2013年労働政策研究会議

昨日開催されたので行ってまいりました。このところ成長戦略関係で忙殺されており本ブログの更新も滞りがちというか全く止まっていたような状況でしたが、労働政策も成長戦略の重要な一部ということで一応フォローはしておりましたし、今回総括テーマの「高齢社会の労働問題」には以前私も少なからず関わったこともあり出かけることにしました(案の定ブログさぼってますねとのお叱りを多方面から受けてしまいましたが…)。JILPTの霞ヶ関の出先が仕分けられてこのかた東大での開催が続いておりましたが今年は慶応の三田キャンパスでの開催で、会場が大きすぎてずいぶん人が少ないように感じましたがまあまあ例年並みくらいの参加だったのかなあ。菅野和夫先生や清家篤先生などの大家のお姿もみえました。
さて例によって午前中は自由論題で、今年も興味深そうな報告が多くてどれを聴講するか迷いました。ちなみに自由論題論文はhttp://www.jirra.org/kenkyu/thesis/index.htmlに掲載されていますが会員限でパスワードが必要なので、報告の概要も紹介しながらコメントしたいと思います。
最初は清家先生が座長を務められた第1分科会「高年齢者の労働」で明治の永野仁先生の「高齢者雇用と他の年齢層の雇用」という報告を聴きました。2005、2007、2009年の雇用動向調査の個票データを利用して常用雇用に占める年齢階層別の構成比の決定要因を分析することで「間接的にではあるが、「雇用において高齢者が優遇されるので、若年層が仕事を奪われている」という主張を検証するねらいとのことです。
結論としては、私の印象としてはそれほどはっきりした結果は得られていないという印象なのですが、2005年・2007年においては常用労働者増加率は29歳以下で有意に正、45〜59歳で負だということで、これはわが国企業においては常用労働者を増やす際にはもっぱら若年層が採用されるため、相対的に中高年層の比率が低下したものと解釈されています。これに対して2009年においては60歳以上が有意に正となり、30〜44歳で有意に負となっていて、雇用増の多くは高年齢者の雇用確保に費やされ、その結果30〜44歳の比率が低下したことが示唆されています。
ということで29歳以下についてはいずれの年も有意な結果が得られておらず、永野先生はこれを「新卒者重視という企業の採用慣行が影響している」と解釈しておられます。この間、新卒就職の厳しさが大きな社会問題となっていたことを考えると実感にあわない感はありますが、しかし各年齢層を相対的に比較すればまだしも新卒は恵まれていたと言えるのかもしれません。
次は法政の武石恵美子先生が座長を務められた第2分科会「職場とキャリア形成」に移動して、JILPTの藤本真先生の「中小企業におけるミドル・マネージャー層の育成」を聴講しました。
これはJILPTが実施した調査にもとずく分析で、中小サービス業におけるミドル・マネージャーの育成が実現できている企業の特徴を企業調査と労働者(ミドル・マネージャー)調査の両面から確認したものです。
結果としては、企業調査によれば、OJTにおいては「指導者を決め、計画にそって育成・能力開発を行っている」「作業標準書やマニュアルを使って育成・能力開発を行っている」「やさしい仕事から難しい仕事へと経験させるようにしている」「社員による勉強会や提案発表会」に、またOff-JTにおいては「予算を毎年確保している」「社外の機関が行う研修に従業員を派遣している」で有意な差がみられました。OJTにおいては、これら施策によりミドルが育成されるという方向だけでなく、ミドルが育成されるから計画的育成などが進むという方向の因果関係も想定でき、ミドルの育成が次なるミドルの育成につながるという好循環の可能性も示唆されるとしています。
ミドル・マネージャー本人に対する調査ではここまで明らかではなく、「指導者を決め、計画にそって育成・能力開発を行っている」「作業標準書やマニュアルを使って育成・能力開発を行っている」で有意な差が確認されるにとどまりました。また、自己啓発支援については、できているとする企業のミドルの認識が、できていないとする企業の認識を(有意ではないものの)下回るという逆転現象が起きています。これについては「ミドル・マネージャーの育成ができている企業の、計画的な育成や育成・能力開発の促進に対するより積極的な姿勢は、当のミドル・マネージャーにも伝わっていることがうかがえる」「企業のより積極的な育成・能力開発の姿勢が影響して…改めて企業からの支援を求めて自己啓発を進める必要はさほど高くなく」という評価がされています。まあ、OJTが充実している企業だとかえってOff-JTはやらされ感があるということでしょうか。
私が少し思ったのは、育成が進んでいない=確保できていないということでは必ずしもないのではないか。サービス業なので製造業ほどには「親会社が管理職を送り込んでくれるから育成の必要性はそれほど高くない」というケースはなかろうと思います(まあ製造業においてもネグリジブル・スモールでしょうが)が、たとえば中途採用してくるという戦略も考えられなくはなく、まあ成長戦略の議論の中で「大企業が雇用を退蔵しているから中小企業に人材が回らない」という主張がなされたところをみると今のところそういう実態は少ないのでしょうが、いずれそういう方向に向かう可能性もなくはありません。時間とコストをかけてミドルを内部育成するのか、それなりの労働条件を提示してミドルを外部調達するのか、どちらが有利なのかという議論はこれからありうるように思います。繰り返しになりますが現時点では第1分科会座長が「長期雇用が守られているから、新しい企業がいい人材をとれないというのは、労働条件を上げようとしない企業の繰り言のように聞こえる」という低水準にとどまっていますので、まだまだ距離はありそうですが。
さて次はまたしても会場を移動し、東大の荒木尚志先生が座長を務められた第3分科会「労働市場と労働法制」でニッセイ基礎研の金明中先生の「韓国における女性の労働市場参加の現状と政策課題」を聴講しました。
韓国では女性の大統領も誕生しましたが、就業率、所得、M字カーブなどをみると日本以上に女性の労働市場参加は遅れているという実態のようです。そのため、さまざまな法制度によって女性の参画促進がはかられているということで、たとえば間接差別が禁止されているほか、育児休職は3年まで取得可能(1歳までは有給)、女性従業員比率・女性管理職比率が業種平均の60%に満たない企業への改善勧告、優秀企業への政府調達での優遇など、わが国と比較しても相当程度踏み込んだ施策がとられています。
報告によればこれら施策は一定の効果をあげてはいるものの十分な定着をみているわけではなく、しかし韓国経済に絶大なプレゼンスを有するサムスンが女性役員登用を打ち出していることから今後一段の拡大が期待できるとのことでした。
面白かったのは、これは荒木尚志先生もその場で指摘しておられましたが、女性登用優秀企業のインセンティブとして政府調達における優遇などと並んで「地方労働局で実施する労働関連法の違反に関する随時点検の免除」があげられていることです。少し調べた限りではまとまった情報がなかったので多分に私の推測ですが、どうやら韓国では労働基準についてわが国の税務調査のような行政の臨検が行われているらしく、それに対する対応がやはりわが国の税務調査がそうであるようにこらこらこら、えーと対応が相当程度煩雑であるようで、それを免れることができるのはかなりのインセンティブになるということのようです。

