政治ストが「伝家の宝刀」?

書くと言いましたので書けるときに書いておきたいと思います。周回遅れな感はありますが7月15日付毎日新聞夕刊に掲載されたこの記事です。見出しは「安保法案衆院委で可決」「今こそ「伝家の宝刀」」「スト権確立、続々と」「戦争が起きれば真っ先に巻き込まれる」と麗々しく並んでおりますな。文中にもありますが東海林智記者の署名記事です。毎日は基本的に署名記事にする方針のようですね。

 政府・与党が安全保障関連法案の成立を目指して突き進む中、労働組合で同法案に反対してストライキを構えようという動きが広がっている。ストライキ春闘の賃上げ交渉の手段にとどまらず、かつては日米安保条約改定などに反対する際にも「政治スト」として盛んに行われたが、1970年代半ばをピークに件数は減少の一途をたどってきた。だが、国民の間で安保法案への危機感が高まる中、「伝家の宝刀」が再び注目されている。【東海林智】
出版労連
 出版労連(大谷充委員長、4500人)は7月10日に東京都内で定期大会を開き、産別統一スト権として「言論・出版・表現の自由を守り、憲法改悪に反対するストライキ権」を、賛成多数で確立した。スト権を巡る議論では、「若者がアレルギーを持ってしまうかもしれない。丁寧な説明を」などの意見もあったが、執行部は「産業を守る意味でも、表現の自由が脅かされかねない安保法案や憲法改正に反対する」などと訴え、賛同を得た。…本部が全体でのストや指名ストなど方針を示し、抗議活動などに参加する。労連の平川修一副委員長は「経営者に打撃を与えるのが目的のストではないことが理解してもらえた。経営者も反対の意思表示に加わってほしい」と話す。
◇医療・印刷
 医療現場で働く看護師らで組織する日本医労連(中野千香子委員長、15万人)は、今月22日から開く定期大会で、産別統一スト権の6項目の中に「戦争法案・憲法改悪阻止」を入れた。温井伸二・書記次長は「経済ストと違ってハードルは高かったが、戦争が起きれば私たちは真っ先に巻き込まれる。労組として反対の意思を明確に示す必要があった」と、ストを提案する理由を語った。
厚生労働省の統計によると、半日以上のストライキの件数は、…74年には5197とピークに達し…2001年は100件を割り込み、13年は31件だった。70年代には政治ストも目立ったが、現在は大部分が経済ストだという。
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■ことば
ストライキ
 組合員が職場で一斉に仕事を放棄する行為。労働者の団結権や団体交渉権と共に労働者の権利として憲法28条で認められ、正式な手続きを踏めば会社からストを理由とした処分や損害賠償請求を受けない。春闘などで労働条件改善を目的に行われる「経済スト」に対し、政府の施策への抗議など政治に関連するものは「政治スト」と呼ばれ、以前盛んに行われた。
平成27年7月15日付毎日新聞夕刊から)

