女性活用におけるメンターとスポンサー

昨今ちまたで流行の女性活用に関して、先日ご紹介した大久保幸夫・石原直子『女性が活躍する会社』にこんな一節がありますのでご紹介したいと思います。

…ある(ヨーロッパ)企業のダイバーシティ担当の役員はこう言いました。
「メンター、メンター、メンター。今企業で働く女性たちは、この人があなたのメンターです、さあ悩みを相談しなさい、と言われます。
 でも、メンターはあくまでも話を聞いてくれるだけの存在です。その人がよりシニアなポジションに就けるように取締役会に働きかけてくれることもなければ、チャンスを与えてくれない上司を直接いさめてくれることもないのです。
 もう企業の中の女性たちは、メンターには飽き飽きしていると思いますよ。
 いま、女性が本当に企業内でリーダーになっていくために必要なのは、メンターではなくスポンサーなのです」

 企業のヒエラルキーのより高いポジションに登用されるためには、その人の能力とポテンシャルの高さを証言し、喧伝し、その任用を後押しする人がいたほうが、より有利になります。
 男性の社会では、当たり前のように、優秀な人は、いくつか階層が上の重役から「目をかけられる」ことがあり、その人の後押しを得て抜擢されたり、新たなチャレンジに引き合わせてもらったりしています。しかし女性には、そのような役割を果たしてくれる人が、ほとんどの場合はいないのです。
 女性を本気でリーダーにしたいのなら、メンタリングだけでは不十分。その人の評判を周囲に広め、登用や任用の意思決定の場で影響力を発揮できる人をスポンサーにしなくてはいけない、というのが欧州企業のダイバーシティ担当者が、口を揃えて話してくれたことでした。
(上掲書、pp.44-46)

元人事担当者からみるとずいぶんあっけらかんと言ってくれるなあという感はあるのですが、まあ担当者たちの話ということですから、実態をそのままに話してくれたということなのでしょう。これを読んで日本も欧州もたいして変わらんねと思う人は多いのではないでしょうか。
これに関しては、元日経WOMAN編集長の野村浩子さんが日経ONLINEで詳しい記事を書いておられます(無料の会員登録だけで読めると思います)。
女性の昇進を助ける「スポンサー制度」、賛成ですか?欧米では盛り上がるも、日本はまだ途上http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/
そこで、アクセンチュアでの導入事例が紹介されています。

アクセンチュアでは、女性管理職の登用が海外に比べると著しく遅れているとして「スポンサー制度」を2009年に導入した。スポンサーをつける対象は、女性シニアマネジャー全員からはじめ、その後、マネジャー、一部コンサルタントにまで広げ、現在は100人超に広がっている。
 スポンサーは本人より2階級ほど上の所属部門の長が担うケースが多く、通常メインとサブの2人をつける。改めて「スポンサー」として任命することで、「より積極的に昇進を支援することになる」(堀江さん)として、役割の「見える化」の意義を説く。通常スポンサーに関する情報は非公開で、本人とスポンサー、人事と直属の上司しか知らないという。
 (アクセンチュア執行役員)堀江(章子)さん自身も執行役員に至るまでの道のりで、アジアパシフィックのトップ、さらには日本の金融部門のトップという2人のスポンサーから、昇進のサポートを受けてきた。…
 堀江さんは現在「インクルージョンダイバーシティ統括」として、スポンサー制度の運用にも目を配る。スポンサーシップを受ける女性管理職は満足しているか、1年〜3年以内に昇進しているか、スポンサーがきちんと機能しているか、人事部門とともに定期的に見直しをかける。
 例えばある部門で、アジアのなかでも日本の業績が目覚ましいにもかかわらず、日本ではなく新興国の担当者のほうが先に昇進したとしたら、スポンサーの動きが十分ではなかったことも考えられる。スポンサーの交代を検討することになる。また、管理職はスポンサーとして「新しいリーダー育成に十分成果を上げられなかった」という評価を受けることになる。

