就職活動の長期化対策

さて先週のエントリで書くと申し上げましたので書こうかと思います。ネタは大学新卒の採用日程変更をめぐる日経の社説で、8月1日の解禁日にあわせて掲載されました。なお今回はあらかじめhamachan先生のブログを確認した(笑)ところこれは取り上げておられませんでしたので安心して(?)。
ということでタイトルは大内伸哉先生絶賛の「就活に振り回される学生を放っておけぬ」で、まずはこのように書かれています。

 いっこうに学生の負担が減らない現状をどうすれば変えられるか、本気で考えねばならないときだろう。始まるのが早く、長期化したままの就職活動についてだ。
 経団連は来春卒業する大学生から、企業が説明会を始める時期を3年生の12月から3月に、面接などの選考開始を4年生の4月から8月に繰り下げた。きょうが選考試験のスタートだ。だが、すでにどこかの企業で事実上の面接を受けている学生は多い。
 経団連に入っていない外資系やIT(情報技術)企業などは早い時期から採用に動く。経団連の加盟企業でも解禁前から実質的な選考ととれる活動をしている例がある。これでは学生が出遅れまいとする気持ちもわかる。
 しかし、現状を放ってはおけない。学生が勉学の時間を確保しにくくなれば本人のためにも社会のためにもならない。「就活」が長引き苦戦するうちに自信を失うという問題もある。
平成27年8月1日付日本経済新聞「社説」から、以下同じ)

「始まるのが早く、長期化したままの就職活動」が「学生が勉学の時間を確保しにくく」「長引き苦戦するうちに自信を失う」からよろしくない、という問題意識であろうと思われます。ただ今現在の状況をみると日程変更に関する苦情の多くはおそらくはどちらかというと有名大学からの「昨年までは5月には決まっていてそのあとに勉学の時間もあったのにさあ」とのご指摘、あるいはより一般的に「8月からと言うからそのつもりで計画立てていたのに4月から始めやがって」とのご指摘であろうかと思われるわけなので若干ずれている感はありますが、もちろん「始まるのが早く、長期化したままの就職活動」という問題はなくなったわけではない(厳密には今年の就活が終わってみないと断言はできないわけですが)ですしそれはそれで重要でしょう。
そこで今回、前回書いたようにそもそもは「学生が海外留学できるように」との趣旨が発端となって選考解禁繰り下げとなったわけで、もちろん議論の中ではこれは就活期間の短縮を通じて勉学時間の確保にもつながるという話もあったわけです。
さて実態はというと日経も「すでにどこかの企業で事実上の面接を受けている」と指摘するとおりフライングが横行しているのが現実であり、そうなると「学生が出遅れまいとする気持ちもわかる」というのもまことにそのとおりでありましょう。
そのうえで「現状を放ってはおけない」と力強くお書きになるのですから、これは当然フライングを許すな、解禁時期を守れという主張になるものかと思うとそうではないという不思議な展開になります。たしかに前回も書いたように経団連としても強力な統制力があるわけでもなく、とりわけ非加入企業はなかなか手出しもできないという状況なので、具体的に何をしろとも言えないというのはわかるのですが、どれではどうするかというとこういう話が出てくるわけです。

 大学進学率が5割に達し、大手企業への就職は競争が以前にも増して激しい。このため準備段階を含め就活を始める時期が早まる。学生が中小企業にもっと目を向けるなど柔軟に考えるようになれば、就活に振り回される状況は改善されるのではないか。
 その環境づくりは国や企業、大学の役割だ。大学とハローワークは連携を深め、元気な中小企業の情報を学生に積極的に提供すべきだ。有名企業志向の学生も考え方が変わる場合があろう。

たしかにこれまで採用活動の「打順」は基本的には大企業からはじまって中堅、中小と進んでいたわけであり(今年はその大企業の開始が遅れたことで中堅の「打順」が早まったりしているわけですが)、学生さんも大企業で決まらなければ中堅を、そして中堅でも決まらなければ中小に…ということで時間がかかっていた、というのは事実だろうと思います。そこでハナから大企業は考えずに中小だけ受験すれば始まりが遅くなる分短期間ですむじゃないかというのもまあそうなんだろうと思います。
ただ本当にそれでいいんですかという感は私には大いにあり、少なくとも君大企業は無理だから今は勉学に励んて中小の採用が始まったら就活しなさいさあそうしなさいと言われても納得できない学生さんというのも相当いるのではないかと思うわけです。日経はそこは国と企業と大学が学生が納得するように努力しろという話なわけですが、国や大学がどうかはともかく、企業としてはなかなか難しい話ではないかと思います。もちろん、中小企業が元気を出して学生に魅力をアピールする努力をもっとすべきだというご意見はわからなくはありませんが(ただそんなこととっくに必死でやってるわけでいまさら余計なお世話だよなとも思いますが)、大企業サイドになにができるかというと、まあTOEICの青紙を持ってこいとか、あれこれハードルを作るくらいのことでしょう。まあその程度ならやらないではないでしょうがどれほど効くかという感もあり、さらにそれ以上のハードル(指定校制度の復活とかを企業 にやれといってもたぶんやらないのではないか。どちらかといえば大企業であっても出身校などの多様性を確保したいとの思いはあるでしょうから基本的にはあまり入口を制限するようなことはしたくはないでしょう(もちろん主にリソースの制約から選考活動の効率化には別途関心が高かろうとは思いますしそこにいわゆる「学歴フィルター」のようなものがまったくないと主張するつもりもありませんが)。
まあいろいろな意見はありましょうが、とりあえず自由が好きな私は学生さんがダメ元で大企業も受けに行きたい、いわば自分から就活に振り回されに行きたいんだというのであれば、それを無理やりに禁止することは好みではありません。中小企業にもいい企業がたくさんあります(ただし十分にあるという証拠は見たことがありませんが)からそちらにも積極的に目を向けましょうというのは、内定率を上げるうえでは非常に重要な取り組みだとは思いますが、就活期間の短縮のためにやるというのは筋が悪いように思われます。
さて日経はこれでは飽き足らずにあれこれ繰り出してくるのですが、続けて

