大切な指摘も多い

 先日来、池田信夫先生のブログをとりあげて、意見の異なるところを書いていますが、なんと池田先生に完全同意しないというだけでネット上の一部では左翼扱いされているようです(笑)。「保守おやじ」を標榜する私としてはまことに不本意ですが(笑)、以前にもちょっと書いたとおり、基本的には池田先生の経済学的発想は私のような民間企業の実務家の考え方とは親和性のあるものです。ただ、ブログのエントリでは、同感だ、というのは「同感だ」というだけで終わってしまうのに対し、意見が違うところは自分の意見とその理由を書くことで分量が多くなるので、あたかも大きく意見が異なるように見えてしまうのでしょう。
 そこで、今日は私が池田先生に同感する部分の多いネタを取り上げて、そのあたりも見てみたいと思います。アスキーのウェブサイト「ASCII.jpビジネス」に池田先生が寄稿された「大失業時代に雇用をどう守るか」です。
http://ascii.jp/elem/000/000/215/215654/

 年度末を控えて、雇用調整が加速してきた。自動車メーカーや電機メーカーなど輸出産業を中心にして、大幅な人員削減が続いている。さらに関係者が心配するのが2009年問題だ。…未曾有の経済危機によって「派遣切り」が激増し、年度末を契機に派遣契約を切る企業が増えると予想される。…
 このまま放置すると、年度末にかけて「大失業」が発生するおそれがある。昨年の秋以降、派遣切りの急増によって住居を失う労働者が大量に出るなど、深刻な社会問題が起こったが、今度はそれを上回るパニックが起こるかもしれない。
 これに対して、一部の野党が主張するように、製造業の派遣禁止などの規制強化で対応するのは、派遣切りを増やして逆効果になる。一部で議論されている「ワークシェアリング」にも大した意味がない。それより明確に賃金の引き下げを労使で協議したほうがよい。特に社内失業している中高年社員の賃金を引き下げ、若年労働者の雇用を守るべきだ。
 私は臨時措置として、派遣労働の規制を凍結することを提言したい。特に3月末に契約の切れる派遣労働者の契約を、一時的に延長できるようにする臨時措置を政令で定めてはどうだろうか。それによって少なくとも、必要な派遣労働者を規制を守るために切ることは避けられる。また昨年決まった「日雇い派遣」の禁止なども延期し、完全失業の防波堤となっている派遣労働を守るべきだ。
池田信夫(2009)「大失業時代に雇用をどう守るか」http://ascii.jp/elem/000/000/215/215654/から、以下同じ)

(前段は省略が多いので原文におあたりください)
まず「私は臨時措置として〜」以下についてですが、現下の情勢において、必要なのは派遣の禁止ではなく容認だ、というのはまったくそのとおりだと思います。たしかに、現状では派遣期間の規制にかかわらず契約満了で打ち切りとなるケースが多いのではないかとは思われますが、中には池田先生が指摘されるように企業も派遣労働者もお互いにこのまま派遣就労を継続したいと思っているのに、期間上限の3年に達してしまったので打ち切らざるを得ない、というケースもあるでしょう。もちろんこうしたケースでは有期契約で直接雇用すればいい、という考え方もありますが、企業にも労働者にもそれを望まない理由があることもあるでしょう。現時点ではとにかく失業を増やさないことが最重点であって、そのための雇用形態の選択肢は多いにこしたことはありません。日雇い派遣についてもまったく同様で、日雇い派遣でもいいから早く働きたい、という失業者が現に相当数いると思われる状況で、これを禁止しようという発想は理解しがたいものがあります。少しでも早く失業情勢を改善したいのであれば、需給調整の速さにおいて直接雇用をはるかに上回る労働者派遣を活用することは大いに合理的なはずです。なお、私はこれはなにも「臨時措置」でなくても、派遣元・派遣先・派遣労働者のすべての同意があれば期間上限を超えることができるものとしてかまわないと思います。派遣先が定年まで就労してもらう可能性が高いと判断した場合は、派遣先は派遣のまま手数料を払うより直接雇用したほうが有利になることが多いでしょうから、派遣労働者が望むなら直接雇用への移行は放っておいても進むはずだからです。
その前の段落の「一部の野党が主張するように、製造業の派遣禁止などの規制強化で対応するのは、派遣切りを増やして逆効果になる」というのは、製造派遣が禁止されればその段階で派遣受入は止めざるを得なくなるわけで、それも「派遣切り」だ、というのであればそのとおりでしょう。ここでは「派遣禁止などの規制強化」の「など」も重要で、たとえば直接雇用を強制するような規制強化は当然派遣の雇い止めを増やすでしょう。このあたりは、福井秀夫先生なら「ごく初歩の公共政策に関する原理すら(ry
それに続く「一部で議論されている「ワークシェアリング」にも大した意味がない。それより明確に賃金の引き下げを労使で協議したほうがよい。」というのも、「ワークシェアリング」にはいろいろなものがありますので一律に「大した意味がない」というのはいかがかと思いますが、「明確に賃金の引き下げを労使で協議したほうがよい」、つまり労働時間ではなく賃金のほうが重要な問題だ、というのはまったくそのとおりと思います。もちろん、仕事が減ったから早く帰ります、あるいは休日を増やします、でも賃金は減らしません、で成り立つのならそのほうが望ましいことは間違いないわけですが、なかなかそうもいかないでしょう。実際、残業減にともなう残業代の減少や賞与の減額などで、すでに相当の規模で賃金の引き下げは進んでいます。それでも人件費が過大で当面は売上の回復が見込みにくく(いずれは見込めるとして)赤字が続くようなときにどうするのか、整理解雇を回避するために希望退職募集や所定賃金の引き下げなどの手段をどう組み合わせるのか、ここは労使でしっかり協議することが必要でしょう。で、所定賃金を下げるとして、そのときに仕事がないのであれば、その分早く帰れば自由時間は増えますから多少は賃金引き下げの見返りになるでしょうし、ワークシェアリングの一つの典型としての体裁になるでしょう。
また、「特に社内失業している中高年社員の賃金を引き下げ、若年労働者の雇用を守るべきだ。」というのも概ねそのとおりで、社内失業しているか否かにかかわらず、雇用維持のためにウェイジ・シェアリングを行うのであれば賃金の高い人をより多く、低い人はより少なく減額するのが人事管理の常識でしょう。これは負担能力という意味に加えて、賃金の高い人はより高い立場にあり、業績に対するコミットも強いと考えられますから、業績悪化の影響もより大きく受けるのが筋だと考えられるからです。これは概ね、中高年はより大きく、若年はより小さく賃金が下がり、若年の雇用は守られる、という結果になるでしょう。したがってこれは社内失業とは無関係です。
さて続きをみていきます。

