富裕層向け輸出モデルは国内雇用を支えられるのか?

本日の日経朝刊「経済教室」では、慶応の小幡績准教授が「富裕層向け輸出モデルに 多様性や伝統生かせ 地方・若年雇用と連動を」と題して円高対策を論じておられます。日経がまとめた「ポイント」は「円高は雇用問題伴うがコスト減など利点も」「中間層の大量消費市場での価格競争避けよ」「市場効率化で資本所得増やし大増税回避を」となっていますが、要するに円安にするのではなく、円高=高値でも売れるような高級品で富裕層相手に稼ぐモデルに転換せよという議論です。
以下、雇用関係の記述を備忘的に転載しておきます。

円高のデメリットは雇用への影響である。国内従業員の海外への配置転換や海外と同水準の賃金が不可能ならば、雇用の縮小を迫られる。
円高に伴う雇用調整とは、日本での雇用縮小という単純な量の問題ではない。日本人の雇用は二極化し、両者の差は拡大する。グローバル経営者の価値は大幅に高まり、これまで蓄積したノウハウを世界各地で指導する社員や独自の研究開発ができる社員の価値も高まる。一方、生産委託コストで判断される社員の価値は、以前より低下したグローバルコスト価格となる。
 実は、この企業の議論は日本経済全体の縮図である。日本経済と円高の議論も全く同じだ。…世界最高の経営者、技術者、研究者も安く雇える。円高は日本経済をグローバル化するチャンスである。
 問題は国内雇用であるが、企業の場合と同様にマクロ的な国内雇用の量の問題ではなくミクロ的な構造の問題だ。つまり、グローバル対応ができていない中小企業と海外で代替可能な労働をしている就業者の問題である。
…日本経済の社会的な長所は若年失業率の低さだ。中東のジャスミン革命も英国の暴動も、背景にはインフレによる生活苦の中での雇用問題がある。中東の若年失業率は20〜50%、米欧各国でも20〜40%に達する。
 日本国内でも若年雇用は問題となっているが、国際比較では断然優秀で、08年は7%程度だ。全体の失業率との比率でみても、若年失業率は全体の失業率の1.9倍にすぎない(韓国は3倍以上)。大都市と地方の失業率格差が広がっていないことも重要だ。日本の30〜34歳の男子の有業率は、全都道府県で9割を維持する。地方の無業者が比較的少ないことは、地方の経済活力維持の可能性がまだあるという希望を与える。
…日本が採るべき最優先の政策は、若年雇用を地方で生み出すことだ。具体的な政策の一例は高等専門学校を拡充することである。工業だけでなく、農業、漁業、コンテンツなどにも範囲を広げ、輸出や海外生産の拡大を目指す。高専と大学院を併設し、マーケティングなどのビジネス戦略も、英語や中国語などの語学も充実させる。企業のニーズに適合した人材を育成することで産業誘致、成長戦略にもなる。若年雇用の強化は経済的には将来への投資であり、社会的にも極めて望ましい。
平成23年9月9日付日本経済新聞朝刊から)

雇用については失業率の数字だけではなく、働いている人も含めた仕事の質・内容や労働条件、あるいは再就職しやすさ(失業期間の長さ)なども考慮に入れる必要がありますが、しかし日本は国際的にみて最もうまくやっているほうだとはいえるのでしょう。前半のグローバル化にともなう雇用の二極化論もよく聞く話ですが、毎度のことながら「マクロ的な国内雇用の量の問題ではなくミクロ的な構造の問題」ってのは本当かなあと今回も思いました。モデル転換で失われる雇用に見合うだけの雇用が創出される保証はどこにもないような…まあ人口が減っていくんだから雇用量が減るのは問題にならないということでしょうか。
いずれにせよ「日本が採るべき最優先の政策は、若年雇用を地方で生み出すことだ。」というのは同感できるご意見で、まあ都市部だって良好な雇用機会が潤沢にあるわけではないんだから地方に限ることはないじゃないかとは思うのですが、小幡先生は地方の多様性が高付加価値につながるとお考えのようなので、地方で良好な雇用を増やすことで都市部から地方への労働移動を意図しておられるのかもしれません(そういえば私自身も地方勤務時のほうが居住環境は快適でした)。
そこで「具体的な政策の一例は高等専門学校を拡充することである…企業のニーズに適合した人材を育成することで産業誘致、成長戦略にもなる」と、おやこんなところで職業的レリバンスが…と思ったらこの高専って現行の高専ではなくて大学院付きのハイレベル教育機関なんですね。
しかし、これまた毎度のことながら、日本国民全員が海外で代替できないグローバル人材になれるというのはあまり現実的な想定ではないし、日本企業がすべて海外で代替できないグローバル化した企業になれるというのはさらにありそうもない話だなあと思うわけです。というか本当にできたとしてそういう社会ってうまく回るのだろうかとか住み心地がいいのだろうかとかも思うなあ。
それはそれとして、もちろん人材育成は大切だとは思いますし実践的な教育も大事だとは思います。ただこの手の論者は良質な人材、「企業のニーズに適合した人材」を供給すればそれは必ず雇用されるだろうという発想があるようで(私がそんな気がするだけですが)、まあ「企業のニーズに適合した人材」だから定義上そうなるということかもしれませんが、しかし供給が需要を生むには価格が変動しなければならないわけですよ…?いやそういう量的なものまで含めて企業のニーズということかもしれませんが。
もちろん、産業誘致にはサイトやアクセスや優遇措置と並んで労働力の供給というのも不可欠な要件になりますが、そもそも投資案件が乏しければいくら条件を整備しても産業誘致が実現する可能性は低いわけで、まずは投資案件が次々と出てくるような経済環境の整備、それなりのマクロ経済成長の実現が大前提になるのではないかと思います。さらにモデル転換を図るなら高値でも売れる富裕層向けの高級品というものを開発しなければならないわけで、その支援・促進の上でもやはり一定の経済成長は必要かなとも思います。いや書かれていないだけでそういう前提の議論なのかもしれませんが、あまりそういう感じはしないなあ。
まあ現実問題としてそれなりのマクロ経済成長を実現するためには円高やっぱり困るよね(水準もさることながら進行の急激さが特に)という話になってしまうので、目をつぶったということかもしれません。