「解雇しにくさ」の代償

少し古いネタですが、先週火曜日の読売新聞に楽天証券経済研究所客員研究員で、JMMの「金融経済の専門家」の一員でもある山崎元氏のインタビューが掲載されていました。短いものなので、まずは全文を引用します。

――雇用不安が深刻化している。
 雇用不安の引き金になった世界的な金融危機は、個人のカネへの欲求が暴走して引き起こされた。
 その結果、派遣切りや雇い止めなどの問題が起きて、中高年の正社員と、職に就きにくい若者という「世代間の対立」と、正社員と非正規社員という「労働者間の対立」を浮かび上がらせた。
 ただ、労働者派遣をなくせば問題が解決するわけではない。例えば、製造業への労働者派遣を禁止しても、職を失った人が、再就職しづらくなる恐れがある。一方で、企業が派遣労働者全員を正社員として雇うことができるわけでもなく、規制の強化で全体の雇用は減る。
 ――就職活動中の学生に安定志向が広がっている。
 僕は12回転職したが、学生の時の就職活動でも、その後の転職活動でも、同じように「一生働ける会社に入りたい」と思っていたから気持ちは分かる。しかし現実には、自分と会社がベストの関係になれない場合も多い。ベストの組み合わせを探すためにも転職をしやすい社会にすべきだ。
 ――そのためには何が必要か。
 正社員の解雇の仕組みを整備すべきだ。
 例えば、企業が、何か月分かの給料を先に支払えば解雇できるなどのルールをはっきり決めた方がいい。企業側は、解雇に必要なコストが予測できるし、企業は、能力の割にコストがかかりすぎる中高年社員の代わりに若い人を雇うといった選択もしやすくなる。社員にとっても、ルールが明確な方がフェアだ。転職で不利になることが多い年金、退職金制度も変えるべきだ。
 ――年功序列による昇給や出世が難しい昨今、働く喜びを何に見いだせば良いか。
 12回の転職で、収入が増えることもあれば減ることもあった。収入よりも職場の人間関係や自由度を重視したからだ。働きがいとは、近くにいる人を喜ばせること。働いて給料を稼げば家族が喜ぶ。良い仕事をすれば同僚が喜ぶといったことで、特別なものではない。
(平成21年2月17日付読売新聞朝刊から)

長いインタビューからポイントをまとめた記事なのでしょうから、どうしても話の筋が飛んだりするでしょうし、必ずしも山崎氏の本意がすべて記されているわけでもないでしょう。記者の書き方の問題もあるかもしれませんが、どうも気になる記事なので以下に少々コメントを。

…派遣切りや雇い止めなどの問題が起きて、中高年の正社員と、職に就きにくい若者という「世代間の対立」と、正社員と非正規社員という「労働者間の対立」を浮かび上がらせた。

いきなり揚げ足を取るようでいくらか気はさしますが、派遣先による一方的な派遣切りはたしかに「問題」としても、雇い止めは厳密にいえばそれ自体は「問題」ではないはずです。雇用契約を結んだ期間は就労してもらって、期間満了で契約が終了しているだけの話ですから、これ自体を「問題」といわれると契約の原則がおかしくなりかねません。もちろん、有期雇用が不安定であること、その割合が高まっていること、雇い止めのあとの再就職が難しいこと、これらについて「問題」を設定することは十分あり得ると思いますが。また、さらにいえば、「派遣切り」(派遣契約の中途解除)についても、派遣先が一方的に行うのではなく、契約当事者双方(これは派遣会社と受け入れ企業であって労働者本人はふくまない)が合意のうえに行われ(これは定義上「派遣切り」ではないということかもしれませんが)、法や指針等に定められた義務(派遣労働者の再就職先あっせんに努力するとか、解除後も派遣会社と派遣労働者の雇用関係は継続するとか)を果たしているのであれば、やはりそれ自体は必ずしも「問題」ではないとも申せましょう。
また、雇用問題を「中高年と若年」や「正規と非正規」といった対立関係に還元して議論するのも、もちろん有意義な部分はあるかもしれませんが、政策論としては「必要な人に必要な支援」というポイントを見失うことになりそうで心配はあります。このあたり、社会保障(これは世代間の利害が重要)とは少し事情が違うのではないでしょうか。まあ、心配しすぎかもしれませんが…。続く「労働者派遣をなくせば問題が解決するわけではない。〜規制の強化で全体の雇用は減る」という主張には同感です。
さて、続いて

 ――就職活動中の学生に安定志向が広がっている。
 僕は12回転職したが、学生の時の就職活動でも、その後の転職活動でも、同じように「一生働ける会社に入りたい」と思っていたから気持ちは分かる。しかし現実には、自分と会社がベストの関係になれない場合も多い。ベストの組み合わせを探すためにも転職をしやすい社会にすべきだ。
 ――そのためには何が必要か。
 正社員の解雇の仕組みを整備すべきだ。
 例えば、企業が、何か月分かの給料を先に支払えば解雇できるなどのルールをはっきり決めた方がいい。企業側は、解雇に必要なコストが予測できるし、企業は、能力の割にコストがかかりすぎる中高年社員の代わりに若い人を雇うといった選択もしやすくなる。社員にとっても、ルールが明確な方がフェアだ。転職で不利になることが多い年金、退職金制度も変えるべきだ。

