奥平寛子「新卒採用 問題解決の方法」

岡山大学の奥平寛子先生が、日経経済教室頁の「やさしい経済学」で「新卒採用 問題解決の方法」を連載しておられましたが、本日で最終回となりました。

 連載の最後に、これまでに述べた内容を簡単にまとめたい。新卒労働市場には、同じタイミングで一斉に就職希望者が市場に参入するという性質があり、この「混雑」が採用活動を早期化させたり、学生たちの仕事の選択肢を減らしたりしてしまう。企業の側にも本当に雇いたい学生ではなく、「安全パイ」の学生を雇うという戦略を取らせることになる。
 残念ながら、これまでの日本の新卒採用問題への対応には、新卒市場の失敗が企業や学生による個々の対応だけでは対処しきれないものであることへの認識が欠けていた。また、対応策を練るにあたり、市場が持つ独特の性質にあまり目は向けられてこなかった。新たな解決策が議論される余地はまだ多く残されているのではないだろうか。
平成23年9月8日付日本経済新聞朝刊から)

この連載ではタイトルどおり「問題解決の方法」が紹介されていて興味深いものがあります。たとえば第4回では「集権的なマッチング制度」が紹介されています。

 就職・採用活動の早期化など新卒採用を巡る問題の解決策として、実際に米国の研修医の新卒採用で成功を収め、日本の臨床研修医採用でも2004年に導入された「集権的なマッチング制度」を紹介する。雇用主と求職者の希望を第三者が調整することで、同時期に卒業予定者が就職活動を始めるために採用市場が「混雑」する弊害を取り除こうとするものだ。
 まず、病院はエントリーシートを受け入れたり、面接を実施したりして卒業予定の学生(既卒者を含む)の情報を事前に仕入れる。その上で、病院は受け入れたい学生の順位を示すリストを、学生はどの病院で働きたいか志望順位を示すリストを、それぞれ第三者機関に提出する。第三者機関は提出されたリストを基に、「受け入れ保留方式」と呼ばれる仕組みで学生と病院を組み合わせる。
 1巡目では、全ての学生を第1志望の病院に割り当てた上で病院側がリスト順に定員まで学生を選び、病院と学生のペアをつくる。ただしこのペアは暫定的なもので、病院は受け入れを保留し、確定はしない。
 ここで定員枠に入れない学生が出る。そこで、彼らを第2志望の病院に割り当てる。そして2巡目として、彼らと先の1巡目でその病院と暫定ペアを組んだ学生とを一緒にして、病院の受け入れリストに並べ、高い順に定員まで選び、再び暫定的な病院と学生のペアをつくる。1巡目で第1志望の病院とペアになれても、順位が低いため2巡目では定員に入れず、あぶれる学生も出てくる。このようにあくまで割り当ては暫定的なものである。こうしたマッチングを何度も繰り返し、最終的なペアを確定する。
平成23年9月4日付日本経済新聞朝刊から)

まあ、第一感これを現状のマスプロの大卒文系採用に応用するのは無理な感はあるわけで、奥平先生も第5回ではこの方式の課題を指摘しています。

 集権的なマッチングが成功するための第一の条件は、マッチング制度への参加を義務付けるような組織的枠組みの存在である。マッチング制度がうまく機能するためには、雇用主と候補者の大多数が制度に参加するという信用を参加者が持つことが必要である。
 制度から逸脱してマッチングが行われる前に優秀な学生を「青田買い」する雇用主が現れたりすると、制度の信頼性は損なわれ、参加者は加速度的に減少していくだろう。…
 第二に、マッチング制度が社会にもたらす影響やその対応策について、社会的な合意を得られるかが重要なポイントとなる。個々の候補者や雇用主のレベルでは、集権的マッチング制度を導入せず、現状の個別選考の方が望ましい結果が得られることもあるからだ。…リストの上位に入らない候補者、雇用主は希望順位の低い相手との組み合わせになったり、採用できない、就職先が見つからないこともあったりする。日本の研修医マッチング制度でも研修医の受け入れ数が激減し、人手不足がより顕著になった病院や地域が一部で見られるようになった。
平成23年9月6日付日本経済新聞朝刊から)

要するに「研修医」というごく限られた市場であり、かつ職務・職能なども比較的明確で、病院の側のスペックも比較的記述しやすいといった好条件がなければ、こうした人為的な個別のマッチングは難しかろうと思われます。「日本の研修医マッチング制度でも…人手不足がより顕著になった病院や地域が一部で見られるようになった」というのもまあそうなるだろうなという感じで、奥平先生は続けて「雇用主、候補者双方がリストの上位に入れるように不断の努力が必要になる。雇用主は給与を含めた労働環境の改善が求められる」と書かれていてまあそのとおりだし好ましいことだとも思うのですが、しかし地方の病院の中には立地が悪すぎてという話もあるでしょう(もっとも、地方であっても研修医への指導支援や就労環境改善によって研修医から高い人気と支持を得ている例もあるようですが)。
第7回では、米国の経済学者のマッチングが紹介されています。