 いったん卒業し、留学を経て就職したり、アルバイトや契約社員で働いてから正社員になったりする道もある。企業が新卒一括採用だけでなく既卒者採用にも力を入れれば、学生も早い時期からの就活を見直すだろう。正社員化には人の能力開発が重要になる。職業訓練の充実は欠かせない。

もちろんそういう道もありますし、実際に大企業でも卒業後3年くらいまでは新卒採用の枠組みの中で選考を行う企業が多数あるのではないかと思います。ただ何度も書いていますが、毎年新卒者が輩出される中で優秀な人・魅力ある企業から順にマッチングしていくわけですから、やはり時間が経っても決まっていない人は企業からみて傾向的にあまり魅力的ではないだろうことは容易に想像できます。ただもちろん例外は多いわけで、たとえば特定業界にこだわりすぎて卒業までに決まりませんでしたとか、あるいは採用はされたものの実際に就労してみたところどうにも相性が悪いことがわかったので早々に退職して就活やり直してますとかいう人はいるでしょうから、そういう人材を探すという意味では既卒者採用も有意義です。とはいえやはり新卒時が圧倒的に有利なことは間違いないので、(企業がアプリシエイトしそうな)留学はともかく、既卒者の新卒扱い採用があるから卒業したらアルバイトや契約社員で働いても大丈夫と思って「早い時期からの就活を見直す」学生さんもなかなか見つからないのではないかと思います。
なお当初職種がある程度限定されたいわゆるキャリア採用(中途採用)についても、企業にはその活用拡大が期待されることは事実でしょうし、現にかなり拡大する傾向にあります。それについては能力開発が重要であることも論を待ちませんが、ただまあさすがにその対象となるのはそれなりの経験と技術を有する人のはずなので、学生さんの就活との関係は薄いように思います。
次に繰り出されるのはこういう話で、

 企業には4年生の夏に集中的に内定を出すのでなく、秋や冬にも一定数を採る通年型の採用も求めたい。4年の遅い時期に就活を始めても就職先を探しやすくなれば学生の負担は和らぐはずだ。

いい人材から採用しようとすれば当然早い時期に集中するに決まっているわけで、だから日本貿易会も採用の開始時期そのものを遅らせろと主張したわけですよ。秋やら冬やらに分散させても同じように優秀な人が採れるなら4月開始でもいっこうにかまわないはずであってね。そして実際、それこそこの間まで海外留学していて今から就活しますという人材が欲しいと思う企業は戦線を縮小しつつも冬まで門戸を開けているわけで。こんなもの求められたって企業としては困りますという話にしかならないわけで、それこそ日経新聞さんが率先垂範して「8月50人、9月20人、10月〜12月各10人」とか定員を公表して選考してみればいいと思います。
そして最後はこう書いて終わります。

 学生がやみくもに企業を回らなくてもいいように、自分に合った仕事を見つけやすくすることも大切だ。インターンシップ(就業体験)も企業は広げてほしい。
 学生が勉学を妨げられず円滑に就職できるよう後押しするには、多面的な取り組みが要る。日本の未来のため知恵を出し合いたい。

インターンシップの拡大自体はたいへん結構な話であり、こういうふうにやって当然でしょみたいな調子で書かれるとタダじゃねえんだぞと言いたくなる人も多かろうとは思いますが(私は部外者なので関係ありませんが)、まあ学生の間に就業経験を積むことは悪いことではないでしょう。それを通じて「ああIT企業の営業ってのはなかなか面白いな」とか「私どちらかというと地道な基礎研究のほうが性に合ってるかも」とかいうことを発見することもおおいに有意義だろうと思います。ただそれで「やみくもに企業を回らなくてもいいように」なるのかというと、まあ多少はマシになるかもねくらいの話ではないでしょうか。それで劇的に就活の効率が上がって短期化するというものでもないでしょう。
ということでどうも「マッチングの質を上げる」「内定率を上げる」ための施策と「長期化を抑制する」ための施策とが、まあまったく無関係ではないでしょうが、しかし相当に混乱しているなという感は持ちました。もちろん昨年までの状況や今年の現状でいいかと言われると改善すべき点は多々あると私も思いますが、しかし日経が思いつきであれこれ書くような簡単なものでもないと思います。日本企業の働き方がとか人事管理がとかいう議論をされたい方々もおられようかと思いますが、そういう簡単には解決しない問題をあれこれするよりは前回書いたように労働市場の機能を活用すること、そしてなにより経済活動を活性化して新卒市場の労働需要を増やすことを考えたほうがいいのではないかといういつもの話を書いて終わります。