6月18日に開催された労働政策研究会議(日本労使関係研究協会大会)に参加してまいりました。昨年までは労働政策研究・研修機構の霞ヶ関連絡事務所で開催されていたのですが同事務所が事業仕分けで廃止となり、今年は東大の小島ホールでの開催となりました。他の学会は地方の大学で大会を開催しているわけですし、上石神井のJILPTでやればいいのにとも思いましたが案外施設がなかったりするのかな。事業仕分けで売却返納が求められた朝霞の労働大学校なら施設的にも十分対応できそうですし宿泊施設もあるので地方から参加の方々にも便利ではなかろうかとも思いましたが、まあ便利な場所で開催してくれたわけなので文句はありません。
さて内容ですが今回はJILPTの小杉礼子先生の企画とのことで、午前中は3会場で12本の個別報告が行われ、私は第1会場にとどまって4本聴講しました。
最初に慶応義塾大学産業研究所共同研究員の馬欣欣さんの「教育訓練が高齢者に与える影響に関する実証分析」が報告されました。JILPTが2009年に実施した「高年齢者の雇用・就業実態に関する調査」の個票データを利用し、学歴・職種と55歳以降の教育訓練の関係、および55歳以降の教育訓練と60歳代の賃金水準との関係を分析し、学歴が高いことや専門・技術職であることが55歳以降に教育訓練を受ける可能性を高めること、55歳以降に教育訓練を受けることが60歳代における賃金を高めることを検証しました。そのうえで政策インプリケーションとして「高齢者の就業を促進し、また継続就業をする高齢者の賃金水準が大幅低下する問題に対応するため、企業あるいは政府は中高年齢者を対象とする教育訓練を促進する必要がある」ことを提示されました。
結論は穏当そうに見えるものではあります、質疑では近畿大学の中島敬方先生から「教育訓練が賃金を高めているように見えるが、これは教育訓練の効果というよりはその人が教育訓練を受けるような人だからではないか」というもっともな指摘があり、さらに第一会場座長の大竹文雄先生からも「学歴と職種、学歴と賃金、職種と賃金との間にも関係はあり、これだけでは教育訓練と賃金の因果関係までは示せないのではないか」との類似の指摘がありました。要するにMBAホルダの賃金が高いのはMBA教育が有用なのか、それともMBAホルダは学位取得の厳しい選抜を勝ち抜けるだけの高能力を保有するからなのか、というのと似た話ですね。まあ両方あるのでしょうが、切り分けて計測するのは難しそうです。
私としては、職業訓練を投資として捉えると高年齢者に対するそれは回収効率が悪く、企業に対してこれを求めることは難しいでしょうし、では政府がそれをやるのか、というのも費用対効果の面での検証は要るのかな(私は総合的にみれば一定のものはやるべきと思いますが、そんなんムダだからカネだけ与えておけば良い、という人もいるようですね)、といういつもながらの感想を持ちました。また、「継続就業をする高齢者の賃金水準が大幅低下する問題に対応」するために教育訓練、といわれると不思議な感じはするわけで、継続就業時の大幅な賃金低下は主にそれまでの長期雇用下における年功的賃金制度がリセットされること、および年金等の併給が考慮されることによるものであって技能水準の低下によるものではなく、したがって対応策としては人事・賃金制度全体を見直すことではないかと思いました。
次は法政大学キャリアデザイン学部准教授の梅崎修先生が「大学別に見た教育と初期キャリアの関連性」を報告されました。元となる調査は、第1回は2007年11月に就活をしていた(または終わっていた)大学4年生を対象に調査会社によるインターネット調査を行い、第2回は2010年2月、就職後2年めにおける追跡調査を実施して個人IDで結合したパネルデータです。就活に対する大学および大学教育の影響を検証すべく、大学での成績や就活のスタイル、結果としての初期キャリアの関係を難関大学と非難関大学との対比で分析しています。大学教育に対する学生側の評価(能力感)についても調べていて、基本的な問題意識は大学・大学教育が相当程度多様であると想定されるところ、キャリア教育についてはこうした多様性を捨象して「十把一からげ」で語られすぎる…というところにあるとのことでした。
結果は非常に興味深いもので、まず就活の時期や量に対する効果としては、難関大学であることは就活の時期を早め、エントリー数を増やす。大学での成績が高いことは、時期を早める効果は非難関大学においてのみ、エントリー数を増やす効果は難関大学においてのみ有意に観測されるという結果なっています。
