1月9日日経社説

もう一日、週末1月9日の日経新聞から。きのう取り上げた大竹先生のインタビュー記事の裏面に社説が掲載されていますが、この日のお題は「未来への責任(5)労働市場を育て雇用不安の根を絶て」です。

 このままでは、若者たちに深刻な雇用不安を残すことになる。
 完全失業率は5%台と高い。さらに潜在的な失業として、企業が抱える過剰雇用、いわゆる「企業内失業」が600万人にのぼる、と2009年度の「経済財政白書」はいう。
 雇用調整助成金は失業を抑えるだけの応急処置にすぎない。鳩山政権はハローワークで再就職の相談に加え、生活保護や住居のあっせん手続きが一緒にできる「ワンストップサービス」を打ち出した。
 だが肝心の職を増やさなければ、根本的な解決にはならない。
(平成22年1月9日付日本経済新聞朝刊「社説」から、特に記述しない限り以下同じ)

ここまではそのとおりでしょう。職が増えるような環境になれば「企業内失業」もおのずと減少するでしょうし、それでも解消されなかった「企業内失業」も、増えていく職に新たに就くことができるでしょう。ある程度以上の規模の企業なら、転籍出向という形で「失業なき労働移動」を実現するものと思います。

 景気が回復し、医療や環境の分野が育っても、なお残る雇用不安が大きく2つある。ひとつは正社員を望みながらパート、派遣などの非正規社員になっている人たちが、低賃金の仕事から抜け出しにくい点だ。
 非正規社員は09年7〜9月に平均で1743万人、社員3人に1人を占める。自ら望んで短時間労働を選ぶといった人は多い。一方で、高度な仕事への意欲がある非正規の人たちを単純労働などに就かせたままでは、労働力の無駄遣いになる。
 もうひとつの問題は若者の失業率の高さだ。15〜24歳の完全失業率は09年11月で8.4%にのぼる。将来の社会の担い手が仕事を通じて能力を高める機会を得られずにいる。

肝心の職が増えたときに、その職がなるべく安定的で処遇の良い、良質なものであることが望ましいということもそのとおりだろうと思います。たしかに、保有能力などの面から、「企業内失業」の正社員のほうが非正社員に較べて「増えた新しい良質な職」につきやすいだろうことは容易に想像できます。おのずと「高度な仕事への意欲がある」けれどその能力の形成が不十分な「非正規の人たちを単純労働などに就かせたまま」になってしまう危険性は高く、もちろんこれは「労働力の無駄遣い」でありましょう。将来に向けて職業能力を伸ばし、わが国経済を支えることが期待される若年層にそうした例が多いことが長期的に大きな社会的損失になるとの指摘もまことにもっともです。そこでどうするか、ですが…。

 人材を需要のあるところへ移す「労働市場」を育てることが、何より必要だ。非正規の人たちも技能や知識を身に付ければ、働いている企業のなかで賃金が高い仕事に移れ、正社員になれる仕組みが大切だ。非正規労働が急増した現実を直視し、思い切った改革が求められる。

さすがにこれにはコーヒー吹きました。ついさっき、「肝心の職を増やさなければ、根本的な解決にはならない。」って言ってたじゃないですか。職、すなわち需要が足りなくてほとほと困っているというのに、「需要のあるところへ移す「労働市場」を育て」たってなんの効果もありません。逆に、需要が増えてくればおのずと価格=処遇も上がり、自然とそちらに人材は移っていくはずです。
それに較べると「働いている企業のなかで賃金が高い仕事に移れ、正社員になれる仕組みが大切だ。」というのは一理あって、たしかに現在働いている企業で非正社員から正社員になれれば、転職にともなう摩擦的コストがないので効率的ではあります。ただ、これまた現在働いている企業に正社員の需要がなければ「仕組み」だけあっても何の意味もないわけで(というか、現実に起きているのは、そういう「仕組み」は導入したけれど、人員過剰でそれを運用できていないという企業が増えているということではないかと思うのですが)、あまりに「働いている企業」にこだわると選択肢を著しく狭めてしまうことになりかねないことには十分な注意が必要でしょう。

 パートなど非正規社員を正社員に登用する制度は、小売業など一部にとどまっている。もっと産業界に広がってほしい。大事なのは、非正規と正社員の垣根を崩すことだ。企業の労使は、そのための制度改革に積極的に取り組むべきだ。
 電機業界の労働組合から成る電機連合は、賃金を製造、設計などの職種や、社員の能力、役割に応じて決める方式にし、企業が雇用契約を直接結ぶパートや契約社員にも広げる改革案を打ち出した。非正規の人たちを処遇の良い仕事に移りやすくする動きで、評価したい。経営側への働きかけを急いでほしい。
 「同一労働、同一賃金」の考え方にもとづき、職種によって賃金を決める制度を、真剣に考えるときが来ている。この制度は非正規社員と正社員の処遇が釣り合いをとれるようにするうえでも効果がある。

