2002年5月21日 小杉礼子「学卒者の就労、再設計を 正社員以外も支

小杉礼子「学卒者の就労、再設計を 正社員以外も支援 職業能力培う機会幅広く」2002年5月21日


これは玄田有史『仕事の中の曖昧な不安』によって若年雇用問題への関心が大きく高まる中での政策提言です。

 学校から職業への移行は従来「就職」ととらえられてきたが、正社員に就職できないまま卒業する若者が増えている。その比率は国際的に見ればそう高くないが、日本の場合、非正社員の雇用の質や正社員との賃金格差に問題がある。若者を職業人に育てる仕組みの見直しが必要だ。
 在学中に就職活動をして内定をもらい、卒業と同時に就職する。進学しないなら、「就職」すなわち卒業と同時に長期的な雇用を前提としたフルタイムの雇用者となるのが、ごく普通の進路だと若者たちも大人たちも考えてきた。学生・生徒ととして一日の大半を学習にあてている状態から職業社会で一人前の職業人として生計を立てる状態に変わることを「学校から職業への移行」ととらえると、日本では「就職」という接点で、この移行の問題は片づいてきた。
 しかし、一九九〇年代初めの不況以降、新規学卒労働市場は「氷河期」といわれるほど冷え込み続け、就職によって学校から職業社会へ移行する者は大幅に減少し、就職も進学も決まらないままに卒業する若者が、急激に増えている。二〇〇一年三月の卒業者では、就職も進学もせずに卒業した者は高卒で約十三万人、専門学校卒・短大卒・高専卒では合わせておよそ九万人、大卒で約十二万人に達している(文部科学省『学校基本調査』)。
 こうした若者の多くはアルバイトなどの正社員以外の形態で働いたり、あるいは、仕事を探し続けたりしている。若年の非正社員にしろ失業者にしろ、九〇年代初めから急速に増え、二〇〇一年には二十四歳以下の完全失業率は男性で一〇・四%、女性で八・七%、また雇用者(役員を除く・在学者を除く)に占める非正社員の比率は男性で二〇・五%、女性で二八・八%となり、多くの若者が職業への移行の過程でこうした経験をするようになっている(総務省労働力調査』『労働力調査特別調査』)。

 若年期のパートやアルバイトが国際的には珍しいことでもなく、また、すでに正社員への移行も進んでいるという実態をみると、今の若者の就業についてとりたてて問題にすることもないという見方もあろう。しかし、日本の若者のこれまでの職業への移行やキャリア形成のあり方を考えると、それは違う。
 第一に、国際的に見れば珍しくはない若年期のパートタイムや有期限雇用だが、日本の歴史的、社会的文脈の中では「新しい」。すでに若年期にパートタイム就労することが織り込まれた社会では、例えばパートタイム就労と並行してパートタイムの教育を受けたり、一定期間の就労後に高等教育に入学したりと教育と就業の間を行き来しながらキャリア形成を図る道筋がみえている。職業能力の獲得に必要な教育・訓練の機会がフルタイムの長期雇用者以外にも開かれているのだ。ところが今の日本社会ではそれがなかなか見えない。
 第二に、非正社員雇用の質の問題もある。日欧の高等教育卒・非正社員の仕事を比べると、欧州では大半が専門職で、仕事内容と大学教育との関連が強い。この点は正社員も同じだ。すなわち専門職への移行の途中での非正社員型雇用である。これに対して日本では、大卒者の多くが、事務・販売職に就く。正社員ならそれは企業内キャリアの入り口の職種だが、非正社員ではほとんどどこにもつながらない。
 また、日本では正社員と非正社員での収入の格差が大きいことが指摘されている。東京都内の若者を対象にした調査(日本労働研究機構『若者ワークスタイル調査』)でも、正社員を一としたときのパート・アルバイトの単位時間あたり収入は〇・六程度で、年齢が高いほど、また学歴が高いほど格差が広がるという結果を得た。若者が就くパート・アルバイトの仕事の多くは低賃金で特別な訓練なしにできる仕事であるため、こうした格差が大きくなると考えられる。

 論点は多岐にわたる。「就職」の枠内で移行できる者はできるだけ移行させるという、就職支援も必要だろう。それにみあう職業能力の形成、意識の啓発を進めなければならないし、また、そのためには、教育界と産業界が連携して育成に当たるシステムが必要だ。あっせん、相談の仕組みの見直しも必要だろう。
 「就職」によって移行できない層にどのように職業能力開発の機会を開くか、どう意欲を支え、キャリア探索を援助するか。職業社会に移行する道筋を設計しなければならない。それには非正社員で始めるキャリアの可能性を広げる意味で、正社員との均等待遇化も進めていく必要があろう。
(平成14年5月21日付日本経済新聞朝刊から)

小杉氏、玄田氏らの主張に対し、「若年雇用問題は若年自身の意識の問題だ」といった反論も活発になされていた時期であり、また「若いうちは多少はぶらぶらしていても、いずれ働き口はあるのだから」と問題を過小評価する意見も多かった時期でもありました。この論考はこうした世間の論調に対する再反論ともいえましょうか。
若年雇用問題の最大のポイントは技能の蓄積、キャリア形成が進まないということはこんにちではほぼコンセンサスだろうと思います。玄田氏の「仕事格差」がどちらかというと正社員の長時間労働、過重労働に着目していたのに対し、小杉氏は同じ「仕事格差」でもキャリア形成に着目していたのは注目されます。
ひとつ残念なのは、そこにもう一つ賃金の「仕事格差」を加えて、均等待遇を引っ張り出してしまったことです。たしかに、入社直後の正社員には未熟練者に見合わない高い賃金が支払われている(そして、それ以上のものを中堅〜熟練者の段階で返済し、定年近くになるとまた仕事を上回る賃金を受け取り、最後に退職金を受け取ることで、長期的に働きと賃金が均衡する)ことは事実ですが、賃金を同じにすればキャリアも同じになるかといえばそんなことはないわけですので。教育訓練機会の確保といったところであればまだしも話はわからないではありませんが、それも企業に期待するのは難しく、公的支援の役割が大きいはずです。実際、その後の政策も教育訓練などへの公的支援を拡充する方向で進みました(十分かどうかとか、効果のほどがどうかとかいう議論は別にありますが)。