いうちに仕事の技能を身につけ、プロ意識を持つ。40歳以降は別の企業で働くなど選択肢を増やすべきだ」というのも、やはりジョブ型の雇用を増やして職種別労働市場を強化すべきだという話かな。その上で労働市場に技能ミスマッチが増えたら「企業のニーズを踏まえ、企業の外部でも教育する仕組みを強化」して対応すると。これは「労働力人口団塊ジュニアが引退する2030年代あたりから急減する。このままだと日本の持続はない」とも関係ありそうで、団塊ジュニアが70歳まで働き続けることができるようにするためにも職種別労働市場と再教育が必要になるでしょう。まあどうなんでしょうか、日本企業が強みとされているすりあわせ技術とか人材育成力とかを維持強化しながらうまくやれればいいのですが…まあなんだな、実はそれは一部のエリートの中で維持されていれば十分なのかもしれません。
ということで、この賢人たちと日経新聞経産省のまとめた「有識者提言」は次の5項目です。

(1)自由な働き、公正に評価
(2)年功・長時間の悪弊を断て
(3)ひとつの会社に縛られない
(4)成長力強化へ人材集中
(5)国は働くルール再設計を

順に見ていこうと思いますが、まず(1)〜(5)を通じての印象なのですが、あれこれ言うのはいいけど結局どういう世の中になるのさというのをはっきりさせていないので、立派なことを言ってるみたいなんだけど結局よくわからないという感はあります。それからなんか知らないけど「プロ」が好きだねえという印象もあり、しかも上記賢人たちも含めて好き勝手にいろいろな意味で「プロ」という言葉を使っているようで(だからカギ括弧つきで表記した)ますますわかりにくい。結局のところ、脱時間給で働き経営幹部をめざす一部のエリートと、ジョブ型でワークライフバランスで昇進昇格とはほぼ無縁な多数のノンエリートに分かれるのだ、と明確に言い切るまでの意志はないらしく、そこで「プロ(フェッショナル)」と称することでノンエリートもよさそうなものに装うことを意図しているのではないかと邪推することしきり。そういう前提でコメントしていきます。

(1)自由な働き、公正に評価

○企業は曖昧な潜在能力で評価せず、求める職務内容を明確にして公平に評価する
○IT活用で職住近接の環境を整えるなど、年齢差や性差に関係なく働く人を支える

 少子高齢化が進む日本では、貴重な働き手に今まで以上の成果を期待するほかありません。ただ無理を強いるだけでは成果につながりません。働く意欲のある人がしっかり働ける環境を整える必要があります。長く会社にいる人が評価される仕組みを改め、企業は働き手にどんな仕事をしてほしいか、それにどのくらい給料を払うのかを明確にすべきでしょう。
 いまやIT(情報技術)の普及で在宅や家のそばで働くのも可能です。時間や場所に縛られない自由な働き方が広がっています。短時間勤務や子育てサービスの充実など、個人の働きやすさを増す取り組みを進め、介護や育児など家庭の事情から離職する人を一人でも減らす。正規・非正規、年齢差や性差に関係なく、働き手自身が自らの体調や生活に即した働き方を選べる。そうした自由な働き方は成長の礎です。

後者については自由な働き方もさることながら通勤時間の大幅短縮の効果も大きいでしょう。でまあそういう働き方だと労働時間もはっきりしないし仕事ぶりもよくわからないしということで、成果で評価し処遇するしかないよねという話はわかります。なにが公平かというのは人事管理の大難問ですが、「働き手にどんな仕事をしてほしいか、それにどのくらい給料を払うのかを明確に」というのはまあ職務給ということかな。ということはやはり大半の労働者はそういうジョブ型の働き方になるということになりそうです。