ところで、「男性社員から、逆差別という声は上がらないのか?」という質問を堀江さんに投げかけたところ、あっさり否定された。「あまりに女性幹部が少ないから、反対する人などいません」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=1
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=2

ところで私はといえばとっくに人事担当者ではなく、さらに今やラインマネージャーでもなくなったのでこの手の話はもう完全に他人事になっておりまして、だからまあ他人事の一般論を書こうと思っているわけですが、とりあえず結論を先に書いておきますと社会の要請や世間の動向をふまえつつ各企業労使でやればいいと判断するならやればいいというものであります。いや本当に他人事で申し訳ないのですが企業によって状況や意識の温度差が相当に大きいと思われるので個別労使で判断するよりないように思われるからです。
さて最初にあっけらかんという感想を述べたのは、まあ欧州企業がどうなのかはわかりませんが、日本企業では男女を問わずそもそもこんなスポンサーみたいなものはないことになってるんじゃなかったっけという話です。人事というものは実力主義であり、適性とか能力とか成果・貢献度とかいろいろあると思いますがそういうもので決定されるべきであって、スポンサー云々といった人間関係が入り込む余地はないというのが(とりあえずスポンサーとかいった話が現実的なくらいの規模の)日本企業の建前ではないかと思うからです。
とはいえ本音と建前は異なるのがむしろ普通であり、そうならざるを得ない事情というのもあるわけで、この話に関しては企業規模が順調に拡大しているなら格別、多くの日本企業の実態としては「適性とか能力とか成果とかが十分な水準に達した人が10人いるのに対し、それにふさわしいポストや仕事は5人分しかない」といった状況にあることが考えられます。そうなると同郷だとか同窓だとか、あるいは「覚えがめでたい」「使いやすい」といった情実的な要素が入ってくる余地が出てきてしまうのでしょう。組織のヒエラルキーの上に行けば行くほどにキャリア上有意義なポストや仕事は稀少になりますし、また、やはり上に行けば行くほど重責をともなうわけですから、そういう困難なポジションに立つ人が配下の要所要所に「使いやすい」人を配置したいと考えるのは少なくとも自然でしょうし、場合によっては合理的でもあるかもしれません。
また、逆からみれば、スポンサーされる人にとっては抜擢されたりいい仕事にありついたりするだけではなく、特にスポンサーが有力な人物である場合には周囲に対して「私に協力すれば私のスポンサーからの恩恵を受けることができる」というインセンティブを付与することができるというメリットもあるわけです。なのでまあこうした情実的な話も組織力学面からすべて悪いというわけでもないわけですがしかしフェアかといわれればどうかと思われるわけで、またこういったいわば親分子分関係の構造が組織内の派閥形成に結び付き、往々にして組織を衰退させるような派閥抗争に結び付いてきたというのも、まあいくつかの企業小説の題材になってきたところではあるわけです。
ということなので、従来は建前としては存在しないはずだけど本音としては非公式なものとして存在してきたスポンサーを、女性幹部については公式の制度として導入するというのは、まあ建前上はなかなか難しいものがあるのではないかと心配するわけです。ただまあ、現にあるものをないと言ってみても始まらないわけですし、女性にはそれがないことが現実に女性の登用を阻害しているのであれば、現にスポンサーが存在することで特段表立った問題が起きていなければ(そこの判断は個別企業労使でするしかない)固いことを言わずにやってみてもいいのではないかという判断もありうるでしょう。
さてこんな感じで建前論はクリアできたとしても、野村さんが指摘するこの問題が立ちはだかります。

…日本企業がスポンサーシップを仕組み化するかというと、そう簡単にはいかないだろう。日本企業で度々聞かれる「下駄をはかせる」という意識が、大きな壁となりそうだ。ダイバーシティ推進に積極的な企業では、女性管理職は「女活枠(女性活用枠)」「ダイバー枠(ダイバーシティ枠)」とささやかれることも珍しくない。スポンサーシップを仕組み化するとなると、まさにそうした批判を浴びそうである。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=5

