安藤説と八代説・大竹説はどれほど違うのか?

安藤至大先生が解雇規制についてツイッター上で精力的な啓蒙活動を続けておられます。OECDの対日報告書をふりかざして「あなたの見解はこれとは異なる」といった議論をふっかけてくるような人たちにも誠実に対応しておられる安藤先生のご尽力と寛大さ・忍耐強さにはまことに頭が下がりますが、八代尚宏先生や大竹文雄先生のお名前をあげて、その権威を使って批判しようとの論法も間々みられます。
たとえばこんなのですね。

科学は時間を通じて発展しますし、その際に複数の理論が並存するのもよくあることですね。“@pririn_: .@munetomoando 素人には、科学なのに八代博士、大竹博士の説と大きい乖離が発生するのが不思議です。
http://twitter.com/munetomoando/status/37544085740855297

いや安藤先生は紳士なので上品に応対しておられ、まあ「不思議です」と述べられたのに対して「よくあること」と回答するのはダイレクトなお答えでもあるわけですが、しかし安藤説と八代説・大竹説はたいして違わない、もちろん全く同じではありませんが「大きい乖離」があるとまでは言えないというのが実際のところではないかと思うのですがどんなもんなんでしょう。
八代先生や大竹先生の解雇規制緩和論については過去にこのブログでも検討していますが、たとえば八代先生についていえばhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101130#p1でご紹介した日経新聞「経済教室」で、こう述べておられます。

 雇用保障を含めて雇用システム全体を再設計することによって、正規社員と非正規社員の格差問題にも本格的に取り組める。これは、一見、正社員に不利と見られている。しかし、企業がその存続をかけて経済環境の変化に適合せざるを得ない時代を迎えている以上、より柔軟な仕組みをつくることが、正社員にとっても将来の安心につながる。
 雇用保障と年功賃金の代償に無限定な働き方を強いられる正社員と、不安定雇用で低賃金の非正社員との間に、その中間的な働き方を、法律で認知する。例えば、特定の仕事がある限り雇用が保障され、転勤はなく、労働時間も自分で決められる「専門職正社員」である。この考え方は自民党政権時代、経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会でも検討された。

大竹先生は、http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090123でもご紹介しましたが、雑誌「WEDGE」に掲載されて話題になった記事上で、こう述べておられます。

借地借家法で借家人ばかりが保護された結果、借家が減少したため、借家人の権利を弱めた定期借家権が導入された。これにならい、現状の正社員と非正規雇用の中間的雇用形態を作るのだ。10年程度の任期付き雇用制度を導入すれば、正社員の既得権にプレッシャーを与えることができる。

さて、安藤先生はといえば、「安藤vs野川blog」のエントリhttp://nogawa-ando.blogspot.com/2011/02/blog-post.htmlでご自身で紹介されているNIRAの報告書でこう書いておられます。

 現在の労働ルールで許容されている契約の種類は非常に限られたものである。労働契約の期間については、実質的には、長期契約(例えば新卒の場合は定年までのおよそ30年契約だが整理解雇の可能性があり、また集団的労働条件や配置転換などは実質的には使用者側が決める契約)と原則3年までの期限付き契約の二択となっている。これは労働条件を二極化させる要因となっているものであり、セーフティネットの充実を前提とするなら、契約の類型を多様化すべきである。
 それではどのような契約を締結可能とするべきだろうか。労働需要を増やすという観点からは、契約解除の要件を明確化することが必要である。それにより安心して採用することができるようになるからだ。私見では、少なくとも、雇用契約の期間と場所、そして職務内容について当事者の自由意志に基づく契約を可能にすべきであると考えている。
 まず期間でいえば、5年契約や10年契約を可能にすること、また一年前に告知すれば解除可能な雇用関係なども考えられる。次に場所については、配置転換の可否について契約に明記するだけでなく、仮に転勤ができない場合には事業所の閉鎖と共に雇用契約が解除されるなどの特約も許されるべきである。また職務内容についても、仕事がなくなったことを理由とする契約解除を可能にすること等が考えられる。

こう並べてみてほとんど同じじゃん言ってはいけないのでしょうか。「雇用形態の多様化」「現状の正社員と非正規雇用の中間的雇用形態を作る」という労働市場改革の基本的な方向性は3先生ともに共有していると申し上げていいのではないかと思います。
さて、ポイントはあと二つくらいあって、ひとつは八代先生も大竹先生も主張しておられる「整理解雇の4要件」についてですが、八代先生は上記http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101130#p1でご紹介した「経済教室」では

 適切な金銭賠償を軸とした整理解雇のルールを定めることは、正社員の多様な働き方を促す。また、契約更新を繰り返す有期雇用の更新停止時にも、これを適用することで、非正社員と正社員との働き方の壁を低めることもできる。

