実務と学説

ある労働研究者の方(規制緩和派ではありません)から、今般の労働契約法で有期労働5年で無期転換とされたことで大学の現場が非常に困っているというお話をうかがいました。ポスドクがいくつかの有期契約の仕事を経て大学などでパーマネントの仕事に就くというパターンが成り立たちにくくなるとのことです。あるいは、たとえば博士課程の学生さんが修了までの間、週2日、3年間研究員として働いていた場合、修了後に3年任期の助教に採用することが難しくなる、というお話もありました。なるほど、2年経った時点で無任期にするか雇止めにするかの選択を迫るのは、本人にとっても大学にとっても不幸だというのはよくわかる話です。
これを聞いて、なるほどそういうことかと思った話がありますので、ご紹介したいと思います。このブログでもご紹介した野川忍先生のご著書『わかりやすい労働契約法第2版』をめぐる話題です。
この本が出た際に、hamachan先生がご自身のブログこのような問題提起をされました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-5903.html

…一点気になったところがあります。
 5年で無期転換のところですが、こう書かれているのですが、

・・・さらに、教員の場合によく見られる形態として、1年の期間を定めた労働契約を通算5年まで更新するが5年で打ち切ることがあらかじめ合意されているような場合、5年で終了したことを踏まえた上で、「再雇用」という趣旨で改めて1年の有期労働契約が締結されたときは本条の適用があるか、という問題も生じるでしょう。これは実態によって異なると思われますが、仮に「5年で終了」という明確な合意が認められ、その後の「再雇用」について新たな契約書が作成されているような場合には、実質的にそれは従来の労働契約と同じ内容であっても、本条の適用はないという解釈が生まれる余地があるでしょう。しかし、「再雇用」の趣旨は実態に照らして厳格に認定されるべきであると思われます。

 この理屈はこれとして理解できないわけではないのですが、これとその少し前で書かれている

 なお無期転換申込の権利は労働者に付与された重要な権利ですので、あらかじめこれを放棄することはできません。

 とは微妙に矛盾するようにも思われます。1年契約を更新して5年経ってもそこで打ちきるとあらかじめ約束しているから、その「打ち切」った直後に同じ1年契約を結んでも無期転換の申込はできないんだよ、いいな、わかったな、ということをあらかじめ約束しているという構造は、結局5年経ってさらに更新しても無期転換の申込はしないという約束をあらかじめしているのとどう違うんでしょうか。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-5903.html

このご指摘に対して、野川先生はご自身のツイッターでこのように連投されました。

(1)拙著「第二版 わかりやすい労働契約法」について、さっそく濱口桂一郎先生からご紹介とご指摘をいただいた。ご指摘は、有期雇用を5年間反復
継続したのちに生じる「無期転換権」について。
https://mobile.twitter.com/theophil21/status/255128048649781249?p=v
(2)教員などの場合、「一年の期間を設定した雇用契約を5年で打ち切る」ことがあらかじめ明確に合意されている場合がある。そのような場合、実際に一年の期間を更新して5年の期間が満了したとする。その後あらためて一年の期間を定めた「再雇用」契約が成立した場合にも、無期転換権は生じるか。
https://mobile.twitter.com/theophil21/status/255129054687158272?p=v
(3)考え方は二つありえて、その場合でも無期転換権が生じるとしなければ、無期転換権はあらかじめ放棄できないとする原則と矛盾が生じるというもので濱口先生の指摘はここにある。もう一つは、5年満了したことによりひとまとまりの有期雇用の終了が明確であれば無期転換権は生じえないというもの。
https://mobile.twitter.com/theophil21/status/255129767953719297?p=v
(4)たとえば、五年の期間が満了して契約が終わり、その後2か月かけて話し合いが行われ、労働者も有期での「再雇用」を望んでいることが明確な場合、そこで前契約終了から2か月後に同じ労働条件で成立した有期雇用契約(再雇用契約)が開始された後の無期転換権の行使は可能か。
https://mobile.twitter.com/theophil21/status/255130950172807169?p=v
(5)私自身は、新たな契約であることが両当事者に明確に合意されている場合には、常に無期転換権が生じるとは限らない可能性があるという見解を示しました。非正規化が進む現場において、雇用の安定と職域の確保をバランスよく運営する困難さが背景にありますが、今後十分な議論を望みたい問題です。
https://mobile.twitter.com/theophil21/status/255132475498561536?p=v

労働官僚であるhamachan先生が法の保障した労働者の権利を厳格に守りたいとのご趣旨であることはよくわかります。ただ、実務の実態として、「新たな契約であることが両当事者に明確に合意されている場合には、常に無期転換権が生じるとは限らない可能性がある」としたほうが、当事者双方にとってハッピーであるというケースが、おそらくは野川先生の身近にもあるのではないでしょうか。研究者の実務経験が学説に影響を与えるというのは、それ自体は決して悪い話ではないと思います(私のまったくの推測なので本当にそうかどうかはわからないのですが)。