正規・非正規より女性活用

「若手が説く経済新論」というインタビュー記事に、一橋大学川口大司先生が登場しておられます。お題は「女性活用で業績高めろ」。「製造業派遣の原則禁止など現政権は正社員を増やす政策に軸足を置く。一橋大学川口大司准教授は正規、非正規にかかわらず「女性の活用こそが経済にプラスに働く」と主張する」ということです。

 ――長期的に労働人口が減る中で、女性の労働力は欠かせません。

 「税制や社会保障の制度を考えて労働時間を調整している女性が多く、中立な制度に変える必要がある。社会保険料の支払い対象となる『年収130万円の壁』を解消するだけで女性の労働時間は延び、女性の有効活用につながる」
 「我々の調査では女性を多く雇う企業は業績がよいとの結果が出た。男女の賃金格差は生産性の差以上に大きいとの推計もある。女性をあまり雇わない企業は利潤が低くなり、本来は生き残れないはずだ」
 「市場競争をより促して女性を活用する企業が生き残っていく状態をつくる政策が大事だ。それが男女平等にもつながっていく」
(平成22年5月14日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=96959996889DE2E5E1E1E2E7EAE2E3E6E2E7E0E2E3E29797E0E2E2E2;b=20100514

まったくそのとおりで同感なのですが、社会保険制度のほかに、企業の家族手当が障害になることもあります。まあ、家族手当、特に配偶者に対する家族手当がある企業も減ってきました*1し、金額もそれほど高額ではないことが多いようです。ただ、家族手当支給は扶養家族に限る(これ自体は家族手当の趣旨からして合理的)という制度になっているケースが多く、その基準が130万円だったり103万円だったりします。社会保障の130万円の壁をなくしても、家族手当が「壁」となることは十分に考えられますので、女性活用の促進にはこの「壁」もなくしていくことが望まれます。まあ、家族手当をなくすということなら経営サイドはウェルカムでしょうが、労働サイドとしては受け入れにくいでしょう。女性がこれまで以上に働けるように、家族手当は廃止してその原資は別の手当や賃金そのものの増額にあてる、といったことで働く人たちが合意できるか、労働組合の執行部にその指導力があるか、といったことが問われます。

 ――景気は回復基調ですが、正規雇用はなかなか増えません。

 「正規の増加につながるかどうかは、企業が固定費をどれだけ減らせるかによる。固定費が高い企業は従業員に長時間働いてもらって対応するため、正規は増やさないだろう。生産ラインにはIT(情報技術)が入り、非正規にも高度な仕事ができる部分もある」

 ――正規雇用を増やすには、解雇規制を緩める必要があるのでしょうか。

 「今の社会保険制度や解雇規制などをなくすのは難しい。5〜10年の有期雇用を広く認めてもよいのではないか。企業が契約を打ち切るときは金銭解決を認める。人員削減が必要になる場合、正規だと多大なコストがかかるが、有期ならその不確実性を減らせる」

短い中に重要なポイントがカバーされています。まず、技術革新でかつては長年の経験を持つ熟練工でなければできなかったような仕事でも自動化できるようになり、その分長期育成する正社員の必要度が低下したことは間違いなくあります(厳密にいえば、高度な仕事をしているのは設備であって、非正規はその操作をしているわけですが)。ホワイトカラーでも、正社員がキャリア初期に担当していたような業務がIT化され、それにより正社員が減って非正規が増えたという面はありそうです。
また、「5〜10年の有期雇用」と「雇止めの金銭解決」も重要です。これは非正規労働問題で最重要のポイントでしょう。雇止め可能性を明確にしつつ、非正規労働者の勤続の長期化をはかることで能力と処遇・雇用の安定を向上させ、雇止め時には一定の金銭給付が行われることで非正規労働者の保護をはかることになります。10年の経験のある非正規労働者であればかなりの程度人的投資も行われ、能力も高く、職場での役割も大きくなっていることが多いでしょうから(もちろんそうでないこともあるでしょうが)、そこで雇止めか、期間の定めのない雇用への移行かを迫られれば、後者を選択する企業も多いのではないでしょうか。これで総量としての正規雇用が増えるかどうかはわかりませんが、非正規雇用から正規雇用という道筋はつきやすくなるはずです。