これはまあポジティブ・アクションに対するきわめてありがちな、しかしなかなか手ごわい抵抗であって、キャリア上有意義なポストや仕事が稀少であればあるほど、女性活用の観点からは女性にそれを優先的に割り当てるポジティブ・アクションが重要になる一方、男性サイドの不満も大きくなりやすいということになります。
それでもなお、これを導入すべき理由として、野村さんは3点紹介しておられます。
ひとつは男性管理職の意識に係わるもので、要するにこれまでの非公式なスポンサーの枠組みになぜ女性が入り込めなかったかというと、

…これまで、夜遅くまで頑張る男性部下を管理職候補として見ていた管理職にとっては、子育て中の女性社員は幹部の「候補外」であった。善意で排除していたケースもある。ところが制度化することで、女性社員を違う視点で見ることを促すことになる。ただし、人材育成や評価・昇進の基準があいまいなまま導入しては、社員が疑心暗鬼になりかねない。「評価や育成基準の透明化が前提条件となる」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=6

実もふたもない言い方で申し訳ないのですが、善意かどうかはともかくとして要するに女性はなにかと使いにくいということで非公式なスポンサーの仕組みから排除されてきたということを言っているのではないかと思います。それを打破するには使いにくくてもスポンサーしなさいということですね。しかし、「評価や育成基準の透明化が前提条件となる」はなかなかハードルが高い、というか、ポジティブ・アクションだから評価や育成基準が未達であっても既に存在する格差を縮小するために機会を与えていいわけなので、ちょっと物足りないかもしれませんが女性だから優遇しますとはっきり言ったほうがむしろ明快かもしれません。もちろん基準の透明化は重要ですが、このためにそれをやるのは労多くして功少ないような。
次はセクハラ対策とも一脈通じるような話で、

…スポンサーを引き合わせる仕組みをつくることで「あらぬ誤解」を避けるメリットがある…。年上の男性上司が部下の女性の昇進を後押しすると、妙な誤解を受けることもある。男性幹部も女性社員も「不適切な関係」を疑われることを恐れて、一対一で接触することを控えてしまいがちだ。仕組み化することで、そうした誤解を避けることができる…
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=6

たしかに切実な問題であり現実の運用にあたって重要な観点だろうと思います。
もう一つは、より広くマイノリティ支援としての意義を強調するもので、

「メンター制度もスポンサー制度も、女性だけに限らず、組織の中でのマイノリティ支援として有効だ」…中途採用の社員や外国人社員など…に広がりを見せている。前出のアクセンチュアゴールドマン・サックスもまた、女性支援のために始めたスポンサープログラムを中途入社の男性社員などにも広げている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141106/273503/?P=6

