「“正社員特権”は永遠か」?

本日の日経新聞朝刊に、「“正社員特権”は永遠か グローバル化で足場緩む」という論説が掲載されていますので読んでみたいと思います。
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130513&ng=DGKDZO54919930R10C13A5TCR000

 能力不足でも解雇されず給料も高い。非正規社員増加の元凶だ……。正社員、特に大企業で働く中高年に風当たりが強い。
 労働力流動化のため、解雇規制を緩めるべしという議論も盛んで、これに労働組合が猛反発。社会の一大勢力である正社員を敵に回せない安倍晋三首相も大幅改革には慎重だ。
(平成25年5月13日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

「大企業で働く中高年風当たりが強い」という言説は池田信夫先生とか城(ry

 だが経済のグローバル化やコンピューターの進歩で正社員の足場が揺らぎ始めたのも事実。終身雇用や年功賃金などの“特権”が経済原理で自然に崩れる事態も想定し、次の雇用制度を考える時ではなかろうか。
 欧州で経済が堅調なドイツや北欧と不振の南欧諸国との違いは財政運営とともに、柔軟な人材移動のための労働市場改革にある。
 イタリアのモンティ前政権は業績不振の企業が金銭補償で社員を解雇できる道を開いた。だが労働組合は反発。スペイン、フランスも労働改革で苦闘する。
 反対にドイツは10年前から解雇規制の緩和や資格を必要とする職種の削減などを進めた。北欧はもっと前に改革を終えた。
 「ドイツ経済が堅調な理由としてユーロ安による輸出増加もあるが、労働市場改革の効果は大きい」と武田洋子三菱総合研究所主席研究員はみている。
 東欧・アジア諸国が台頭した今、労働改革の成否は先進国の明暗を分ける。その鮮やかな例が欧州だ。

「ドイツ経済が堅調な理由として…労働市場改革の効果は大きい」というのは本当なのかなあ。そもそも2000年代前半のドイツの労働市場改革は、解雇規制に関して言えば「解雇制限法の適用除外範囲を従業員5人以下から10人以下に拡大する」ことと「事実上定着していた解雇の金銭解決を法定化する」ことが大きな内容だろうと思うのですが、後者は既成事実を法定化しただけですので事実上ほとんど変化はないと言っていいと思います。ということで「効果が大きい」のは前者ということだろうと思いますが、しかしそれって日本の実態とどう違うのよとhamachan先生なら言うでしょうし、大内伸哉先生などは日本もそれを法定化してはどうかとまで言っておられるわけですが、しかしそれで日本の経済や雇用に「効果が大きい」かというとそうは考えにくいでしょう。

  • ドイツではこの他にいわゆるハルツ各法で失業給付の合理化(削減)や職業訓練の強化、民間職業紹介や派遣労働の拡大がはかられており、これらも含む雇用制度改革が失業の減少や堅調な経済に寄与した可能性はあると思います(が未検証というのが実情と思います)。

後者(金銭解決)についてはその金額が勤続1年につき月収の1/2とされていますので、勤続40年の労働者でも20ヶ月分で、これを大きいとみるか小さいとみるかは議論がありそうですが、しかし数年前の電機のリストラでは希望退職の割増退職金が36か月とか48か月とか言っていたのに較べれば小さいとはいえるでしょう。いっぽうでドイツではこれは従業員10人超の企業にあまねく適用されるわけで、これまた日本の従業員11〜100人規模の企業と較べたらどうなんだという話でもあります。ちなみにこれは事前にこのカネを払えば解雇できるというものではなく、緊急に解雇が必要となった場合に、解雇された労働者(もちろん使用者も)が解雇無効を争わない場合にこの金銭を受け取る権利を獲得する、というものなので、労働者にはこれを受けずに争うというオプションが確保されています。
ということで少なくともドイツ経済が堅調な理由は「ユーロ安による輸出増加もあるが、労働市場改革の効果は大きい」ではなく「労働市場改革の効果もあるかもしれないが、ユーロ安による輸出増加(による好況)の効果が大きい」というのが事実に近いのではないかと思います(スペインやイタリアの解雇規制と経済との関係はまた別の議論です)。