 米国の若手経済学者の就職活動のピークは毎年1月から2月頃である。就職活動の終盤にあたる3月までには採用市場に残る候補者や研究機関は減り、選択肢が少ないという意味で市場が「薄く」なる。この問題を直接的に解決するために導入されたのが「スクランブル」と呼ばれる方法で、いわば敗者復活戦のためのお膳立てをするようなものである。
 3月のある時期までに内定を得られていない候補者、および適任者が見つからず採用選考を続ける研究機関は、その旨を米国経済学会のサイト上に登録する。その際、候補者は自分の研究業績や履歴書へのリンクを添付する。登録が締め切られた後、登録された候補者と研究機関の情報はお互いに公開され、研究機関は興味のある候補者に連絡をとる。
 就職活動は終わりに近づけば近づくほど、研究機関と候補者がお互いを見つけ出すための費用が高くなる。スクランブル方式はこの費用を節約するだけでなく、お互いが連絡を直接取る場を設ける。市場での選択肢を豊富にするという意味で「市場の厚み」を保つ役割を果たしてくれる。
平成23年9月7日付日本経済新聞朝刊から)

研修医に較べればボリュームは大きいのだろうと想像しますが(本当にそうかどうかは知らない)、業績やCVなどで実態がそれなりに正しく推測できるであろうこともあり、それでもまだ人力でのチェックができる規模なのでしょう。まあこのあたり、日本の正社員雇用がメンバーシップ型で、成績や履歴などでは得られない情報を必要としていることに問題を求めることもできそうですし、大学的教育が(学生がサイト上に登録できるような)職業的レリバンスを欠いていることに問題を求めることもできるでしょう。いずれにしても、奥平先生は「日本でも、長引く就職活動の中で必要以上に自信を失い、疲れ切って就職活動から足が遠のく学生が少なからずいる。一方で、中小企業の中には人手不足に悩む企業も多く、ミスマッチが深刻である。スクランブル方式による敗者復活戦は、学生と中小企業が抱える課題を解決する可能性がある」とこれにかなりの期待をかけておられるようですが、どこまで効果があるものか。というか、おそらく類似の試みは行われているのではないかと思うのですが…。
マスプロ採用に適用できそうなのは第6回の内容で、

 業界内の取り決めで採用日程を規制する方法は、米国の新人弁護士の採用など海外でも利用され、ことごとく失敗した。日本の採用に関する取り決めも、制定と失敗を繰り返してきた。1953年の就職協定制定で学生の推薦開始を卒業学年の10月1日とする申し合わせがされたが、数年後には採用活動の早期化が深刻になり、62年に就職協定が廃止された。60年代の学生の中には大学3年の冬に内々定をとった者もおり、「青田買い」という言葉が流行語になった。
 業界内の取り決めが機能しないのは雇用主のモラルに頼っているため、実効性を確保するのが難しいからだ。採用市場の参加者のみの対応に限界がある以上、政府の介入も仕方がないだろう。違反者情報の開示など、政府がソフトな制約をかけることも一つの方法だ。
 政府による規制を検討する際に、競合他社より早く採用のオファーを提示することが、各企業にとって得にならないような仕組みを規制に組み込むことも重要である。例えば、以下のような方法が考えられる。
 ある日時(仮に卒業学年の11月1日であるとしよう)より前の時点では、企業は採用のオファーを学生に出すことはできるが、候補者にオファーを受けるかどうかの返事を迫ったり、オファーを提示した後にセミナーなどの名目で候補者を呼び出して拘束したりしてはいけないと決められたとしよう。さらに、どの学生もオファーを受け入れることを表明できるのは11月1日以降であるとする。
 このルールが確実に守られるならば、企業は早期に採用のオファーを出しても得にならない。どんなに優秀な学生でもオファーの受け入れは11月1日以降であり、企業は優秀な学生が他の企業からのオファーを受け入れて早々に採用市場から退出することを気にする必要はなく、オファーを早い段階で提示するインセンティブを持たない。また、学生の側も期限が来るまでに意中の企業の選考を全て受けて、得られたオファーを吟味できる。
 現状であれば最初に採用市場を退出するだろう優秀な学生の行動に制約をかけることで、採用活動全体の早期化が防げる可能性がある。新卒の採用ではないが、米国の大学院入試で、この方法と似た考え方で早期の入学者の奪い合いを防いだことが報告されている。
平成23年8月6日付日本経済新聞朝刊から)

これはつまるところ内定解禁日を設定し、これに対して強めの実効性を持たせようということですね。それも「最初に採用市場を退出するだろう優秀な学生」と、その相方である大企業を規制対象とすれば足りそうだということでしょう。これは以前、このブログでも筑波大の吉田あつし先生の入試に関する論考をもとに書いたことがあります(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100513#p2)。まあいかにしてフライングを抑止するかでしょうが、まあ企業名公表くらいでどの程度効果が上がるか…。いずれにしても経団連は就職協定の復活を考えてもいいかもしれません。