労働条件を聞いてくる学生は願い下げ?

もう一本就活ネタで、私のTwitterのタイムライン上を標記記事が賑わせておりましたので読んでみました。「キャリコネニュース 社員の口コミが記事に。」というもののコンテンツのひとつのようで、タイトルは「「労働条件を聞いてくる学生は願い下げ」 人事の本音に批判殺到「前時代的すぎる」」。全文がこちらにありますhttp://blogos.com/article/126919/。ここで取り上げられている溝上憲文さんの元ネタは「「仕事内容」より「労働条件」ばかりを聞く学生はいらない」というタイトルで、こちらにありますねhttp://president.jp/articles/-/15860。なおこちらはhamachan先生もガッツリと取り上げておられます(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-e75b.html)。
先にTwitterからキャリコネニュースに飛んで読んでみて、続けて溝上さんのオリジナルを読んでびっくり。溝上さんの記事が牽強付会に使われていて内容を云々する以前に書き方としてこれはいくらなんでもまずいだろうと思いましたので少し書いてみたいと思います。
まず溝上さんのオリジナルですが、最初に厚生労働省ブラック企業対策の一環として就活生向けに労働法の出前講義を実施していて学生さんにも好評なこと、実際に学生さんの労働法知識はかなり不足していることが紹介されています。その上で、こう書かれています。

…これなら出前講義をやる意味もありそうですが、しかし、企業の評判はあまりよくありません。
 中堅商社の採用担当者はこう言います。
「学生の中には『勤務時間は何時間ですか、残業はありますか』と聞いてくる人もいます。労働条件のほうが優先度が高く、仕事に対する情熱を感じない学生が非常に多い。そんな学生に労働の権利だけを断片的に教えるのは危険だと思います。働くとはどういうことか、働く喜びや意義を大学で教えてほしいですね」
 IT系のベンチャー企業の採用担当者は、ブラック企業叩きに絡めてこう言います。
「もちろん、社員のことを考えずに悪意をもって働かせている企業は問題だが、労働法を順守していない企業は山ほどあります。うちのような中小ベンチャーは、法律ギリギリのラインで働かなければ、それこそメシのタネがなくなってしまうのが現状。労働条件がよいから入りたいという学生はこちらから願い下げです」
 採用担当者が強調するのは、労働環境がよいか悪いかよりも、仕事にやりがいを持てるかどうかを重視してほしいということです。中堅商社の採用担当者は「労働者の権利だけを振りかざすような社員は会社のリスクにつながり、排除したいと思う経営者も多いのではないか」と指摘します。
 付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識の前に教えるべきことがあるのかもしれません。
http://president.jp/articles/-/15860

さてこれを「キャリコネニュース」はこう紹介しているのですが…
(以下引用)

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…記事には、中堅商社の採用担当者が登場。就活生の中には「勤務時間は何時間ですか、残業はありますか」と聞いてくる学生もいる。仕事内容よりも労働条件に重きを置く学生も少なくないとし、こう嘆いている。

「そんな学生に労働の権利だけを断片的に教えるのは危険だと思います。働くとはどういうことか、働く喜びや意義を大学で教えてほしいですね」

 学生に変な入れ知恵をするな、ということのようだ。別のITベンチャーの採用担当者も、悪意を持って社員を酷使する企業は問題だが、労働法を順守していない企業は「山ほどあります」としたうえで、学生の権利意識の高さに苦言を呈する。

「うちのような中小ベンチャーは、法律ギリギリのラインで働かなければ、それこそメシのタネがなくなってしまうのが現状。労働条件がよいから入りたいという学生はこちらから願い下げです」

 記事では中堅商社の担当者が、権利を振りかざす社員は会社にとってリスクになる可能性があり、「排除したい経営者も多い」とも語っていた。会社にとって都合の悪い社員は要らない、というまさに企業のホンネとも言える内容だ。
http://blogos.com/article/126919/

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(引用おわり)
溝上さんのオリジナルによれば、中堅商社の採用担当者はこう語ったとのことです。もちろん語ったそのままではないでしょうが、溝上さんのことですから、まあプロレイバーな方なので一定のバイアスはあるのかもしれませんが、それでも取材先の意図は正確に伝えようと誠実に努力されているはずです。

「学生の中には『勤務時間は何時間ですか、残業はありますか』と聞いてくる人もいます。労働条件のほうが優先度が高く、仕事に対する情熱を感じない学生が非常に多い。そんな学生に労働の権利だけを断片的に教えるのは危険だと思います。働くとはどういうことか、働く喜びや意義を大学で教えてほしいですね」