 日本にとって人ごとではない。正社員と非正規社員を合わせたサラリーマンの平均年収は409万円(2011年)と、世界では上位2%程度に入る。正社員だけならもっと上だ。
 だが労働生産性、つまり働く人1人当たりの付加価値額は2年前に経済協力開発機構OECD)加盟34カ国中、19位だった。
 給与が高く生産性が低ければ国際競争に勝てない。その裏には企業が465万人の余剰人員(2年前の内閣府推計)を抱える現実もある。終身雇用や解雇規制に加え、政府が雇用調整助成金で不況期も企業に雇用を維持させた結果だ。この「正社員保護主義」が競争力低下の一因である。

えーとこの「サラリーマンの平均年収は409万円(2011年)と、世界では上位2%程度に入る」というのが何のどんな統計に基づいているのかわからないのでなんともいえないのではありますが、しかしこの2%と「(OECD)加盟34カ国中、19位」を較べることに何か意味があるんでしょうかね。雇用保蔵についてもそもそも大きい数字が出やすい推計になっていると思われますし、そうでなくても東日本大震災の影響のある「2年前の内閣府推計」を用いるのがいいのかどうか(もっとも影響は50万人程度のようですが)。ただまあたしかにこれが「政府が雇用調整助成金で不況期も企業に雇用を維持させた結果」だというのは一面の事実ではあります。ただ、それは続く好況期において採用コストや教育コストが不要になるというメリットもあったわけですが。

 グローバル競争に加え、コンピューターの進歩も正社員に脅威。米経済学者E・ブリニョルフソン氏らの著書「機械との競争」は高度に知的な労働と肉体労働が残り、その中間の事務職が機械に置き換わるとみる。日本でいえばホワイトカラーの終身雇用や年功序列賃金を脅かすということか。

この本は読んでいないのですが、ありがちな議論ですし、多かれ少なかれそういう傾向なのだろうとも思います。そうした業務が機械化されることで「ホワイトカラーの終身雇用や年功序列賃金を脅かす」というのは、すでにそうした業務に従事する人が非正規労働に置き換わることで相当程度実現しているともいえるでしょう。ただまあ、それ以前にそうした業務が「ホワイトカラーの終身雇用や年功序列賃金」の労働者によって担われていたかというと、新卒就職者が実務実習的に実施するケースを除けば、その太宗は結婚・出産にともない退職することが予定された女性労働力に長らく担われてきたわけで、実はこうした業務に「ホワイトカラーの終身雇用や年功序列賃金」の労働者が従事していた時期というのはあまりなかったのかもしれません。

 その終身雇用や年功賃金は戦争遂行のための国家総動員法(1938年)制定後に定着し、戦後の成長期も人材確保に役だったが、今では弱みと化した。
 「日経ビジネス」誌は83年9月19日号で企業史の調査から「企業の繁栄は、たかだか30年」という傾向を見いだした。「会社の寿命30年」説だ。寿命が30年なら40年以上も人を雇う制度には無理がある。環境変化が激烈ならなおさらだ。

企業の繁栄が30年なのか会社の寿命が30年なのかわからないわけですが、まあ普通に考えて企業が存続する平均年数が30年ということはないような気はします(多くの企業が数年で消えているわけで)。
実はこの記事は日経ビジネスオンラインに掲載されています(http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090203/184816/)。それによると、「総資産額だけで明治29年から昭和57年まで、ほぼ10年おきに10期間の上位100社の推移を調べてみた」結果として「名を連ねた企業は、合計413社にものぼった。」ということで「413社の企業が平均して2.5回、100社ランキングに名を連ねたことになる。とすれば、企業が繁栄をきわめ、優良企業グループ入りできる期間は平均2.5回、つまり1期10年として30年足らず」という結論を導いているわけです。総資産額上位100社に入る年数の平均が30年だから40年以上人を雇う制度には無理があるってのはどういう理屈だ。こうした企業においては当然ながら100位に入る前も入らなくなった後も長い歴史があるのが当然でしょう。一度も100位に入ったことないけど百年続いてますという企業もたくさんありますし。まあこれ自体が昭和57年という古いデータなので今現在も通用するかどうかわからないわけで、そこで「環境変化が激烈ならなおさらだ」と書いているのでしょうが、しかしなんだな、いま調べてみると案外上位100社は固定していて当時より伸びている…なんてことはないか。
ということで、いずれにしても典型的な長期雇用が長期にわたって存続している大企業を中心に採用されているのは理屈に合っているとはいえるでしょう。