ここは難しいところです。たしかに、現在の勤務先で勤続してもキャリアの展望を持ちにくい、むしろ他企業に転職したほうがキャリアが開けるのではないか、という状況にある人は一定数いるでしょうから、そういう人たちにとってはたしかに「転職しやすい社会」であることは望ましいでしょう。山崎氏はご自身の転職経験をふまえて論じているのでしょうから、こうした感想を持たれるのも自然なことです。
で、そのために「正社員の解雇の仕組みを整備すべき」というのも、そうした見地からの意見としてはわからないではありません。転職を考える人としてみれば、解雇が増えれば空きポストが増え、自分がその職にありつける可能性も高まるということでしょう。
もっとも、それが続けて山崎氏がいうように、企業にとっても望ましいことであるかどうかは簡単にはいえません。企業としてみれば、従業員が入れ替わることは採用コストや教育コストなどの負担が発生しますから、柔軟性確保のために必要な一定の非正規雇用を除けば、社員(とりわけ優秀な社員)はなるべく転職させずに定着させたいと考えます。それがOJTなどの教育訓練投資を行って育成してきた社員であればなおさらでしょう。となると、それなりに定着促進的な人事管理、たとえば年功的な賃金制度、長期勤続奨励的な退職金(企業年金を含む、以下同じ)制度などを導入することは当然考えられます。さらに進めば、定年までなんらかの形で雇用することを約束し、それに見合った大きな対価を求めようという考え方にもなるわけで、これがいわゆる「正社員」です。そこに「正社員の解雇の仕組みを整備」してしまうと、いかに企業が口先で「定年までの雇用」をコミットしてみたところで、それを数か月分の給料で反故にできることになるわけですから、企業特殊的熟練への投資や後進の育成などが行われなくなるリスクはかなり高くなります。いわば「正社員の非正社員化」で、これは企業が従業員の定着やモチベーションを高めるうえでかなりの阻害要因になりますし、人材戦略も根本的な見直しが必要になります。
もっとも、このブログでも繰り返し書いていますが、それでは現状のように原則3年例外5年の非正規雇用と、定年までの正規雇用という両極端しか基本的に認められない現行の労働法制でいいかというとそうでもなく、そこにはたとえば10年程度の有期雇用(労働者は原則途中退職可)や、勤務地限定、職種限定でそれらの勤務地や職種が経営上の事情でなくなった際には円満に退職する、といった多様な雇用契約が認められてもいいのではないかと思います。そうしたバリエーションのひとつとして、たとえば「当面雇用期間は定めないが、定年までの約束はしない。途中、○○か月分の賃金を支払って解雇することがある」という契約を可能にする、ということも考えられるかもしれません。まあ、それではおそらくあまり優れた人材は集まりそうもありませんし、企業としてもいつでもカネで解雇できる人に熱心に教育訓練投資をしようという気にもならないでしょう。であれば、有期契約の契約社員を活用すれば、わざわざ何か月分もの給料を払うまでもなく期間満了で雇い止めできるわけではありますが…。いずれにしても、現行の二極化した法制度のままで正社員の解雇ルールを作るのではなく、多様な雇用形態・雇用契約を可能にしていく中で、山崎氏のいうような雇用形態も考えられていくというのが望ましい流れと思います。なお、これとは無関係に、現行法制下にあっても、解雇不当とされた場合の金銭解決についてのルール整備は必要です。これは似ているようで別の問題です。
もちろん、長期的に人材投資を行った従業員でも、技能の陳腐化などによって「能力の割にコストがかかりすぎる」人材になってしまう可能性はありますし、そうでなくてもポスト不足、ポスト詰まりなどで能力が十分に発揮できない状況を余儀なくされることもあるでしょう。ただし、これについても解雇だけが解決方法かといえばそうでもなく、賃金などの労働条件を適度なレベルに抑制しつつ配置転換などでの活用をはかる、といった方法もありますし、そのほうが効率的なケースも多いでしょう。これらは人材戦略とそれに沿った人事制度、運用の全体のバランスの中で考えていく必要があります。ここにおいても、雇用形態の多様化を可能とすることは有意義です。たとえば職種限定で採用し、その職種がなくなったら退職するといった雇用契約は、技能陳腐化対策としてはかなり有力だからです。
繰り返しになりますが年金や退職金制度についても、転職したい人にしてみれば転職で不利になるのは困るかもしれませんが、あまり転職してほしくない企業としてみれば定着したほうが有利になるように設計するのも当然なわけで、ここもあまり一律な規制をされると企業としては不自由です。

 ――年功序列による昇給や出世が難しい昨今、働く喜びを何に見いだせば良いか。
 12回の転職で、収入が増えることもあれば減ることもあった。収入よりも職場の人間関係や自由度を重視したからだ。働きがいとは、近くにいる人を喜ばせること。働いて給料を稼げば家族が喜ぶ。良い仕事をすれば同僚が喜ぶといったことで、特別なものではない。

職場の人間関係を重視して12回も転職した人というのはどういう人なんだろうと素朴な疑問を感じますが、それはそれとして「働く喜び」は決してカネだけではなく、近くにいる人からの賞賛や高い評価なども働きがいになりうるというのはまことにそのとおりでありましょう。
全体を通じての感想として、雇用慣行というのは国によって大きく異なるだけではなく、同一国内でも業種や職種によってさまざまな違いがあったりもします。山崎氏が身をおいておられる金融業界では、おそらくそのスキルやノウハウは他業界に較べれば汎用的な要素が多いと推測され、であれば氏のようによりよいポジションを求めて転職を繰り返すというのも合理的な手法なのかもしれません。その範囲においては氏の主張するような雇用慣行もまた合理的なのでしょう。それはそれで、多様な雇用契約を認めていけばそれぞれの業界にフィットした雇用慣行ができていくのではないでしょうか。