と主張しておられます。これ以降は私の記憶によるものなので不正確かもしれませんが、八代先生は整理解雇の4要件のうち、「経営上の高度の必要性」は経営者の判断に委ね、予防的な整理解雇も認めるべきであること、解雇回避努力についても正社員の解雇の前に有期契約や派遣労働のすべての雇止め(不更新)を求めるべきではない、といったことも主張しておられました。で、これはやはり過去のエントリでも書きましたが裁判所はこれらについても個別事件の事情に応じてかなりの程度柔軟に判断しているわけですが、しかし認められない可能性もあるという予測可能性の低さの問題であって、したがってルールの明確化が必要だ…という主張ではなかったかと思います。
大竹先生も、上記http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090123でご紹介した「WEDGE」の記事ではこう提言しておられます。

「正社員の労務費削減を非正規社員削減の必要条件とする」あるいは「非正規社員を削減するのであれば、正社員も一定程度削減しなければならない」というルールを、立法措置によって導入する…

まあこれはそれほど現実的にお考えのようでもないのですが、整理解雇4要件に関しては、毎日新聞の記事(先生ご自身のブログに転載されていますhttp://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2009/01/post-effd.html)で「新規採用の停止や非正社員の雇い止めをすることが、解雇権濫用法理という判例法理のなかで、企業の解雇回避努力として評価されるいうことも問題だ」と発言しておられます。これは上記八代先生の論調と共通ですね。
そして安藤先生はといえば、ツイッター上でこう述べられました。

 経済学者の総意ではなく私の見解でよければ,既存契約については整理解雇の要件は緩和というか合理化と明確化をすべきだと考えています。例えば経営判断には裁判所が介入しないとか,正規を整理するならまず非正規を切れなどは要修正です。RT @ikedanob: 安藤さんの意見をきいてる
http://twitter.com/munetomoando/status/27054485771653120

同じじゃないですか。まあこのあたりは過去のエントリやシノドスメールマガジンに書いたように、私自身は懐疑的ではあるのですが。
もうひとつ、八代先生や大竹先生を引き合いに出す人たちの関心事項としては、これがありそうです。安藤先生のツイートから。

 なぜ既存社員の解雇に固執するのか理解できません。法律としてどのようなものを想定するのか,それが国会を通るのか,そもそも国民が支持するのか等を考えたら実現可能性は低いと思います。RT @ikedanob ...中高年の高賃金や社内失業は是正できない。...
http://twitter.com/munetomoando/status/37136817522212864

ふたつめのポイントである整理解雇の4要件の緩和ないし明確化が行われた場合は、これは既存社員の整理解雇が発生する確率を高める可能性は高いだろうと思います。問題は、整理解雇以外の局面での、たとえば現時点での業務に対して賃金が高すぎるとか、ポストがなくて窓際にいるとかいった理由での解雇ですね。
でまあ余談になりますがこのブログでも過去繰り返し述べてきた感想なのですが、池田先生や池田先生を支持する論者には、池田先生のいわゆる「ノンワーキング・リッチ」そのものがいわば「不正義」であって、彼ら彼女らが解雇されることで「正義が実現される」ことが目的となっている感があります(それによって犠牲となり虐げられている若年が救済されるとかいうのがありがちなストーリーですね)。
これに対して安藤先生は、既存の(正社員の)労働契約は長期的な処遇と長期的な貢献・拘束とを約束したものなのだから、それを企業が反故にすることを可能とするような議論は、少なくとも法改正などを進める上では阻害要因になると述べておられるように思います(私個人としては、安藤先生はもう少し踏み込んで、行うべきではないと考えておられると思っておりますが)。
そこで八代先生・大竹先生はどうかですが、これまた記憶なのであいまいではありますが、八代先生はかつて(まあ10年前くらい)は「高賃金の中高年を解雇すれば若年が3人雇える」といった発言をされたこともあったように思います。しかし、近年では、たとえば八代先生が経済財政諮問会議などで活躍された「労働ビッグバン」の議論などでも、上記のような「雇用の多様化」は雇用保障と結びつけてかなり検討されていますが、しかし既存社員の解雇を容易にするといった議論にはなっていませんので、軌道修正されたのではないでしょうか。
大竹先生はといえば、上で紹介したように「10年程度の任期付き雇用制度を導入すれば、正社員の既得権にプレッシャーを与えることができる。」と書いておられるわけで、まあ「プレッシャーを与える」に止まり、既得権を奪って解雇するとまでは言われておりませんね。なんだ結局3人とも同じじゃないですか
まあ要するに「正社員の既得権」といった一部の方々がお好きな表現が使われているかどうか(中には編集者が記事を面白くするためにそうした用語を採用するケースもあるのではないかと邪推)が違うくらいであって、実は八代先生のご所論も大竹先生のご所論も安藤先生のそれと大筋では同じだと申し上げられるのではないかと思います。
なんといいますか、八代先生はツイッターのアカウント持ってないと思いますが、大竹先生が「みなさん、私や八代先生の意見も安藤先生とだいたい同じですよ」とツイートしていただくだけでも、安藤先生の負担は相当に軽減されるのではないかと思うのですが…。