(2)年功・長時間の悪弊を断て

○働き手の評価は成果に基づいて決め、年功序列長時間労働の根を断つ
○働き手は自らの能力を高める研さんに励み、プロ意識を持つ

 戦後の日本企業は従業員を横並びで評価し、あまり差が付かないように配慮してきました。しかし、平等を重んじる雇用慣行では国の経済や企業をけん引する突出した成果はなかなか生まれません。従業員の生む成果次第で賃金差がついたり、正社員でない働き手を重用したりしてもいいでしょう。だらだら長時間働く慣行は断ち、脱時間給制度の導入など高度で優秀な人材の力を引き出す工夫が必要です。
 成長志向にカジを切る企業に対し、働き手も意識を変える必要があります。年功に即した評価や働いた時間による厚遇は期待できません。組織に寄りかからない自立した、1人のプロフェッショナルとして腕を磨く必要があります。社内外で学ぶ時間を増やし、ビジネスに生かす姿勢も問われるでしょう。労使は現状に安住せず、雇用慣行を根本から見直すべきときです。

日本人は「だらだら長時間働く」といった言説はあちこちで見かけますが私にはややいらいらする表現であり、まずそれなりに集中してしっかり働いているのに仕事量が多くて長時間働かざるを得ないという現状が相当にあるように思われ、また朝から晩までシャカリキになってわき目もふらずに働き続けて定時で帰るというのも、まあ今日はぜひ早く帰りたいという事情がある特別な日ならともかく、毎日そうでなければならないとなると激しく疲れそうですしあまり人間的ではないように思うからです。そういう働き方から創造的な発想とか、生まれるのだろうか。ノンエリートについてはある程度はマイペースで働ける環境でなければ、高い意欲を持ち続けることもできなかろうと思うのですがどんなもんなんでしょうか。
いっぽうで脱時間給制度が適用されるエリートについては、創造的な成果を得るべく仕事に没頭したり、関心のおもむくままに業務とは直接は無関係な調査や実験をしたりして、まあ長時間働くことになるでしょうね。
さて横並びだの平等だのは日本型の「遅い選抜」モデルのことでしょうか。従来はそれで「国の経済や企業をけん引する突出した成果」も生まれていたわけなので「生まれません」と断言されても本当かなあと思うわけですが、まあ人事管理的に「遅い選抜」が行き詰まりつつあることは認めざるを得ないので問題提起としてはよろしいかと思います。ではどうなるのか、がこの提言でははっきりしないのですが、「従業員の生む成果次第で賃金差がついたり、正社員でない働き手を重用したりしてもいい」は少数のエリートの話かな。「年功に即した評価や働いた時間による厚遇」については、ノンエリートのジョブ型社員については欧米でも緩やかながら経験に応じて昇給があり、残業すれば残業代が支払われるわけですので、わが国でもそうなるのでしょう。エリートについては「期待できません」というわけですが、まあ働いた時間については脱時間給なので働いた時間による厚遇はなくなるでしょう。年功についてはエリートはノンエリートよりはるかに大きな昇給を手にすることが「期待できる」のでしょうが(だから苦労してエリートになるわけであってだな)、まあそれは成果だかなんだかで決めているのであって年功ではないと言えばそういうことになるでしょう。「組織に寄りかからない自立した、1人のプロフェッショナルとして腕を磨く必要があります」というのはジョブ型のノンエリートこそそうであって、外部労働市場を通じて同業や同職種への転職も一般化するのではないでしょうか。「労使は現状に安住せず、雇用慣行を根本から見直すべきときです」というのは、現実の労使は決して現状に安住しているとは思いませんが、「根本から見直す」には短気は禁物でそれなりの時間をかけて経過措置を設けながら慎重に進める必要があり、そこは労使の知恵の出しどころでしょう。