  • このあたり激しく自信ありませんので、ご存知の方ご教示いただければ幸甚です。誤りがありましたらぜひご指摘ください。

まあ女性登用優秀企業であれば労働基準もよろしく遵守されているだろうとの趣旨かもしれませんが、しかし障害者雇用の優等生でありながらブラックで鳴るファーストリテイリングのような会社もあるからなあ。
自由論題の最後はまた第2分科会に戻り、JILPTアシスタント・フェローの杉村めぐる先生と早稲田大院の長沼裕介氏による「職場のいじめ、パワーハラスメントの行為類型の概念整理」を聴講しました。
この報告の基本的な問題意識は、現在厚生労働省が示している典型的なパワハラ行為の6類型について「裁判例に基づいて作成されているため、必ずしも日常的ないじめの実態を反映したものとなっていない」という点にあります。裁判に至る例はかなり例外的なもので、それに準拠すると現実の人事管理では使えないという話は法学と経済学の対話の中でたびたび指摘されていますが、ここでも「パワハラの定義や行為類型がいじめの実態と乖離すると、そもそもどのような行為をなくすべきで、誰を救済すべきかその認識が曖昧にならざるを得ない」と問題提起されています。
そこで報告は、パワハラを被害者の主観に基づく認識レベルと第三者の客観に基づく認識レベルの高低で4象限に分類し、「個人に関する精神的な攻撃や個の侵害」のように双方ともに高いものはパワハラとして認識されやすく、改善・救済の対象となりやすいが、被害者の主観レベルは高いものの第三者の客観レベルは低い「人間関係からの切り離し」については被害の深刻さに較べて改善・救済の対象として認識されにいという大きな問題があるとしました。その上で、いじめの判断基準は、客観的な行為類型ではなく、被害者の主観に基づく以外は困難と結論づけました。
非常に論争的な問題提起ですが、たしかにいじめにおいてもセクハラのように被害者本人の主観に左右されるところは大きいだろうと思いますし、被害者の救済においても人事管理の改善においてもこれに一定の配慮が必要だろうと思います。その上で若干疑問に感じたのは、ひとつは被害者の主観に重点を置きすぎると、典型的には最近も問題になったスポーツ指導の現場における暴力のような、いかに当事者全員が「愛のムチ」だからと許容していても社会的には許容されない行為を容認することになってしまうという副作用がありそうだ、という点ですが、これはレセプションの席上報告者の方に確認したところ「それはいじめではないが暴力・違法行為であると割り切って考える」ということのようです。また、主観を重視すると、まさにセクハラで往々にして言われるように、同じことでも「あの人に言われるのは平気だけれどあの人に言われるととても傷つく」ということは当然起こるわけで、一定規模以上の企業であれば配置転換などで対処が可能ですが、従業員5人とか10人とかいう企業ではそれは難しい。かといって退職して金銭解決的な救済をはかるというのも、まあ水準の設定が非常に難しいでしょう。なかなか容易ならざる課題といえそうです。
総会をはさんでの後半はパネルディスカッションになりましたが、長くなってきましたので明日以降とさせていただきたいと思います。