日本学術会議-RIETIシンポジウム「ダイバーシティ経営とワーク・ライフ・バランス」

昨日開催されたので参加してまいりました。この両所の共催ということで登壇者の顔ぶれはさすがの豪華さで有益な知見が多くたいへん面白く聴講しました。
http://www.rieti.go.jp/jp/events/16032201/info.html
ただまあ多分に予想どおりではあったのですが有益な一方で私としては聞けば聞くほどに閉塞感の高まる議論であったことも事実であり、内容や資料等は追い追い上記サイトに公開されるものと思いますので、以下簡単に感想を述べたいと思います。
前半の研究報告は、まず日本学術会議ワークライフバランス研究会の委員長を務めておられるお茶の水女子大の永瀬伸子先生が政策変化の出産行動に対する影響について報告されました。結論としては育児短時間勤務制度の導入は第1子の出産確率を有意に高めたこと、第2子出産には夫の家事育児参加と年収が優位に影響すること、次世代育成法や育児短時間導入は子どものない女性の「絶対に子どもがほしい」という意欲を有意に引き上げたことなどから、政策には一定の効果があることが示されました。また、企業文化と男性の家事育児参加の関係については、夫の価値規範ではなく夫の職場の規範が有意に影響することも示されました。
私の感想としては、一定の政策効果が確認されたことは政策当局にはご同慶だと思いますがそれはそれとして、いつもの話ですが「夫の価値規範ではなく職場の規範」という結論はかなり眉につばをつける必要があるように思います。要するにこの手の調査を受ける対象者というのは(事実として存在するか否かは別として)「男性も家事育児参加すべき」という調査者の価値観を感じ取るだろうと思われるわけで、それが回答に影響する可能性は否定できないのではないか。となると、「いやそれほど参加しようとは思ってないんですけどねえ実は」という本音よりは、「参加したいんですよ本当に、でも忙しいし職場の雰囲気がねえ」という体裁のほうがよほど答えやすい回答になっているのではないかと思うわけです。もちろん大企業に典型的に見られる日本的な雇用慣行が共働きには向かない、育児参加を抑制するものであることはたぶん間違いなかろうと思いますが、一方でこれは事実上男性に偏るとしても理屈上は男女にかかわらず、むしろ「キャリアをめぐる競争に参加する人」に限られた話であることにも留意すべきでしょう。
次は慶応の山本勲先生が女性活躍推進と企業の利益率の関係について報告されました。結論としては正社員女性比率の高さと利益率の高さには有意な関係が認められたものの、管理職女性比率と利益率については有意ではなかったこと、雇用の流動性の高い企業で効果が顕著なことなどが示されました。
これは私としてもたいへん実感に合う結果ですがこれで即座に「女性活用すれば利益率が上がる!」という結論に飛びつけるかというと(山本先生が飛びついているわけではありませんので為念)そうでもねえなと思うところはありました。ひとつはやはり因果関係の方向性の問題で(これは参加者からも質問があった)、たしかに変量効果と固定効果を分解することで「すでに利益率の高い企業だから女性登用ができる」という因果関係を排除することはできていると思うのですが、利益率の上昇と女性登用の促進との関係についてはやはり相関しか示されていないのではないかと思うわけです。まあこのあたりは私も計量のことはわからないので全くの感想ですが。ただ現場感覚としていえそうなのは女性の登用に熱心な企業はだいたい中途採用にも熱心であると思われ、またそういう産業・企業というのはどちらかというと新興で成長中の産業・企業ではないかと思うわけです。まあこのあたりも慎重にコントロールされているのだろうとは思うのですが、すでに産業として成熟し人事管理も出来上がっている企業にまであてはまられるかというとそこまでの説得力はないように感じました。同じ意味で雇用の流動性については中途採用だけでなく退出でも測定したほうがいいように思いました。退出の多い企業の利益率が高いことがいいかどうかは議論がありそうですが。
続いてシカゴ大の山口一男先生がダイバーシティ経営と女性の賃金との関係について報告されました。均等施策、ワークライフバランス施策、勤務地限定正社員制度と女性正社員の賃金の関係をみると、均等施策とWLB施策の両方がある場合には女性の賃金が有意に大きく上昇する一方で均等施策なしのWLB施策は賃金の男女間格差をむしろ拡大すること、勤務地限定正社員についてはこのような効果は認められないことなどが示されました。