いったんおかしな方向に行ってしまったのでますますおかしくなってくるのは致し方ないのですが、「パートなど非正規社員を正社員に登用する制度」は「小売業など一部にとどまって」はいないと思うのですが、まあこれは事実の評価の問題なのでよしとしましょう。
続いて取り上げられている電機連合の第6次賃金政策については情報が少なく、はっきりしたことはよくわからないのですが、ほかならぬ日経新聞がこれまた社説で取り上げていますのでご紹介しましょう。

…パートなど非正規社員の処遇を公正な仕組みにし、正社員と均衡させるにはどうしたらいいか。電機連合が定期大会で決定した新しい賃金政策はその手立ての一つになる。
 賃金を仕事内容や社員の能力に応じて決める方式にし、パートなどにも適用する。非正規社員の賃金制度を正社員に近づけ、両者の壁を崩そうという案だ。非正規社員のやる気を引き出し、企業の生産性向上にもつながる。労組が投じた一石を電機はもちろん、他業界の経営者も受け止め、均衡処遇に取り組む時だ。
 電機連合は8年ぶりに刷新した賃金政策のなかで、「同一価値労働、同一賃金」の立場から正規、非正規社員の均衡処遇を打ち出した。派遣や請負社員を除き、パート、契約社員など雇用契約を企業が直接結ぶ非正規社員が対象になる。
 傘下労組に労使で協議する際の材料として新しい賃金制度のひな型を示し、製造現場、設計開発などの職種ごとに、求められる能力や役割に応じて5つの等級を設けた。非正規社員の多くは「担当業務の知識や技術の習得段階」とした「レベル1」や、「上司の指導で業務を遂行できる」などとした「レベル2」に位置づけられると想定している。
 仕事の中身を基準にすることで非正規社員の納得を得やすくなる。流通、サービス業界などの労組から成るUIゼンセン同盟も均衡処遇を目指し、パートの賃上げに力を入れているが、電機連合の案は賃金の決め方がより合理的といえるだろう。
(平成21年7月12日付日本経済新聞朝刊「社説」から)

ネット上などでみつかる数少ない情報を照らし合わせてみても、まあそんな感じなのだろうなという感じなのですが、これは基本的には流通業界などで先行して導入が進んでいる「パートタイマーの賃金制度を正社員と合わせる」取り組みと類似しています。大手スーパーなどでは、パートタイマーにもフルタイム正社員と同じ社内資格給制度を適用しており、資格昇格によりパートタイマーも賃金が上昇する制度となっています。当然ながら昇格のスピードにはパートと正社員ではかなりの差がありますし、一定資格以上に昇格するにはフルタイムや正社員に変更することが必要になっています*1電機連合の賃金政策でも「非正規社員の多くはレベル1かレベル2」にとどまり、正社員は早期にそこを抜けてレベル3、レベル4へと上がっていくわけです。電機連合の政策ですから当然対象は組合員のはずで、大手ではだいたい大卒15〜20年で大方は管理職昇格して非組合員となるわけなので、各レベルの滞留期間は3〜4年というところで、おそらくレベル1、2は各1〜2年で通過してしまうのではないでしょうか。要するに、この賃金政策は制度を同一にするという点においては「両者の壁を崩そう」としているといえるでしょうが、賃金格差については基本的に維持温存され、その格差についての説明を明確化することで「非正規社員の納得を得やすくなる」ものだということです。実際、「均衡処遇」とはそういうもののはずです。
したがって、これはおそらく本年1月9日の日経社説が期待するような「非正規の人たちを処遇の良い仕事に移りやすくする動き」であるとは必ずしも言えないように思われます(まあ、間接的に多少はそうした影響はあるかもしれませんが)。非正規の大半がレベル1か2にとどまるわけですから、そう考えざるを得ないでしょう。また、これまた社説が期待しているような「職種(だけ)によって賃金を決める制度」でもなさそうなことは、「求められる能力や役割に応じて」「担当業務の知識や技術の習得段階」「上司の指導で業務を遂行できる」という「レベル」を設定していることをみれば明らかです。日経は電機連合の賃金政策をあまりに好都合に解釈しているのではないでしょうか。
さて1月9日の社説の続きに行きましょう。

