組織化・交渉力強化の発想

さる16日に某所で招かれて労使関係と人事管理の歴史と展望についてお話ししてまいりました。戦後日本ではそもそも欧米型の労使関係や人事管理を構築しようとの動きがあったところ主に高度成長期の極度の人手不足、特に管理者・熟練工不足を背景にそれとは異なるいわゆる日本的な労使関係・人事管理ができあがり、それが安定成長さらに低成長への移行の中で前提条件を失ったことで非正規雇用の増加や成果主義賃金騒ぎといったことが起こり、それが現在の限定正社員などの議論につながってきているという、まあいつもの話ではあったわけですが、前段の歴史の話への喰い付きが思いのほかよく、そこで漫談を繰り広げた結果後段のほうで時間が足りなくなり、最後は時間をかなり超過したうえに消化不良に終わるという、まあ情けない仕儀と相成りました。ご聴講のみなさまにはたいへんご迷惑をおかけして申し訳ありません(いつものことながら見ていないとは思いますが)。
それでもまあ非正規と限定正社員の話はそこそこできたのですが、集団的労使関係の展望についてはほとんどお話しできなかったので、まあ見ておられないとは思いますがここで補足を書いておきたいと思います。
当日は労組の組織率、組織人員が低下減少していることや、集団的紛争が減少する一方で個別的紛争が増加していることなどの実情をご説明したうえで、なぜ組織率が低下しているのかについて、組織の主力であった製造業・大企業の比率が低下したことや、往年に較べて春闘などでの獲得が乏しくなる中で新規企業での組織化が難しくなっていること、さらには高齢化の進展で組合員の定年(再雇用されると非組合員になることが多い)や管理職昇進(やはり非組合員になる)の増加もばかにはならないといった一般的な説明をしました。それに対する連合の問題意識や取り組み方針などについてもご紹介しましたが、その先については時間切れでお話しできなかったわけです。
そこでなにをお話しするつもりだったかと申しますと、まず私が組織率低下の理由についてご説明している時に会場ではそれじゃないだろう感がひしひしと漂っていたわけで、おそらく聴講者のみなさんとしては労組・労働運動自身の問題、典型的には労働者、特にこれから組織化されるべき若年労働者の意識の変化についていけていない、まあありていに言えば時代遅れになっていることが問題ではないかと感じておられたのではないかと思います。
実はこれについてはネタを準備していたのですが結局使うことができず、なにかというと前日の毎日新聞夕刊に印刷労連と日本医労連が安保法案反対の政治ストの準備をしているという記事が載ったわけで、これについての大方の感想はそりゃこんなことしてたら組織率下がるよねというものではないかと思ったわけです(この記事に関してはいろいろ申し上げたいことがありますので出遅れ感満載ですがいずれ書きます)。
ただまあこの2組織は連合傘下ではなく、当日ご説明した連合の取り組みというのはそれなりに考えられたものになっていることも事実だろうと思います。連合の2014-2015年度運動方針をみると、組織回復に向けて2020年に「1000万連合」を掲げ、具体的な取り組みとして5項目あげられています。
第一に「労働福祉団体との連携」「中小零細・非正規労働者の支援」「地域ユニオンの強化支援」などがあげられていて、これは中小労働者の現実のニーズをふまえて労働組合の互助機能の強化と訴求を考えているのでしょう。第二は労働条件や労働組合に関する情報をデータベース化して共有化しようというもので、これは横並びをベンチマークして処遇改善につなげるために便利な環境整備といえそうです。
私が特に注目しているのがこれに続く第三の取り組みで、「労働組合の重要性や社会的価値について経営者団体や業界団体などとの協議を通じ、理解促進に努める。」となっています。実はこれ以上の記述はないので具体的な内容ははっきりしないのではありますが、しかし使用者の理解を得ることができれば組織化が大いに進みやすくなるだろうことは容易に想像できることです。もちろんそんなん労組じゃないという立場の人もいるでしょうが往々にしてそういう人が安保法案反対の政治ストとか言い出すわけでもあり(偏見)、まあ労働運動も多様でよいとの寛容さはあってほしいようには思います。
実際、世の中には企業経営者が書いた本というのがたくさんあるわけですが、その中には労働組合に触れているものが多数あり、労使関係が険悪で苦労したという話ももちろんあるわけですが、中には労働組合が企業経営にとってもいかに重要なものかを強調するものもあるわけです。たとえば、電機連合のウェブサイトに掲載されている有野正治執行委員長のコラムで、ヤマト運輸小倉昌男元社長の話が紹介されています。

