阿部正浩・松繁寿和編著『キャリアのみかた−図で見る109のポイント』

「キャリアデザインマガジン」第93号に掲載した書評を転載します。

キャリアのみかた -図で見る109のポイント-

キャリアのみかた -図で見る109のポイント-

 「キャリアのみかた」は見方だろうか味方だろうか。就職活動に臨む人たちを対象に、就職したその後に待ち受ける職業生活の実態の諸相を、データをもとに紹介する本だという。
 全体は「求職と求人」「賃金格差」「昇進と昇格」「労働時間と休暇」「離職と転職」など、職業キャリアの中で遭遇するさまざまな場面に関する14章からなる。そして、それぞれの章に7〜9、全109のトピックを取り上げ、1トピックにつき見開き2ページの中に図表が一つと、コンパクトにまとめられている。各トピックの解説は経済学をバックボーンとしているが、各章の最後にはそれぞれに関連する労働法の解説コラムがおかれ、さらに各数個のキーワードの用語解説が付されていて、まことに周到な構成となっている。そういう意味では、キャリアの本というよりは人事管理のテキストといった趣(実際、編著者は労務管理論の副読本としての活用も念頭においているようだ)の本だが、たしかに就活に臨むにあたっての職業生活に対する予備知識として要請される内容が広く網羅されている。
 執筆陣がまたすばらしい。12人の分担執筆だが、いずれも実績もあり学界での評価も高い研究者であり、それぞれが得意とする分野を執筆している。それゆえ、分量が少ないことによる限界はあるとしても、たいへん充実した内容となっているし、今日的な話題も多く取り込まれている。また、専門家の文章ではあるが、大学生が読みこなせるように平易でわかりやすい記述となっているし、経済学の知識がなくても十分に読み進めることができる。加えて、専門分野だけに執筆者それぞれに意見や主張もあるだろうが、そうしたものは極力排され、全体に事実を中心として中立で客観的な、抑制された良心的な記述となっていることも特筆に値しよう。執筆者が多いにもかかわらず全体のトーンの調和もよく、編者の苦心のたまものであろう。
 厳しい就職情勢もあって世に就活本はあふれているが、多くは自己分析からはじまり、自分のやりたいことを明らかにして、そこから適職を選択していくというプロセスをたどるようだ。現実の就活においては志望動機や就職後のビジョンなどを語らなければならないわけだから、それが実用的といえば実用的なのだろう。この本でも、働く目的や自己理解についてのトピックが設けられている。とはいえ、自分のことというのは自分ではなかなかわからないものだし、将来にわたって変わらないという保障もない。20代の若者であればなおさらであろう。それゆえ、就活の最初のステップでつまづいてしまう人も少なくないという。
 それもあってか、近年では就職活動について「自分を知るより、まず社会を知ろう」「自分のやりたいことより、社会で必要とされていることを中心に考えよう」という意見も有力になっているという。それと同様に、就職したあとの生活がどのようなものになるのかも、よく理解しておくことが望ましいように思われる。そのような社会との関係性でとらえる方が、「自分を知る」上でもより具体的に考えやすいのではないか。その時、それでは就職後の自分がどのように「人事管理」されるか、その中で自分がどう働くのか、個別企業の人事管理がどうなっているのを知る手がかりは何なのか…といったことをまとめた本として、この本はたいへん有意義だろう。
 その上で若干の要望を述べると、まず記述がやや不正確な部分が散見されるのが気になる。たとえば、「景気の変動によって起こる失業のことを摩擦的失業と呼んだりする」(p.9)との記述は、あまり適切ではないのではないか。「非正社員あるいは非正規雇用と呼ばれる人たちの雇用は期限を定めた雇用となる。雇用期間が異なるという点が、正規雇用非正規雇用の違いである」(p.10)との記述も、やや大雑把に過ぎるだろう。ほかにも、p.67の図表4-2では、大卒者の初任給が高卒者のそれより低く作図されているなど、再販の際には修正を期待したい。
 また、内容についても、集団的労使関係についてはトピックが1つだけというのは、労働運動の退潮の反映なのかもしれないが、いささか淋しい感がある。たとえば「春闘」や「生産性運動」などについてのトピックはあったほうが好ましいように思われる。
 最後に、この本の最大の特徴のひとつは、最新のデータにもとづいて、今日的な話題にも目配りされていることだろう。これは、就活に臨む人が読んで役立てる上で必須のことでもあるに違いない。なるべく高頻度の改訂が行なわれ、常に鮮度の高い本であることを強く期待したい。