…うんまあ「マスコミを懲らしめる」とまで言われたら出版労連が怒り出すのは当然ではありますな。
それはそれとして、まずは出遅れついでにその後の反応ということではてブがどうなっているかを見てみようかと思います(http://b.hatena.ne.jp/bookmarklist?sort=&url=http%3A%2F%2Fmainichi.jp%2Fselect%2Fnews%2F20150715k0000e040245000c.html)。検索時点で177usersなのでけっこうな反響です。
ブコメをいちいち分類してカウントするのも面倒なのでざっと見た限りの印象ですが、安保法案けしからんからどんどんやれとか政治スト上等とかいうブコメもあるにはありますが、大半は批判的な意見のように思われます。その多くは「労働条件の改善、非正規問題、ブラック企業対策などほかにやるべきことがたくさんあるだろう」「経済ストをやらないのに政治ストをやるのはおかしくないか」といった組合主義的に労組の役割ないし活動の優先順位に疑問を呈するものであり、それに較べると少数ですが「執行部の思想信条を組合員に押し付けるな」という批判も見られます。まあこのあたりが比較的一般的な大衆の受け止めと考えてよさそうで、私も大筋ではそれに近い意見ですし、もちろん悪いとはいいませんが政治ストとか組織拡大を考えるなら得策じゃないよねえという話は昨日書いたとおりです。
ただまあ良くも悪くも出版労連とか日本医労連とか執行部はそういう人がやっている(民主的手続きで選ばれている)のであり、それはそれでそれぞれの組織の活動方針や優先順位があろうとも思います。もっとも「組合員に押し付けるな」という批判に対して「民主的に選ばれたのだから」と説明する人たちが現政権を「強権的だ」と批判するのは大いに自爆であろうなあとは思います(別に現政権のやり方がいいとか悪いとかいうつもりはないので為念)。
ただまあ私としては余計なお世話ながらおやりになるならそれなりの覚悟を持っておやりになったほうがよろしいのではないかとは思います(実際に本当にやるとなれば相当の覚悟の上でやられるのだろうとも思います)。というか、みなさんまさか政治ストまで民事免責されるとか思ってないでしょうね。いや上記記事の「正式な手続きを踏めば会社からストを理由とした処分や損害賠償請求を受けない。春闘などで労働条件改善を目的に行われる「経済スト」に対し、政府の施策への抗議など政治に関連するものは「政治スト」と呼ばれ、以前盛んに行われた。」という記述は、普通に読めば政治ストまで含めて「損害賠償請求を受けない」ように読めますし、少なくともこれを読んだはてな民のみなさまが「そうか政治ストも民事免責なんだ」と思いこむのはむしろ自然と申せましょう。政治スト上等なブコメの中にもそれを前提にしたものが見られます。
しかしもちろんそんなことはないのであって、ブコメで指摘する人もいましたが政治ストは民事免責されないことが判例上は確立しており、さすがに出版労連日本医労連もプロのオルグである以上は先刻ご承知のことであるはずです。これは労働法の教科書をひもとくまでもなくWikipediaとかにも書いてある(もっとも二分説が学界の多数説というのは疑問なしとはしませんが)レベルの基本的な話であり、確認を怠って思い込みで書いたのであれば記者の怠慢(「伝家の宝刀」とか書いているところをみるとこちらではないかと思いますが)であり、承知で書いたのであれば文章力の欠如を疑われても致し方ないでしょう。というか毎日の編集は何やってたのかね。
要するに(これもブコメで指摘する人がいましたが)労組に「安保法制反対」と言われても使用者としては「はあそうですか」とか言いようがないわけであり、労組の関心はどうあれ賃上げなどと異なり使用者にはどうにもならない話であるわけです(政治献金ガーとか言い出す人たちは経団連の榊原会長が安保法制で安倍首相を止められるかどうか考えてみるといいと思います)。それでストライキを起こされて損害が発生すれば、それは賠償を求めるのが当然というものでしょう。これは労働法制であっても同様であり(一使用者にどうこうできる話ではないことに変わりはない)、したがって、目的の正当性の観点から労働者の福祉に関係深い政策に関しては政治ストも免責されうるという二分説には私は批判的です。
ということで記事に戻りますと、「伝家の宝刀」とかずいぶん大仰な書きぶりでのようにも思えますが、web辞書で「伝家の宝刀」を調べると「家に代々伝わる大切な刀。転じて、いよいよという場合にのみ使用するもの。切り札。」となっており(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/153177/m0u/)、まあ当事者が「これが私の伝家の宝刀なんです」と言えばそれが伝家の宝刀であって強弱は問わないものなのかもしれません。ただまあこれがどの程度の広がりを見せるかというと、まあブコメをみる限りでは善し悪しはともかく大衆的な支持が大きく広がりそうな感じはしないように思います。組織的にも出版労連日本医労連とも連合傘下ではありませんが、日本医労連全労連の坂内議長の出身組織であり、また15万人を擁する(連合傘下のヘルスケア労協の10倍の規模)大産別なので、まあそのご近所での展開はあるかもしれません。出版労連は4,500人と規模はそれほど大きくありません(連合傘下の全印労協も同じくらいの規模らしい)。ただそもそも出版業界の規模が3万人から4万人程度のようなので、組織率の面では健闘していると言えますが、まあ限界はあるかなという感じです。
また、記事にもあるように政治ストというのは(言葉からはもっと派手な印象を受ける人もいるのではないかと思うのですが)実際には大半は仕事をせずに集会やデモなどに出かけるというものであって、そのためであれば年次有給休暇の取得でも参加はできるわけです。もちろん年次有給休暇には時季変更権の問題があり、多数にのぼると使用者としても当然一部は時季変更という話になるので、それを克服するために政治ストという手法が取られたという歴史もあるわけです。であれば、出版労連は「経営者に打撃を与えるのが目的のストではない」と明言しているわけであり時季変更権の問題は発生しないわけですから年次有給休暇でいいじゃないかという話もありそうです。まあこのあたりは出版労連日本医労連も休日に行われる活動には活発に参加しているわけであり、それに加えてさらにあえて労働日に「政治スト」と銘打ってやることによる宣伝効果というものを考えているのかもしれません。であれば毎日もそれに呼応したということになるのでしょう。まああり得る作戦でしょうがいささか小賢しいような感はなきにしもあらずです。