これを「学生に変な入れ知恵をするな、ということのようだ」とまとめるというのもどんなもんなんでしょうかね。まあ「労働の権利だけを断片的に教える」=「変な入れ知恵」だ、と言い張ることはできなくもないでしょうが、「学生に」ではなくて「そんな学生に」ですからね。これは含意に大差があります。
続くITベンチャーの採用担当者の発言も、溝上さんのオリジナルを見ると

「もちろん、社員のことを考えずに悪意をもって働かせている企業は問題だが、労働法を順守していない企業は山ほどあります。うちのような中小ベンチャーは、法律ギリギリのラインで働かなければ、それこそメシのタネがなくなってしまうのが現状。労働条件がよいから入りたいという学生はこちらから願い下げです」

これが「学生の権利意識の高さに苦言を呈する」ことになるんでしょうかね。こちらはさすがに「労働条件がよいから入りたい」=「権利意識が高い」とはならないのではないかと思うのですが。
さらにキャリコネニュースはNewsPicksから荘司雅彦氏の「(同氏は)労働条件が企業サイトやパンフに記載されていないのであれば「質問することを非難するのはいかがなものかと」と指摘。就職は家を買うよりも大きな「契約」だとし、「採用担当の方々には、もう少し『契約意識』を持っていただきたいと思います」 と諭している」というコメントを紹介しています。私はNewsPicksの会員ではないので荘司先生が具体的に何と書かれたのかは確認できないのですが、別段誰も「質問すること(そのもの)を非難」しているわけではないんじゃないかとは思うなあ。
そもそも、まあタイトルについてはBLOGAS編集部がつけている可能性もあるので留保付ではありますが「労働条件を聞いてくる学生は願い下げ」というタイトルも溝上さんのオリジナルからはかけ離れているように思われます。オリジナルのタイトルは(まあこちらもプレジデントオンラインの編集がつけている可能性はありますが)「「仕事内容」より「労働条件」ばかりを聞く学生はいらない」となっていますね。
ということで、このキャリコネニュースの記事は、これを書いた人が「きっとこうであるに違いない」あるいは「こうであってほしい」と考えている「人事の本音」なるものがあたかも存在するかのごとく書くために溝上さんの文章を都合よく・本来の意味からかけはなれた形で使って書かれたものと思わざるを得ず、内容云々の前に信用できないと思いました。
さてキャリコネニュースはこのくらいにしておいて溝上さんの記事について私の感想を少し書いておこうかと思います。上のようなことを書くと(どういう脈絡かは知らないが)私が現状を全肯定しているかのようなことを言い出す人たちがいるということを経験的に承知していることもありまして。
さて溝上さんは厚労省の出前講座についても「付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識」を教えている、とたいへんに手厳しいわけですが、これは溝上さんとは関係のない私のまったくの推測になりますが、おそらくはこれがブラック企業対策ということもあって、厚労省の出前講座では「労働条件はしかるべく明示することが法で定められています。ブラック企業に就職しないように、労働条件、労働時間や残業の有無などもしっかり確認しましょう」といった指導が行われているのではないかと思います(まったくの推測なので間違っていたらご指摘ください)。これに限らず類似の指導というのはあちこちで行われているのではないかとも想定できるわけで、それを受けた学生さんたちが、ご自身の「ブラック企業だけはなんとしても回避したい」もあって、中堅商社の採用担当者氏が指摘するような状況につながっているのではないかと想像します。まあ学生さんとしてみれば切実な問題でしょうが、しかし採用担当者としてみれば、これまた私の想像ですが「ラクしてカネもらえればいいのかよ」となってしまうのもまた無理からぬ話ではないかとも思うわけです。企業サイドとしてみれば当然ながらたとえばこのすばらしい商品を世界に広めて人々の役に立ちたいとか、このビジネスを通じてこんな夢を実現したいからこの会社に入りたいとかいった話を聞きたいのでしょうから、このあたりに企業と学生さんたち(と厚生労働省)にすれ違いがあるのではないかと思うわけです。
次に一般論として労働条件の明示についていえば、これは基本的には会社説明会や就活サイト、会社資料などでそれなりに明らかにされているのがやはり当然であって、それらを調べたにもかかわらず判明しないため面接で確認せざるを得ない、というような話であればまあブラック企業のおそれありということで回避したほうが賢明だろうとはいえるでしょう。むしろ問題は一見まともそうだけれど実際にはブラックでしたというのをどう見分けるかで、これはこれで学生さんたちもいろいろと口コミを集められるのではないかと思いますが、ブラック企業側の手口を教える、たとえば月給198,000円と大きく書いてあるその下に小さい字で(時間外手当30時間分を含む)とか書いてないかどうかしっかりチェックしましょうとかいったことを教えるほうが、「付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識」を教えるよりよほど有用だろうとは思います(もちろん厚労省の出前講座でもそういうことを教えているのかもしれませんが)。
