八代尚宏先生

職場の回覧で、週刊ダイヤモンドの新年合併特大号「2010総予測」が回ってきました。たしかリストラで購読を中止したはずなんですが、見本誌でも送られてきたのだろうか。
時節柄当然ながら労働問題にも多くのページが割かれているのですが、「2010年注目の論点」のコーナーでは「雇用政策」について八代尚宏国際基督教大学教授と社会活動家の湯浅誠氏というご両所が登場してそれぞれに所論を述べておられます。なかなか興味深いので、ちょっと古いですがご紹介したいと思います。
本日はまず八代先生ですが、お題は「規制強化は雇用機会を減少させ日本経済に深刻な打撃を与える」となっています。まず最初の3分の1くらいを要約しましょう。

  1. 派遣禁止に反対。望んで派遣で働く人もいる。働き方の選択肢を狭めることはプラスにならない。
  2. 規制で正社員雇用を強要できると考えるのはナンセンス。日本的雇用慣行が醸成されたのは熟練労働者が希少で囲い込む必要があったから。
  3. 非正社員は雇用の調整弁として90年代初頭から増加しており、規制緩和で増えたのではない。
  4. 派遣切りの問題は、契約期間中にもかかわらず補償もなく切られたこと。補償の義務づけなど保護の強化が必要。
  5. 行政官庁による取り締まり強化で違法行為の根絶が必要。
  6. 派遣先での待遇を正社員のそれと均衡させる「同一労働・同一賃金」を目指すべき。

ここまでのところはまったくそのとおりと申し上げるよりありません。5.の「行政官庁」を八代先生は「労働基準監督署」と書いておられますが、これは公共職業安定所のほうが適切だったでしょう(もちろん労基法違反については労基署が監督するわけですが)。「同一労働・同一賃金」についても、派遣先での、すなわち企業内での待遇を正社員と均衡させるという意味であれば、これは企業の人事管理上も配慮が必要なことだろうと思います。このあたり、八代先生はさすがに今現在の表面的な金額だけをみて「格差があるから職務給で同一労働・同一賃金にすべき」などと言い立てる単細胞とは違います。まあ、派遣労働者の賃金は派遣会社が支払うので、派遣先ではコントロールしにくいのが難しいところではあるのですが。
続いて、「正社員保護主義の裏返し」という小見出しがあります。

  1. 年功賃金の正社員と非正社員の賃金格差が大きいのは、労働界が正社員の企業内労組中心だから。
  2. 労組のある企業で解雇を行うと長く費用のかかる裁判になる可能性が高く、そのぶん非正社員の雇用が増える。
  3. 欧米では職種別労組が主流で、正規・非正規の区別なく雇用期間の短い人から順番に解雇される明確な仕組みだ。これに対して日本では、1年前に雇われた正社員を守り、10年働いている非正社員が解雇されてしまう。
  4. 正社員の解雇時の金銭賠償ルールを定めれば中小企業の労働者には大きなメリットとなる。

労働界への言及については労働界の人たちにはまた別の意見があるでしょうが、それはそれとして八代先生は「日本では、1年前に雇われた正社員を守り、10年働いている非正社員が解雇されてしまう」と憤慨しておられますが、これは微妙なところです。1年契約で9回更新したものの、期間終了後の更新は約束していない、雇い止めがありうるという前提で1年契約して期限が到来した非正社員と、定年までなんらかの形で雇用すると約束して、他社の内定を断って就職してきた1年めの正社員がいたとして、はたして後者を解雇して前者の契約を更新することが妥当かどうかはおおいに議論があるところでしょう。
解雇の金銭賠償についてはまったくそのとおりで、大企業が1,000人整理解雇しようというときに金銭で済ませていいのかという議論と、中小、特に小企業がやむにやまれず1人、2人を解雇せざるを得ないときにどうするのかという議論とは分けて考える必要があるでしょう。現実をみれば、後者についてはなんらの金銭給付もなく解雇されている例が多いというのが実態ですし、仮にそれを訴訟にしたところで仕事がなくなって給料日の金策にも窮している企業が1人、2人を泣く泣く解雇したものを無効とする裁判所も少ないでしょう。であれば、金銭賠償ルールを決めておけば労働者にとってもメリットが大きいという八代先生の主張はうなずけるところです。これはむしろ、正社員より非正規雇用の雇い止めのほうがなじみやすいかもしれません。

  1. 非正社員をすべて正社員にすることはできない。
  2. 製造派遣禁止は有期・請負に戻せば打撃は小さいが、登録型派遣の禁止は打撃が大きい。全員を正社員にしろという要請は、徹底的に少ない正社員への仕事の押し込み、機械化、海外移転を増やし、経済の活力を失わせ、雇用を減らす。

最後の「非正社員の働き方を規制で封じ込めようという論理は、従来の日本的雇用慣行とそれによる既得権益を持つ正社員の保護主義の裏返しだ」というのは意味がよくわからず、これはおそらく編集のまずさによるものでしょう。八代先生はかねてから日本的雇用慣行には優れた点が多々あると評価したうえで、しかしそれを政府があたかも「無形文化財」のように保護・拡大し、それ以外を排除しようとしていることを批判しておられますが、ここも本来の趣旨はそういう意味だったのではないかと私には思えます。