JILPT労働政策フォーラム「女性のキャリア形成を考える」

 昨日開催されたので聴講してまいりました。日本キャリデザイン学会における私のボスである脇坂明先生の『女性労働に関する基礎的研究-女性の働き方が示す日本企業の現状と将来』がJILPTの労働関係図書優秀賞を受賞された(おめでとうございます)のでその記念講演とタイアップした企画とのことです。約300人収容の大会場だったのですが立ち見も出る盛況で、まだまだ女性労働に対する社会的関心は高いものがあるようです。今のところ機構のサイトにはプログラムしか掲載されておりませんが(https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20191105/index.html)、いずれ当日資料なども掲載されるものと思われます。
 ということでまずは脇坂先生が「女性活用『短時間正社員』の重要性」と題して基調講演に立たれました。まずは日本企業の人事管理の特徴である「遅い選抜」を行っている企業と、そうでない「早い選抜」を行っている企業を比較すると、「早い選抜」のほうが女性管理職が早く多くなるものの、「遅い選抜」のほうがワークライフバランス施策が推進されていて長期的には女性管理職が多くなっていることを示されました。そのうえで、女性労働者の多くをパートタイマーが占めており、そのかなりの割合が基幹的な業務についているものの、フルタイム勤務を望む人はそれほど多くないことを指摘され、現状の正規/非正規の二極化した労働市場ではなく、その中間形態が豊富な多様な労働市場を実現すべきと述べられました。そして、そのための重要な方策として、演題にもあるようにキャリアが継続しスキルが向上する短時間正社員を選択しうる人事管理・労働市場の形成が重要であると述べられました。
 続いてJILPTの周燕飛主任研究員が「育児期女性の職業中断」と題して研究報告をされました。まず、JILPTが複次にわたって実施している「子育て世帯全国調査」の結果をもとに、出産後の職業中断は減少しているもののまだ3分の2を占める主流であること、それにより1~2億円の生涯所得が失われていることを示され、続いてその理由として専業主婦を優遇する制度、性別役割分担意識の存在、ファミリー・アンフレンドリーな日本的雇用慣行などを指摘されました。その上で、現状の日本社会のもとで就業継続を実現するには短時間正社員も有効だが所得面、キャリア面、コスト面で限界があり、むしろフルタイムで時間的・場所的に柔軟な働き方ができるようにすることが望ましいと述べられました。その具体的な手段としては、テレワークや多能工化に加えて、仕事内容の明確化、対人関係のシンプル化、企画・判断のマニュアル化が必要だと主張されました。
 これについては脇坂先生も発言しておられましたが短時間正社員も含めて多様な選択肢が提供されることが重要だということで、たしかに短時間正社員が企業にとって高コストだというのはそのとおりだとしても、周先生が指摘されたような施策を実施するのもタダではできないなとは思いました。また、仕事内容の明確化も対人関係のシンプル化も企画・判断のマニュアル化も大事ですし推進することが望ましいとも思いますが、しかし長い目で見るとそれができる仕事は人工知能に置き換わっていくんだろうなあとも思った。まあそれはそうなった時にまた考えればいいことだろうとは思いますが。
 さて続いて事例報告となり、三州製菓、明治安田生命明治大学の3事例が報告されました。
 三州製菓は埼玉県にある従業員246人(うち女性182人)の食品メーカーであり、別に販売子会社が16店舗を展開しているということで、斉之下社長がみずから報告されました。取り組み内容は女性の継続就労が可能になるようにさまざまな施策を徹底して展開しており、女性短時間正社員の管理職もいるということです。まさに周先生が指摘されたような柔軟な働き方実現のための施策に幅広く取り組まれており、具体的な内容はいずれJITPTのサイトで資料が公開されると思われますのでそちらをご参照いただくとして、商品企画室を女性中心にすることでヒット商品が生まれるといった成果も上がっており、多くの表彰なども受けられているという事例です。大変な優良事例であり、社長が強い意志をもってこれだけしっかりとカネも使い手間暇も使って、コストをかけて取り組めばそれなりの成果がついてくるのだと、まあそういう事例だと思います。それはもちろん地方の中堅企業の人材確保策でもあるでしょうし、推測するに女性のほうが男性より生産性に較べて賃金が高くない分、働きやすさにカネをかけられるということでもあるでしょう。以前から書いているように労働条件はパッケージなのであり、賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうるという話だろうと思います。それを求める優秀な人材を集めようとするなら十分有効な戦略だということでしょう。