 正社員を雇うリスクから非正規社員の割合が35%へ増えたが、その生涯賃金は正社員の半分以下。この差は社会不安の種にもなる。
 何より日本型雇用は今や正社員にも最善とは限らない。電機業界のように競争に負けて急に破綻したり人を減らしたりする時代だ。スキルが乏しく心の準備もなければ路頭に迷う。

まあ電機業界で長年勤続した人であればそれなりにスキルが形成されて路頭に迷うまでの心配はないでしょう(もちろん企業特殊的熟練が剥落する分賃金は低下するでしょうし、無理なローンなどを組んでいると困難な状況になる可能性はあるわけですが、それはそれで別途の政策的支援で対処可能でしょう)。実際この記事でもあとのほうでライフネット生命の社長に「何年か企業で働いた人にはベンチャー企業などで存分に生かせる能力が必ずある」とか言わせてるわけでしてね。ところで電機業界で急に破綻した企業ってどこのことでしょう?まあシャープあたりはそう言って言えなくもないのかな?

 「会社がつぶれることと雇用不安の問題とを切り離せるような仕組みにしないといけない」と柳川範之東大教授。全くだ。カギは衰退産業から成長産業へ人の移動を促す仕組みづくり。
 それには転職しやすい環境が要る。政府の産業競争力会議は転職への助成金を拡充する方針。後ろ向きな雇用調整助成金(昨年度1134億円)よりも能力開発を含む支援が大事だ。

おお柳川先生だ。「会社がつぶれることと雇用不安の問題とを切り離せるような仕組み」にできればいいなあというのは私も「全くだ」と思いますが、なんかこれって国民あまねくプール付3階建の家に住んでメイド運転手付で暮らせるような仕組みにしたいなあというのとあまり変わらないような気も。会社というものはだいたい不況期につぶれるもので、そして不況期というのは他の企業も雇用は充足していることが多いわけで、いくら教育訓練しようが転職への助成金を出そうが思うように雇用は増えないということは過去さんざん学習してきたはずなんだけどなあ(いや柳川先生は学習していないかもしれないが)。いやなんだ、解雇を自由化するから、会社がつぶれて失業しても他の企業が解雇した人のかわりに再就職できるから大丈夫ということかな。まあそれならたしかに「会社がつぶれることと雇用不安の問題とを切り離」したことにはなるかもしれませんが、つまるところ会社がつぶれようがつぶれまいが常に雇用不安の問題があるということになりそうですが…。
「カギは衰退産業から成長産業へ人の移動を促す仕組みづくり」というわけですが、これもさんざん書いていますが本当に成長産業があるなら人は移動しますし、その結果衰退産業はさらに衰退して退場していくことになるでしょう。いくら「衰退産業」を認定して(誰が認定するか知らないが)そこから雇用を排出したところで、行き先がなければ移動しようにもできませんよ?
でまあもう一度この後の記事にあるライフネット生命にご登場いただきますと、

 個人の意識にも問題ありとみるのはライフネット生命保険を7年前に設立した出口治明社長。「何年か企業で働いた人にはベンチャー企業などで存分に生かせる能力が必ずある。転職を恐れないでほしい」。同社の社員89人の大半は中途採用で、60歳代も8人いる。

ほら実際いるんですよ。そこで同社の中途採用サイト(http://recruit.netseiho.com/career/entry/index.html)をみてみますと、労働条件として「給与 相談に応じます」「昇給 年1回予定」「休日 完全週休二日制 年末年始(12月31日〜1月3日)「諸手当 通勤手当(月5万円まで支給)」「福利厚生 社会保険(健康保険・厚生年金保険)、労働保険(雇用保険労災保険)、リフレッシュ休暇(勤続3年ごとに10日間)」となっておりますな。さすがに募集職種は多岐にわたっています(おお、ジョブ型正社員!←いや当初はこの職種でも将来もそうかは不明ですが)ので給与は応談となっていますが、まあ相当の水準であろうことは想像に難くありません。「転職しやすい環境」はもちろん大切ですが、それは首切り自由とかではなくて、良好なオファーが多数ある労働市場だと思うわけです。私思うに、成長産業ってのは衰退産業から人材を引っ張ってこられるだけの労働条件を提示できる産業のことなのではないかと。もちろん労働条件はパッケージなので、賃金は下がっても魅力的なポジションとか、裁量度の高さとか権限の大きさとか、労働時間の短さ・柔軟さとか、職住近接とか丸の内のオフィスとか、いろいろな知恵で人材をひきつけることができるだろうと思うわけです。このあたり「長期雇用が守られているから、新しい企業がいい人材をとれないというのは、労働条件を上げようとしない企業の繰り言のように聞こえる」という清家篤先生のご指摘(http://news24.jp/articles/2013/04/10/07226448.html)が当たっていると思います。