(3)ひとつの会社に縛られない

○転職・再就職の市場を拡充し、労使のニーズにあった職業訓練を提供する
○長期雇用の良さを保ちつつ、退出ルール明確化などで失業への不安を減らす

 終身雇用制は企業にとっても、働き手にとっても安心な仕組みです。ただ企業は状況に応じ、優秀な人材を登用できる果断さが問われています。有能な人材を社内外から登用しなければ生き残れません。長期雇用で築く労使の信頼関係は保ちつつ、雇用市場の流動化を進めるべきです。働き手も国内外どこででも通用する能力や技術、ふたつ以上の会社で働く覚悟が求められます。
 一方で、キャリアを積んだ人材が不安を感じずに職場を変わり、次の仕事に前向きに取り組めるようにすべきでしょう。企業は働き手が特定の分野のプロになる支援をする。官民の協力で転職や再就職しやすい仕組みを作り、ビジネスの現場に即したきめ細かい職業訓練も提供する。会社を辞める際のルールも、労使が納得できる形で整えておく必要があります。ひとつの会社に縛られない時代になったとの認識が必要です。

はいはい終身雇用制ですか。何度も書いているように終身でもなければ制度でもない長期雇用慣行を終身雇用制と書いた時点でこの提言もダメ箱行きとなりました。終わり

………いやまあここまで書いたので最後まで行きますが、ジョブ型雇用が一般的になれば賃金も職務給に近くなり、企業横断的な相場もできて職種別の労働市場もできてくるのでしょう。つか今でも中小企業ならふたつ以上の会社で働くのがむしろ当たり前(ry
ただまあプロになれば、職業訓練すれば簡単に転職や再就職できるってのもずいぶんお気楽な発想だとは思いますね。「会社を辞める際のルールも、労使が納得できる形で整えておく必要があります」ってのも、気持ちとしては解雇の金銭解決のことを考えておられるのでしょうが(違うかな)だったら「辞めさせる際のルール」ときちんと書かなければフェアではないでしょう。「辞めるときのルール」についてはすでに退職は1か月前に申し出なさいとか自己都合退職だと退職金が少なくなりますとか「労使が納得できる形で整えて」あるのではないかと思うわけでね。

(4)成長力強化へ人材集中

○企業は成長分野に資源を集中し、働き手の能力開発にも取り組む
○1人当たりの労働生産性を、5年で世界トップクラスに引き上げる

 意識改革が必要なのは働き手だけではありません。企業もそうです。働き手の愛社精神や自己犠牲に甘え、長時間、低賃金で働かせている企業はいまだに少なくありません。これでは生産性は上がりません。人への投資を再検討すべきです。毎年少しずつ処遇を見直したり、目先の人件費を積み増したりするのも必要ですが、研究開発や能力向上を目的に長期的な視点で人材育成に力を注ぐ姿勢が問われています。
 これからAIの普及が進めば、いまある仕事でもなくなるものが増えていくと予測されています。人とカネをかけるべき分野を厳選し、成長性の低い産業から成長の可能性の高い産業へ資源を集中していく。無駄な業務を捨てる決断も必要です。そして人材も成長分野に大胆に移す。技術革新を背景に、今後5年ほどで世界トップクラスの労働生産性を達成すべきです。

「働き手の愛社精神や自己犠牲に甘え、長時間、低賃金で働かせている企業」ってのはどのくらいあるのかなあ。まあ働きがい搾取なんていう言葉もあるくらいなのであることはあるのでしょうが、いや霞ヶ関という声が聞こえてきそうで怖いわけだがこらこらこら、まあ愛社精神や自己犠牲のように見えても将来的な昇給・昇進昇格とか、転職時に箔のつくキャリアとか、それなりの打算で動いていることも多いのではないかと思います。「研究開発や能力向上を目的に長期的な視点で人材育成に力を注ぐ姿勢が問われています」ってのも、まさに日本企業が営々と努力を積み上げてきた内部育成・内部昇進そのものジャンと思わなくもありません。
まあたしかにAIの影響は読み切れませんし、「成長の可能性の高い産業」とか言うほど簡単ではないよねえとも思うわけですが、古くから言われているように事業はポートフォリオであり、成長分野に投資するにも成熟分野の収益が必要でしょうし、こちらの事業が苦しいときにあちらの事業でしのいでいく、ということもあるでしょう。まあ新聞社も紙媒体をやめてウェブ事業に資金も人材も大胆に移してはどうかなあ。
ということで久々に長文のエントリとなりました。今度こそ終わり