これも大切な観点だと思いますが、優遇されざる人々の不満はさらに増大することが心配ではあります。
ということで、アクセンチュアさんがこうしたさまざまな課題をどのように克服していこうとしておられるかを見てみたいのですが、まずは本音と建前の問題については、女性幹部のスポンサーは「2階級ほど上の所属部門の長が担うケースが多」いということで、出身地や出身校とは関係ないでしょうし、覚えのめでたい・使いやすい人を選べるというものでもなさそうなので、比較的建前が貫かれているといえそうです。選べないのであれば、上記のような女性は使いにくいからスポンサーしにくいという話にはならず、むしろ使いにくくてもきちんと昇進させなさいということになるでしょう。
ただ、そうなるとスポンサーも大変だなと思うところもあり、つまりスポンサーは「1年〜3年以内に昇進しているか」をチェックされ、場合によっては本当に「管理職はスポンサーとして「新しいリーダー育成に十分成果を上げられなかった」という評価を受けることになる」ということですから、現実に「成果を上げられなかった」という評価を受けたスポンサーからすれば「私が選んだ人じゃないのに」という話にはなるでしょう。もちろん、人事や「インクルージョンダイバーシティ統括」がきちんと判断しお墨付きを与えた人材なのだからそんな文句は出ませんということなのでしょうが…。
このあたりは、従来型の非公式スポンサーであれば自分がスポンサーしている人材の昇進をプッシュしたけれど結局ダメでしたということになってもそれだけの話なのに対し、公式スポンサーはそれが自身の不利益にダイレクトに結びついてしまうわけで、不利益が大きすぎると女性の育成度合などにかかわらず昇進をごり押しすることにもつながりかねません。加えて「女性管理職は満足しているか」ということもチェックするとのことですが、こうした話は往々にして結果が出れば(昇進すれば)満足、出なければ(昇進しなければ)不満ということになりがちでしょうから、これまたスポンサーがなりふり構わず昇進をごり押しすることにつながりかねません。まあそうさせるための制度だということかもしれませんが、男性とポストを争う局面ではともかく、女性同士で争う場面ではかなり凄絶なことになりかねないと、まあ余計なお世話ですが…。実際にはスポンサーに選ばれることも相当なエリート認定なのでしょうから、まあ不利益があっても弊害が出るほど大きなものではないのかもしれません。
いっぽうで「スポンサーに関する情報は非公開で、本人とスポンサー、人事と直属の上司しか知らない」というのは、これはなぜかなあ。少なくとも、上で引用したような「あらぬ誤解を招かない」という意味では、非公開では意味ないんじゃないかと思うのですが…。
まああれかなあ、別途メンターの制度はあるのでしょうから、メンター制度の対象となっている人たちの中でもより昇進させたい一部の人だけについてはメンターがスポンサーとなり、スポンサーの部分だけは非公開ということなのかなあ。それなら「あらぬ誤解」については「そりゃメンターだから」ということで回避できます。
どうなんでしょう、特に優遇されている一部の女性が具体的に誰かということは明らかにしないほうが人事管理上いいという考え方もあるのかもしれません。たとえばこれが本人にも「自分のメンターが単なるメンターなのかスポンサーなのかはわからない」という制度であるならば、実はスポンサーはついていない女性でも「私はメンターしかつかない2番手グループなんだわ」というような意欲低下は招かないということはありそうです。スポンサーが(メンターではない)スポンサーとしてはっきり目に見えるのは取締役会とか人事考課や人事異動の調整の場面だけという想定でしょうから、まあ非公開でやれないこともないでしょう。
とはいえ、一般論中の一般論として、男女間でこのように一対一の・閉ざされた・濃密な関係をつくるというのはなにかと問題のもとになるわけなので、できるだけオープンにしたほうがいいのではないかとは思います。
ということで、もちろんアクセンチュアさんはいろいろとお考えになってこの制度を導入され、実際うまくいっているとのことですのでそれでよろしかろうとは思うのですが、これを他社がそのままコピーしてうまくいくかどうかは、まあその企業次第ではないかと思います。これは邪推ですが、アクセンチュアさんでこれがうまく行っているのはやはり業容拡大が順調で女性を登用するポストが比較的多く準備できるからではないかという印象は避けがたく(だから中途採用などに手を広げることもできるわけで)、同様に男性から特に文句が出ないのも女性幹部が少ないことに加えて男性社員もそれなりに納得できる処遇ができているからじゃないかなあと思うことしきり。いや邪推ですが。あるいは、アクセンチュアさんといえば外資の有力コンサルティングファームで人材の流動性も競争力も高いでしょうから、制度は格別個別の運用に不満がある男性は出て行ってしまって社内に不満が残らないという事情もあるのではないかと邪推に邪推を重ねる私。
まあいずれにしても特に日本企業ではこういう条件が成り立っていないケースは多そうだなあと思うわけで、結局は個別企業労使で実態をふまえて判断するよりないのかなあと、やっぱり他人事は楽でいいというオチで終わります。ポジティブ・アクションが広がってほしいと願っているのはもちろんなので、ぜひ各労使の努力に期待したいと思います。