 明治安田生命はコース別人事制度を見直して一般職相当のコースを廃止して全員総合職化し、全国型と地域型に分かれてはいるものの違いは全国型に手当がつくだけで人事制度を一本化したという事例です。さらに女性監督者育成を意図した研修体系を整備し、ワークライフバランス施策も強化した上で、女性管理職の立候補制度を導入することで、2014年に8.6%だった女性管理職比率を5年後の2019年には24.4%にまで引き上げるという目覚ましい成果を上げているとのことです。
 明治大学の事例は履修証明制度を活用した「女性のためのスマートキャリアプログラム」で、もともとは厚生労働省からの受託で求職者向け訓練講座を開講したところ受講生の8割が女性という状況となったことから、あらためて女性の再就職支援のための講座として企画実施しているというものです。平均年齢は42~43歳とのことで、さまざまな事情で就業中断した女性が、子育てが終わるなどして労働市場に戻る際に、非正規雇用ではなく経験や技能を生かした仕事につくことを目指した内容となっているとのことでした(こちらも具体的な内容はいずれ公開されると思われる当日資料をごらんください)。
 最後は例によって5人の登壇者がパネラー、われらがhamachan先生こと濱口桂一郎研究所長がモデレータとなってのパネルディスカッションとなりました。遅い昇進や短時間正社員をめぐって興味深い議論が交わされましたが、特に興味深かったのが明治安田生命の事例をめぐるもので、hamachan先生が「これは会場のみなさまも疑問に思っていることと思うが」と前置きされた上で(私も疑問に思っていました)、「女性管理職の立候補制度を導入されたとのことだが、それにしてもこのように右肩上がりで女性管理職を増やせるだけの人材をどのように確保したのか?」ということを問いかけられました。
 これに対する明治安田生命の回答がなかなか意外なもので、まず女性管理職立候補制度の応募者の平均年齢は51歳で、かなり経験豊富なので一定の管理職研修を実施すればそれなりの人材は確保できるとのことでした。さらに、立候補者の特徴として「子が18歳または22歳の人が多い」ということで、背景として同社が65歳定年延長を実施したということがあり、50歳の人でも残り15年の会社生活があることから、子どもが手を離れたのをきっかけに「管理職になってもいいな」と思う人がたくさんいた、ということでした。
 これはhamachan先生も「遅い昇進どころかさらに遅い昇進」と驚いておられましたが、こういう面白い話を引き出したのはhamachan先生の水際立った手腕と申し上げるべきでしょう。一方で私はこの話を聞いてさらに疑問を深めたところがあり、なにかというとこうした立候補制が成り立つためにはその受け皿としての管理職ポストが必要なはずであり、そもそも多くの企業にとってはポスト詰まり、ポスト不足が深刻な問題になっている中で明治安田生命がどのようにポストを準備しているのかが不思議だったわけです。
 パネルでは時間切れで質疑応答のセッションがなかったのですが、あまりに不思議だったので終了後に直接質問してみました。そういう事情なのであまり詳細に書くのは差し控えたいのですが、結論としてはポストも多少は増やしているものの、基本的に女性の昇進が増えている分は男性の昇進は減っている。それでも男性から不満が出ないのは、(まあ日本社会では男性もなにかと不自由ということもあり)1000か所を超える生保会社の拠点の中には行き手の少ない拠点が相当数あるため、そこに女性の昇進者を転勤させているからだ、ということでした。だから、子どもが高校、大学を卒業したら地方に単身赴任してもいいかなと、そういう動機づけも含めて研修をやっているということのようです。うーん、なるほど。正直あまり汎用性はない特殊事情ではありましたが、それにしても納得のいくご説明で、ご教示に深く感謝したところです(いや例によって見ておられないと思いますが)。
 ということで非常に面白いフォーラムでした。hamachan先生が研究所長になられてこの方、労働政策フォーラムが以前より面白くなったような気がします。次回を期待したいと思います。