労働政策研究会議(続)

きのうの続きで、労働政策研究会議の感想を書いていきたいと思います。個別報告セッションの3番めは、同志社大学社会学助教の森山智彦先生による「職歴・ライフコースが貧困リスクに及ぼす影響」でした。
これは2005年と1995年のSSM調査を用いて、学歴、初職、現職に、男性は転職・失業経験、女性は配偶者の階層を加えて、貧困リスクとの関係を階層的重回帰分析で検証したというものです。
結果としては、男性については現職が大企業のホワイトカラーやブルーカラー、中小企業のホワイトカラーといった良好な仕事である場合に貧困リスクが低く、非正規や無職である場合に貧困リスクが高いこと、学歴や初職も関係するが、それは現職を規定することを通じてであること、転職や失業を一度でも経験すると貧困リスクが持続的に高まるなどといったものです。女性については、結婚していることや親と同居していること、学歴が高いことなどが貧困リスクを下げ、高校生以下の子どもがいること、学歴が低いことなどが貧困リスクを高めること、そして配偶者が専門職、大企業のホワイトカラーやブルーカラー、中小企業のホワイトカラーといった良好な仕事である場合に貧困リスクが低く、配偶者が非正規や無職である場合に貧困リスクが高いことなどが見出されています。
面白いのは達成機会仮説の検証で、既婚女性の学歴、初職階層と配偶者の現職階層とのクロス集計をみると、高卒女性で現職が専門職・管理職・大企業ホワイトカラーの男性と結婚しているのは25.0%で、ブルーカラーの男性と結婚しているのは36.1%、これに対して大学など高等教育を受けた女性では前者が57.9%で後者が13.5%と明らかな相違があります。初職との関連については森山先生は「顕著な関連性はみられない」とされていますので統計的にはそうなのかもしれませんが、しかしクロス集計表をみると同階層が多くなっているようにも見えます。
で、当たり前かもしれませんが面白いのが、初職専門職女性の配偶者が現職専門職、初職大企業ホワイトカラー女性の配偶者が現職大企業ホワイトカラーという同階層の結婚が多いのと同時に、初職非正規の女性の配偶者の現職は29.2%が中小企業ブルーカラーで最多であるいっぽう、専門職、管理職、大企業ホワイトカラーを合計すると31.7%にも達しています。逆に初職中小ホワイトカラーの女性の配偶者の現職は中小ブルーカラーが21.6%、中小ホワイトカラーが14.8%、自営が19.2%となっています。これはたぶん、同階層を結婚相手に選んでいるというよりは職場が出会いの場になっているということの影響なのでしょう。新卒就職が厳しく、若年非正規の増加が問題視されていますが、女性については中小企業で正社員就職するよりは派遣社員になって大企業に派遣されたほうが将来の貧困リスクが低いという可能性もあるのでしょうか。まあ、この作戦は成功しないと「配偶者なし」となって貧困リスクが高まりますので、ギャンブルといえばギャンブルでしょうが…。
さて午前中最後は法政大学大学院の佐藤雄一郎さんが「企業内人材育成におけるOff-JTの有効性と課題」と題して報告されました。タイトルのとおり、Off-JTのキャリア形成における有効性が、男女・雇用形態の違いを意識して分析されています。使われたデータは2009年に調査会社を通じてインターネットで行われた法政大学大学院諏訪研究室「人口オーナス調査」とのことで、この諏訪研究室というのは労働法学者にして労働政策審議会会長の諏訪康雄先生の研究室ですね。いろいろやっておられるのだなあ。そういえば当日は諏訪先生のお姿も見えました。
さておもな結果ですが、まず男性正社員についてはOJTが社内キャリアに有意に効果を有するいっぽう、Off-JTは社内キャリア・社外キャリア双方に効果があり、自己啓発OJT、Off-JT双方の有用性を高め、キャリアにも広く効果があることが検証されています。
これに対し、女性正社員についてはOJTのキャリアへの効果は有意には観察されず、Off-JTについてもかなり限られたものにとどまっています。自己啓発の効果もかなり限定的です。女性非正社員ではOJT、Off-JT自己啓発ともにさらに限定的という結果になっており、男女格差、正規・非正規格差が顕著に観察されるという結果になっています。なお、学校教育の有用性は男女・雇用形態を問わずその後のOJT・Off-JTの有用性に影響しているという結果です。
ということで、男性正社員については学校教育に始まる長期的なキャリア形成の中でOff-JTが有効であるという成功モデルが描けたものの、女性については正規・非正規ともにOff-JTのキャリア上の意義が見出せないという結論となっています。そのうえで、政策的含意として中長期的な学びの促進とともに、女性についてはキャリア環境の違いを念頭においた人材育成施策の転換の必要性と、非正社員への教育機会の拡大を提示しています。
まあ男性・女性というよりはキャリアの違いの問題なのだろうと思います。女性は正社員とは言ってもコース別人事制度で「一般職」として就労している例もまだあるでしょう(相当減っているとは思いますが)。女性は男性に較べて転勤や時間外労働などの制約が多いというのも現実でしょう。ということで例によって男性も選択しうるスロー・キャリアという話になるわけですが、スロー・キャリアにおける人材育成も大きな課題になりそうです。午後のパネルについては明日書きます。