4人めは一橋大学の児玉直美先生で、外資系企業の女性活用について報告されました。結論としては外資系企業は日本企業に較べて女性活用が進んでいること、外資系になって長いほど、外資比率が高いほど女性活用も進んでいる傾向があることから、外資系企業では外資の文化が導入されているが、それには時間がかかること、親会社による継続的な関与が必要であると結論づけられました。また、外資系ではフレックスタイムや在宅勤務などの導入比率が高いことも示されました。
これについては正直文化だけの問題なのかという感想は持ちました。もちろん企業だけでなく働く人の方にも「外資系なんだから良かれ悪しかれ日系とは違うのが当たり前」という意識はあると思われ、そういう意味での文化の違いは間違いなくあるし大きいだろうと思います。とはいえ外資系というのは基本的には新興が多いと思われ(小玉先生のいわゆる「古い外資系」についても「外資になって3年以上」であって企業の寿命から考えてとても古いとまではいえないでしょう)、となると山本先生のところで持った感想と同じ感想をここでも持つわけです。なお児玉先生は外資の女性には(帰国子女が多いなどの)観察されない属性がある可能性を留保しておられましたが、まあ男性にも同様の傾向はあると思われるのでそれほど大きな問題ではないのではないでしょうか。
最後は東北大学看護学を研究しておられる吉沢豊予子先生が登壇され、キャリア形成と女性の健康問題について報告されました。これからのキャリアと女性の健康との関係について、男女がともに双方の将来の家族観、キャリアデザイン、リプロダクティブヘルスを考慮して「リプロダクティブライフプラン」を持つことが重要であること、そのためには両親が相互的・継続的に安定的な育児環境を実現していく「コペアレンティング」の促進が必要であることを紹介されました。その上で、日本では父親がおかれた長時間労働、パタハラの問題が存在することや、コペアレンティングの促進プログラムの重要性などを訴えられました。
私としては不案内な分野でありたいへん興味深くお聞きして勉強にもなりました。特にリプロダクティブライフプランの中に男女双方キャリアデザインの要素がしっかり織り込まれているのには非常に共感しました。いっぽうでこの部分でどのように現実的にすり合わせていくのかはかなり難しい課題のように思われ、今後さまざまな分野の専門家が加わって議論が深まることが期待されるようにも思いました。
後半は、法政大学の武石恵美子先生、千葉大学の大石亜希子先生、経産省経済社会政策室長の藤澤秀昭氏、21世紀職業財団会長で元資生堂副社長の岩田喜美枝氏、リクルートの石原直子氏がパネリスト、慶応の樋口美雄先生がモデレータというパネルディスカッションでした。これまた豪華メンバーですが妙に官僚系が多いななどと余計な感想を持つ私。
さてこちらも様々な論点で大いに活発な議論が展開されて盛り上がったのですが思い出せるところをいくつかご紹介しますと、まずは武石先生と石原さんが転勤の問題を大いに取り上げられました。
日本企業では人材育成やキャリア形成に転勤が組み込まれていることが多く、その効果を否定するものではないが、しかし労使双方に大きな負担(とりわけ現実問題としての女性の就労阻害)をかけてまでやるほどの人材育成効果があるのか、その費用対効果を検証する必要があるのではないのかというのが武石先生のご所論で、石原氏はワークス研究所が調査したところ明確な目的意識を持たない企業が多かったことを紹介され、転勤は本当に必要なものだけにとどめ、逆にそうした転勤に応じた人は手厚いプレミアムを付与すべきと主張されました。
これについてはまあお説ごもっともではあるのですが簡単に言ってくれるなあという感想はかなり持ちました。まずこれは会場からもツッコミが入っていましたが転勤というのは不正や癒着の防止なども含めて事業の必要によって行うものであって人材育成やキャリア形成というのは副次的なものだという話があります。まあすべてが本当に事業上必要ですかやらずにすむものもあるんじゃありませんかというのが武石先生のご主張とは思いますが、しかしグローバル企業における海外駐在などはやはり事業上どうしても必要だから(現地化を求める現地政府を説得して)実施するわけです(もちろんそれが人材育成上大きな効果をともなうことも事実です)。国内転勤にしても、それなりにお土地柄が大きく異なる地域を担当することで新たな顧客開拓や新商品・新サービスの開発につなげていくという狙いがあるわけで、費用対効果という観点は確かに重要ですが、しかし誰もがあきらめていた市場をよそから来た人が切り開いたという話もあちこちにあるわけで、しょせんは費用対効果も事後的にしか把握できないよなあと思わなくもない。というか、事前に費用対効果が測定できるビジネスしかやらないんじゃ成長し続けることはできないよなあとも思う。とりあえず多様な経験を持つ集団がイノベーションを生むと主張される石原氏が異なる地域から異なる価値観を持ち込むことの効果を疑問視するのは多分に自爆だとも思うなあ。