 ――外国人労働者をもっと活用すべきだとの意見もあります。

 「研究者など考え方の多様さが生産性にプラスの影響を与える職種・業種であれば、外国人を受け入れても日本人を押し出すことにはならない。日本人も外国人とのアイデアの交流を通じ、生産性を上げられる」
 「一方、未熟練の外国人を雇う企業の賃金などを分析したところ、外国人を雇っても日本人の未熟練労働者の待遇は必ずしも下がっていない。ただ外国人が失業したときのコストを社会全体でどう負担していくかは、議論の必要がある」

まったくそのとおりで、いわゆる「高度人材」であれば外国人をいくらでも受け入れていい、という論調が時折見かけられますが、高度人材も需要は無限ではないので、外国人(特に賃金水準が高くなくてすむ外国人)を受け入れれば、その分は日本人が「高度人材」として就労する機会を損ねる危険性があります。外国人の受け入れはそうならない職種、たとえば「研究者など考え方の多様さが生産性にプラスの影響を与える職種・業種」に限る必要があるでしょう。
「外国人を雇っても日本人の未熟練労働者の待遇は必ずしも下がっていない」というのもうなずける話で、要するに特段の熟練は必要ないけれど身体的負担がキツい、賃金が低いなどの理由で日本人が就きたがらない仕事を外国人にお願いしているケースが多いわけで(ウラを取ったわけではないので自信なし)、であれば外国人を入れても日本人の賃金が下がらないというのも直観的には見やすい理屈です。ただ、こうした外国人が就労することにともなう社会的コストは就労時にも存在しますし、失業時には大きくなることも容易に想像できるわけで、これは雇用している企業がすべて負担しているわけではなく(ケースによって程度は異なりますが)、社会が負担せざるを得ない部分については企業はフリーライドしていることになります。企業に外国人雇用税を課して負担させることについては、外国人についてのみ雇用へのペナルティを課すという意味で内外人平等の原則に反するという意見も有力ですが、しかし受益者負担という意味では合理的でもあり、検討に値するでしょう。

 川口氏は浅野博勝・亜細亜大准教授と共同で、企業活動基本調査から約18万社のデータを抽出し、賃金支払額や固定資産額、中間財購入額の3条件と売上高の関係を調べた。この関数を女性比率の異なる企業で比べると、3つの条件が一定なら、女性比率を10ポイント上げると売上高が0.8%増えるとの結果が出た。
 女性1人当たり生産性は労働時間が少なめなこともあり男性より低いが、賃金はそれ以上に低めという実証結果も出た。同じ生産性を低めの賃金で達成する女性の力をより活用することで、企業の利潤が高まることが推察されるという。

川口先生のことですから周到に考えられた分析の結果と思われますが、しかし30%の女性比率を80%に上げれば4%売上が増えるとも思えないわけで、このあたりがどうなっているのかは興味深いものがあります。
また、女性の賃金は男性に較べて生産性の違い以上に低いという結果は、男性の賃金は後払い型になっていることや生計費配慮があることなどの影響があるのでしょうか。これも女性比率が高まるほど賃金の格差が縮小するだろうことは容易に想像できますので、この意味で女性活用を通じて利潤を高め得る範囲は限定的なものになりそうです。
いずれにしても、「正規、非正規にかかわらず「女性の活用こそが経済にプラスに働く」」という結論は実務的にも大いに同感できるもので、女性活用の進展が期待されます。

*1:子育て支援の観点から、子に対する家族手当を充実したり新設したりする企業はありますが。