経済同友会の不思議な提言

hamachan先生が、ご自身のブログのきのうのエントリで、経済同友会の提言をとりあげて面白いコメントをつけておられます。きょうはそれに便乗して、私もコメントをつけくわえてみようかと思います。

経済同友会が「消費活性化が経済成長を促す」という提言を発表しています。
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2008/pdf/080522a.pdf
興味深いのは、国民の不安を払拭することが消費活性化につながるとし、その2つの柱の一つとして「働く個人の不安払拭に向けて企業がすべきこと」を挙げていることです。
消費が低迷する原因は政府の無策にあるだけではなく、企業の労働に関する行動にもあったということを率直に反省しているといっていいのでしょうか。
中身を見ていきましょう。
EU労働法政策雑記帳」http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/
5月28日「経済同友会の消費活性化提言」http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c4da.html
(以下同じ)

国民の不安が消費を抑制する、という議論は、一時期松原隆一郎先生がしきりにしておられ、かなり納得いくものになっていました。たとえばこれ。


さて、ここからは同友会の提言とhamachan先生のコメントが繰り返されますが、転記するとわかりにくいので、便宜上(同友会)(hamachan先生)と区別を入れていきます。

(同友会)
>本提言では、働く個人の中でもとりわけ若年層の雇用環境、所得環境に着眼し、企業がすべきことを提示する。これには、本来、若年層は家族形成等により活発な消費を行う年齢層と考えられるが、その一方で、現在の若年層は、雇用環境の変化に加え、少子高齢化による税・社会保険料の増加の影響も相俟って、終身雇用制度、年功序列の賃金体系の下で所得を得ていた世代に比べ賃金が安定的に拡大しにくい状況にあることを踏まえたという背景がある。
今後、人口減少により労働市場が逼迫する中で、企業が行うべき若年層に対する処遇のあり方を通し、若年層が所得について長期的な見通しを立てられるような労働市場の形成を促すこと、加えて、少子化対策として、企業による仕事と育児の両立支援について提示する。
(hamachan先生)
では具体的に何をどうするというのか。
(同友会)
>企業がすべきことの第一は、人口減少社会において、競争力を向上させていくために人材にも経営資源を適切に充当することである。今後は優秀な人材に対し、能力、さらには成果に応じた報酬を払えなければ、企業は競争力を失うことになる。
(hamachan先生)
まあ要するに、労働者にも適切に配分していかなくちゃというマクロ経済的にごく当然の話。

マクロ的には当然なんですが、同友会としてはミクロへの意識もありそうです。「人材に経営資源を充当する」とはいうけれど、それは優秀な人にであって、役に立たない人までこれまで以上に充当されるってわけじゃないよ、というのが意図するところのような。

(同友会)
>第二は、若年層が長期的な所得の見通しを立てられる労働市場の形成を企業が促すことである。
(hamachan先生)
おっと、経済同友会がそれを言いましたか!という感じです。まさにそれが重要なんですよ。ただ、この「長期的」という形容詞がそのすぐ後に必ずしもつながっていかないような気がします。
(同友会)
>そのためには、先ずは、企業が求める人材像と報酬を労働市場に明確に示すことが必要であるが、人材要件の提示にあたっては、所謂「ジョブ・ディスクリプション」で示すような職務に求められる専門知識、能力やスキル、成果のみならず、企業が掲げる理念への共感、職務を通して社会に貢献しようとする姿勢も含まれるだろう。
これにより、労働力の供給側である個人は、自身が労働市場を通じ雇用を確保し続けるために、どのような能力やスキルを磨き、成果を出さなければならないかがわかる。こうした労働市場の形成は、個人が所得獲得能力を培い、長期的な所得の見通しが立てられるようになること、労働市場流動性を高めることに繋がる。
(hamachan先生)
文脈が入り組んでいるんですが、「ジョブ・ディスクリプション」のような、その時その時の職務内容でもってものごとを決めていくのではなくて、もっと長期的な視野(ここでは出てきませんが「キャリア」とでも言うべきでしょうか)でのスキル形成を考えろと言っているわけで、筋は通っているんですが、「のみならず」「も」という助詞の使い方になにがしかジョブ志向の形跡が見受けられたりして、しかも最後のところで「労働市場流動性」が出てきたり、なかなか労務管理思想上興味深いところです。