初期キャリアについては、難関大学であることは内定獲得には有意な効果はなく、就活結果の満足度、企業規模にプラスの、離職にマイナスの(離職を減らす)効果を持っています。成績を加えて分析すると、成績は非難関大において内定獲得と満足度にプラスの効果を持ちます。さらに時期とエントリー数を加えると、時期の早さは難関大・非難関大ともに内定獲得に効果があり、非難関大で満足度にプラスの効果があります。また、エントリー数は難関大・非難関大ともに内定獲得にプラスの効果があるという結果になっています。難関大では成績と就活結果に有意な関係が見られず、非難関大においてはそれが見られるというのは、面白いといいますか、なるほどそうかなあといいますか。
続いて能力観の分析ですが、身に付けた学業、獲得した能力などをたずね、勉強を頑張ることと社会人基礎力などが身に付いたと思う感覚との関連が難関大と非難関大で異なるのかどうか、を検証しています。
結果をみると、まず学業については難関大の「勉強と他の活動の両立」「本をたくさん読む」などの能動的学びに対し、非難関大では「単位を落とさない」「授業に必ず出席」「遅刻しない」といった受動的学びであることがうかがえる結果となっています。能力獲得については、経済産業省の「社会人基礎力」、文科省の「職業発達にかかわる4能力領域」、そして厚労省の「若年者就職基礎能力」の各項目についてたずねていますが、30項目中23項目で有意に難関大のほうが能力獲得できたと思われているという結果になっています。有意な差がみられないのは「マナー」「常識」といった項目が多いとも指摘されています。そして、成績と能力獲得との関係では、非難関大では30項目すべてについて有意に成績が高いほと能力獲得していると思われている(しかもすべて1%水準で有意)のに対し、難関大でも同様の傾向は認められるが顕著でない(30項目中15項目で有意、うち9項目は10%水準)ことが示されました(もっともこれは難関大のサンプルが非難関大に較べてかなり少ないことが影響しているのではないかとの大竹先生の指摘がありました)。
以上の結果から、難関大はそもそも新卒労働市場で高く評価されているものの、それに対する大学教育の効果は確認できないが、非難関大では、内定獲得や満足度など限定的にではあるが大学教育の効果が確認できた、と結論づけています。そのうえで、非難関大におけるキャリア教育が、学生に早期の取り組みを促すことで内定獲得や満足度が高まることで、かえって企業規模や離職抑制に向けた教育実践の検討が阻害されるのではないかというジレンマを指摘しています。
私の感想としては、結局のところ結論としては「難関大と非難関大ではキャリア教育も異なるべき」ということだけが語られ、では具体的にどうするのかというところも聞きたかったのですが、しかし会場内に「それは聞いてはいけないこと」という感じの雰囲気が流れていたので空気を読みました。あるいは難関大はリベラルアーツ、非難関大は職業的レリバンスとかいう流れになるのかなあなどとも思ったのですが。まあそれは踏み込みすぎでしょうか。
ただ、この調査では難関/非難関の判定を回答者の自己評価で行っているので、大学別に異なるキャリア教育という議論にダイレクトには結びつかないような気がしましたので珍しくそれだけは発言しました。つまり、(当日は別の事例をあげましたが)第一志望で法政に入った学生は自分は難関大に入ったと思っているでしょうが、早慶落ちて上智落ちて法政に入った人はあるいは非難関大に入ったと思っているかもしれない、ということで、大学名や(キャリア)教育の内容に加えてそうした学生さんの意識が影響してくる可能性があるのではないか。下世話な話ですが代々木ゼミナールの偏差値で難関/非難関を区分するとまた異なる結果と異なる含意がありうるのではないかと思ったわけです。残念ながら会場雰囲気からはこの質問もKYだったかなあと反省せざるを得ませんでしたが、梅崎先生からは「自己判断のほうが調査方法として簡便、明確だから」とのご回答でした。卒業校も聞いているとのことでしたが、学部まで含めれば相当数になるでしょうし、それを偏差値とひもづけしてもそれではどこから難関大なんだという根本的な問題もありそうです。
ということでこの報告はたいへん面白く聞きました。午後のシンポまで含めても私にはいちばん面白かったかな。これは内容に加えて、梅崎先生が私のような素人にもわかりやすく(わかったような気になれるように)上手に説明していただいたことにもよると思います。
ということで長くなってきましたので続きは明日書きます。