さてあとは溝上さんの記事に出てくる個別例についての感想ですが、中堅商社の人については日本企業の人事管理と関連する部分が大きいのだろうと思います。これはhamachan先生の上記エントリとも関係しますが、やはりこの企業でも大学新卒については幹部候補生を採用しているというところがポイントなのだろうと思います。この先マネージャー、さらにはゼネラルマネージャー、場合によっては経営陣入りまで念頭において育成していく人材を採用するわけであり、賃金や処遇もそれなりに上昇していくことを前提にしているわけですから、最初から仕事より労働条件が気になるというようでは物足りないというのはわかる理屈です。それを大学で教えるかどうかは別として、自分なりに働くということやその意味についてしっかりした考え方を持っていてほしいというのは、まあ違和感のない発想ではないでしょうか。逆にいえば、この採用担当者氏も、事務補助のパートタイマーや、繁忙期対応の契約社員を採用する場合には、応募者が賃金は労働時間、残業の有無などを気にして質問してきたとしても普通のこととして受け入れているのではないかと思うわけです。
次のITベンチャーの採用担当者氏になるとそのあたりはだいぶ違うように思われ、「法律ギリギリのラインで働かなければ」と自分で言っていて、それでも他に「山ほどあ」る「労働法を順守していない企業」に較べればまだマシだという、まあ失礼ながら労働条件に関しては低次元な争いをしているわけですね。ということでしょせんよい労働条件は提示できないと自白している以上は「労働条件がよいから入りたいという学生はこちらから願い下げ」というのは本音というより負け惜しみというのが現実なのではないかと重ね重ね失礼な推測をするわけです。ベンチャーですから当然ですが先行きのキャリアについて明確な見通しもあるわけでもなく、ただしベンチャーなので少人数で、かなりの程度「誰もがなんでもやる」という調子で、新入社員も幹部候補生というよりはいきなり全員が幹部並みに働き(まあもっぱら定型業務を担う事務職というのもいるかもしれませんが)、それなりに腕も上がれば成長も実感できるという職場なのでしょうから、それにやりがいを感じて将来性に賭けてくれる人なら悪くない職場ですよ、というのを採用市場の売りにする、というのは、まあ採用担当者氏にとってはありうる、というか他に選択肢のない作戦なのかもしれません。これまたやりがいを売り物にして賃金を抑え込むのはけしからんという以前からある議論になるわけですが、現実の企業においてはそういう例もあるだろうという話です。私は繰り返し書いているように(広義の)労働条件というのは基本的にパッケージであって、「仕事が面白いなら賃金は多少少なくてもかまわない、いやな仕事をさせられるならそれなりの見返りがほしい」という性格のものでしょうから、仮にけしからんとしたところで無理やりに引きはがすこともできなかろうと思っているわけですが。
ということで、ここで登場されたお二人の採用担当者に共通するのは、その背景は大いに異なるわけではありますが、溝上さんが「採用担当者が強調するのは、労働環境がよいか悪いかよりも、仕事にやりがいを持てるかどうかを重視してほしいということ」だということでしょう。ただ逆にこの2例を過度に一般化するのも危なかしいようにも思いますが…。
なお最後におまけみたいにくっついている中堅商社の採用担当者の(前と同一人物かどうかは不明)「労働者の権利だけを振りかざすような社員は会社のリスクにつながり、排除したいと思う経営者も多いのではないか」という指摘はこれまでの流れとは異質な感があり、厚生労働省が「付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識」を教えるくらいで「会社のリスクにつなが」るような「労働者の権利だけを振りかざすような社員」になるとも思えず、採用選考でブラック企業を心配して労働時間や残業の有無ばかりを気にするような学生さんがやはりそういう社員になるだろうとも思えないわけで、ここで溝上さんがこれを担ぎ出した意図はよくわかりません。たしかに、たとえば繁忙期に年次有給休暇をまとめて取得しようとし、使用者が時季変更権を行使したものの応じずに休務して結果的に納期遅れが発生しましたといったような話は以前聞いたことがあり、それはたしかにリスクだろうと思いますが、しかし採用面接で仕事内容より労働条件というのとは全く関係のない話ではないかと思うのですが…。