…宅配便開発では労働組合との葛藤も多くあったようですが、小倉さんの労働組合に対する思いの中で印象に残ったのは「会社で情報を一番持っているのは誰かと言えば、決して社長ではない。なぜなら悪い情報は絶対社長のもとにあげられてこないからだ。悪い情報はえてして労働組合に集まる。だから私は、労働組合に『君たちは私の大事な神経だ。会社が病気になったときに痛みを伝えてくれるのが君たちだ。だから会社がうまくいっていなかったら必ず伝えてくれ』」という言葉でした。
 小倉さんがいかに労働組合や従業員を信頼しているかが伺われます。

 電機連合では10月から12月にかけた3ヵ月間を「秋季組織強化期間」として取り組んでいます。この期間に「経営者の神経の代わり」を果たす役割について考えてみるのもいいことではないでしょうか。
http://www.jeiu.or.jp/arino/show/2014091700027.html

これはまさに経営者にとっての労働組合の重要性を示すものであり、このような「経営になくてはならない」ポジションを確保することが、労働条件面などでの交渉力につながる、という考え方は十分にありうるものでしょう。この考え方をさらに進めれば、各企業の実情を最もよく知る労働組合と使用者との協議・合意によって法規制の緩和や適用除外を認めても差し支えない部分というのはかなりの程度あるのではないかと思われます(その典型がいわゆるホワイトカラー・エグゼンプションであり、こうした方法をとれば現状一部で議論されているような残業代ドロボー対策的なものにはならなかろうと思うわけです)。そうした部分が拡大すると、労組は企業経営者にとってますます不可欠なものとなり、したがって労組の交渉力もさらに高まるということになるでしょう。
そもそも、集団的労使関係は生産性運動を通じて企業ひいては日本経済の成長発展に大いに寄与してきたわけであり、その結果として日本経済は高度に発達した巨大なサプライチェーンに支えられ、そのリーンさゆえにその一部がストップすれば全体がストップしてしまいかねないということは、先般の東日本大震災のときにも見られたことです。そして、これが安定的に機能するためにはミクロな各職場における時間外労働や作業応援といった柔軟性に対する労働者の協力が必要条件になっていることも言うまでもありません。したがって、仮にストライキが実施された場合には自社の経営のみならず、サプライチェーンを通じて他社の経営、ひいては他社の労働者への影響も懸念されるわけで、その社会的影響の大きさがストライキを行いにくい理由になっているという面もありますが、逆にいえばそれだけ職場にも交渉力があるということであり、それは経営者も理解するところではないかと思います。
ということで、私としては今後の集団的労使関係は労組としては「経営に不可欠な存在となり、それを交渉力の源泉とする」という戦略が相当に有望なのではないかと考えており、また政策的には、労働組合の存在が使用者にとってもメリットの大きなものとなるような政策を採用することで、組織拡大の推進力としていくことが考えられると思っているわけです。
ちなみに連合の運動方針は続く第四としてさらに社会全体に向けて労働組合、集団的労使関係の重要性をアピールすることがあげられ、最後の第五には組織化後したその後の労使関係づくりに向けた支援があげられています。私としては上記のとおり社会全体における労働組合、集団的労使関係の重要性は産業平和と生産性運動を通じて健全な緊張関係の中で日本経済を円滑に運営していく主体としてのそれであると考えており、それは多くの人に受け入れられやすいものではないかと思っています(もちろん相当の異論があるだろうことは想定できますしそれが自然だろうとも思います)。まあ連合内部もなかなか多様なようなので大変だろうとは思いますが(余計なお世話)、しかしまあ安保法案に反対の組合員であってもそのための政治ストが労働組合の社会全体における重要性だと考えている人は少数ではないかと思うことしきり(いやもちろん一般論として少数意見の表明の重要性を否定するわけではありませんが、こと現状の労組に関しては他にやることがあるだろうと)。つか政治ストは労働組合のやることではあっても集団的労使関係ではないとも思うなあ。
…とまあこんなお話を差し上げたかったわけですがしかしあれだなこれだけでも30分くらいかかりそうだな(笑)。まあいかにも欲張り過ぎたかもしれません。