さてもちろん人事管理における転勤の意義というのももちろんあるわけで、誤解を受けそうですがあえて一言でいうなら転勤はチャンスだ、ということではないかと思います。石原氏は「本当に必要な転勤に応じた人には手厚いプレミアムを」と言われるわけですが、人事管理の現場では「本当に必要な転勤」が仮に10件あったとすると、「手厚いプレミアムがあるなら転勤したい」と希望する人が20人とか30人とかいるというのが実情ではないかと思います。また、転勤によって環境が変わるというのは、評価を受けなおすチャンスでもあります。実際、転勤で環境が変わったことで「化けた」人、というのもあちこちにいるわけです。もちろん「化けなかった」ケースのほうが圧倒的に多いわけで、それが先生方が紹介された「転勤が人材育成上特段の効果があったとは思わないという人が多い」という現実にもつながっているのでしょうが、しかしチャンスを求める人が多い中でそもそもチャンスを与えないというのがいいのかどうか。本当に必要な転勤だけを・そこから最大の成果を引き出せる人にしてもらうのが正論かもしれませんが、残念ながら神ならぬマネージャーや人事担当者には誰が「化ける」かなんてわからないわけですから。
次に例によって長時間労働が目の敵にされていた件ですが(笑)、論点がいろいろ多いのでなかなかうまくまとめて書けないのですが、まず大石先生が提示された「有償・無償労働時間の国際比較(15-64歳男女、週平均)」という資料について。資料がないと話が通じないとは思いますがこれはいずれRIETIのサイトに掲載されるものと思いますのでそれをご覧いただくとして(データの出所はhttp://www.oecd.org/gender/data/OECD_1564_TUSupdatePortal.xls)、大石先生のご指摘は国際比較上「日本は男女とも(有償+無償)労働時間が長く特に女性は長い、日本の男性は有償労働が突出して長く無償労働が極度に少ない、日本は唯一女性の睡眠時間は男性を下回る」したがって日本の家庭内分業の現状とそれをもたらす働き方の見直しが必要、ということだったと思います。
たいへんアイキャッチーな資料で感心しましたし事実関係は大筋そのとおりだろうと思うのですが私には疑問もあり、たとえば大石先生がたびたび比較対象として持ち出されたフランスのデータをみると男性でも日当たりの有償労働は173分となっていて、これを365倍すると年間約1,050時間です。ごく大雑把な掲載になりますが、元ネタによるとフランスの場合男女計の有償労働は日当たり143分なので365倍すると870時間、私の手元にあるJILPTの『データブック国際労働比較2015』によると同じ年(2009年)のフランスの年間総労働時間は1,489時間なので、単純に割り算すると58%にとどまります。いっぽうで日本のデータを見ると(こちらは2011年)、同じ出所の数字で男女計の有償労働が日当たり287分なので年1,746時間、年間総労働時間は年1,728時間なのでやはり単純に割り算すると101%となります。もちろん異なる統計(とはいえともにOECDの統計ではある)なので単純計算はできないでしょう。その上ではありますが、この数字は基本的には就業率に近いものだと理解していいのだと思うのですが(違うのでしょうか?まあ誤差が入る余地は多々あろうと思いますが…)、学生が数%いるとはいえ15-64歳の有業率が58%の社会というのは本当にいい社会なのかと私などは思いますし、一方で100%超というのもかなり不思議な感じはします。ということでデータがいささか怪しいんじゃないかというのが私の邪推です。
もうひとつ思ったのは日本の無償労働時間がたいへん短いということで、これまた元ネタをあたると男女計でOECD平均206時間に対して日本は160時間と2割以上短く、日本より短いのは韓国だけというありがちな結果になっています。日本の無償労働の生産性がそこまで高いとはちょっと思えない、というのはまあ大方の賛同を得られるように思いますので(いや本当に高いのかもしれないが)、おそらくこれは同じ用事を欧州では自ら無償でやるのに対して日本では有償で業者にやってもらっているという違いが反映されているのではないかと思います。いい例えかどうかわかりませんが、住宅のメンテナンスを欧米では自前でやるのに対して日本では工務店などに発注する、といった具合です(実際、家庭用塗料の売上は日欧で大差があるという話を塗料メーカーの人に聞いた記憶がある)。この違いは行って来いで有償労働時間を増やすでしょうから上下に効いてくることになります。
ということで大石先生のご議論は繰り返しになりますが大筋ではそのとおりだろうと思いながらもしかしデータには疑問があるなあとも思いました。
さてまだまだ書きたいことがありますしあまり切りも良くないのですが、今日は残念ながら時間切れです。続きは明日以降書いていきたいと思います。