正規登用の非正規雇用への影響

14日のエントリで取り上げた日本郵便非正規社員削減について、ニュースウィーク・ジャパンのサイトに池田信夫先生が書かれたエッセイが話題になっているようです。

 民主党政権は、製造業の派遣労働を禁止する労働者派遣法の改正案を出すなど、非正社員の規制に熱心だ。その背景には社民党と連携するねらいがあるといわれているが、非正社員を規制すると、彼らは正社員になれるのだろうか。日本郵政グループの郵便事業会社(日本郵便)で、それを示す「人体実験」が行われた。
 民主党国民新党社民党も、非正社員を禁止すればみんな正社員になると思っているようだが、そんなことはありえない。企業の人件費は決まっており、正社員のコスト(賃金・年金・退職金など)は非正社員の約2倍なので、規制によって正社員を増やすと雇用できる人数が減り、非正社員が職を失うのだ。
 国民新党亀井静香氏は、鳩山内閣の郵政担当相だったとき、郵政民営化を見直すと同時に「日本郵政グループにいる22万人の非正社員のうち、10万人を正社員に登用する」という方針を打ち出した。その結果、正社員募集に応じた非正社員のうち、8400人(うち日本郵便は6500人)が正社員に登用された。そこまではいいが、問題はその後だ。
 日本郵便は、もともと郵便物の扱いが減っていることに加えて、「ゆうパック」の「ペリカン便」との統合が失敗し、大幅な遅配が起こるなど、経営の混乱で顧客が離れ、経営危機が表面化した。このため2012年度は新卒採用の中止を決め、これによって約2000人の雇用が失われたが、さらに今年3月末で期限の切れる非正社員のうち2000人の契約を更新しない「雇い止め」を決めた。
 つまり6500人の非正社員を正社員にした結果、4000人の雇用が失われたわけだ。日本郵便の場合、正社員と正社員の賃金は、ひとり年間200万円違うといわれている。単純に計算すると、正社員化によって年間130億円の人件費が増え、それを4000人の雇用減で埋め合わせたことになる。特に非正社員のうち、雇い止めされる2000人は、正社員に登用された6500人の犠牲になったわけだ。
http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2011/02/post-290.php

14日のエントリで私が書いたのは、「人員規模の適正化(非正規労働者の雇止め)」と「正規比率の適正化(非正規から正規への切り替え)」は同時並行で起こりうるものであり、したがって労組幹部のいうように「人事方針が一変」とはいえないのではないか、ということでした。
この両者はもちろん無関係ではありませんが、とりあえず区別して整理してみますと、池田先生のいう「郵便物の扱いが減っている」「「ペリカン便」との統合が失敗」はいずれも見込まれていた必要人員より実際の必要人員が少なくなる要員であり、人員規模の適正化を要請するものです。つまり、非正規の正規化が仮に行われなかったとしても、一定の雇用調整は行われたものと思われます。
次に6,500人の正規登用ですが、非正規比率が高くなりすぎて生産性などに悪影響が出ていてその是正が必要であったとすれば*1、これは人員規模が適正であっても行われることでしょう。もちろん正規化にともなって賃金が上昇し、総額人件費が増大すれば、それは経営上の要請としてどこかで吸収されざるを得ないわけですが、人員規模が業務量に照らして適正であれば、人員削減には直結しにくいとは言えると思います。
ただ、正規化にともなって、担当職務や勤務形態や労働時間などの柔軟性が高まったり、意欲が向上するなどして生産性が上がれば、必要人員が減少して雇用の縮小につながる可能性はあります。
したがって、池田先生の言われる「企業の人件費は決まっており、正社員のコスト(賃金・年金・退職金など)は非正社員の約2倍なので、…正社員を増やすと雇用できる人数が減り、非正社員が職を失うのだ。」というのはこの限りにおいてそのとおりということになります。ただ、中略部分については、特段「規制によって」である必要はなく、企業の自発的な正規比率是正においても同様の事情は発生します。
ただ、報じられているように人員過剰は現にあるわけですから、池田先生がいわれるような「2,000人全員が正規化の影響」とまではいえないように思われます。
むしろ、正規比率の適正化は、今回のような「非正規雇用の正規化」だけではなく、「非正規雇用の雇止めと正規雇用の新規採用」で行うこともできるわけで、ここで前者が選択されたということは、後者が選択されていれば実現していたであろう新卒など外部労働市場からの正社員採用が失われたということになるわけで、そのあたり「正規化しろ」と言った人はわかってるのかな…ということも14日のエントリで書きました(もちろんどちらが優れているとかどちらにすべきという議論ではありません)。
ということで、「非正社員を禁止すればみんな正社員になる…ことはありえない。」とか、「総額人件費が一定の中では、賃金の高い労働者を増やせば雇用できる人数は減る」とかいったことはそのとおりではあるのですが、この事例についての議論としてはやや混乱がみられるというところではないでしょうか。それが読む人によっては「こじつけ」であるとか「誇張」であるとか感じられるのでしょう。

*1:ここでは一応必要だったと仮定しますが、この前提を疑う立場は当然ありえます。「そんなの亀井氏の独善であって、非正規でも不都合はないはずだ」みたいな意見ですね。