佐藤博樹・連合総研編「バランスのとれた働き方」

「キャリアデザインマガジン」第74号のために書いた書評です。
紙幅の関係で「限界があると感じざるを得ない」云々については具体的には言及していませんが、そのうち、各章へのコメントも書きたいと思います。

 連合総研は、2001年から年2回、「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート調査」を継続して実施している。当初はそうではなかったと記憶しているが、いつからかその報告書の表紙には「勤労者短観」と大書されるようになった。首都圏・関西圏に働く勤労者を対象として、調査会社のモニターを利用した調査であり、毎回のテーマのほかに、景気や雇用情勢、物価、消費動向などについては定例の調査項目として毎回調査されている。企業経営者にこれらを尋ねた「日銀短観」にならって、働く人に尋ねる「勤労者短観」を標榜しているのであろう。遠慮なく「連合短観」と称してもいいと思うが、いずれにしてもまことに有意義な調査であるには違いない。
 この本は、その「勤労者短観」6年間のデータを利用して、この調査に関係してきた研究者がさまざまな観点から仕事や勤労者生活、政策動向などについて分析したものを集めている。具体的には、まず「はじめに」でデータと調査対象者の概況が紹介され、続いて第1章は雇用に対する不安感、第2章は長時間労働不払い残業、第3章は女性労働、第4章は男性の家事参加、第5章は勤労者の景気判断、第6章は労働者の権利理解と組合考課、第7章は小泉政権下における勤労者の政党支持がそれぞれ分析されている。各章の最初にはそのサマリーが、最後には筆者のメッセージが配され、さらに各章に関連したテーマのコラムもおかれており、まことに読みやすい親切な構成となっている。
 そして、「おわりに」は編者の佐藤博樹氏による解題であり、各章を一貫した主張として「ワーク・ライフ・インバランスの解消」が訴えられる。各章の分析を通じて明らかになった「不均衡」を解消するには、バランスのとれた働き方を実現するためには、「仕事中心の男性モデルの働き方」を改革し、多様なライフスタイルを受容できる「ワーク・ライフ・バランス職場」を構築することが求められているという。この結論が、従来型の「仕事中心の男性モデルの働き方」をも引き続き多様なライフスタイルを実現する選択肢のひとつとして容認し包含する寛容なものであるならば、大いに同感できる部分が多い。
 いっぽう、率直に申し上げて、労働組合系のシンクタンクということもあってか、各章ともに政策的含意に関しては限界があると感じざるを得ない。企業の人事管理に対する理解が必ずしも十分ではないのではないかと思わせる部分もある。たとえば、特に前半の各章において労働時間の短縮を強く求める記述が多くみられるが、それによって収入やキャリア、現在や将来の生活水準や生活の質がどのように変わるのかということに対する考慮は見受けられず、むしろ労働時間が減って自由時間が増える以外のことはなにも変わらないという非現実的な前提を暗黙のうちに置いているのではないかとすら感じられる部分もある。これではあまり説得的な議論にはなるまい。
 いっぽうで、データは興味深いものだし、分析も堅実であって、大都市圏で働く人たちの意識の実態やその変遷をたどるという点ではなかなか面白い読み物であるという点は高く評価できるだろう。実際、第5章の分析はこの調査の特徴をいかんなく生かしたもので興味深いし、第7章の分析も労働組合シンクタンクらしいもので面白く読んだ。
 繰り返しになるが、この調査自体は貴重で有意義なものではないかと思うし、また、個票データを東大社研のSSJデータアーカイブに寄託して研究者などに公開しているというのも好ましい。こうした調査を継続できるのはおそらく連合総研ならではだろう。中断することなく続くことを期待したい。