まあ、この手の提言はだいたい、立派な委員のみなさんがそれぞれに自身の見識を意見として述べられ、相矛盾することも間々あるこれら意見を事務局が苦心して最大公約数的に文章化する、という成り立ちであることが多い(この提言がそうかどうか知りませんが)ので、往々にしてhamachan先生ご指摘のような入り組みが出てくるのも致し方ないのかと。
さて、若年層が多様な職業キャリアをイメージでき、選択できるようにしていきましょうというのはたいへんもっともな意見ではあるのですが、その方法論が「企業が求める人材像と報酬を労働市場に明確に示す」というのはちょっと…。一般的な日本の大企業の人事管理だと、もちろんそれなりに見込みのある人で、できるだけ多様な人材を採用し、関心や適性などを見ながら育てていく、というスタイルが一般的でしょうから、「求める人材像を明確に示す」というのは実は不可能なわけです。「多様な人材を求む」ではなんだかわかりませんからね。ですから、ここは本当に労務管理思想上興味深いところで、この提言はこうした日本の従来型の人事管理を前提としていないのでしょう。
たとえばわれわれが米国的とイメージする(実際に米国企業がそうかというと必ずしもそうでもないのでしょうが)人事管理、つまり、企業活動の機能を最終的には個人単位に分割し、その機能を果たせる人を外部から採用する、誰かがやめたら同じ仕事が出来る人を募集する、賃金はそのときの市場価格あるいは個別交渉で決まる、という還元主義的な人事管理をするのであれば、それはたしかに「求める人材像と報酬を明確に示す」ことが「労働市場を通じた」キャリア開発の助けとなるのかもしれません。それはおそらくは労働市場の流動化への道でもあるのでしょう。この提言は基本的にはそれを指向しているようです。
ただ、それでは本当に米国で「若年層が長期的な所得の見通しを立てられ」ているのかというと、果たしてどんなものなのか…むしろ、割合が低下したとはいえ正社員(長期雇用)が7割近くを占めるわが国のほうが、実は「若年層が長期的な所得の見通しを立てられる」のではないか…という疑問は残るのではありますが。

(同友会)
>第三は、雇用形態に関わらない処遇を行うことである。能力、さらには成果により価格(報酬)を決める労働市場の形成を促すには、正規、非正規といった雇用形態の違いによる処遇の差を縮小していくことが必要である。
(hamachan先生)
いや、だから同一労働同一賃金原則ということを言うつもりであるならば、「能力、さらには成果」などといった主観的要素ではなく、客観的な職務内容自体に値札が付く労働市場を形成するんだと主張すべきなんですが、そうでもないわけで、その辺、非正規も職能的処遇でやっていくんだそれが日本的均等待遇なんだ!という割り切りをしているわけでもないところが、この一見すっぱりとものを言ってるようで実はその筋の人が見るとうーむという提言なんですね。

私もまあ一応はその筋の人なので(笑)ここはたしかにうーむというところですね。たしかに、前段のような還元主義的人事管理を指向するのなら職務給でないとおかしいし、そうすればそもそも正規、非正規などと区分することの意味もかなり薄くなってきます。まあ、これは現に正規と非正規でかなり異なる制度体系を持つ日本の労働市場を前提として書いているのかもしれませんが。もちろん、米国でも内部昇進はふつうですし、内部労働市場での人材育成を強く意図している企業もある(これはたぶん少数派だと思いますが)わけですが、思想としては「この職務についたからこの値段」であって、職能(この仕事ができるだろうからこの値段)で決めているわけではないでしょう。

(同友会)
>第四は、仕事と育児の両立支援である。子育て期間中の社員の支援策には、時差出勤制度や事業所内への保育施設の設置等があるが、こうした支援も正規、非正規といった雇用形態の区別を設けず実施していくべきである。少子化は、消費を下押しする要因であり、少子化対策の観点からも個人のワーク・ライフ・バランスの推進が求められる。
(hamachan先生)
これはわりとすっきりいえますね。

うーん、これも前述のように正規・非正規の区分がなくなるような人事管理になってしまえばそういうことなのでしょうが、いま現在の日本の実態を前提とするとちょっと変なんですね。いまの日本だと、正規は労働時間の拘束がきついから、それこそ時差出勤とか企業内託児所とかの強い制度的支援を必要とします。いっぽう、非正規、とりわけパートタイマーだと、そもそも自分の都合のいい時間を中心に就労しているうえ、欠勤、遅出、早退なども柔軟に可能なことが多く、そのうえわざわざ時差出勤制度を設ける意味はあまりありません。また、企業内託児所を使ってパートタイム勤務をするということも現実には考えにくく(もちろん使えれば便利でしょうが)、逆に近隣の保育施設の利用時間にあわせて就労しているというケースは多いのではないでしょうか。言いたいことはわからないではないですが書き方がまずく、どうも、こういうところがいかにも素人さんが書いたものだな、という印象です。
まあ、奥谷さんが副委員長になっているくらいなので、アメリマンセー、解雇規制クソクラエみたいな発想で作られているのかもしれません。まあ、消費活性化が趣旨なので、クレジットで消費しまくるアメリカ人をみて「そうすればいいんだ!」と思ったのかな(んなこたないか)。現実には、それでわが国の「働く人の不安が払拭」されて消費が活性化するのかどうかは、私にははなはだ疑問ではあるのですが。