 「転職先を増やすため介護・保育分野などの規制改革も重要」と大田弘子政策研究大学院大教授は言う。

これはどういうことだろう。介護・保育分野で規制改革するとそこでの就労が増えるという意味でしょうか。まあこの先雇用の拡大が期待できる分野ではあるので、就労条件の改善につながるような規制改革をすれば雇用が増えて結果的に「転職先を増やす」ことにつながるのかもしれません。「転職先を増やすため」が主な目的という感じはしませんが…。

 政府は解雇無効の判決が出たら企業の補償金支払いで雇用契約を終える道を開く「事後型の金銭解決」も検討中。補償の目安ができれば「少額で解雇されている中小企業社員を守れる」と八代尚宏国際基督教大客員教授。負担増を恐れ、多くの中小企業経営者は反発するが、定着すれば人材獲得にも役立つはず。

事後型の金銭解決の必要性は私も繰り返し書いてきましたし、八代先生のご指摘ももっともなものだと思います。ただし上記ドイツの例のように人間関係の生産性に対する影響が甚大な中小零細への配慮は必要でしょうし、支払能力への配慮も望まれるところです。しかし、これが「定着すれば人材獲得にも役立つ」というのはどういう理屈でしょう?いい人材が「不当に解雇されても金銭がもらえるから中小企業に就職しよう」と考えるとでも?

 勤務地を限り、そこの事業所を閉じる時は退社する――など地域や職務限定型の社員の導入は、非正規社員を「準正社員」にする狙いがあるが、柔軟な労働市場への一歩にもなりうる。

ああなるほどね。非正規社員の雇用が安定してしまうのは気に入らないわけですな。まあそういう議論もあるのでしょう。

 一方、企業が再就職支援金を払えば解雇できる「事前型の金銭解決制」は反発が強いため導入を見送る。乱用には注意すべきだが、人の移動を促す手段として検討を続けるべきではないか。政府はほかにも検討の過程で浮上した様々な労働市場改革案を見送る。
 「政府の改革案は日本型雇用の根幹に触れない部分的な手当て」と大久保幸夫リクルートワークス研究所長はいう。日本特有の一括採用や人材配置などが一体となった仕組みを変えるには山ほどの宿題がある。

「部分的な手当て」で「根幹に触れない」というのがいいのか悪いのかはいろいろな意見がありそうで、できれば事実関係だけでなく大久保さんの評価も知りたかったなあ。

 個人の意識にも問題ありとみるのはライフネット生命保険を7年前に設立した出口治明社長。「何年か企業で働いた人にはベンチャー企業などで存分に生かせる能力が必ずある。転職を恐れないでほしい」。同社の社員89人の大半は中途採用で、60歳代も8人いる。
 日本型の雇用が長続きしないのなら、後輩たちのためにも改革を急ぎたい。

ライフネット生命の話は最後の最後、ここに出てきたのでした。結論に関しては、日本型の雇用は「長続きしない」こともなく、割合を低下させながらも長続きしていくのでしょう。いっぽう、それなりに高度なスキルと良好な労働条件、緩やかな雇用保障で働くジョブ型の正社員(「准正社員」)も拡大するでしょう。そういう「後輩たちのための改革」が進んでいくだろうと思いますし、それが望ましいだろうと思います。

  • (2014年12月12日追記)はてなサポート窓口様から本エントリの一部について支障があるとの要請を受けているとのご連絡をいただきましたので、当該部分を削除するとともに若干の修文を実施しました。