 もちろんこれは臨時措置で、長期的には直接雇用を増やす制度改革が必要だ。そのために必要なのは、正社員と非正規社員の雇用コストが倍以上違う現状を是正することだ。経営者が大卒の社員を採用するとき、今のように解雇が事実上不可能だと、生涯賃金で2億〜3億円の投資を強いられる。経営者がリスクヘッジのために、解雇しやすい非正規労働者を雇うのは当然であり、役所が「直接雇用しろ」などと命令したって始まらない。

このあたりも、「すべてを正社員にしてしまうと、現行法制下では雇用量の調整に時間がかかるので、雇い止めなどで比較的迅速・容易に調整できる非正規労働者を企業が一定割合雇うのは当然だ」という趣旨については全く賛同できるものです。
ただ、その論旨には同感なのですが、実務家からみると議論が混乱しているのはいかんともしがたく、池田先生の議論は「派遣と直接雇用」と「正社員と非正規社員」という対比関係が混乱していてわかりにくくなっています。
まず「長期的には直接雇用を増やす制度改革が必要」とのことですが、派遣でも請負でも、派遣会社の正社員で雇用が安定し、労働条件やキャリア形成も良好であればいいわけで、直接雇用を増やすことが必要ということはないでしょう。
また、「経営者が大卒の社員を採用するとき、今のように解雇が事実上不可能だと、生涯賃金で2億〜3億円の投資を強いられる。」というのも、それなりの理由があれば一定の手続のもとに解雇は可能ですから、「事実上不可能」はいささか言い過ぎでしょう。また、人事管理的には「2〜3億」の人材投資をしてもそれに見合ったリターンがあればなんら問題ないわけなので、金額の問題ではありません。
「経営者がリスクヘッジのために、解雇しやすい非正規労働者を雇うのは当然」というのも、実際には有期雇用の労働者の解雇(期間途中での打ち切り)は、正社員の解雇よりも厳しく規制されていますから、「解雇しやすい非正規労働者」という表現は事実とは異なります(雇用調整しやすい、と書いてくれればそれは事実でしょうし、言わんとしていることもおそらくそういうことだと思うのですが)。
ともあれ、ここで一番大事なのは結論である「役所が「直接雇用しろ」などと命令したって始まらない。」であり、それはそのとおりだと思います。派遣や場内請負を禁止して雇用は直接雇用しかできない、と規制したところで、起こるのは委託へのシフトであったり、あるいは経済活動の海外流出であったり、失業の増加であったりするだけでしょう。まあ、個別にみればそれで得をする人も出てはくるでしょうが…。
さて残りの部分ですが、