 現在は労働力が余剰だが、少子化が進めば、将来は深刻な労働力不足になることも、忘れてはならない。働く意思と能力のある人の総数である労働力人口は、足元の約6600万人から30年までに約1000万人減る。高齢者、女性や外国人労働者の活用が必要になる。
 その備えとしても、職種別の賃金制度が役立つ。その人の技術や知識に見合った報酬にすれば、高齢者や外国人などを集めやすい。

というか、現在でもすでに高齢者や外国人はその人の技術や知識に見合った報酬で雇用されていることが多いのではないかと思うのですが、違うのでしょうか?職務給で雇われる人もいるし、いわゆる正社員のように長期雇用の社内資格給で雇われる人もいる、多様な雇用のあり方が共存しているということでなんら差し支えはないはずです。なにも無理矢理に「垣根を壊す」必要はありません。
さて、ここから話題が変わります。

 若者の就業を促すには、職業訓練の見直しが欠かせない。製造業の海外移転が進んでいるのに、溶接、機械技術など、生産現場の仕事に就くための科目がまだ多い。
 岩手県北上市の北上情報処理学園は、コンピューターを使った設計などの講座を充実させ、電機や自動車業界への就職を増やしている。看護などサービス分野も柱に、職業訓練施設は教育内容を再編成すべきだ。

まあ、このあたりはいろいろ意見のある人もいるでしょう。個人の希望にも当然配慮は必要でしょうが、職業訓練施設が極力世間で現実に求められている能力を多く形成するよう努めることはけっこうなことなのだろうと思います。
また話題が変わります。あれもこれもと欲張って、結果として何を言いたいのかよくわからなくなっている感は否めません。

 日本では企業が正社員を解雇しにくいため、人件費の負担が重くなり、非正規社員の賃金や新卒採用が抑えられているとの指摘がある。
 企業が業績悪化による整理解雇をする場合、判例から、人減らしを迫られるほど経営が危機にある、先にパートや期間従業員を減らすなど正社員の解雇を避ける努力をした――といった4つの条件を満たすことが必要とされている。
 正社員の解雇を防ぐ歯止めはもちろん必要だ。しかし現状は、正社員を守るために非正規社員の雇用を犠牲にすることも事実上認められている。非正規社員にしわ寄せがいく現状は是正するなど、解雇のルールを見直す必要があるのではないか。

これについてはこのブログですでに何度も書いていますが、定年まで何らかの形で雇用しますと約束した人については、定年前にはよほどのことがない限り解雇はしない。1年なら1年、期限を切ってそれまで雇いますと約束した人については、その期限まではよほどのことがない限り解雇しない。そして、人員を減らす必要に迫られた場合には、約束した期限が来た人から退職してもらい、再雇用はしない。これはこれで筋の通った考え方だと思います。人員削減が行われる中では、正社員でも定年が来れば再雇用されないことも多いわけで、雇用期間の約束を守るという意味では特段どちらが不利益に扱われているとか差別されているとかいうことではありません。
日本企業の競争力の源泉である人材育成力が長期雇用慣行に支えられていることを考えると、解雇のルールの見直しにはきわめて慎重であるべきでしょう。ただ、雇用維持のために必要となる、賃金などの労働条件の変更に関してはもう少し柔軟に認められてもいいだろうとは思います。というか、前回の雇用調整期においては、多くの企業はそれを「成果主義賃金の導入」などの手法で苦労して実施してきたわけではありますが。
そして、またまた話題が変わります。

 広島電鉄路面電車の運転士ら非正規の約300人全員を昨年10月に正社員にした。代わりに勤続年数の長い正社員は、賃金を段階的に下げる。非正規社員の待遇改善で正社員があおりを受ける場合がある。
 正社員もある程度の痛みは受け入れる必要がある。企業の労使は、両者の合意の下で労働時間の短縮を進める欧州型のワークシェアリング(仕事の分かち合い)についても真剣に議論するときではないか。

これはそれこそ各企業の労使、あるいは労働者相互の話し合いを通じて適切な施策をとっていけばいいのだろうと思います。欧州型のワークシェアリングもひとつの選択肢ではあるでしょう。なお、広島電鉄についていえば、路面電車の運行という比較的業務量の変動が少ない業態で、全社員約1,300人の会社の運転士300人が非正規という人員構成がそもそもおかしかった可能性が高いというのが私の印象です。これは詳しいことを知らないのでまったくの感想ですが。

*1:電機連合の政策が目新しいのは「製造現場、設計開発などの職種ごと」にしている点でしょうが、製造業の多くでは「製造現場」と「設計開発」では同一制度でも初任格付(これは学歴別のことが多い)や昇格スピードに差があるのはむしろ普通です。