hamachan先生の「ジョブ型正社員」

私が「現場からみた労働政策」を連載している(次回が最終回ですが)「労基旬報」誌で、hamachan先生こと労働政策研究・研修機構濱口桂一郎統括研究員が「人事考現学」という連載コラムを執筆しておられます。「労基旬報」誌はその名のとおり毎月5日、15日、25日発行の旬刊誌ですが、連載記事は毎月5日号が私、15日号が田島ひとみ先生の「人事担当者のためのわかりやすい年金教室」、25日号がhamachan先生ほかと、月1回のローテーションになっています。
さて、hamachan先生の「人事考現学」、毎号意欲的な濱口節が展開されていますが、最近号(1435号:2月25日号)では「ジョブ型正社員の構想」を提案しておられます。hamachan先生のサイトにも掲載されていてコピペできますので(笑)短いものでもあり、全文を引用しましょう。

 今日労働問題の焦点として指摘されるのは、雇用を保障された正社員は拘束が多く、過重労働に悩む一方で、非正規労働者は雇用が不安定で賃金が極めて低いという点、いわゆる労働力の二極化である。その解決策として最近、両者の中間的な雇用形態を設けることが提言されている。しかし、その具体的な姿は必ずしも明らかではない。ここでは議論の出発点として「ジョブ型正社員」という一つのイメージを提示してみたい。
 彼らの雇用契約はジョブ(職務)を定めた期間の定めのない雇用契約である。そのため、ジョブを超える配転はないが、そのジョブがある限り原則として解雇から保護される。逆に言えば、当該ジョブがなくなったり、ジョブの絶対量が縮小すれば他のジョブに配転することで雇用を保障する義務はなく、労使協議により対象者を選定することを条件に整理解雇が正当とされる。また、時間外労働や転勤に応じる義務は原則としてないが、その代わりリストラ時に残業削減の余地はなく、直ちに整理解雇が始まる。一言でいえば、解雇回避努力義務はない。もっとも、労働時間を減らして賃金を分け合う本来的ワークシェアリングはありうる。
 賃金は(月単位で支給されたとしても)時間単位で投入労働量に応じて計算される。つまり実質的には時給制である。義務のない時間外・休日労働を労働者の同意を得て行わせた場合には、高率(時間外50%、休日100%)の割増を支払わなければならない。また賃金の決定原理は基本的にはそのジョブに対応する職務給ということになる。とはいえ、特に若年期には勤続による習熟に対応した一定の年功的昇級がなされよう。さらに、教育訓練もそのジョブ系列の上位に昇進するためのものにとどまる。
 これと対比される形で、いままでの正社員はメンバーシップ型正社員としてより純化される。すなわち、長期的に会社(グループ)内のあらゆるジョブを経験していくことを前提に、会社が存続する限り強い雇用保障が続くが、その代わり時間外・休日労働や遠距離配転を受け入れる義務があり、拒否すれば解雇の対象となる。賃金制度は投入労働量に対応する時給制ではなく、会社の命令に即応する義務の対価としての包括払い、すなわちエグゼンプトが原則となる。若年期は幅広い教育訓練を受けながら昇給していく職能給、中年期以降は個人業績に応じた成果給ということになろう。ジョブ型正社員とメンバーシップ型正社員とは賃金の支給根拠が異なるので、形式的に格差があっても差別ではない。
 一方、ジョブ自体が臨時・短期的な場合には期間の定めのある雇用契約となる。これを非正規労働者と呼んでもよいが、ジョブ型正社員との均等待遇は必要である。また、更新は禁止されないが、一定回数以上の更新はジョブ自体が恒常的であるにもかかわらず期間の定めをしたものとしてジョブ型正社員と見なされる。
 当面は今までの正社員や非正規労働者から希望に応じてジョブ型正社員に移行するという形にならざるを得ないが、どこかで雇用契約のデフォルトルールはジョブ型正社員とすることが必要であろう。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo0225.html

なかなか意欲的な構想と申せましょう。私も雇用形態の多様化の中で「職種限定で期間の定めはなく、しかし当該職種がなくなった場合には退職する」という契約もありうべきと考えています。ちなみに「なくなった」は個人ベースであり、当該職種が100%なくなってゼロ人になるのではなく、100人が50人になる場合も含みます。これを仮に「職種限定社員」とでも呼ぶとすると、hamachan先生の「ジョブ型正社員」との違いは次のような点です。

  • 退職(解雇か退職かという用語の問題はとりあえずおくとして)の際には、必ずしも「労使協議により対象者を選定すること」を必要条件とはせず(もちろん協議を通じて選定されることが望ましいことは当然)、たとえば先任権順や年齢順、成績順といった方法など、違法な差別(女性差別など)にあたらない方法による選定を幅広く認める。
  • 賃金は月給のほうがよいのではないでしょうか。ジョブの理念型として時給というのはわかりますが、わが国では5月や8月に連休が設定されている企業も多いので、こうした稼働日数の少ない月の賃金が大きく減少するのは働く人にとっては生活しにくいのではないかと思います。
  • 時間外・休日労働については、ある契約とない契約を選べるようにしたほうがいいと思います。これまた現実の問題として、職種限定社員の中にもできれば残業をしておカネをもらいたいと考える所得選好の強い人も相当数いるのではないかと思われるからです。割増率も労使の合意で定めることが好ましく、通常の「正社員」を上回る最低基準を設定する必要はないと思われます。
  • 職種限定社員は基本的に長期の勤続が念頭におかれますので、「そのジョブ系列の上位に昇進する」ことに結びつくような教育訓練が行われることが期待できますし、若年期の「勤続による習熟に対応した一定の年功的昇級」が行われる可能性も高いでしょう。いっぽう、期間の定めのある雇用は期間の定めのある雇用であって期間の定めのない雇用とはまったく異なりますし、したがって期待される勤続やそれを踏まえた教育訓練、習熟昇給なども当然に異なってきます。したがって「均等待遇」が入り込む余地はありません。また、一定回数以上の更新をもって「ジョブ型正社員と見なされる」との規定は、理屈はわからないではありませんが、実際問題としては一定回数に達しない段階での雇止めを促進するだけで、労働者にとっても不利益をもたらすことが多いでしょう。本当に「ジョブ型正社員」を普及させたいとお考えなのであれば、均等処遇とか正社員転換とかにこだわればこだわるほど実務的にそれが困難になるということをなんとかご理解いただきたいところなのですが。

さいごに、私は「雇用契約のデフォルトルールはジョブ型正社員とすることが必要」とのお考えにはどうしても賛成することができません。そもそも、雇用契約は多様なパターンの中から当事者が自由に選択できるようにすることが望ましく、行政が特定の雇用契約を「デフォルト」として定めるような社会主義的発想をとるべきではないと考えます。とりわけ、誰もが高度な技能や優れたキャリアを目指すことができるようにしておくことが肝要であり、それとは異なる雇用契約を「デフォルト」とすることには二重の意味で強い抵抗を感じます。まあ、これはイデオロギーの範疇に入ることかもしれませんので、それはそれで全否定するものではありませんが。