 必要なのは、経営者が正社員を雇用するインセンティブを与えることだ。そのためには、業績が悪化したら正社員を解雇できるように規制を緩和する必要がある。特に司法による解雇制限が強いので、労働基準法を改正して解雇を制限する理由を明記し、解雇自由の原則を徹底すべきだ。これによって中高年の正社員が解雇しやすくなるが、労働需要が増えるので全体としての雇用は確実に増える。特に派遣労働者の直接雇用や新卒採用は増えるので、若年失業率が改善されるだろう。
 長期的には、雇用規制を撤廃する代わりに失業者の職業訓練を強化し、新しい職場で働きやすくする積極的労働政策が重要だ。労働者を企業に一生閉じ込めることによって忠誠心を育て生産性を上げる「日本的雇用」はもう限界であり、労働移動を阻害して日本経済全体の生産性を低下させている。これから来る「大失業時代」は、それを抜本的に考え直すチャンスである。

ここは意見の異なるところなのですが、実は「雇用保護の強い正社員と、雇用が不安定になりがちな原則3年例外5年という両極端しか認めていない現行の労働法制に問題がある」と考えていることは、実は私も池田先生と共通しているのですね。違うのは、池田先生がそこから即座に「解雇規制の撤廃・緩和」に直結するのに対し、私は実務実感から「従来の正社員的な働き方」は今後も一定程度は必要だし、それに対する使用者の機会主義的な解雇は規制されてしかるべきと考えている点です。ただ、現在のように、3分の2が「雇用保護の強い正社員」、3分の1が「雇用保護の手薄な非正規労働」という二極化がいいかといえば決してそうではない。雇用保護が正社員ほど強くはないが、いまの非正規労働に較べれば安定している、中間的な多様な雇用形態を認めていく必要があると考えます。契約自由をより広く認めることで、現在の二極化を招く法制を見直し、その間のグラデーションを作っていくわけです。極端から別の極端へのジャンプはかなり難しいでしょうが、グラデーションができれば中間段階を経由して徐々により良好な条件の雇用に動いていくことも可能です。具体的には、大竹文雄先生が提案しておられる10年契約の有期雇用(これは若年定年制復活につながらないよう注意が必要ですが)とか、佐藤博樹先生が提案しておられる勤務地限定、もしくは職種限定で当該勤務地や職種がなくなれば退職するといった契約などが考えられます。もちろん、「景気が悪化したら、18ヶ月分の割増退職金を支払って退職してもらいます」ということを事前に約束した契約もありうるかもしれません。そういう契約で人を雇えば、その人は当然企業特殊的熟練の習得には熱心ではなくなり、企業の生産性向上に対する協力程度も低くなるだけのことです。というか、それは結局雇用の安定が比較的高くないという点で労働条件が低いわけですから、そもそもいい人材は集まりにくくなるかもしれません。そういうことを考慮に入れて、こうした雇用契約の活用も考えればいいわけです。いずれにしても、こうした多様な雇用契約を可能にしていけば、中長期的には現在3分の2を占める「雇用保護の強い正社員」の相当割合は、現状よりは比較的雇用保護の強くない雇用契約へと移行していくでしょうし、現行の「雇用保護の手薄な非正規雇用」についても、かなりの部分は現状よりは安定した雇用契約へと移行していくことが期待できると思います。
また、「長期的には、雇用規制を撤廃する代わりに失業者の職業訓練を強化し、新しい職場で働きやすくする積極的労働政策が重要だ。」との主張にも、私は概ね同感です。上記のように「雇用規制」の意味が違うのと、したがって撤廃ではなく緩和が必要だとは思いますが、積極的労働政策が重要なことは間違いないでしょう。
ただ、ここでも論旨とは直接は関係ないとしても、議論の混乱がいくつか見受けられます。たとえば、「特に司法による解雇制限が強いので、労働基準法を改正して解雇を制限する理由を明記し、解雇自由の原則を徹底すべきだ。」については、現在では解雇権濫用法理を定めているのは労働基準法ではなく労働契約法です。また、「特に派遣労働者の直接雇用や新卒採用は増えるので、若年失業率が改善されるだろう。」についても、派遣労働者の直接雇用が解雇規制緩和で大きく増えるとは考えにくいものがあります。
これは説明が必要かもしれません。現在企業が非正規雇用を活用しているのは雇用の柔軟性確保が主目的ですが、実務的には、派遣と直接雇用の有期契約社員とは、柔軟性、フレキシビリティには若干の相違があります。まず、減らすときのフレキシビリティは、どちらも期間満了での雇い止めによりますから基本的には同じです。いっぽう、増やすときには、前述しましたが一般的には派遣のほうがかなりフレキシビリティが高い。これは当然で、派遣なら派遣会社に頼めばすぐに登録されている中から適当な人を探してもらえますが、直接雇用だと職安に求人を出すなり求人広告を打つなりして、応募があるのを待って面接試験をして…といった手間と時間がかかります。もちろんその分派遣のほうが価格も高くなるわけです。ということは、解雇規制がどうあれ、タイムリーに人手を集めたいという企業のニーズに変化がなければ、企業が派遣労働者の代わりに直接雇用を大きく増やすことはないと考えられるわけです。